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第二章
【十三話】報復と螺旋。(1)
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俺の人生は、まだ二十年弱しかない。
たったそれだけだが、一つ、気付いたことがある。
人生って、繰り返しが多いんだな……と。
小さいころで言えば、朝起きて学校に行って帰ってきて寝て……。
大きくなっても変わらない。朝起きて任務へ行って帰ってきて寝て……。
「予言」やアルプトラオムの一件はあるにしろ、長期的に見れば誤差のようなものだろう。
それが終れば、またいつもの繰り返しに戻るわけだし。
俺とアイシャは一度、その渦からはじき出された経験がある。
が、今こうして、騎士としての日常をグルグルと周回している。
進んではいるが、これと言った変化はない。
まるで螺旋だ。
これはきっと、俺個人に限った話じゃない。
大昔、ユーリの時代には魔物との戦いがあった。
それから五百年休み、今また戦っている。
きっと未来もそうだし、もっと昔も戦争をしていたかもしれない。
つまり、歴史でさえも一つの大きな渦だと言えよう。
渦であるなら、巻き始めた原因があるはずだ。
この戦いにも、始まった理由がある。
以前の戦いで、魔物は我々人間を「卑怯者」と認識していると判明した。
憎んでいるようであった。何でだろう?理由は全く分からない。
けど、確かに恨まれていた。
……そうなる前は。憎まれる前は、どんな関係性だったのだろう。
魔物と戦う身でありながら、ふと、そんなことを思った。
一人の騎士が、王の間で指示を受けた。
「それが、人間としての決断ですか……?」
「そうだ。これを逃せばチャンスはない。」
騎士は、拳を強く握った。指示の内容に憤りを感じたからだ。
「しかし、そのような卑怯なやり方では……」
「黙れ、騎士団長。全てこの時のために、進めて来たではないか。」
「それは……おっしゃる通りですが。しかし、やはり——」
「君とて、家族を失いたくはあるまい。」
暴君。
この王の極悪ぶりは、民にも知れ渡っている。
だが、誰一人として逆らうものはいなかった。
何をされるか、分からないからだ。
今、騎士団長は家族を天秤にかけられ、
指令と言うより、脅しに近いそれに屈する他なかった。
「かしこ……まりました……」
王の間を出、騎士の集まる集会場で、受けた指示を伝達。
心にも無い命令を下す。
「さきの戦を、我々は中立の立場から見守った。周知の通り、魔物が勝利を収め、彼らの敵は撤退し、事実上の降伏とみなされた。」
騎士たちは、黙って彼の話に耳を傾ける。
「だが魔物とて、ダメージが無かったわけではない。今にもアレを持ち去らんとする魔物は、非常に弱っている。今、我々が攻撃を行えば、容易に勝利が手に入るだろう!」
彼がそう言葉を発すると、ざわざわと騒ぎ始める。
当然だ。
話している彼でさえ、今回の指示には賛同出来ていない。
「今回我々は、アレを持ち去るであろう魔物に対し、奇襲攻撃を行う!何としても奪い取り、勝利するのだ!」
罵声。
ブーイング。
場内にはきっと、賛同者は一人もいない。
「皆、言いたいことはあるだろう。だが聞いてほしい。この作戦さえ成功させれば、我々人類はアレを手にし、大いなる加護を受けられるのだ!」
騒ぎは収まることを知らない。
「ふざけるな!」
「そんな命令が聞けるか!」
拳を震わせる彼。
それは、騎士団長ではなく、個人としての感情だった。
「私とて!」
彼の大声で空気は一変し、静まる。
「私とて、納得など到底出来ぬ!」
