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episode2.初コラボカフェ
2話-③
「だよね。それでこの中で特に優先順位が高い作品は?」
「えっと…、年上彼氏を管理します、抱きたい男はあなただけ、オメガとオメガの恋愛事情…かな」
これは…人気どころをちゃんと押さえたラインナップである。
私も実際、読んでみてとても面白かったので、個人的にもおすすめしたい作品だ。
「美咲くん、絶対に買うべし。ナイスチョイス」
片手を肩に置き、もう片方の手でグッジョブとサインを出した。
さすが同士。好みもよく似ている。これは今度是非、美咲くんのおすすめも聞いてみることにしよう。
「やっぱり茜ちゃんは既にもう読んでいるんだね…」
やはりバレていたか。口振りから察すれば、自ずと分かることであろう。
「まぁね。気になった漫画は片っ端から買う質なもんで」
お陰で給料の大半は漫画代で消えてなくなるわけだが…。
「へー。そうなんだ。なら、茜ちゃんのおすすめあったら教えてよ」
そうくるとは思わなかった。私のおすすめ…か。
たくさんある中から幾つかに絞るのは難しいので、最近読んだ中で特に気になったものをおすすめしてみることにした。
「私のおすすめは隣の家の腐男子くんかな」
おすすめした後に気づいてしまった。腐男子に腐男子ものをおすすめしてどうする?!
「茜ちゃん、勇者だね。俺に腐男子受けをおすすめするなんて」
美咲くんは笑っていた。笑って許してくれたことに少し安心した。
「ごめん。つい…癖で」
一番恥ずかしいのは腐男子の友達に、腐男子ものを読んでいることがバレたことである…。
穴があったら隠れたい。それぐらい恥ずかしかった。
「別に大丈夫だよ。読んでみよっかな。面白そうだし」
どうやら気に入ってくれたみたいで良かった。
でも、次からは気をつけようと心の中で誓った。
「それに腐男子が腐男子ものを読むって面白くない?絶対に店員さん、二度見してきそうだよね」
完全にこの状況を面白がっている。からかわれても仕方ない。墓穴を掘ってしまったのだから。
「もう勘弁してください。そして、ごめんなさい…」
「大丈夫だってさっきも言っただろ?それに俺も若干、腐男子もの気になってたんだよね」
本当に気になっていたのもあると思うが、どう考えてもこれは完全に美咲くんに気を使わせたことになる。
美咲くんはいつも私が欲しいと思う言葉をくれる。
私が彼に優しくしたいのに、それ以上に彼は私に優しくしてくれる。
今日は私が楽しませてあげたかったのに、私の方が楽しませてもらっているような気がする。
それが悔しいとかではなく、どうしてここまで優しくしてくれるのか不思議で仕方ない。
でも、敢えて聞かない。だって私達は友達だから。
きっと聞いてしまえば、この関係性が崩れてしまうと分かっているからこそ、聞けなかった。
「そうなの?でももし、私も逆の立場だったら、どんな内容なのか気になるかも」
美咲くんがせっかく気を使ってくれたので、私はそのご好意に甘えてみることにした。
「だろ?だってさ、腐男子って腐ってるだけで実際は普通に女の子が好きだからさ、腐女子と何ら変わりないわけ。
それがさ、BLの中では腐男子もその対象になるってところが俺的にはツボかな」
これが本心なのか嘘なのか、本当のところはよく分からない。
それでも私は、美咲くんが少しでも興味を持ってくれたのなら嬉しいと思った。
「それなら、いつか読んでくれたら嬉しいな。感想とか話してみたいし」
頭の中でゴチャゴチャ考えるのはもう止めた。
その場が楽しければそれでいい。たまには誰かに甘えてみるのも悪くないと思った。
「当たり前じゃん。俺の買い物リストにもちゃんと含まれてるし、それに茜ちゃんにおすすめされたら買うしかないでしょ」
