ガールフレンドのアリス

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アリスにデートのお誘いを

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「爽太くん、おでこは痛くない?」
「もう大丈夫。痛みとか全然ないし」

 爽太は自分のおでこを人差し指で軽く叩きアピールすると、細谷が表情を明るくした。

「そっか~! ほんと、すごく心配してたんだ。保健室に連れて行くときは足元がふらついていたし、ベッドに横になったらすぐ寝ちゃったし……」
「あははは……、ごめん。俺が教室のドアにおでこを、ぶつけたりしたから……」
「ううん、気にしないで。ふふっ、でも元気そうで良かった」

 細谷はそう言うと、嬉しそうに目を細めた。なにその優しさ。高木とはえらい違いだ。あいつ、俺のケガの心配なんて一切なかったよ……。

「これなら爽太くん、早退しても大丈夫そうだね」
「えっ? お、俺?」

 爽太が不思議そうに小首を傾げると、細谷は優しく微笑む。

「藤井先生がね、爽太くんが元気そうなら、昼休み終わったら大事をとって早退するように伝えといて、って頼まれてたんだ。ランドセルも一緒に持ってきといて良かったよ」

 細谷がそう言いながら、自分が座っているパイプ椅子の下に視線を向けた。そこには黒のランドセル。あっ、それって俺のか。ほんと今日は細谷に迷惑かけてばっかだな。
 爽太はためらいながらも、口を開いた。

「そ、その、ありがと。色々と……」
「ううん、気にしないで。友達でしょ、ぼく達。じゃあランドセル、ここに置いとくね」
「お、おう」

 爽太が答えると、細谷は優しく笑いかけてきた。ほんと、良い奴すぎる。なんか心変に配になってくるぞ……、お、俺が守ってやらなきゃ……。って、何あほな事考えてんだ俺は!? 
 すると細谷が何やらそわそわしだした。爽太の額に汗が滲む。まさか、俺の心の声がばれたのか。

「ね、ねえ、爽太くん」
「は、はい!」

 細谷が頬をほんのり赤らめ、潤んだ瞳でこちらを見つめる。爽太がどぎまぎしていると、細谷が意を決したかのように口を開いた。

「その……、た、高木さんと! な、何話してたの?」
「……、へっ?」

 爽太が腑抜けた声を発すると、細谷が恥ずかしそうに話しを続ける。

「えっと、ちょっと気になって……。つっ! ご、ごめん! こんなこと聞くの失礼だよね……!」

 良かった。俺の心の声がバレたわけではなかった。って、今はそうじゃない。
 爽太は考え込む。細谷にどう説明したらいいものか。素直にアリスとのデートについて話していたなんて言うわけにはいかない。そもそも、俺が今アリスとややこしい関係になっていることをいう訳にはいかない。は、恥ずかしいから。それに、高木にも『言うな』と釘を刺されているからなぁ。

「いや、その……、大したことじゃないから。気にしなくて良いよ」
「そ、そうなんだ……」

 細谷は小さくそう言うと、何やら黙り込んでしまった。あれ? 細谷?

「あ、あのね。爽太くん」
「ん?」
「僕、爽太くんのベッドの側まで来たときにね……、その、女性の声がするなぁ~って思って」
「えっ? あ、ああ」
「話が終わるまで待っといた方が良いのかなって思って……、ちょっとだけ! ほ、ほんのちょっとだけだよ! 近くで待ってたんだ……」
「う、うん……」
「それで、その……、ちょっとだけ、は、話を、き、聞いちゃったんだよね……」

 その言葉に、爽太の喉が鳴る。き、聞こえてた? そ、それってまさか、アリスとの――、

 すると細谷が、ゆっくりと口を動かした。

「そ、その……、高木さんと、デ、デ、デー」

 そのとき、昼休み終了の予鈴が鳴り響いた。
 爽太と細谷がビックリして、互いに両肩が跳ねた。すると細谷が慌てて声を発する。

「ご、ごめん! 爽太くん! ぼ、僕、教室に戻るね!」
「あっ! ほ、細谷!?」

 爽太の引き留めるような声を振り切り、細谷は勢いよく立ち上がってベッドのカーテンを開けて離れていく。保健室の先生に一言別れを告げ、あっという間に出ていってしまった。
 爽太の鼓動が早鐘を打つ。ほ、細谷、まさか、俺と、高木とのデート練習について知ってしまったのか……!? 細谷は確実に、『デート』と言おうとしてた。ど、どうしよ……。もしかしたら、すごく勘違いされているかも知れない。ここは早く言うべきだろうか。俺は高木のこと何とも思ってないから、と。いやしかし、逆に怪しまれるのでは……。