震える、音量控えめの声で続けた。
「家族を、愛するものを、人質に取られている者も居るだろう。今回の王令には、その命がかけられている。どうか、従ってほしい。アレを手に入れれば、交渉ができる。暴君を引きずり下ろすことができる。民も味方だ。」
また少しざわざわし始める。
騎士団長ですら、自分たちと同じ状況だと理解が進んだのだろう。
「戦おうではないか。我々の敵は、かの暴君だ。奴と戦うには武器がいる。その唯一の武器がアレなのだ。」
それでも、全員が賛同したわけではなかった。
しかし、騎士団長と共に戦うと決意した者も多いように見える。
涙を流す者。
強くうなずく者。
反応は様々だ。
「もう一度言う。どうか……どうか、従ってほしい。」
「……俺、団長に従います!」
「お、俺も!」
「私も!」
次々と声が上がった。
涙を堪え、彼も言葉を紡ぐ。
「ありがとう……ありがとう。勝とう、必ず!」
『おう!』
家族のため。
愛する者のため。
理由はいくつもあれど、騎士団は魔物を攻撃し、
「アレ」と呼ばれる武器の獲得に向かって動き出した。
そこに悪意はない。
正義のつもりで反逆を誓った。
それが、渦の始まりだとも思わずに。
何かをすると、巡り巡って帰ってくる。それは輪のようで、因果と呼ばれる。
因果応報と言う言葉があるように、自分がしたことは、やはり帰ってくるものだ。
……ってみんな言う。
待ってくれ、俺は何もしていない。
ノエルと謎の約束を結んだのはアイシャだ。
「じゃ、行きましょう、先輩」
急遽与えられた休日。
私服に着替え、二人で散歩に出る。
アイシャではなく、ノエルと。
「はい。」
「えー、ほんとに行くの?二人で?」
「自分で約束したんだろ……?」
「それは……そうだけど……」
あの日、騎士校の訓練場で放たれた言葉が、鮮明に思い出される。
「じゃあ、もしノエルちゃんが騎士校から直に魔特班に行けたら、二人で散歩くらいならしてもいいよ」
だったな。
ノエルはそれを、見事達成してみせた。
ならば、こうなるのは至極真っ当でしょう……。
「……買い物だけでしょ?ね?」
「うん。服でも買ってあげようかなって」
「え、嬉しいです!」
「ダメだよ、二人で宿とか行っちゃ」
「え、行きます——」
「行かないわ!」
「……残念だなぁ」
俺、そんなに信用ならないかな……?
「ノエル。ユウを誘っちゃダメだからね?二番目にかわいいんだから、自覚してね?」
ああ、あくまで一番は君なんだな。
「それは……どうでしょう?」
「…………」
……ノエルに無言の圧をかけるアイシャ。笑顔であることに変わりはないが。
——いや怖っ‼
「じょ、冗談ですよ……」
「安心しろって。俺はアイシャのあんな攻撃や、こんな攻撃に耐え続ける男だぞ」
「……たしかに」
納得していただけたようで何より。
「え、何ですか、あんな攻撃やこんな攻撃って⁈」
「じゃ、行ってくる」
「アイシャ先輩⁈ユウ先輩に何したんですか⁈」
「うん。」
「先輩ってば!」
「置いてくぞ」
「あ、先輩待ってください!」
ゆっくりと玄関扉を開け、外へ。
——景色は半分いつも通りで、もう半分は新鮮だ。
中央の通りへ。俺の左側を歩くノエルは、ウキウキしているように見える。
「ずいぶんご機嫌だな」
鼻歌を歌ったり、小さくスキップしたり。
「そりゃあそうですよ。初めての二人きりですし!」
「初めてだっけ?」
「そうですよ。だって、先輩の横には必ずアイシャ先輩が居るんですもん」
……否定できない。
「どこか行きたいところある?」
「ホテ——」
「そこ以外」
「……」
素で落ちるの、やめてもらってもいいですか?
