私が一番近かったのに…

和泉 花奈

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7章:一番近くに...

56話

「条件…って何?先に言っておくけど、あまり高い物は買えないよ」

「…はぁ。お前は一体、俺を何だと思っているんだ?物を買わせるわけがないだろう。
それに、そんな難しいことをお前に要求したりなんかしない」

確かに言われてみればそうだ。となると、条件とは一体、何なのだろうか。
途端に緊張してきた…。次にどんな言葉がくるのか、まだ心の準備ができていない。
私にできることだと分かっていても、それでも不安になってしまうのは、きっと自分に自信が持てないせいなのかもしれない。
もう一度、やり直すチャンスを頂いた。次こそ失敗なんてできない。もう二度とあなたを失いたくないから。

「それじゃ、どんな条件なの…?」

怖い…。でも知りたい。愁、早く教えてよ。

「まずは俺の話をちゃんと最後まで聞いてほしい。
今から話したいことがあるんだが、時間は大丈夫か?」

まだ話したいことがあるみたいだ。一体、どんな話をするのだろうか。
私はその話を聞いてどう思うのか、全く想像できなかった。

「大丈夫。時間ならいくらでもあるから。それで、場所はどこにするの?」

今ならまだお店もやっている時間帯だ。だからといって、お店で話せるような内容ではない。
となるとこの流れはやっぱり、家しかない。今、部屋が綺麗かどうか不安になってきた…。
この際、そんなことを気にしたって仕方がない。今、大事なのは、愁とちゃんと話をすることだ。

「俺ん家に来ないか?よくよく考えてみたら、今まで俺ん家に幸奈を呼んだことってなかったから」

今までは彼女に見つからないようにするために、万が一のことも踏まえて、なるべく愁の家に行くことをお互いに避けていた。
やっと愁のお家へ行ける…。嬉しい気持ちと同時に、今は複雑な気持ちが入り交じっていた。
今からどんな話をするのか、不安な気持ちの方が大きかった。

「そう言われてみれば、そうかも。お邪魔しても大丈夫なら、愁のお家に行きたい」

初めて男の人のお家にお邪魔する。しかも、好きな人の家に…。
自分の家に上げるよりも、人ん家にお邪魔する方が何倍も緊張するかもしれない。

「俺から誘ってるんだから、大丈夫に決まってるだろうが。
それじゃ、決まりだな。行くぞ」

こうして、愁の家にお邪魔することになった。
一体、愁はどんな家に住んでいるのか、全く想像できなかった。


           ◇


「お邪魔します…」

自分ん家からそんな遠くない距離だと知ってはいたものの、いざ来てみると思ったよりも近くて驚いた。
中へ入ると、愁の部屋はシンプルだった。あまり物を置いておらず、必要最低限といった感じだ。

「悪いな。散らかってて。男の一人暮らしだから、大目に見てやってくれ」

とはいうものの、物があまりない上に、清潔感もあるので、ちゃんと掃除をしている様子が見て窺える。

「ううん、そんなことないよ。充分過ぎるくらい、綺麗だよ」

「そう言ってくれてありがとうな。…ちょっと待っててくれ。今、お茶を用意するから」

待っている間、どうしたらいいのか分からず、あまりジロジロ見るのは気が引けてしまい、ずっとモジモジしていた。
ただ座って待っているのも案外、大変なのだと知った。

「お待たせ。どうぞ」

私の目の前にお茶が置かれた。二人の間に今、微妙な空気が流れている。
私はあまりの気まずさに、お茶を一口飲んだ。

「……美味しい」

「だろ?これ一緒に京都へ行った時に買ったやつなんだ」

そういえば、京都へ旅行に行った時に、愁がお茶を好きという新たな一面を知ったのを、今思い出した。
そんなことすら忘れてしまうほど、気持ちに余裕がなかったのだと思い知らされた。

「これがあの時のお茶なんだ。美味しいね。愁が好きなのも納得」

「嬉しいな、そう言ってもらえて」

今までに見たこともないような、穏やかな表情だった。
誰しも自分の好きなものを理解してもらえたら嬉しい気持ちになる。
よかった…。愁のこんな顔が見られて、ほっとした。

「幸奈、今から俺の話を聞いてくれないか?」

真剣な眼差しで私の目を見ながら、そう問いかけてきた。
今から愁の話を聞かなければならないのかと思うと、より緊張してきた。

「うん、いいよ。愁の話を聞かせてほしい」

こちらとしては、先程の話でもう充分、聞きたかったことは聞けたので、満足している。
一体、今からどんな話を聞かされるのだろうか。
たとえどんな話であったとしても、今の私なら落ち着いて愁の話を聞くことができるはず…。

「さっきも言ったが、改めて言わせてほしい。俺はちゃんと彼女と別れた。
いや、正確には付き合ってはいなかったんだ。話がややこしくなるが、今から話す話は真実なんだ。
だから、ちゃんと落ち着いて、話を聞いてほしい」

ん?今、付き合ってなかったって言った?それはどういうことなのだろうか。
何が何だかよく分からないまま、私は話の続きを聞くことにした。

「あ、うん。分かった。ちゃんと話を聞くから。
それでその…、付き合ってなかったってどういう意味なの?」

告白されて、付き合うことになったと聞き、今日までずっと疑うことなく、その言葉を信じてきた。
でも、まさか本当は付き合っていなかったと知り、どこか心の中で安心している自分がいた。
しかし、何故、嘘をつく必要があったのだろうか。その理由を早く知りたい。

「俺はずっと見栄を張ってたんだ。幸奈が全く俺のことを好きだって認めないから、ヤキモチを妬いてほしかったんだ」

どうやら、私は今までヤキモチを妬かせるための作戦に、付き合わされていたみたいだ。
こんなの納得できない。それに今まで愁の彼女だと思っていたあの子が可哀想だ。

「なるほどね。だから、今まで私に嘘をつき続けてきたってことね。
それで嘘をついた手前、なかなか本当のことを言うタイミングを逃したってことでしょ?」

「お恥ずかしながら、そういった感じです…」

つまり、私はセフレになる必要なんてなかったということになる。
あの時、素直に気持ちをぶつけていればよかったのかもしれない。
って、そんなことできるか。普通彼女ができたと聞いたら、その段階で諦めてしまうものだ。
どうして、こんなにも二人して不器用なのだろうか。遠回りしてばかりだ。

「俺はくだらない男の意地を張って、幸奈を傷つけてしまった。
そんな意地なんか、張らなければよかったのに…」

愁もずっと苦しかったんだ。嘘をつき続けたことや、傷つけてしまった罪悪感で。
ずっと愁の心の中で抱え込んでいたのだと思うと、その痛みが伝わり、私も胸が苦しくなった。

「もうお前を悲しませたりしないと、絶対に約束する」

愁の本気の決意が伝わってくる。私をこんなにも大切に想ってくれていたなんて知らなかった。
これまで頑張ってきた想いが、報われたように感じた。

「悲しませないのは当然でしょ?今までたくさん辛い想いをしてきたんだから。
そうさせた原因は、私がはっきりと気持ちを伝えなかったせいでもあるけど」

二人して空回りばかりしていた。この関係が壊れてしまうことが怖くて、いつしか素直になることを恐れていた。
こうして今、ようやく素直に気持ちを伝え合えるようになったのも、遠回りしたお陰かもしれない。

「いや、俺のせいでもある。そうやって、人任せにして、逃げたんだ」
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