天ノ恋慕(改稿版)

ねこかもめ

文字の大きさ
69 / 140
第4章 : 責務

導く責任

しおりを挟む
「ふざけんな!」

 今までのどの攻撃よりも大きな憎しみを込め、右手を血が滲むほど強く握り、全力で殴打を見舞った。

「ぐああああっ!」

「はぁ……はぁ……」

 老爺の体は吹っ飛び、二人の近衛兵が落ちた大穴の付近に転がった。それ以上声を放たず動かないが、呼吸はしている。あまりに強い衝撃によって気を失ったのだ。

「うっ……!」

 衝動的な殺意に支配されていたタカミは、しかし、突如体に力が入らなくなり膝を付いた。

「くそ、力ぁ使いすぎたか……?」

 ふと目眩がし、右手で顔を覆って気を確かに持つ。が、やはり立ち上がる程の力は入らなかった。

 俯いて必死に意識を保つ。頭を横に振り歪みを払っていると、聞き馴染みのある声がした。

「よう、無事か?」

「ムスビ……まぁ、なんとかな」

「奴は……死んだのか?」

「いいや、まだ息はある」

「そうか。なら捕縛して、さっさと脱出しよう。ヤケクソになった奴が火を着けやがった。ここもじきに燃えちまう。立てっか?」

 ムスビが手を差し伸べ、タカミはそれを取る。足に力を込め、己の体重を支えんと悪戦苦闘していた。

「ははっ。だいぶ派手に暴れたみてぇだな」

「ああ、ちっとやり過ぎたかもな」

「まあ良いさ。これが終わればゆっく──」

「……?」

ムスビの言葉が違和感のある場所で途切れた。いったい何事かと、タカミは視線を床から前方に移す。

「ム……スビ……?」

タカミの目に映ったのは、反乱の仲間であるムスビの姿。しかし同時に、その腹から突き出した刃も見えた。

「ムスビ!」

「バカな奴ら……だ!」

先程まで大穴の傍で倒れていた老爺であった。隠していたのか、拾ったのか、武器を手に取りムスビを背後から貫いていた。

「タカミ、行け」

「……ムスビ?」

 刺されたまま強引に振り返り、王の首を掴んだ。そのまま、ゆっくりと前に進む。

「反乱を率いた俺らには……他のみんなを導く責任が、ある……。悪いが、俺はそいつを……果たせそうにねぇ」

「何を言って──」

「絶望に耐えて、自由を夢見た……みんなを、お前が導くんだ! お前は、誰かの為に行動出来る奴だ」

「……」

 星空の下で己にかけられた女神の言葉がフラッシュバックする。南部採石場における素敵な人。タカミを鼓舞した言葉だ。

「だから、行け!」

「は、放せっ!」

「俺は一足先に……はぁ……ミナカたちのとこに行ってる。お前は、暫く、来るんじゃねえぞ!」

「ムスビ? 待て、待て! ムスビ!」

 王を連れて大穴へ向かう彼の歩みが早まる。這うように彼を追うタカミだが、追いつく事はかなわない。

「ま、待て貴様! 止めろ!」

喚く老爺の首を掴んだまま、ミナカは大穴へ向かう。

「……頼んだぞ、タカミ」

「ムスビ!」

「放せ!」

最期にふっと笑い、ムスビはそのまま大穴へ飛び込んだ。

「ムスビーーッ!」

 恐怖に屈して手を伸ばさず、大切な命を幾度も亡くした鬼は今、手を伸ばしてなお大事な命を失った。突き出した瓦礫と炎により、ムスビと老爺はいとも容易くこの世を去った。

──くそ、くそくそ!

──俺はまた、何も守れなかった!

何度も何度も、拳を床に叩きつけた。

──なんでもっと早く動かなかった

──なんで、俺はいつも立てねぇんだ!