「甘いもの、好きだったよね?」
「はい」
「いいお店があるんだ。アイシャは甘いもの、そんなに好きじゃないから、滅多に行かないんだけどさ。」
「行ってみたいです!」
「あいよ。じゃ、あっち」
店のある方向を指さし、そっちへ歩みだす。
「で、その後服でも見ようか」
「デートみたいですね、先輩♪」
……先輩♪じゃないが。
「……傍から見ればね」
甘いものの店に、服屋か……。
意識していたわけではないが、どうやら、本能的にあの路地へ近づくことを避けている気がする。
全部その場所とは反対側だ。魔物……魔王……白い奴……。
いや、ダメだ。
パンっと頬に喝を入れる。
「先輩⁈」
今は忘れよう。俺が何かに思考を巡らせていては、
今日を楽しみにしてくれていたノエルに、申し訳ないからな。
「よし、行こうか」
「……?」
ノエルに勧めた喫茶店へ。甘いものと言ったが、特にイチゴのケーキが美味しいらしい。
そのケーキと、ラムレーズン入りのアイスクリームを注文した。
「……そっか、ご両親とは険悪なままなんだ」
「はい。去年の休みも実家に帰らなかったんです。合わせる顔が無くって。」
「何も連絡してないの?」
「魔特班入りが決まった時に、手紙で報告しました。それっきりです……。」
「まあ、音信不通とかじゃないなら、それでいいんじゃないか?」
「いつか……勇気が出たら、謝りに行きたいですけどね」
「俺らも挨拶しに行こうか?」
「結婚のですか⁈」
「違います。」
身を乗り出して、何を言い出すかと思えば……。
けど、本人が元気なら、まあ良かった。
「ところで先輩」
「ん?」
ニヤニヤしながら呼んでくる。
嫌な予感しかしない。
「アイシャ先輩とはどこまで行ったんですか⁉」
……やっぱりな。
「何も」
「え、同棲してるのに⁈」
言い方をもっと何とかしてくれ。
「あ、あれはアイシャがだな……」
「なーんだ。ちょっと安心しちゃったかもです」
「安心?」
「ゴールしてないってことは、まだアタシが乱入する余地は、あるってことですもんね?」
「どうだか……」
ノエルの中では、未だに情熱が燃え続けているようだ。
俺としてはありがたい話だが、それを言えばきっと
アイシャに殺されるだろうから、自分の中で黙殺しておこう。
……っと、注文した品が来た。
瞬時に甘い匂いに包まれる。
「お待たせいたしました。ごゆっくりどうぞ」
机に並べられた品。
味が良いのは分かっているとして、その見た目も気が使われている。
ノエルはそれを、目をキラキラと輝かせながら見ている。
「いただきま~す!」
フォークで一口分を取り、口へ運ぶ。
「う~ん、おいひぃれす!」
「おう、よかったよかった」
良い笑顔だ。
これだけ喜んでもらえるなら、連れて来た甲斐があるというもの。
「はい、先輩もどーぞ」
再びフォークで一口分取って、俺へ。
……悪い笑顔だ。
「どーも」
一瞬迷ったが、思いとどまって、ノエルからフォークを奪取。
自分で食べた。
いやまあ、それが普通なんですけれども。
「ホントだ。美味しいな」
「ふふーん、美味しいですよねぇ?」
何故か、満面の笑みを浮かべるノエル。
「……?」
何を笑っているのか分からないまま、ノエルにフォークを——
「あっ」
——このフォークさっき……なるほど、嵌められたか。
暗く、無気味な部屋。壁に掛けられた燭台のロウソクが、炎を激しく揺らす。
「ま、魔王様!」
「騒々しいぞ。何事だ、ガフォーク」
慌てふためいた様子で、魔王のいる部屋へ飛び込んできた、比較的知能の高い魔物。
息を切らしながら、魔王へ緊急の知らせをする。
「予定通りニンゲンへの進軍を行ったのですが、どうやら奴らの罠だったようです!」
「……なに?」
「奴らは我々の行動を予測し、あえて撤退していたのです。ニンゲンと奴らに挟み撃ちにされ、群れはほとんど壊滅状態です!」
