宣誓のその先へ

ねこかもめ

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第一章

【六話】嫉妬と嚆矢。(2)

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しばらく沈黙が続いた。そりゃあそうだ。
不意に出たお姉ちゃんの言葉に驚いたのは、俺たち三人だけじゃない。
言われた本人ですら唖然とするばかり。
やがてエリナさんがその寡黙を打破した。

「――私が?」
「ええ。エリナちゃんが良ければお願いしたいのだけれど……」
「私は……」

エリナさんは困って何かを考え込んでいる様子だった。やがて、迷いながらも口を開いた。

「答えの前に、私の悩みを……聞いていただけませんか?」


 私は、騎士の父、メイドの母の間に産まれました。
「エリナ」と名付けられ、幸せな環境で育てられました。
そんな私が夢見たのは、父のように騎士になることでした。
両親とも私を応援してくれました。

「エリナ。お前はどうして騎士になりたいんだい?」

どうしてと言われても、特に考えたことは無かった。
ただ父の背中を見て、私もそうなりたいと思った。
ただ、それだけでした。

「騎士って言うのはな、人々の笑顔を守る仕事なんだ。」
「守る?」
「そうだ。悲しい顔をしていたら楽しくないだろ?」
「うん。でも、何から守るの?」
「悪いものからさ」
「悪いもの?」
「そう。それはひとりの人だったり、グループだったりったり。」

父は憲兵をしていました。
悪いことをした人を捕まえる仕事。
そして父が言うように、人々の笑顔を守る仕事です。

「だけどな、エリナ。」

父は改まった表情で続けました。

「騎士の仕事には、危険がいっぱいあるんだ。」
「危険?」
「そう。悪い人が武器を持っていたら危ないだろう?」
「うん」
「でも、それを覚悟したうえで、笑顔を守る。それが騎士の誇りなんだ。」

私はそんな父を誇りに思っていました。

「でも、危ないお仕事は、怖くないの?」
「……大丈夫、怖くないさ。お守りがるからね。」
「お守り?」
「ああ。」

父は、懐から綺麗な碧玉のネックレスを取り出しました。

「これがお守りさ。エリナ、これはお前にあげよう」
「それじゃあお父さんのお守りが」
「いいんだよ。お父さんの一番のお守りはエリナだからな」
「ありがとう、お父さん!」

私はその時、父のしたことによって自分が笑顔になっていることに気付き、
これが騎士の仕事なんだと幼いながら悟りました。
そして同時に、絶対に騎士になろうと誓いました。
誰かを笑顔にするために。

今、私がそうしてもらったように。


 ですが、私が騎士養成校に入学した翌年、状況は一変しました。
当時寮生活をしていた私のもとに、連絡が届きました。
母からでした。急遽地元に帰り、親戚の方に導かれて、母の居る所へ行きました。

「……お母さん」

膝から崩れ落ち、手と額を地面につけて涙を流す母。
そしてその前には、地面に建てられた十字架。
私も気が狂いそうでした。泣き崩れそうでした。母と同じように。

私は何もできませんでした。
慰めるどころか、それ以上声をかけることさえ、私には難しいと感じました。


 それから時間が経って、いよいよ卒業まで七か月ほど。
夏季休暇を使って再び実家に帰り、母と再会しました。
食事をしながら、私は母に嬉々として報告しました。

「お母さん。私、魔特班の試験に合格したよ。だから卒業したらすぐに――」

喜んでもらえると思って伝えた私の心境とは裏腹に、母の返事は、かつてのそれとは大きく変わっていました。

「エリナ。」
「……?」
「エリナ。騎士になるのは……やめなさい」
「え?」

思いもよらぬ母の言葉。
しかしその原因に心当たりがないわけではありませんでした。
それどころか、むしろ容易に想像できます。

「私はね、エリナ。あなたにまで居なくなってほしくないのよ。」
「……お母さん」
「だからね。あなたにはメイドになってほしいの。」
「メイド……?」
「そう。メイドはね、騎士とはやり方が違えど、同じように人に喜んでもらう仕事なの。人の笑顔を守るお父さんに憧れたなら、メイドだっていいじゃない」
「でも、私はもう――」

もう、騎士の道が拓けている。
このまま卒業すれば、私は。

「もちろん、貴女の腕前を疑っている訳ではないわ。でもね。今や騎士の仕事は、貴女が目指したお父さんのものとは違うの。」

私が騎士になりたいと言い始めたころ、まだ魔物なんていう連中は歴史上のものでした。
母の言う通り、私が追いかけた父の背中とは別物です。
それでも、騎士のやることは変わっていないと思いました。
戦う相手は違えど、その目的は同じく笑顔です。
だから私は、ここまで這い上がったのです。

