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鳥のさえずりが聞こえる。それが、冬の終わりを告げる。
学生たちのささやかな春休みは、きのうで散ってしまった。
山鈴東高校の森川浩一は、三年生になった。久しぶりに学生服の袖をとおしながら、感慨深げに思った。
──高校生活も、あと一年か……
高校生になってから、あっという間に二年の歳月が過ぎ去ったように思う。
休み気分が抜けないまま、朝から貼りついて離れない眠気とともに、学校へ歩を進める。春の陽気が、浩一の全身を包んでゆく。
通学途中で、犬を飼っている家の前をよこぎる。頭の悪そうな犬が、浩一に吠えた。
「相変わらず、うるさいな」
通学時の、いつもの光景である。だが、それもあと一年で、これまでとはちがう日常に変わるだろう。
学校に到着した浩一は、自分がどのクラスになったのかを確かめる。
教室の外に貼りだされた名前を見てみると、浩一はA組だった。二年生のときにいっしょだった生徒もいれば、三年生になってはじめていっしょになる生徒もいる。
不意に、ある名前が浩一の目に飛びこんでくる。
吉野友理奈──彼女と浩一は、一年生のときに同じクラスになった。二人とも同じ中学校にかよい、友理奈はそのころから眼鏡をかけて、髪の両サイドをおさげにしていた。
塾へ行かなくても学年上位の成績をキープしていたので、頭の良さは誰もが認めていたが、それ以外はまったく目立つことのない女の子だった。
友だちも少ないようで、女子たちの間でも、彼女は勉強以外で話題になることはほとんどなかった。
高校へ進学する際、友理奈はてっきり地元から離れた他地区にある私立の進学校へ行くものだと思ったところが、予想に反して浩一と同じ公立の学校へ進学したのには驚いた。
この山鈴東高校で、一年生のときはクラスの副委員長をつとめ、二年生のときもそうだったらしい。
──吉野といっしょか
浩一はそう思いながら、なんとなく横を向いたとたんに、ビクッとする。
知らないうちに、浩一のすぐとなりに友理奈が立っている。一五二センチという小柄な身長のせいもあるだろうが、彼女は本当に目立たない。
友理奈は浩一の方へ顔を向けて、自分より二十センチほど背が高い浩一を見上げた。
「森川くん、いっしょのクラスになったね」
「う、うん」
浩一の心臓が、異様に高鳴ってくる。女子から話しかけられるという、浩一にしてはめったにないことが自分の身に起こり、パニックに陥ったようにあたふたしてしまう。
会話を続けなければと思い、言葉をさがすのに必死だ。
「今年は大学受験だね。吉野は、どこの大学を受験……」
話しかけた言葉は、最後まで続かなかった。友理奈は浩一から目をそらし、暗い顔をしてうつむいてしまった。
浩一は、彼女を傷つけることを言ってしまったのだろうかと気になった。しかし、自分がいま口にした「今年は大学受験だね」というひと言に、彼女を傷つける要素がふくまれているとは思えなかった。
浩一が悩んでいるうちに、友理奈は教室に入ってゆく。友理奈のことが心に引っかかっているが、そんなことはおかまいなしに始業式がはじまり、またたく間にその日の行事が終わってしまった。
友理奈に声をかけづらいと思っているうちに、結局はなにもできないまま、ひとりで自宅までの道を歩く。
浩一としては、なんともしっくりこない高校三年生としてのスタートとなった。
翌日、クラスの役員決めがおこなわれた。三年A組を担当する教師は、頭を角刈りにした中年太りの和泉という先生だ。彼は身体も声も大きく、担当する教科は世界史だ。
浩一は小学生のときから帰宅部で、高校三年生になってもその道をつらぬきそうだ。
友理奈は、今年もクラスの副委員長に選ばれた。三年連続で副委員長をつとめるのは、快挙といっていいだろう。
ちなみに、委員長は仲本という男子だ。それほど顔も頭も良いわけではないけれど、彼はいつもクラスのみんなに親しまれる人気者である。
クラスのなかには知らない顔が見えるが、知っている生徒も多い。それが、浩一をなんとなく安心させる。
今年はこれまでとはちがって大学受験があるのだが、浩一はこれまでどおり、とくに問題なく平凡な高校生活が卒業するまで続くだろうと思っている。
まちがっても、自分に変わったことはなにも起こらない。浩一は、そう信じていた。
だが、予想もできない運命が己を待ちかまえていることを、浩一自身は知るよしもなかった。
始業式の日から、あっという間に一ヶ月が過ぎた。
浩一は、親友とよべるほど深い仲の友だちはいないが、カラオケにいっしょに行く友だちは多い。いつも男子ばかりで、きまったメンバーの集団となる。
そういう自分たちを「モテない連盟」といいながら、みんなと話をするのが楽しかった。全員が塾へ行ったこともなく、かといって自宅で勉強に精を出すこともない。
なにより、モテない事実を自覚している彼らである。