「何だと!おのれ……っ!」
ドンッと、肘掛けに怒りをぶつける。
拳があたった部分は壊れ、床にチリが散らばる。
「ニンゲンだけでなく、奴らまで背後からとはなっ!」
「加えて、奴らの軍勢が、手薄になったこちらへ向かっているとのこと!」
「くっ、図ったな。ガフォーク!」
「はっ!」
「貴様はニンゲンの方へ向かい、少なくとも、かの厄介者どもを殲滅してこい!」
「奴らの軍勢は如何しましょう?」
「案ずるな。我自らが葬ってくれる!」
「かしこまりました!」
ガフォークが部屋から出ると、魔王も椅子から立ち上がった。
怒りに歪んだ、まさに鬼の形相で、彼もまた部屋を後にした。
たったそれだけだが、一つ、気付いたことがある。
人生って、繰り返しが多いんだな……と。
小さいころで言えば、朝起きて学校に行って帰ってきて寝て……。
大きくなっても変わらない。朝起きて任務へ行って帰ってきて寝て……。
「予言」やアルプトラオムの一件はあるにしろ、長期的に見れば誤差のようなものだろう。
それが終れば、またいつもの繰り返しに戻るわけだし。
俺とアイシャは一度、その渦からはじき出された経験がある。
が、今こうして、騎士としての日常をグルグルと周回している。
進んではいるが、これと言った変化はない。
まるで螺旋だ。
これはきっと、俺個人に限った話じゃない。
大昔、ユーリの時代には魔物との戦いがあった。
それから五百年休み、今また戦っている。
きっと未来もそうだし、もっと昔も戦争をしていたかもしれない。
つまり、歴史でさえも一つの大きな渦だと言えよう。
渦であるなら、巻き始めた原因があるはずだ。
この戦いにも、始まった理由がある。
以前の戦いで、魔物は我々人間を「卑怯者」と認識していると判明した。
憎んでいるようであった。何でだろう?理由は全く分からない。
けど、確かに恨まれていた。
……そうなる前は。憎まれる前は、どんな関係性だったのだろう。
魔物と戦う身でありながら、ふと、そんなことを思った。
一人の騎士が、王の間で指示を受けた。
「それが、人間としての決断ですか……?」
「そうだ。これを逃せばチャンスはない。」
騎士は、拳を強く握った。指示の内容に憤りを感じたからだ。
「しかし、そのような卑怯なやり方では……」
「黙れ、騎士団長。全てこの時のために、進めて来たではないか。」
「それは……おっしゃる通りですが。しかし、やはり——」
「君とて、家族を失いたくはあるまい。」
暴君。
この王の極悪ぶりは、民にも知れ渡っている。
だが、誰一人として逆らうものはいなかった。
何をされるか、分からないからだ。
今、騎士団長は家族を天秤にかけられ、
指令と言うより、脅しに近いそれに屈する他なかった。
「かしこ……まりました……」
王の間を出、騎士の集まる集会場で、受けた指示を伝達。
心にも無い命令を下す。
「さきの戦を、我々は中立の立場から見守った。周知の通り、魔物が勝利を収め、彼らの敵は撤退し、事実上の降伏とみなされた。」
騎士たちは、黙って彼の話に耳を傾ける。
「だが魔物とて、ダメージが無かったわけではない。今にもアレを持ち去らんとする魔物は、非常に弱っている。今、我々が攻撃を行えば、容易に勝利が手に入るだろう!」
彼がそう言葉を発すると、ざわざわと騒ぎ始める。
当然だ。
話している彼でさえ、今回の指示には賛同出来ていない。
「今回我々は、アレを持ち去るであろう魔物に対し、奇襲攻撃を行う!何としても奪い取り、勝利するのだ!」
罵声。
ブーイング。
場内にはきっと、賛同者は一人もいない。
「皆、言いたいことはあるだろう。だが聞いてほしい。この作戦さえ成功させれば、我々人類はアレを手にし、大いなる加護を受けられるのだ!」
騒ぎは収まることを知らない。
「ふざけるな!」
「そんな命令が聞けるか!」