美咲くんの買い物リストを見させてもらった時、じっくり見たわけではないので、本当にリストにあったかどうかは分からない。
でも、人がおすすめしたものを嫌がらずに興味を示してくれたことが私は嬉しかった。
「それで隣の家の腐男子くんの場所はどこ?」
「案内するよ。こっち」
売り場まで案内した。よく来ているので、場所も把握している。
「ありがとう。えっと…これか」
そのまま手に取ってカゴに入れてくれた。本当に買ってくれるんだと感心させられた。
「うん、それだよ。確か三巻まで出てるはず」
とりあえず、私が知っている情報を教えた。三巻まで買うかどうかは美咲くん次第だが…。
「ほんとだ。三巻まで買わないと…」
全部カゴに入れてくれた。もう美咲くんには適わないと思った。
「私も新刊のついでに何か買おうかな…」
私のおすすめを手に取ってもらえて嬉しかったので、私も彼のおすすめを聞いてみることにした。
「よかったら、今度は逆に美咲くんのおすすめを教えて欲しいな」
まさか自分も聞かれるとは思ってもみなかったといった表情をしている。
「俺のおすすめ…か。既に茜ちゃんはもう読んでいるかもしれないけど、狂った愛の果てシリーズかな」
ちなみに狂った愛の果てとは、最近流行りのオメガバース作品で、BL漫画において断トツの人気を誇る。
オメガバースブームの先駆けともなった作品でもある。
「実は気になっていたんだけど、まだ手を出せてなかったんだよね。
でも、美咲くんにおすすめされたから、私も買おうかな」
ここから先は割愛させて頂く。通称、狂愛は特設コーナーができるほどの人気作品である。
その特設コーナーを目掛けて、私はまっすぐに進んだ。
遅れて後から美咲くんが私を追いかけてきた。
「美咲くん、あったよ。これだよね?」
私は見つけたこの嬉しさを美咲くんに教えたいと思い、少し大きな声で伝えた。
すると、美咲くんが慌てて私の元へと駆け寄ってきた。
「シーッ。茜ちゃんここお店だから。
あと俺、腐男子だから。あまり目立つのはちょっと…」
そんなに大きな声を出したつもりはなかったが、美咲くんにとっては注目を浴びる行為になってしまったみたいだ。
うっかり忘れていた。美咲くんが腐男子であるということを…。
「ごめん。声が大きくて…」
「いや、もういいよ。だってここにはお仲間しかいないわけだし。
一々、そんなことを気にしている自分の方がバカらしく思えてきたよ」
笑いながらそう言ってくれた美咲くんの表情は、どこか無理をしている様子はなかった。
多少は気を使ってくれたのだと思うが、私には紛れもない本音のように思えた。
「そっか。美咲くんが気にならないなら、それでいいんだ。
でも、これからは声の大きさには気をつけるね」
相手が美咲くんだからではなく、周りの目を気にする大切さを私は美咲くんから学んだ。
これからは気をつけてみようと思う。
「で、狂愛はどこにあったの?」
そうだ。今は狂愛について話していたところであった。
一旦、この話題については忘れることにした。しかし、このあと、まさか思い出させることになるなんて思いもしなかったが…。
「ここ。ちょうど目の前にあるよ」
美咲くんは分かっていて、わざと私に聞いてくれたのかもしれない。話題を転換してこの場の空気を変えるために。
「本当だ…。すげー特集してもらえて嬉しい」
誰しも自分の好きな作品をこんなにも力を入れて特集してもらえたら嬉しいものだ。
少し安心した。美咲くんの笑顔をまた見ることができて。
「全部で九巻あるのか。とりあえず、五巻まで買おうかな」
全巻買おうか悩んだが、美咲くんが気を使いそうだったので止めておいた。
それに買いすぎると荷物になるので、またの機会にしておこうと思う。
