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浩一は焦った。
「か、帰ろうとして校門を過ぎたところで、谷本にゲームの攻略本をわたす約束をしてたのを思い出したんだ」
かなりあたふたしながら、誤解をとこうと必死になる。
「それで教室にひきかえすと谷本はいなくて、なぜか吉野がいて、頭をかかえて座っていたんだ」
そこまで説明したとき、谷本は「ああ、そうか」と言って、うなずいた。浩一の話をやけに簡単に信じる谷本に、浩一は肩すかしをくらった気分になった。
二人は校門を出て、途中で別れるまでいっしょに歩きながら話す。話題となったのは、やはり友理奈のことだ。
谷本が神妙な顔つきになる。
「吉野は去年の二学期ぐらいから、そういう感じだったらしいよ」
「本当に?」
「ああ。吉野が二年生のときに同じクラスだった女子たちが、話してた」
谷本のクラスで、就職組の生徒が話題になるときがあるのだが、そこで友理奈の名前が出てきたことがある。
「放課後、誰もいない教室で頭をかかえて悩んでいるみたいだって、女子たちの方でも噂していたらしい」
「………」
友理奈の悩みはそんなに前からのことだったとは、浩一には思いもよらない。
谷本の顔に、やるせない想いが浮かぶ。
「助けてやりたくても、なにもできねえよな、俺たちは」
子供は大人の問題に否応なしに巻き込まれ、ふりまわされるだけだ。
「まあ、話を聞いてやるだけでも、吉野はずいぶん楽になると思うよ」
そうだといいんだけど……と、浩一は思う。
谷本は言葉を続ける。
「でも、吉野は俺たちとはちがって、頭がいいからなあ。大学への進学は、簡単にはあきらめられないだろうな」
だから友理奈は、ひたすら悩んでいるのだ。考えなくてもわかる。
浩一は谷本と別れたあとも、友理奈のことが気になった。
──あんなに頭のいい吉野が、大学へ行けなくなるかもしれないなんて
人間の運命は、なんて残酷なんだろう。他人事ながら、そう思わずにいられなかった。
今年は、梅雨明けが遅くなりそうだという。
授業中、窓の外から降り続く雨を見ながら、浩一はぼんやりと考える。思えば、なんの変哲もない学生生活を過ごしている。
いままでずっと帰宅部で、みんなとの付き合いもほどほどにやってきた。楽しいこともイヤなこともいろいろあったが、記憶の底にのこるほど強烈なものはない。
クラブ活動に必死でがんばっている彼らのように、熱くなれるものが、ひとつもなかった。
しかし、友理奈のように家庭の問題に苦悩することもなく、平和な日々を過ごしている。
──それでいいんじゃないか?
とにかく、平穏ぶじに学校を卒業することが、学生にとってはなにより大事であるはずだ。もちろん、大学受験という難関が待ち受けてはいるのだが。
ただ、二度と取りもどせない大切な時間を、だらだらと無意味につぶしてきたように思う。
自分はこれまで、やるべきことをやってきたといえるだろうか。成長したと自信をもっていえるだろうか。
──ぼくは、本当に大人になれるのだろうか
ふと、そう思った。
またたく間に、望みもしない期末試験がやってくる。静まりかえった教室の空気が、おのずと緊張感を高めてゆく。
浩一は、ふだんより自宅での勉強に気合いが入っていたせいか、いつもよりかは筆記具をもつ手の動きが進む。
斜め右前にすわる友理奈に、チラリと視線を向ける。彼女は前屈みになり、ただでさえ近眼なのに、さらに近眼が進むぞといいたくなるほど答案用紙に顔を近づけて、必死に答えを埋めている。
浩一など及びもつかない集中力が、ひしひしと伝わってくるようだ。しかし、彼女のその努力は報われるのだろうか。
友理奈に心をとらわれそうになる浩一は、邪念をふりはらうように首を横にふる。
──いまは、目の前のテストに全力をそそぐべきだ
人のことを心配する余裕などないことは、自分でわかっている。
期末試験の初日は、ずっと緊張感が保たれたなかで行われ、浩一はいつになく問題が解けたことに満足していた。
──明日も、この調子でいきたいな
帰宅して着替えるなり、教科書をひらく。今日は仕事が休みの母親が、部屋をのぞきにくる。
「おまえ、少しは勉強……!」
いつものセリフは途中で中断し、絶句する。
「こ、浩一、大丈夫? なにかあったの? 熱でもあるんじゃ」
「なんだよっ」
浩一は、帰宅してすぐに勉強するのが、そんなにめずらしいのかと憤る。いや、実際にめずらしいのだが。
母親はよほど嬉しかったらしく、この日の夕食は、浩一も父親も目を丸くするほど豪勢なものとなった。
