宣誓のその先へ

ねこかもめ

文字の大きさ
38 / 49
第一章

【十話】憤怒と運命。(6)

しおりを挟む
——ユーリの記憶を見た俺は、彼に対して腹が立っていた。

「けど、命二つで全魔物を封印するなんて無理があったらしい。」

そう言うユーリの霊は、いつの間にか青年の姿に。

「僕の身体は蝕まれ……あのままだと、とんでもないバケモノとして蘇生していたかもしれない。どうしてか、ユウ。君のおじいちゃんはそれを知り、封印を破壊したんだ。」
「じゃあ、魔物が放出されることで世界がひとまずは救われたってこと?」
「……そういう事になるね。」
「そんな……」
「この時代の人には本当に申し訳ないと思っているよ。僕がとった行動には、わがままな部分が多かったからね。」

——あの時以来だ。

「くそっ……」
「ユウ……まあ、そうだよね。五百年ずっと……魔物と戦ってきた僕だけど……それが限界だった。今、また魔物が蘇ったのは僕のせいさ。そりゃあ恨む気持ちもわかるよ。」

——俺の心が怒りで溢れたのは。

「僕のせいで君たちの時代に奴らを——」
「なあ、ユーリさんよ」
「……ユウ?」
「何だい?」

——旧邸に現れた幽霊、アーベルさんの記憶を見た時のモヤモヤ。
それと、今の怒り。この二つの感情の根本は「同じ」だった。

「残念だけど、あんたの理想の世界は来なかっただろうよ」
「……?どういう事?」
「そのまんまの意味さ。リーズさんも、子供も、笑顔になんてなってないだろうってことだよ」
「そんなはずは無い。魔物が消え、戦争は止まったんだよ?悲しいことなんて——」
「関係ないんだよ、魔物なんて、戦争なんて!」
「……関係、無い?」
「ああ、そうだよ。分からないか⁈あんたはむしろ、リーズさんを悲しませたってことを!」
「なっ⁉そ、それは……どう言う……」
「魔物が居ようが、戦争をしてようが‼」

——二人で遊んでいたときも。

——時計塔に登った時も。

「——笑ってただろ、リーズさんは⁈」
「……っ‼」
「何でか分かるか?そんな絶望の世界で笑えたのは‼」
「リーズの笑顔の……理由?どうして彼女は……」

——驚いたような顔で疑問を呈するユーリ。

——まだわからないのか、と。俺の感情がピークを迎えた。

「……あんたが」

——そう。

「あんたがリーズさんの傍にいたからだろ‼」

——ただ、それだけで良かったんだ。

「……俺は、遺される気持ちを知ってる。大切な人が居なくなった時、どうなっちまうのか、知ってる。——絶望だぜ?毎日が悪夢のようだったさ。そんな世界で……愛したあんたが消えた世界で、笑えると思うか?」