自分は受験生だという自覚がまったく足りず、頭が良くないと自ら認める彼らは、ゴールデンウィークもそんな調子で終わるのだった。
学生たちのささやかな春休みは、きのうで散ってしまった。
山鈴東高校の森川浩一は、三年生になった。久しぶりに学生服の袖をとおしながら、感慨深げに思った。
──高校生活も、あと一年か……
高校生になってから、あっという間に二年の歳月が過ぎ去ったように思う。
休み気分が抜けないまま、朝から貼りついて離れない眠気とともに、学校へ歩を進める。春の陽気が、浩一の全身を包んでゆく。
通学途中で、犬を飼っている家の前をよこぎる。頭の悪そうな犬が、浩一に吠えた。
「相変わらず、うるさいな」
通学時の、いつもの光景である。だが、それもあと一年で、これまでとはちがう日常に変わるだろう。
学校に到着した浩一は、自分がどのクラスになったのかを確かめる。
教室の外に貼りだされた名前を見てみると、浩一はA組だった。二年生のときにいっしょだった生徒もいれば、三年生になってはじめていっしょになる生徒もいる。
不意に、ある名前が浩一の目に飛びこんでくる。
吉野友理奈──彼女と浩一は、一年生のときに同じクラスになった。二人とも同じ中学校にかよい、友理奈はそのころから眼鏡をかけて、髪の両サイドをおさげにしていた。
塾へ行かなくても学年上位の成績をキープしていたので、頭の良さは誰もが認めていたが、それ以外はまったく目立つことのない女の子だった。
友だちも少ないようで、女子たちの間でも、彼女は勉強以外で話題になることはほとんどなかった。
高校へ進学する際、友理奈はてっきり地元から離れた他地区にある私立の進学校へ行くものだと思ったところが、予想に反して浩一と同じ公立の学校へ進学したのには驚いた。
この山鈴東高校で、一年生のときはクラスの副委員長をつとめ、二年生のときもそうだったらしい。
──吉野といっしょか
浩一はそう思いながら、なんとなく横を向いたとたんに、ビクッとする。
知らないうちに、浩一のすぐとなりに友理奈が立っている。一五二センチという小柄な身長のせいもあるだろうが、彼女は本当に目立たない。
友理奈は浩一の方へ顔を向けて、自分より二十センチほど背が高い浩一を見上げた。
「森川くん、いっしょのクラスになったね」
「う、うん」
浩一の心臓が、異様に高鳴ってくる。女子から話しかけられるという、浩一にしてはめったにないことが自分の身に起こり、パニックに陥ったようにあたふたしてしまう。
会話を続けなければと思い、言葉をさがすのに必死だ。
「今年は大学受験だね。吉野は、どこの大学を受験……」
話しかけた言葉は、最後まで続かなかった。友理奈は浩一から目をそらし、暗い顔をしてうつむいてしまった。
浩一は、彼女を傷つけることを言ってしまったのだろうかと気になった。しかし、自分がいま口にした「今年は大学受験だね」というひと言に、彼女を傷つける要素がふくまれているとは思えなかった。
浩一が悩んでいるうちに、友理奈は教室に入ってゆく。友理奈のことが心に引っかかっているが、そんなことはおかまいなしに始業式がはじまり、またたく間にその日の行事が終わってしまった。
友理奈に声をかけづらいと思っているうちに、結局はなにもできないまま、ひとりで自宅までの道を歩く。
浩一としては、なんともしっくりこない高校三年生としてのスタートとなった。
翌日、クラスの役員決めがおこなわれた。三年A組を担当する教師は、頭を角刈りにした中年太りの和泉という先生だ。彼は身体も声も大きく、担当する教科は世界史だ。
浩一は小学生のときから帰宅部で、高校三年生になってもその道をつらぬきそうだ。
友理奈は、今年もクラスの副委員長に選ばれた。三年連続で副委員長をつとめるのは、快挙といっていいだろう。
ちなみに、委員長は仲本という男子だ。それほど顔も頭も良いわけではないけれど、彼はいつもクラスのみんなに親しまれる人気者である。
クラスのなかには知らない顔が見えるが、知っている生徒も多い。それが、浩一をなんとなく安心させる。
今年はこれまでとはちがって大学受験があるのだが、浩一はこれまでどおり、とくに問題なく平凡な高校生活が卒業するまで続くだろうと思っている。
まちがっても、自分に変わったことはなにも起こらない。浩一は、そう信じていた。
だが、予想もできない運命が己を待ちかまえていることを、浩一自身は知るよしもなかった。
始業式の日から、あっという間に一ヶ月が過ぎた。
浩一は、親友とよべるほど深い仲の友だちはいないが、カラオケにいっしょに行く友だちは多い。いつも男子ばかりで、きまったメンバーの集団となる。
そういう自分たちを「モテない連盟」といいながら、みんなと話をするのが楽しかった。全員が塾へ行ったこともなく、かといって自宅で勉強に精を出すこともない。
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