「か、帰ろうとして校門を過ぎたところで、谷本にゲームの攻略本をわたす約束をしてたのを思い出したんだ」
かなりあたふたしながら、誤解をとこうと必死になる。
「それで教室にひきかえすと谷本はいなくて、なぜか吉野がいて、頭をかかえて座っていたんだ」
そこまで説明したとき、谷本は「ああ、そうか」と言って、うなずいた。浩一の話をやけに簡単に信じる谷本に、浩一は肩すかしをくらった気分になった。
二人は校門を出て、途中で別れるまでいっしょに歩きながら話す。話題となったのは、やはり友理奈のことだ。
谷本が神妙な顔つきになる。
「吉野は去年の二学期ぐらいから、そういう感じだったらしいよ」
「本当に?」
「ああ。吉野が二年生のときに同じクラスだった女子たちが、話してた」
谷本のクラスで、就職組の生徒が話題になるときがあるのだが、そこで友理奈の名前が出てきたことがある。
「放課後、誰もいない教室で頭をかかえて悩んでいるみたいだって、女子たちの方でも噂していたらしい」
「………」
友理奈の悩みはそんなに前からのことだったとは、浩一には思いもよらない。
谷本の顔に、やるせない想いが浮かぶ。
「助けてやりたくても、なにもできねえよな、俺たちは」
子供は大人の問題に否応なしに巻き込まれ、ふりまわされるだけだ。
「まあ、話を聞いてやるだけでも、吉野はずいぶん楽になると思うよ」
そうだといいんだけど……と、浩一は思う。
谷本は言葉を続ける。
「でも、吉野は俺たちとはちがって、頭がいいからなあ。大学への進学は、簡単にはあきらめられないだろうな」
だから友理奈は、ひたすら悩んでいるのだ。考えなくてもわかる。
浩一は谷本と別れたあとも、友理奈のことが気になった。
──あんなに頭のいい吉野が、大学へ行けなくなるかもしれないなんて
人間の運命は、なんて残酷なんだろう。他人事ながら、そう思わずにいられなかった。
今年は、梅雨明けが遅くなりそうだという。
授業中、窓の外から降り続く雨を見ながら、浩一はぼんやりと考える。思えば、なんの変哲もない学生生活を過ごしている。
いままでずっと帰宅部で、みんなとの付き合いもほどほどにやってきた。楽しいこともイヤなこともいろいろあったが、記憶の底にのこるほど強烈なものはない。
クラブ活動に必死でがんばっている彼らのように、熱くなれるものが、ひとつもなかった。
しかし、友理奈のように家庭の問題に苦悩することもなく、平和な日々を過ごしている。
──それでいいんじゃないか?
とにかく、平穏ぶじに学校を卒業することが、学生にとってはなにより大事であるはずだ。もちろん、大学受験という難関が待ち受けてはいるのだが。
ただ、二度と取りもどせない大切な時間を、だらだらと無意味につぶしてきたように思う。
自分はこれまで、やるべきことをやってきたといえるだろうか。成長したと自信をもっていえるだろうか。
──ぼくは、本当に大人になれるのだろうか
ふと、そう思った。
またたく間に、望みもしない期末試験がやってくる。静まりかえった教室の空気が、おのずと緊張感を高めてゆく。
浩一は、ふだんより自宅での勉強に気合いが入っていたせいか、いつもよりかは筆記具をもつ手の動きが進む。
斜め右前にすわる友理奈に、チラリと視線を向ける。彼女は前屈みになり、ただでさえ近眼なのに、さらに近眼が進むぞといいたくなるほど答案用紙に顔を近づけて、必死に答えを埋めている。
浩一など及びもつかない集中力が、ひしひしと伝わってくるようだ。しかし、彼女のその努力は報われるのだろうか。
友理奈に心をとらわれそうになる浩一は、邪念をふりはらうように首を横にふる。
──いまは、目の前のテストに全力をそそぐべきだ
人のことを心配する余裕などないことは、自分でわかっている。
期末試験の初日は、ずっと緊張感が保たれたなかで行われ、浩一はいつになく問題が解けたことに満足していた。
──明日も、この調子でいきたいな
帰宅して着替えるなり、教科書をひらく。今日は仕事が休みの母親が、部屋をのぞきにくる。
「おまえ、少しは勉強……!」
いつものセリフは途中で中断し、絶句する。
「こ、浩一、大丈夫? なにかあったの? 熱でもあるんじゃ」
「なんだよっ」
浩一は、帰宅してすぐに勉強するのが、そんなにめずらしいのかと憤る。いや、実際にめずらしいのだが。
母親はよほど嬉しかったらしく、この日の夕食は、浩一も父親も目を丸くするほど豪勢なものとなった。
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