そう問いかけると、彼の眼に涙が浮かび、拳を強く握りながら肩を震わせた。

「ああ……ああ、ぼ、僕は……なんて愚かな……ごめん……ごめんよ……リーズ‼君を一人に……っ‼置き去りに……っ‼」

ユーリは地面に膝と額を付けて泣いている。言いたいことを言いきった俺は、徐々に冷静さを取り戻した。

「だから俺は、さ。」
「ユ、ユウ……⁈」

アイシャを抱き寄せて続ける。

「俺はもう、失わない。失わせない。」
「……」
「ただ、隣に——」

彼女の事を思い出した。
そんなような視線を感じる。

「——アイシャの隣に居続ける。」

それでいい。

アイシャが俺を望んでくれる限り。

俺がアイシャを望む限り。

俺はそうする。

「君は強いね、ユウ。……僕なんかの血を引いているとは思えないよ。」

……似ているわけだ。

「……強くなんか、ないさ。」

——俺は、弱い。

アイシャが傍になければ、俺は今頃生きていたかわからない。
あの時、自ら死を選んだかもしれない。

「……ところで」

色々とあったが、彼——ユーリにはまだ聞きたいことがある。

「あの白い青年……魔王がどうなったか知ってるか?」
「魔王?一緒に死んだはずだけど……。」
「そうか、そう……だよな。」

正直、魔王の話には疑問を感じている。

魔物が不当な扱いを受けることを心配していた奴が、すべての魔物の封印を提案してきたこと。

自分が命を失ってまで、人間ばかりが得をするような話を持ち出してきたこと。

どうも魔王の行動原理というか、動機に関する点が曖昧だ。

それに、冷静に考えてみると話の内容にも疑問が多い。

もしかしたら、何かの思惑に乗せられたって可能性も考えておいた方がいいかもしれない。

「……今日見た事は、報告するかい?」

かつての人魔大戦。その終戦の真実。この場所。結界を解く宝玉。世に魔物を放った人物。
今日得られた情報は、研究何年分の価値があるかわからない程だ。だが、祖父の事はあまり言いたくない。

「一部は伝えるよ。幽霊から聞きました、なんて信じてもらえるか分からないけど。」
「確かに。けど、報告をするならちょうどいい。一つ、警告があるんだ。それも伝えるだけ伝えてほしい。」
「警告?」
「ああ。魔物の戦力について、ね。」
「……もしかして、今いるのは氷山の一角に過ぎないって話か?」

あの時、祖父は確かにそう言った。
今少し冷静に考えると、とんでもない話だ。

「あれ、知ってたんだ?そう。僕やリーズが騎士として戦っていたころに比べると、魔物がかなり減っている気がしてね。僕はあくまで封印して抑えていただけ。それが解放されたとなれば、同じ規模の魔物が居るはずなんだけど、そうじゃない。だからそれに気を付けてほしいんだ。」

——祖父はなぜそんなことを知っていたのだろう。

「けど、特別強力な魔物は君たちが倒した。本能で動いているとはいえ、さすがに効いてると思うよ。油断は禁物だけどね。」
「分かった、それは報告しておく。」
「他に気になることは無いかい?」

気になること……。
そうだ、魔物の生態についてずっと前から気になっていたことがあった。

「五百年前、魔物に特殊な個体なんて居たか?サル型の群れを連れたクモとか、群れるトラ型とか。」
「特殊個体か……。さあ、聞いたことがないな。」

第一部隊に所属し、最前線で戦っていた彼が知らないのであれば、ああいうタイプは近年現れたと言ってよさそうだ。

「そっか。色々と教えてくれて助かったよ。」
「ユーリさんはこれからどうするの?」
「そうだなあ……しばらくはこの世界に留まるよ。ここにいるからさ、時間があったら遊びに来てよ。」
「今度はくだらない話で笑い合いたいな」
「そうだね、それはいい。幼馴染自慢でもしあうかい?」
「おいおい、それじゃあアイシャの圧勝だぞ?」
「いやあ、リーズだって負けてないからな」
「……じゃあ、また今度。」
「待っているよ。」

階段に足をかけ、外へ向かう。
一段ずつゆっくりと。
アイシャの手を握ったままで。

「ユウ」

呼びかけに振り向くと、ユーリがまじめな表情で見ていた。

「うん?」

「……君は成し遂げてくれ。僕が、出来なかったことを。」
「……ああ、分かってるさ。」

それ以降は何も言わず、正面に向き直って外へ。
辺りはすでに暗くなっていた。
三分の一ほどかけた月の明かりを頼りに、馭者さんの待つ兵舎へと馬を走らせた。


 ——夜、魔特班屋敷前。

「すみません、こんなに遅くまで。今日一日ありがとうございました。」
「ありがとうございます。」

日付が変わるまで数時間といったところ。
ここまで遅くなるとは思っていなかった。

「いえいえ。では、機会があればまた。」
「はい。」

馭者さんを見送り、屋敷へ。
大きな音をたてないように扉を開くと、玄関が明るい。

「おかえりなさいませ、ご主人様、奥様。」
「「おかえりなさいませ」」

エリナさんと二人のメイドさんが出迎えてくれている。

「すみません、遅くなってしまって。」
「いえ、お気になさらず。お食事はどうされますか?」
「どうする?」
「う~ん、私は軽くでいいかな」
「同感。」
「では、軽食をご用意いたしますね」
「「ありがとうございます。」」
「少々かかりますので、お先にご入浴を済まされてはいかかでしょう?」
「ええ。じゃあ、先に入ってしまいます。」
「一緒に入る?」