 後悔をしながら地を這ってなんとか屋敷から脱したタカミは、そのまま、最初に待機した物陰まで退避した。

「ムスビ、ミナカ……ウズメ」

 皮肉にも美しい星空と、それに似つかわしくない煙の臭いが彼を刺激する。

──責任、か

 仲間の遺言が脳裏に響く。やがて炎が屋敷全体を燃し始めた頃、タカミは疲労のあまり眠りに就いた──。

◇◇◇

 ──翌朝

 いつも通りに起床し、今日も岩を運ぶのかと憂鬱な気分で住処を出た労働者たちは、異様な景色を見た。憎たらしい存在が住まう屋敷は真っ黒に焦げ、大穴が開いていた。

 なんだなんだと騒ぎになる中、南部火薬庫への放火を担当した若い男は、屋敷近くで眠るタカミを発見した。

「タカミさん、タカミさん!」

「……ん? ああ、しまった、寝ちまったか」

 一眠りして体力が回復したタカミは立ち上がり、意識が飛ぶ前の記憶を遡った。

「他の皆さんは?」

「……っ! 他の襲撃要員がどうなったかは分かんねぇが、少なくともムスビは……」

 悲しげなタカミの表情を見て、彼は反乱の結果を察した。

「……試合には勝った。けど、またデケェものを亡くしたよ、俺は」

「タカミさん」

「ああ、分かってる。反乱を知らなかった奴らは混乱してる。俺が……」

友の遺言がまた脳内で響き渡る。

──みんなを導く責任がある

──お前が導くんだ

「……やってやるさ。お前らの分まで、背負ってやる。力だけが俺の取り柄だからな」

「……?」

「よし、行くぞ。俺たちの自由は……取り返した!」

「……はい!」

 日が昇った南部採石場。混迷する奴隷だった者たちをまとめるため。二度と歴史を繰り返さぬよう、最低限、国と呼べる場所にするため。死んだ者を弔うため。

 そんないくつもの責務を全うするため、タカミは、草を掻き分けて出ていった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

レベルが上がらない【無駄骨】スキルのせいで両親に殺されかけたむっつりスケベがスキルを奪って世界を救う話。

玉ねぎサーモン
ファンタジー
絶望スキル× 害悪スキル=限界突破のユニークスキル…!? 成長できない主人公と存在するだけで周りを傷つける美少女が出会ったら、激レアユニークスキルに! 故郷を魔王に滅ぼされたむっつりスケベな主人公。 この世界ではおよそ1000人に1人がスキルを覚醒する。 持てるスキルは人によって決まっており、1つから最大5つまで。 主人公のロックは世界最高5つのスキルを持てるため将来を期待されたが、覚醒したのはハズレスキルばかり。レベルアップ時のステータス上昇値が半減する「成長抑制」を覚えたかと思えば、その次には経験値が一切入らなくなる「無駄骨」…。 期待を裏切ったため育ての親に殺されかける。 その後最高レア度のユニークスキル「スキルスナッチ」スキルを覚醒。 仲間と出会いさらに強力なユニークスキルを手に入れて世界最強へ…!? 美少女たちと冒険する主人公は、仇をとり、故郷を取り戻すことができるのか。 この作品はカクヨム・小説家になろう・Youtubeにも掲載しています。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

【完結】追放された子爵令嬢は実力で這い上がる〜家に帰ってこい?いえ、そんなのお断りです〜

Nekoyama
ファンタジー
魔法が優れた強い者が家督を継ぐ。そんな実力主義の子爵家の養女に入って4年、マリーナは魔法もマナーも勉学も頑張り、貴族令嬢にふさわしい教養を身に付けた。来年に魔法学園への入学をひかえ、期待に胸を膨らませていた矢先、家を追放されてしまう。放り出されたマリーナは怒りを胸に立ち上がり、幸せを掴んでいく。

この争いの絶えない世界で ~魔王になって平和の為に戦いますR

ばたっちゅ
ファンタジー
相和義輝(あいわよしき)は新たな魔王として現代から召喚される。 だがその世界は、世界の殆どを支配した人類が、僅かに残る魔族を滅ぼす戦いを始めていた。 無為に死に逝く人間達、荒廃する自然……こんな無駄な争いは止めなければいけない。だが人類にもまた、戦うべき理由と、戦いを止められない事情があった。 人類を会話のテーブルまで引っ張り出すには、結局戦争に勝利するしかない。 だが魔王として用意された力は、死を予感する力と全ての文字と言葉を理解する力のみ。 自分一人の力で戦う事は出来ないが、強力な魔人や個性豊かな魔族たちの力を借りて戦う事を決意する。 殺戮の果てに、互いが共存する未来があると信じて。

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

最強剣士が転生した世界は魔法しかない異世界でした! ~基礎魔法しか使えませんが魔法剣で成り上がります~

渡琉兎
ファンタジー
政権争いに巻き込まれた騎士団長で天才剣士のアルベルト・マリノワーナ。 彼はどこにも属していなかったが、敵に回ると厄介だという理由だけで毒を盛られて殺されてしまった。 剣の道を極める──志半ばで死んでしまったアルベルトを不憫に思った女神は、アルベルトの望む能力をそのままに転生する権利を与えた。 アルベルトが望んだ能力はもちろん、剣術の能力。 転生した先で剣の道を極めることを心に誓ったアルベルトだったが──転生先は魔法が発展した、魔法師だらけの異世界だった! 剣術が廃れた世界で、剣術で最強を目指すアルベルト──改め、アル・ノワールの成り上がり物語。 ※アルファポリス、カクヨム、小説家になろうにて同時掲載しています。

レディース異世界満喫禄

日の丸
ファンタジー
〇城県のレディース輝夜の総長篠原連は18才で死んでしまう。 その死に方があまりな死に方だったので運命神の1人に異世界におくられることに。 その世界で出会う仲間と様々な体験をたのしむ!!

処理中です...