拳を震わせる彼。
それは、騎士団長ではなく、個人としての感情だった。
「私とて!」
彼の大声で空気は一変し、静まる。
「私とて、納得など到底出来ぬ!」
震える、音量控えめの声で続けた。
「家族を、愛するものを、人質に取られている者も居るだろう。今回の王令には、その命がかけられている。どうか、従ってほしい。アレを手に入れれば、交渉ができる。暴君を引きずり下ろすことができる。民も味方だ。」
また少しざわざわし始める。
騎士団長ですら、自分たちと同じ状況だと理解が進んだのだろう。
「戦おうではないか。我々の敵は、かの暴君だ。奴と戦うには武器がいる。その唯一の武器がアレなのだ。」
それでも、全員が賛同したわけではなかった。
しかし、騎士団長と共に戦うと決意した者も多いように見える。
涙を流す者。
強くうなずく者。
反応は様々だ。
「もう一度言う。どうか……どうか、従ってほしい。」
「……俺、団長に従います!」
「お、俺も!」
「私も!」
次々と声が上がった。
涙を堪え、彼も言葉を紡ぐ。
「ありがとう……ありがとう。勝とう、必ず!」
『おう!』
家族のため。
愛する者のため。
理由はいくつもあれど、騎士団は魔物を攻撃し、
「アレ」と呼ばれる武器の獲得に向かって動き出した。
そこに悪意はない。
正義のつもりで反逆を誓った。
それが、渦の始まりだとも思わずに。
何かをすると、巡り巡って帰ってくる。それは輪のようで、因果と呼ばれる。
因果応報と言う言葉があるように、自分がしたことは、やはり帰ってくるものだ。
……ってみんな言う。
待ってくれ、俺は何もしていない。
ノエルと謎の約束を結んだのはアイシャだ。
「じゃ、行きましょう、先輩」
急遽与えられた休日。
私服に着替え、二人で散歩に出る。
アイシャではなく、ノエルと。
「はい。」
「えー、ほんとに行くの?二人で?」
「自分で約束したんだろ……?」
「それは……そうだけど……」
あの日、騎士校の訓練場で放たれた言葉が、鮮明に思い出される。
「じゃあ、もしノエルちゃんが騎士校から直に魔特班に行けたら、二人で散歩くらいならしてもいいよ」
だったな。
ノエルはそれを、見事達成してみせた。
ならば、こうなるのは至極真っ当でしょう……。
「……買い物だけでしょ?ね?」
「うん。服でも買ってあげようかなって」
「え、嬉しいです!」
「ダメだよ、二人で宿とか行っちゃ」
「え、行きます——」
「行かないわ!」
「……残念だなぁ」
俺、そんなに信用ならないかな……?
「ノエル。ユウを誘っちゃダメだからね?二番目にかわいいんだから、自覚してね?」
ああ、あくまで一番は君なんだな。
「それは……どうでしょう?」
「…………」
……ノエルに無言の圧をかけるアイシャ。笑顔であることに変わりはないが。
——いや怖っ‼
「じょ、冗談ですよ……」
「安心しろって。俺はアイシャのあんな攻撃や、こんな攻撃に耐え続ける男だぞ」
「……たしかに」
納得していただけたようで何より。
「え、何ですか、あんな攻撃やこんな攻撃って⁈」
「じゃ、行ってくる」
「アイシャ先輩⁈ユウ先輩に何したんですか⁈」
「うん。」
「先輩ってば!」
「置いてくぞ」
「あ、先輩待ってください!」
ゆっくりと玄関扉を開け、外へ。
——景色は半分いつも通りで、もう半分は新鮮だ。
中央の通りへ。俺の左側を歩くノエルは、ウキウキしているように見える。
「ずいぶんご機嫌だな」
鼻歌を歌ったり、小さくスキップしたり。
「そりゃあそうですよ。初めての二人きりですし!」
「初めてだっけ?」
「そうですよ。だって、先輩の横には必ずアイシャ先輩が居るんですもん」
……否定できない。
「どこか行きたいところある?」
「ホテ——」
「そこ以外」
「……」
素で落ちるの、やめてもらってもいいですか?