——なんて事を言い出すんだ、この娘は。

「主に俺が爆発しちゃうから一人で入りなさい。」
「ちぇー。」

わざとらしく不貞腐れながら風呂場へ向かうアイシャ。
その背中を見送った。

「では、我々は準備にかかりますね」

メイドさんが礼をして、二人が食堂方面へ。
あれ、エリナさん?

「ご主人様」
「はい?」
「お背中、流しましょうか?」

——この人もかっ‼

「大丈夫です自分で洗います」
「……残念。では、また後ほど。」

——油断も隙もありゃしない。


 風呂や食事などのナイトルーティーンを済ませ、ベッドへ。

休暇はあと三日。

明日はお姉ちゃんに報告することと、自分で書く報告書の内容が山のようにある。

……憂鬱だ。

忙しくなりそうだし、早いこと寝てしまおう。

「……あれ?」
「どうした?」
「寝るとき……いつの間に向かい合ってくれるようになったの?……腕枕までしてくれてるし。」

俺の視線は天井でも窓でもなく、もっと大切な方へ向いている。

「……さあ?」
「まあ……いいけど。寒いし。」

俺はアイシャの湯たんぽか何かですか。


 目を瞑ると、最近あった事が脳内によみがえる。短期間で色々あったなあ、と。

初めて対峙した未知の魔物。遊撃ばかりの魔特班だが、あいつと戦ったことで「仲間と共に戦っている」のだと実感した。

そして「予言」の存在を確信した戦い。魔特班にエリナさんを迎え、二つの意味で新たな戦いの息吹を感じた。

初めて五人全員で臨んだ「予言」。あいつとの戦闘では、忘れかけていた必死さを思い出した。

二体同時に現れた魔物との戦闘。改めて仲間と連携することの大切さと、絶対的な信頼の強さを学んだ。

そして、最後の「予言」。五人で挑んでも互角が精いっぱいだった。祖父が居なければ俺は死んでいたかもしれない。力だけではどうにもならない。何も守れない。そんな学びを得た。

 もちろん、疑問は多い。祖父はなぜあんなことを知っているのか。他に何を知っていたのか。そもそも「予言」は誰がいつどうやって書いたのか。ユーリの警告もそうだ。分かったことは多いが、分からないこともまだまだ残っている。挙げればきりがない。

——彼女の事は、未だ何一つわからない。

——そう思うとなんだか寂しくなった。

「ユウ……?」
「ごめん、苦しかった?」
「ううん、大丈夫。ちょっとビックリしただけ。」
「よかった。なら、このままでいさせてくれ……。」
「うん。」

俺は湯たんぽの分際で、彼女の温もりを身に受けた。

 
 思えば、俺とアイシャが魔特班に入ってからまだ一年も経っていない。
これから先。一年、二年、三年……と時が過ぎていく。

一体どんな出来事が起こるのだろう。
一体どんな運命が待ち受けているのだろう。

……やっぱり、未来は分からない。

だからせめて、自分が後悔しない選択をしていこう。

——まだ見ぬ未来。

——将来への不安と期待が交錯する。

——そんな中、俺は目の前の幸せを必死に手繰り寄せる。

——決して、離さぬように。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

至れり尽くせり!僕専用メイドの全員が溺愛してくる件

こうたろ
青春
普通の大学生・佐藤健太は目覚めると、自宅が豪華な洋館に変わり10人の美人メイドたちに「お目覚めですか、ご主人様?」と一斉に迎えられる。いつの間にか彼らの“専属主人”になっていた健太は戸惑う間もなく、朝から晩までメイドたちの超至れり尽くせりな奉仕を受け始める。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...