 頭を悩ます爽太に、保健室の先生が側にやって来た。

「いや~、良い友達を持ったね~。お昼休みにもお見舞いに来てくれるなんてさ。この人気者め~、ふふっ」
「えっ? いや、まあ~……、あははは……」

 保健室の先生の陽気な声に、曖昧に返す爽太。保健室の先生が言ったという言葉に、高木と細谷の顔がふと浮かんだ。……ん? あれ? 
 爽太が保健室の先生を凝視すると、

「さて、あと1人は誰でしょう? ヒントは、クラスメイトだよ」

 と、なにやらクイズ形式にされてしまった。居心地の悪さを感じつつも、爽太は考え込む。だが答えが出そうにない。
 爽太の不満げな顔で分かったのか、保健室の先生はニヤッと笑う。

「すごく可愛い女の子。名前が、不思議の国の主人公と同じだよ~」
「えっ? ……ええっ!?」

 それはもう答えじゃないか! ア、アリスに決まっている! でも俺、会ってないんだけど!?
 爽太の困惑顔に、保健室の先生が苦笑する。

「君が、細谷くんと話している時にね、こそっと来たのよ~。保健室の入り口でおろおろしててね。入って来なさ~い、って手招きしたんだけど、会うのは恥ずかしいって感じで。ふふ、それでね、『爽太くんは大丈夫よ~』、って感じで伝えたら、嬉しそうにしてたわよ~」

 なっ……!? ア、アリスが……!? お、俺のこと心配して……。

 保健室の先生が冷やかすような口調で話しかけてくる。

「このこの~、隅に置けないわね。可愛い女の子が2人もお見舞いに来てくれるなんて。でもちょっと感心しないなぁ~、同時に手を出してるんじゃないでしょうね。『女遊び』をしてると、痛い目に合うからおすすめしないよ~?」
「そ、そんなことしてませんから!? そうじゃなくて――」

 と、そこまで言って、爽太は思わず口をつぐんだ。高木とのデート練習、そしてアリスをデートに誘う……、これって、ある意味、当てはまっているのでは……。
 急に静止して息を飲む爽太に、保健室の先生の声がなんだか冷ややかになる。

「あれ? ……、まさか、ほんとにそんなことしてるの?」

 保健室の先生が冷たい視線をおくる。
 い、いや、そ、そうじゃなくて!? や、やばい!!
 するとそのとき、昼休み終了の本鈴が鳴った。爽太は弾かれるようにベッドから飛び出て、ランドセルを掴んだ。

「あ、ありがとうございました! 俺、帰ります!」
「あっ! ちょっと! 慌てずにゆっくり帰りなさいね!! あと女遊びは絶対ダメよ~!」

 そんなのしてませんから!? 何言ってんのあの人!? 爽太は心の中で強く訴えながら、保健室を後にした。

 小学校の門をくぐると、いくらか気持ちが落ち着き始めた。早足だった歩調を緩める。
 ふぅー……、今日はほんと、疲れた……。保健室の先生を始め、高木に、細谷と
……。

『君が、細谷くんと話している時にね、こそっと来たのよ~』

「アリス、お見舞いに来てくれたんだ」

 爽太はぽつりと呟いた。すごく、嬉しい。少しでも良いから……、会いたかった。胸がなんだか苦しくなる。えっ? いや、待て待て!? な、何だこの気持ち!? 落ち着け、深呼吸! 深呼吸しよ!

 歩みを止め、息を整えた。ふと、ポケットの違和感に気づいた。あっ、そっか、高木の手紙入れっぱなしだったな……。

『アリスをデートに誘う』

 頬が熱くなったのが分かった。
 デ、デートのお誘い……。
 緊張して手が汗ばむ。でも、そ、その前に、高木とのデート練習をこなして……。

『女遊びはダメよ~!』

 と保健室の先生の言葉が頭によぎった。

 ち!? 違うから!! こ、これは決して女遊びではない!! ちゃ、ちゃんとした真面目なやつだから!! そ、それに!! 俺の気持ちは、アリスだけだ!! …………、はぅ……!?

 爽太は自分に強く言い聞かせた言葉に、赤面した。心臓が破裂するのではないくらいバクバクしている。綺麗で可愛らしい、アリスの笑顔が脳内に浮かぶ。それは、美しくて愛らしい、可憐な花のようで。観る者の心を魅了する。

「わ、わわわわわっ!? って落ち着け!! こ、こんなことでどうする!? し、しっかりしろ俺!! 俺には、やらなきゃいけないことがあるだろ!!」

 爽太は、必死に自分に言い聞かし、そして心の中で強く決意する。

 家に帰ったら、書くんだ! そして、明日、わ、渡すんだ! ア、アリスに!! 

 拳を握る。

 デートに誘う手紙を!!

 爽太は駆け足で帰宅を急いだ。
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