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第2章:破壊
鏡写しの少女
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◇◇◇
──ニューラグーン国城下街、中等学校
「……と言う事だから、因数分解が出来ない時は、この解の公式を使って──」
昼休みが終わり、午後の授業が始まった。事前学習と演習を済ませていた少女──ポリアにとって、恐ろしく退屈な時間が始まる。
教師の話を能力の半分程度で聞きながら、彼女は、昨日目撃した人物に想いを馳せていた。
田舎町に似つかわしくない、豪華絢爛な馬車。それから降車した、クライヤマの衣服を纏った男性である。
──どうして、この街に?
もしかしたら、気のせいかもしれない。そう自分を疑いながら、脳内に定着する記憶たちに問い掛けた。
クライヤマ以外の文化にも関心があった彼女は、世界各国の書物を収取した。簡潔ではあるものの、様々な民族衣装についての記述や、絵なんかも見てきた。
その中で、クライヤマのそれと似た衣装は存在したか。
「ポリアさん」
──ううん、やっぱり無いよ
「ポリアさん」
──クライヤマの特徴はクライヤマにしか無いよね
「ポリアさん!」
「え、は、はいっ!」
思考はすっかり、余計な考え事に割かれていた。運の悪い事に、数学の問題に答えるよう、指名されていたようである。
少女は立ち上がって前を見る。
「この問題の答えは?」
黒板に大きく書かれた二次方程式を、教師はチョークでコンコンと叩く。
「えっと……」
経緯は聴き逃していたが、その問題には見覚えがあった。何日か前に解いたような気がした為、帳面のページを遡る。
──これだ
案の定、式から解までが自分の筆跡で記されていた。
「4番です」
「はい、正解です。授業はしっかり聞いて下さいね」
「はい、ごめんなさい」
ポリアが着席すると、授業が再開された。もう聞き逃さぬよう、クライヤマに関する思案を出来るだけ抑える。
──間違い、無いよね?
いくら思い出そうとしても、やはり似た衣装には心当たりが無かった。
──仮にそうとして、なんでこの国に?
東側の窓からは、未だ見慣れない巨大な鎖が確認できる。
──世論の通り、クライヤマが悪だとしたら?
──どうして、ブライトヒルの騎士さんと一緒にここへ来たの?
──クライヤマに侵略の意図があって、ブライトヒルと協力関係にあるなら、二人しか来てないのはおかしくない?
ニューラグーン国は、ブライトヒル王国に比べれば、かなりの小国である。
ブライトヒルが悪意を持って信頼を裏切れば、簡単に滅ぼされるであろう。
ニューラグーンが歯向かったとて、勝ち目がないのは明らかだ。すなわち、二国の信頼関係にはバランスなど無く、ほぼブライトヒルに偏っている。
──という事は、ブライトヒルも人員を割けない状況ってことでしょ?
それすなわち、バケモノから本国を護る事は、ブライトヒルにとっても必須事項であると言う事になる。
周辺諸国の中では最もクライヤマから近いブライトヒル。そこがバケモノに落とされれば、陥落がほぼ不可能なバケモノ達の砦が完成する。
──だからこそ、人員を大きく減らすことは出来なかった
──逆に、そんな状況なのに騎士を一人使ってまで、クライヤマの人をニューラグーンに送ったのは?
──どうして?
「せんせー!」
一人の男子生徒が、教師の話を遮る。挙手をしており、決して授業妨害を試みている様子ではない。
「はい、どうしましたか?」
「この公式は、本当は因数分解できるけど、凄く面倒な場合にも使えるんですか?」
数秒おいて、教師が彼に向かって応えた。
「使えますよ。解決策が出ない時は、多少の時間を割いてでも、公式に賭けてみてもいいかもしれないですね」
──っ!
──そっか、そう言う事だ!
今しがた思い浮かんだ考察を、帳面の最後のページに書き留める。またもや、脳のの余裕を全て持っていかれていた。
──バケモノに対する解決策は、まだ見出されてない
──そこに、クライヤマの人が無実を主張して現れたら?
──その人が、この状況を打破できる策を考えていたら?
──見えない「解」を示したのだとしたら?
──騎士を一人遣わす価値があると判断されても、おかしくないよね
考察が盛り上がり、傍から見れば勉学に必死な学生の様相であった。
……つまり、と。
ポリアは己の結論を導く。
──ブライトヒルはあの人に賭けたんだ
──あの人に、打開の可能性を見出したんだ!