「甘いもの、好きだったよね?」
「はい」
「いいお店があるんだ。アイシャは甘いもの、そんなに好きじゃないから、滅多に行かないんだけどさ。」
「行ってみたいです!」
「あいよ。じゃ、あっち」
店のある方向を指さし、そっちへ歩みだす。
「で、その後服でも見ようか」
「デートみたいですね、先輩♪」
……先輩♪じゃないが。
「……傍から見ればね」
甘いものの店に、服屋か……。
意識していたわけではないが、どうやら、本能的にあの路地へ近づくことを避けている気がする。
全部その場所とは反対側だ。魔物……魔王……白い奴……。
いや、ダメだ。
パンっと頬に喝を入れる。
「先輩⁈」
今は忘れよう。俺が何かに思考を巡らせていては、
今日を楽しみにしてくれていたノエルに、申し訳ないからな。
「よし、行こうか」
「……?」
ノエルに勧めた喫茶店へ。甘いものと言ったが、特にイチゴのケーキが美味しいらしい。
そのケーキと、ラムレーズン入りのアイスクリームを注文した。
「……そっか、ご両親とは険悪なままなんだ」
「はい。去年の休みも実家に帰らなかったんです。合わせる顔が無くって。」
「何も連絡してないの?」
「魔特班入りが決まった時に、手紙で報告しました。それっきりです……。」
「まあ、音信不通とかじゃないなら、それでいいんじゃないか?」
「いつか……勇気が出たら、謝りに行きたいですけどね」
「俺らも挨拶しに行こうか?」
「結婚のですか⁈」
「違います。」
身を乗り出して、何を言い出すかと思えば……。
けど、本人が元気なら、まあ良かった。
「ところで先輩」
「ん?」
ニヤニヤしながら呼んでくる。
嫌な予感しかしない。
「アイシャ先輩とはどこまで行ったんですか⁉」
……やっぱりな。
「何も」
「え、同棲してるのに⁈」
言い方をもっと何とかしてくれ。
「あ、あれはアイシャがだな……」
「なーんだ。ちょっと安心しちゃったかもです」
「安心?」
「ゴールしてないってことは、まだアタシが乱入する余地は、あるってことですもんね?」
「どうだか……」
ノエルの中では、未だに情熱が燃え続けているようだ。
俺としてはありがたい話だが、それを言えばきっと
アイシャに殺されるだろうから、自分の中で黙殺しておこう。
……っと、注文した品が来た。
瞬時に甘い匂いに包まれる。
「お待たせいたしました。ごゆっくりどうぞ」
机に並べられた品。
味が良いのは分かっているとして、その見た目も気が使われている。
ノエルはそれを、目をキラキラと輝かせながら見ている。
「いただきま~す!」
フォークで一口分を取り、口へ運ぶ。
「う~ん、おいひぃれす!」
「おう、よかったよかった」
良い笑顔だ。
これだけ喜んでもらえるなら、連れて来た甲斐があるというもの。
「はい、先輩もどーぞ」
再びフォークで一口分取って、俺へ。
……悪い笑顔だ。
「どーも」
一瞬迷ったが、思いとどまって、ノエルからフォークを奪取。
自分で食べた。
いやまあ、それが普通なんですけれども。
「ホントだ。美味しいな」
「ふふーん、美味しいですよねぇ?」
何故か、満面の笑みを浮かべるノエル。
「……?」
何を笑っているのか分からないまま、ノエルにフォークを——
「あっ」
——このフォークさっき……なるほど、嵌められたか。
暗く、無気味な部屋。壁に掛けられた燭台のロウソクが、炎を激しく揺らす。
「ま、魔王様!」
「騒々しいぞ。何事だ、ガフォーク」
慌てふためいた様子で、魔王のいる部屋へ飛び込んできた、比較的知能の高い魔物。
息を切らしながら、魔王へ緊急の知らせをする。
「予定通りニンゲンへの進軍を行ったのですが、どうやら奴らの罠だったようです!」
「……なに?」
「奴らは我々の行動を予測し、あえて撤退していたのです。ニンゲンと奴らに挟み撃ちにされ、群れはほとんど壊滅状態です!」
「何だと!おのれ……っ!」
ドンッと、肘掛けに怒りをぶつける。
拳があたった部分は壊れ、床にチリが散らばる。
「ニンゲンだけでなく、奴らまで背後からとはなっ!」
「加えて、奴らの軍勢が、手薄になったこちらへ向かっているとのこと!」
「くっ、図ったな。ガフォーク!」
「はっ!」
「貴様はニンゲンの方へ向かい、少なくとも、かの厄介者どもを殲滅してこい!」
「奴らの軍勢は如何しましょう?」
「案ずるな。我自らが葬ってくれる!」
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