「結構買うね。でも、買ってくれるのはファンとして嬉しい」
美咲くんのことをもっと知りたいからなんて、本人には口が滑っても言えない。
「うん。だって気になったから」
きっとあまりの面白さに、読む手が止まらなくなってしまい、あとで慌てて買いに行くくらいなら、先にある程度買っておけば、暫くの間は読み応えがあって満足するに違いない。
「それに…」
「それに……?」
思わず口が滑りそうになり、途中で言いかけた言葉を止めた。
敢えて言わない方がいいと判断した。だって、“美咲くんがおすすめしてくれたから”…なんて、恥ずかしくて言えなかった。
「ううん、何でもないよ。気にしないで」
「お、おう。分かった」
言葉の続きが気になって仕方ないといったような表情をしていたが、きっとこちらの気持ちを察してか、これ以上突っこまれることはなかった。
「茜ちゃん、そろそろ出ないとやばいかも……」
あっという間に時間が過ぎ、いよいよコラボカフェの時間が差し迫ってきた。
「もうそんな時間か。それじゃ、お互いに早くお会計を済ませてこよう」
「あぁ。そうしよう」
慌ててお会計を済ませて、コラボカフェへと向かうことにした。
私はもう何回か今日行くコラボカフェに足を運んでいるため、場所を知っているので、道案内をすることになった。
それよりも今は時間に間に合うかどうかの方が心配だ。
ちなみに事前に連絡もなしに遅刻をすると、それ相応のペナルティがある。最悪、中へ入れなくなってしまう。
そうならないためにも、なんとかして集合時間に間に合わせなければならない。
せっかくの初めてのコラボカフェで遅刻なんてしたら、やっと一歩前へ踏み出す勇気を持ち始めた美咲くんの気持ちを踏み躙ってしまうことになるので、その展開は全力で回避したい。
幸いレジは空いていたため、早くお会計を済ますことができた。
美咲くんも慌ててお会計を済ませて、再び合流し、いざコラボカフェへと出陣だ。
「美咲くん、さすがにエレベーターを待ってる時間はないから、階段で下りるよ」
上る時は極力、エレベーターを使いたいが、下りる時はぶっちゃけどちらであってもさほど問題はない。
とはいえ急いでいるため、あまりゆっくりはしていられない。
コラボカフェに慣れている私の方が、しっかりしなければならなかったのに、ついBLトークに花が咲いてしまい、時間を忘れるという始末だ。
もしかしたら、本当は私の方がはしゃいでいたのかもしれない。こんなふうに誰かと楽しくBLトークをしたことが今までなかったので、つい舞い上がってしまった。
「そうだな。階段で行こう」
この大型アニメショップでは、階段やエレベーターにも凝っている。
例えば、階段を上手く駆使してコラボ作品の展示や、エレベーターの扉がキャラクターのイラストになっていたり、エレベーターに乗っている最中にはキャラクターの声でアナウンスが流れたりもする。
あとでじっくり眺めたいので、コラボカフェが終わった後、もう一度訪れる際には、階段で上り下りするのもありかもしれないと思った。
「階段もすげーんだな。今は時間がねーからじっくり見てらんねーけど」
「なら、後でまた来ようよ?私もちゃんと見たいし」
「いいの?じゃ、そうさせてもらえると助かる」
今日だけでたくさんの約束を交わした。たったそれだけのことなのに、私の心は躍った。
これから先もこんなふうに約束が増えていくことを願った。
*
結論から言うと、集合時間には無事に間に合った。なんとかギリギリではあったが…。
「いらっしゃいませ。お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
「桜庭 美咲です」
ちなみにコラボカフェに応募する際は、本名でのみの応募となっている。なので、美咲くんはちゃんとフルネームで応募したというわけである。