満足できる推論が立ったポリアは
──やっぱりね
と、自分の気持ちが間違っていなかった事に安堵した。
クライヤマは、巫女は、世界に対する悪意など持っていないと。持っているはずがないと。
内心で興奮していた彼女は自身もまた、推論をさも真実であるかのように語っている事になど、気付いていなかったのである──。
──ニューラグーン国城下街、中等学校
「……と言う事だから、因数分解が出来ない時は、この解の公式を使って──」
昼休みが終わり、午後の授業が始まった。事前学習と演習を済ませていた少女──ポリアにとって、恐ろしく退屈な時間が始まる。
教師の話を能力の半分程度で聞きながら、彼女は、昨日目撃した人物に想いを馳せていた。
田舎町に似つかわしくない、豪華絢爛な馬車。それから降車した、クライヤマの衣服を纏った男性である。
──どうして、この街に?
もしかしたら、気のせいかもしれない。そう自分を疑いながら、脳内に定着する記憶たちに問い掛けた。
クライヤマ以外の文化にも関心があった彼女は、世界各国の書物を収取した。簡潔ではあるものの、様々な民族衣装についての記述や、絵なんかも見てきた。
その中で、クライヤマのそれと似た衣装は存在したか。
「ポリアさん」
──ううん、やっぱり無いよ
「ポリアさん」
──クライヤマの特徴はクライヤマにしか無いよね
「ポリアさん!」
「え、は、はいっ!」
思考はすっかり、余計な考え事に割かれていた。運の悪い事に、数学の問題に答えるよう、指名されていたようである。
少女は立ち上がって前を見る。
「この問題の答えは?」
黒板に大きく書かれた二次方程式を、教師はチョークでコンコンと叩く。
「えっと……」
経緯は聴き逃していたが、その問題には見覚えがあった。何日か前に解いたような気がした為、帳面のページを遡る。
──これだ
案の定、式から解までが自分の筆跡で記されていた。
「4番です」
「はい、正解です。授業はしっかり聞いて下さいね」
「はい、ごめんなさい」
ポリアが着席すると、授業が再開された。もう聞き逃さぬよう、クライヤマに関する思案を出来るだけ抑える。
──間違い、無いよね?
いくら思い出そうとしても、やはり似た衣装には心当たりが無かった。
──仮にそうとして、なんでこの国に?
東側の窓からは、未だ見慣れない巨大な鎖が確認できる。
──世論の通り、クライヤマが悪だとしたら?
──どうして、ブライトヒルの騎士さんと一緒にここへ来たの?
──クライヤマに侵略の意図があって、ブライトヒルと協力関係にあるなら、二人しか来てないのはおかしくない?
ニューラグーン国は、ブライトヒル王国に比べれば、かなりの小国である。
ブライトヒルが悪意を持って信頼を裏切れば、簡単に滅ぼされるであろう。
ニューラグーンが歯向かったとて、勝ち目がないのは明らかだ。すなわち、二国の信頼関係にはバランスなど無く、ほぼブライトヒルに偏っている。
──という事は、ブライトヒルも人員を割けない状況ってことでしょ?
それすなわち、バケモノから本国を護る事は、ブライトヒルにとっても必須事項であると言う事になる。
周辺諸国の中では最もクライヤマから近いブライトヒル。そこがバケモノに落とされれば、陥落がほぼ不可能なバケモノ達の砦が完成する。
──だからこそ、人員を大きく減らすことは出来なかった
──逆に、そんな状況なのに騎士を一人使ってまで、クライヤマの人をニューラグーンに送ったのは?
──どうして?
「せんせー!」
一人の男子生徒が、教師の話を遮る。挙手をしており、決して授業妨害を試みている様子ではない。
「はい、どうしましたか?」
「この公式は、本当は因数分解できるけど、凄く面倒な場合にも使えるんですか?」
数秒おいて、教師が彼に向かって応えた。
「使えますよ。解決策が出ない時は、多少の時間を割いてでも、公式に賭けてみてもいいかもしれないですね」
──っ!
──そっか、そう言う事だ!
今しがた思い浮かんだ考察を、帳面の最後のページに書き留める。またもや、脳のの余裕を全て持っていかれていた。
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──そこに、クライヤマの人が無実を主張して現れたら?
──その人が、この状況を打破できる策を考えていたら?
──見えない「解」を示したのだとしたら?
──騎士を一人遣わす価値があると判断されても、おかしくないよね
考察が盛り上がり、傍から見れば勉学に必死な学生の様相であった。
……つまり、と。
ポリアは己の結論を導く。
──ブライトヒルはあの人に賭けたんだ
──あの人に、打開の可能性を見出したんだ!
満足できる推論が立ったポリアは
──やっぱりね
と、自分の気持ちが間違っていなかった事に安堵した。
クライヤマは、巫女は、世界に対する悪意など持っていないと。持っているはずがないと。
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