しかし、それでも母は私に懇願しました。

「だからお願いよ、エリナ。お願いだから、貴女の命を危険に晒すようなことはやめて」

見ると、母の眼にはうっすらと涙が浮かんでいました。
私はそれを見て、母の提案に乗ることにしました。

――母の泣く姿はもう散々だったからです。


 騎士校の残りの課程の間、私はメイドになるための勉強をしました。
七か月はあっという間に経ちました。私はついに、魔特班配属申請を出さないまま卒業しました。


 それから間もなくして、一年間のメイド修行に出かけることになりました。
一般のメイド資格試験は難無く突破しましたが、母のような上級のメイドになるのは簡単な事ではありませんから。
寮から持ち帰った荷物を再び外出用にまとめ、予定より早めに母に別れを告げました。

寄り道したいところがあったので。


 五分ほど何もしないで立っていました。
決心がつき、しゃがんで目の前の十字架に話しかけました。

「ごめんね、お父さん。」

花や、父の好物を供えながら続けました。

「私は……メイドになります。魔特班試験にも通ったんだけど。」

十字架の交差部分にたまった土埃を払い。

「でもそれは、お母さんの笑顔を守るため。命を危険に晒す悪い娘の行為から。」

立ち上がり、長い裾についた土を払って、しばらく天を仰いでいました。

「それじゃあ、行ってきます。」

その言葉を最後に、私は墓地を去りました。

首にかかった碧玉の輝きはまるで、父が私を応援してくれているように見えました。


 それは、エリナさんの記憶。
騎士を目指し、魔特班試験に合格するにまで至ったエリナさんが、メイドをやっている理由だった。
今まで押し殺してきた忌まわしい記憶を、今ここで解き放ったことにクレームをつけるものは居るはずもない。

特に俺やアイシャは。

またしばらく続いた沈黙。
それを破ったのはまたしてもエリナさんだった。

「私は……騎士になりたかったんです」

言葉をゆっくりと紡いでいる。

「でも、母の笑顔を守るためにそれは諦め、メイドになりました……。」
「エリナちゃん……。」

お姉ちゃんの顔には、後悔の念が見られた。
軽い気持ち、とまでは言わないものの、ちょっとした頼み事のつもりでエリナさんに参戦を依頼した。
しかし、彼女が騎士の道をあきらめたことには、親しい先輩であったお姉ちゃんにとっても、知られざる何かがあった。

 俺たちはただ、エリナさんの言葉が出るのを黙って見守った。

「人を笑顔にするのが騎士……という父の教えは、メイドでも同じ。そう思って、メイドをしています……。」

何拍かおいて、その続きを言った。

「やってみれば確かに、どちらも笑顔を守るお仕事でした……。」

迷い。

騎士になって人の笑顔を守りたかった。しかし、騎士にならないことこそが遺された母を笑顔にすること。

本来なりたかった騎士。今では誇りに感じるメイド。

いくつもの自己矛盾を抱えたエリナさん。
その心はもう、捻じれて捻じれて捻じれつくして。
自分では解決策が見出せなくなっている。

そう思った俺は、思わず口を開いた。

「エリナさんは、どうしたいんですか?」

旧邸の幽霊にも聞いたような質問を、今度は生きた人間のエリナさんへ。

「私は……」
「お父さんやお母さんの意志ではなく、エリナさん自身の心は?」
「……」
「アイシャ、鏡、持ってない?」
「あるよ。はい」
「あんがと」

持ってなかったらどうしようかと思ったが、今はそんなことを気にしている場合ではない。
俺はアイシャから受け取った折り畳み式の手鏡を開き、エリナさんの方に鏡面を向けた。

「……?」
「分かりませんか?エリナさんの顔。表情を見てください。」
「泣いて……いますね。情けない……。」
「そうです。泣いてるんですよ。人を笑わせたいと願った張本人が、ね。」
「……っ‼」
「お母さんの笑顔を守るっていう事は、すごくいい事だと思いますよ。俺は昔から怒らせてばっかりでしたし。誰かのせいで。」
「……」

ムスッとする同い年の少女を見て、その自覚があったと知る。

「でもエリナさん。まずは、貴女自身が笑顔じゃないと。」
「ユウ……さん……。わ、私は……。」

少しためて言った。

「私はなんてバカだったのでしょう……!」
「エリナさんが笑顔でいる事。それが、お母さんの何よりの幸せなんじゃないですか?」

自分で言っておいて恥ずかしくなってきた俺は、それを悟られないように、ゆっくり座りなおした。

「……ユウさん、ありがとうございます。」
「いえ。」

その顔を見る。既にさっきまでの葛藤はない。

無事に捻じれは解消したようだ。

「お姉ちゃん先輩」
「はい、エリナちゃん」
「先ほどのお話……私にお手伝いさせてください!」
「……ありがとう。よろしくお願いするわ。」
「はい!」

エリナさんの手とお姉ちゃんの手は、がっしりと結ばれている。


 話し合いは進み、王令の方には予定通りお姉ちゃんとアイシャが。
例の紙の方には俺とリーフさん、そしてエリナさんで向かうことになった。
正式に騎士になったわけではないエリナさんを、騎士団の作戦に連れて行くわけにはいかない。

「よろしくな」
「はい。よろしくお願いいたします、リーフさん。ユウさんも、よろしくお願いいたします。」
「こちらこそ。」

俺たちもお姉ちゃんに倣い、固い握手を交わした。
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