「ご本人様かどうか確認させて頂くために、身分証明書のご提示をお願いしてもよろしいでしょうか?」
「あ、はい。これです…」
「身分証のご提示をありがとうございます。ご本人様確認ができましたので、入店前にいくつか当店でのルールをご説明致します」
店員さんがゆっくり丁寧に分かりやすく説明をしてくれた。
「……説明は以上となります。何か気になることやご質問などはございますか?」
私はもうコラボカフェに慣れているため、今更特に訊きたいことはなかった。
一方、コラボカフェ初心者の美咲くんは、どうやら店員さんの分かりやすい説明のお陰で、ルールを理解したようである。
なので、美咲くんも特に質問はなさそうだ。
「特にありませんので、話を先へ進めて頂いても大丈夫です」
「畏まりました。それではまず始めにお客様にお渡しするものがございます。
お先に整理券の方からお渡し致します。今、お渡しした整理券に書かれている番号が呼ばれましたら、中へとご案内致しますので、それまでもう暫くお待ちください」
整理券を渡された。番号は801。これは…腐女子または腐男子が反応せずにはいられない番号である。
さすが美咲くん…。持つべきものを持っている。
「それから、こちらの紙もご一緒にお渡ししておきますね。こちらの紙は本日、メニューをオーダーする際に必要となります。
オーダーする際は、こちらの紙に必要なものを記入し終えた後、お客様のお近くにいる店員に、この紙をお渡し頂ければ注文完了となりますので、オーダーが決まり次第、お渡し頂けますようお願い致します」
店員さんから紙を一枚渡された。事前に説明を受けていたこともあり、美咲くんはこの状況をすんなりと受け入れていた。
ちなみにこのオーダー表は、各席につき一枚となっている。
抽選当選者と同席者が注文したいメニューが被った場合は、二つ欲しいので「2」と記入をする。
グッズに関しては、注文したドリンクやフードメニューが運ばれてくるまでの間、グッズを購入することができる。
もちろん、メニューが運ばれてきた後にグッズを購入することも可能だ。
恐らく今回はそういったパターンに違いない。
「分かりました。そうします」
「実はあと一点だけお伝えしておかなければならないことがあります。
大変申し上げにくいのですが、本日は店内がとても混雑しているため、追加注文を承ることができませんので、予めご了承ください」
やはりそうきたか。初めてのコラボカフェで追加注文できないのはかなり痛い。ここは私が先輩として手助けをしてあげよう。
「えっと…、年上彼氏を管理します、抱きたい男はあなただけ、オメガとオメガの恋愛事情…かな」
これは…人気どころをちゃんと押さえたラインナップである。
私も実際、読んでみてとても面白かったので、個人的にもおすすめしたい作品だ。
「美咲くん、絶対に買うべし。ナイスチョイス」
片手を肩に置き、もう片方の手でグッジョブとサインを出した。
さすが同士。好みもよく似ている。これは今度是非、美咲くんのおすすめも聞いてみることにしよう。
「やっぱり茜ちゃんは既にもう読んでいるんだね…」
やはりバレていたか。口振りから察すれば、自ずと分かることであろう。
「まぁね。気になった漫画は片っ端から買う質なもんで」
お陰で給料の大半は漫画代で消えてなくなるわけだが…。
「へー。そうなんだ。なら、茜ちゃんのおすすめあったら教えてよ」
そうくるとは思わなかった。私のおすすめ…か。
たくさんある中から幾つかに絞るのは難しいので、最近読んだ中で特に気になったものをおすすめしてみることにした。
「私のおすすめは隣の家の腐男子くんかな」
おすすめした後に気づいてしまった。腐男子に腐男子ものをおすすめしてどうする?!
「茜ちゃん、勇者だね。俺に腐男子受けをおすすめするなんて」
美咲くんは笑っていた。笑って許してくれたことに少し安心した。
「ごめん。つい…癖で」
一番恥ずかしいのは腐男子の友達に、腐男子ものを読んでいることがバレたことである…。
穴があったら隠れたい。それぐらい恥ずかしかった。
「別に大丈夫だよ。読んでみよっかな。面白そうだし」
どうやら気に入ってくれたみたいで良かった。
でも、次からは気をつけようと心の中で誓った。
「それに腐男子が腐男子ものを読むって面白くない?絶対に店員さん、二度見してきそうだよね」
完全にこの状況を面白がっている。からかわれても仕方ない。墓穴を掘ってしまったのだから。
「もう勘弁してください。そして、ごめんなさい…」
「大丈夫だってさっきも言っただろ?それに俺も若干、腐男子もの気になってたんだよね」
本当に気になっていたのもあると思うが、どう考えてもこれは完全に美咲くんに気を使わせたことになる。
美咲くんはいつも私が欲しいと思う言葉をくれる。
私が彼に優しくしたいのに、それ以上に彼は私に優しくしてくれる。
今日は私が楽しませてあげたかったのに、私の方が楽しませてもらっているような気がする。
それが悔しいとかではなく、どうしてここまで優しくしてくれるのか不思議で仕方ない。
でも、敢えて聞かない。だって私達は友達だから。
きっと聞いてしまえば、この関係性が崩れてしまうと分かっているからこそ、聞けなかった。
「そうなの?でももし、私も逆の立場だったら、どんな内容なのか気になるかも」
美咲くんがせっかく気を使ってくれたので、私はそのご好意に甘えてみることにした。
「だろ?だってさ、腐男子って腐ってるだけで実際は普通に女の子が好きだからさ、腐女子と何ら変わりないわけ。
それがさ、BLの中では腐男子もその対象になるってところが俺的にはツボかな」
これが本心なのか嘘なのか、本当のところはよく分からない。
それでも私は、美咲くんが少しでも興味を持ってくれたのなら嬉しいと思った。
「それなら、いつか読んでくれたら嬉しいな。感想とか話してみたいし」
頭の中でゴチャゴチャ考えるのはもう止めた。
その場が楽しければそれでいい。たまには誰かに甘えてみるのも悪くないと思った。
「当たり前じゃん。俺の買い物リストにもちゃんと含まれてるし、それに茜ちゃんにおすすめされたら買うしかないでしょ」
美咲くんの買い物リストを見させてもらった時、じっくり見たわけではないので、本当にリストにあったかどうかは分からない。
でも、人がおすすめしたものを嫌がらずに興味を示してくれたことが私は嬉しかった。
「それで隣の家の腐男子くんの場所はどこ?」
「案内するよ。こっち」
売り場まで案内した。よく来ているので、場所も把握している。
「ありがとう。えっと…これか」
そのまま手に取ってカゴに入れてくれた。本当に買ってくれるんだと感心させられた。
「うん、それだよ。確か三巻まで出てるはず」
とりあえず、私が知っている情報を教えた。三巻まで買うかどうかは美咲くん次第だが…。
「ほんとだ。三巻まで買わないと…」
全部カゴに入れてくれた。もう美咲くんには適わないと思った。
「私も新刊のついでに何か買おうかな…」
私のおすすめを手に取ってもらえて嬉しかったので、私も彼のおすすめを聞いてみることにした。
「よかったら、今度は逆に美咲くんのおすすめを教えて欲しいな」
まさか自分も聞かれるとは思ってもみなかったといった表情をしている。
「俺のおすすめ…か。既に茜ちゃんはもう読んでいるかもしれないけど、狂った愛の果てシリーズかな」
ちなみに狂った愛の果てとは、最近流行りのオメガバース作品で、BL漫画において断トツの人気を誇る。
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「実は気になっていたんだけど、まだ手を出せてなかったんだよね。
でも、美咲くんにおすすめされたから、私も買おうかな」
ここから先は割愛させて頂く。通称、狂愛は特設コーナーができるほどの人気作品である。
その特設コーナーを目掛けて、私はまっすぐに進んだ。
遅れて後から美咲くんが私を追いかけてきた。
「美咲くん、あったよ。これだよね?」
私は見つけたこの嬉しさを美咲くんに教えたいと思い、少し大きな声で伝えた。
すると、美咲くんが慌てて私の元へと駆け寄ってきた。
「シーッ。茜ちゃんここお店だから。
あと俺、腐男子だから。あまり目立つのはちょっと…」
そんなに大きな声を出したつもりはなかったが、美咲くんにとっては注目を浴びる行為になってしまったみたいだ。
うっかり忘れていた。美咲くんが腐男子であるということを…。
「ごめん。声が大きくて…」
「いや、もういいよ。だってここにはお仲間しかいないわけだし。
一々、そんなことを気にしている自分の方がバカらしく思えてきたよ」
笑いながらそう言ってくれた美咲くんの表情は、どこか無理をしている様子はなかった。
多少は気を使ってくれたのだと思うが、私には紛れもない本音のように思えた。
「そっか。美咲くんが気にならないなら、それでいいんだ。
でも、これからは声の大きさには気をつけるね」
相手が美咲くんだからではなく、周りの目を気にする大切さを私は美咲くんから学んだ。
これからは気をつけてみようと思う。
「で、狂愛はどこにあったの?」
そうだ。今は狂愛について話していたところであった。
一旦、この話題については忘れることにした。しかし、このあと、まさか思い出させることになるなんて思いもしなかったが…。
「ここ。ちょうど目の前にあるよ」
美咲くんは分かっていて、わざと私に聞いてくれたのかもしれない。話題を転換してこの場の空気を変えるために。
「本当だ…。すげー特集してもらえて嬉しい」
誰しも自分の好きな作品をこんなにも力を入れて特集してもらえたら嬉しいものだ。
少し安心した。美咲くんの笑顔をまた見ることができて。
「全部で九巻あるのか。とりあえず、五巻まで買おうかな」
全巻買おうか悩んだが、美咲くんが気を使いそうだったので止めておいた。
それに買いすぎると荷物になるので、またの機会にしておこうと思う。
「結構買うね。でも、買ってくれるのはファンとして嬉しい」
美咲くんのことをもっと知りたいからなんて、本人には口が滑っても言えない。
「うん。だって気になったから」
きっとあまりの面白さに、読む手が止まらなくなってしまい、あとで慌てて買いに行くくらいなら、先にある程度買っておけば、暫くの間は読み応えがあって満足するに違いない。
「それに…」
「それに……?」
思わず口が滑りそうになり、途中で言いかけた言葉を止めた。
敢えて言わない方がいいと判断した。だって、“美咲くんがおすすめしてくれたから”…なんて、恥ずかしくて言えなかった。
「ううん、何でもないよ。気にしないで」
「お、おう。分かった」
言葉の続きが気になって仕方ないといったような表情をしていたが、きっとこちらの気持ちを察してか、これ以上突っこまれることはなかった。
「茜ちゃん、そろそろ出ないとやばいかも……」
あっという間に時間が過ぎ、いよいよコラボカフェの時間が差し迫ってきた。
「もうそんな時間か。それじゃ、お互いに早くお会計を済ませてこよう」
「あぁ。そうしよう」
慌ててお会計を済ませて、コラボカフェへと向かうことにした。
私はもう何回か今日行くコラボカフェに足を運んでいるため、場所を知っているので、道案内をすることになった。
それよりも今は時間に間に合うかどうかの方が心配だ。
ちなみに事前に連絡もなしに遅刻をすると、それ相応のペナルティがある。最悪、中へ入れなくなってしまう。
そうならないためにも、なんとかして集合時間に間に合わせなければならない。
せっかくの初めてのコラボカフェで遅刻なんてしたら、やっと一歩前へ踏み出す勇気を持ち始めた美咲くんの気持ちを踏み躙ってしまうことになるので、その展開は全力で回避したい。
幸いレジは空いていたため、早くお会計を済ますことができた。
美咲くんも慌ててお会計を済ませて、再び合流し、いざコラボカフェへと出陣だ。
「美咲くん、さすがにエレベーターを待ってる時間はないから、階段で下りるよ」
上る時は極力、エレベーターを使いたいが、下りる時はぶっちゃけどちらであってもさほど問題はない。
とはいえ急いでいるため、あまりゆっくりはしていられない。
コラボカフェに慣れている私の方が、しっかりしなければならなかったのに、ついBLトークに花が咲いてしまい、時間を忘れるという始末だ。
もしかしたら、本当は私の方がはしゃいでいたのかもしれない。こんなふうに誰かと楽しくBLトークをしたことが今までなかったので、つい舞い上がってしまった。
「そうだな。階段で行こう」
この大型アニメショップでは、階段やエレベーターにも凝っている。
例えば、階段を上手く駆使してコラボ作品の展示や、エレベーターの扉がキャラクターのイラストになっていたり、エレベーターに乗っている最中にはキャラクターの声でアナウンスが流れたりもする。
あとでじっくり眺めたいので、コラボカフェが終わった後、もう一度訪れる際には、階段で上り下りするのもありかもしれないと思った。
「階段もすげーんだな。今は時間がねーからじっくり見てらんねーけど」
「なら、後でまた来ようよ?私もちゃんと見たいし」
「いいの?じゃ、そうさせてもらえると助かる」
今日だけでたくさんの約束を交わした。たったそれだけのことなのに、私の心は躍った。
これから先もこんなふうに約束が増えていくことを願った。
*
結論から言うと、集合時間には無事に間に合った。なんとかギリギリではあったが…。
「いらっしゃいませ。お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
「桜庭 美咲です」
ちなみにコラボカフェに応募する際は、本名でのみの応募となっている。なので、美咲くんはちゃんとフルネームで応募したというわけである。
「ご本人様かどうか確認させて頂くために、身分証明書のご提示をお願いしてもよろしいでしょうか?」
「あ、はい。これです…」
「身分証のご提示をありがとうございます。ご本人様確認ができましたので、入店前にいくつか当店でのルールをご説明致します」
店員さんがゆっくり丁寧に分かりやすく説明をしてくれた。
「……説明は以上となります。何か気になることやご質問などはございますか?」
私はもうコラボカフェに慣れているため、今更特に訊きたいことはなかった。
一方、コラボカフェ初心者の美咲くんは、どうやら店員さんの分かりやすい説明のお陰で、ルールを理解したようである。
なので、美咲くんも特に質問はなさそうだ。
「特にありませんので、話を先へ進めて頂いても大丈夫です」
「畏まりました。それではまず始めにお客様にお渡しするものがございます。
お先に整理券の方からお渡し致します。今、お渡しした整理券に書かれている番号が呼ばれましたら、中へとご案内致しますので、それまでもう暫くお待ちください」
整理券を渡された。番号は801。これは…腐女子または腐男子が反応せずにはいられない番号である。
さすが美咲くん…。持つべきものを持っている。
「それから、こちらの紙もご一緒にお渡ししておきますね。こちらの紙は本日、メニューをオーダーする際に必要となります。
オーダーする際は、こちらの紙に必要なものを記入し終えた後、お客様のお近くにいる店員に、この紙をお渡し頂ければ注文完了となりますので、オーダーが決まり次第、お渡し頂けますようお願い致します」
店員さんから紙を一枚渡された。事前に説明を受けていたこともあり、美咲くんはこの状況をすんなりと受け入れていた。
ちなみにこのオーダー表は、各席につき一枚となっている。
抽選当選者と同席者が注文したいメニューが被った場合は、二つ欲しいので「2」と記入をする。
グッズに関しては、注文したドリンクやフードメニューが運ばれてくるまでの間、グッズを購入することができる。
もちろん、メニューが運ばれてきた後にグッズを購入することも可能だ。
恐らく今回はそういったパターンに違いない。
「分かりました。そうします」
「実はあと一点だけお伝えしておかなければならないことがあります。
大変申し上げにくいのですが、本日は店内がとても混雑しているため、追加注文を承ることができませんので、予めご了承ください」
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