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episode3.過去の話
3話-⑤
「私は茜と申します。美咲くんとはSNSで知り合いました。美咲くんは私にとって大切なヲタク友達です」
こんなところで張り合ったって仕方のないことは分かっている。
それでも私は負けじと美咲くんへの想いをアピールした。
「茜さん…ね。もうちゃんと覚えたわ」
もう二度と彼の前で失態を繰り返したくはないという強い意志が彼女から伝わってきた。
それからもの凄い目で睨まれている。これはきっと敵意の目を向けられているのであろう。
そんな目で見られても…。いや、私だって同じだ。彼女に対して敵意剥き出しで自己紹介をしたのだから。
「…で、お前は今更、俺と何を話したいの?俺はお前と話したいことは何もない。できれば一生お前とは関わりたくはないと思っていたけどな」
そりゃそうだ。腐男子だからという理由で拒絶されたのだから、顔を合わせたくないと思うのは当然である。
しかし、そこが最大の疑問なのである。彼女は何故、腐女子なのにも関わらず、腐男子である美咲くんを拒絶したのだろうか。
やはり腐女子の中でも腐男子は生理的に無理だと思っている人がいるということなのだろうか…。
もしそうだとしたら、わざわざ話しかける必要なんてない。ただの罪悪感だけで謝罪する必要なんてないのだから。
だとしたらやっぱり、まだ美咲くんのことを好きだという理由以外、考えられなかった。
「ここじゃ話せない。人の目もあるし、それに道端だし。
できれば人の目が気にならずに、ゆっくり落ち着いて話せる場所に移動したい」
絶対にそうくるだろうなとは思った。これは込み入った話になりそうな予感がした。
「って言われても、そんな場所が早々あるわけ…」
きっと美咲くんは前回のことを思い出したのであろう。
まさか今回も同じ展開が待ち受けていようとは思ってもみなかったが…。
「ねぇ、よかったらなんだけど、ちょっと移動することになるけど時間は大丈夫かしら?」
あれ?ここは前回と同様、カラオケになるかと思いきや、まさかの展開だ。
「えっと…どこに移動するんですか?」
「大丈夫。少し歩くけど、ものの数十分くらいだから」
いや、それ結構歩くやないかいと心の中で一人ツッコんだ。
でも、きっと綾香さんも綾香さんなりに気を使ってくれているのだと思う。この中で一番居心地が悪くて気まずいのは綾香さんだ。
それでもめげずに頑張るのは、彼への想いがまだあり、それを彼に伝えたいから。彼女の気持ちを応援したいとは思わない。
でも、いつか彼女が美咲くんに告白する可能性はある。さすがにこの後いきなり告白する可能性は低いが、今回がチャンスだと思って、告白する可能性も否定できない。
もし、告白されたら美咲くんは何て答えるのだろうか。美咲くんに彼女ができたら少し寂しいなと思った。やっと友達ができたと思ったのに、私はまた一人になってしまう。
私はずっと一人が平気な人間だと思っていた。でも、それは違った。本当はかなりの寂しがり屋で、誰かと一緒に居ないとダメだと思い知った。
そんな私が大切な友達を失ったら、きっと寂しさに耐えらないと思う。だから、私は綾香さんに美咲くんを取られたくはなかった。もう一人ぼっちには戻りたくはないから…。
「ってかさ、そこまで歩くならこの近くにカラオケがあるから、カラオケでもよくないか?」
それも一理あるが、わざわざお店を指定してくるということは、そこではないとダメという拘りがあるのかもしれない。
どこでもいいのなら、適当にその辺のお店を選べばいいだけの話なのだから。
「カラオケって基本、歌うのが目的の場所でしょ?仮にもしカラオケに行ったとして、誰か一人が歌いたくなって、歌ってしまったら話どころじゃなくなる。それは裂けたい。真面目に話したいから」
それも一つの意見である。彼女は逃げ道を消したいのであろう。
本当に話を聞いてくれるかどうかなんて分からないのだから。
「確かにそうですね。さすがに歌いはしませんが、綾香さんがそうしたいのでしたら、私はそれでも構いません」
とにかく早くこの気まずい空気を終わらせたかった。蟠りさえ解消されれば、この人と関わらずに済む。
だから、何としてでも早く終わらせたかったのであった。
「まぁ、そこまで言うなら俺もその店でいいよ。でも、ササッと終わらせたいから、早く店に行こうぜ」
「ありがとう。私の我儘に付き合わせちゃって。それじゃ、お店にご案内致します」
何とも言えない空気の中、私達はお店へと向かったのであった。
*
綾香さんが連れて来てくれたお店は焼肉屋さんだった。
「話を聞いて貰うお礼に、焼肉を奢らせてほしい」
さすがにただ話を聞いてもらうだけなのに、割に合わないと思いはしたが、ここは彼女のご好意に甘えることにした。
「…仮は作りたくはないが、奢ることで気が済むならそれでいい」
どうやら美咲くんは腹を括ったみたいだ。もうここに来た時点で後戻りなんてできない。仮に割り勘にしたとしよう。そしたら次に会う約束を取り付けられてしまう可能性もある。恐らく美咲くんは次へと繋げたくないのだと悟った。
もしかしたら、綾香さんはとっくに美咲くんの気持ちに気づいていて、だから奢ると提案してくれたのかもしれない。
「茜さんの分もちゃんと奢るので、気にせず食べてください」
ついでに付いてきた私の分まで奢ってもらうのは申し訳ない気持ちではあるが、まぁ、あくまでついでなので、ここは気兼ねなく堂々としていようと思った。
「すみません…。ついでに付いてきただけなのに、私の分まで奢らせてもらっちゃって……」
「気にしないでください。そこの男が一人で来れないのがいけなので」
綾香さん凄い。今から話を聞いてもらう立場なのにも関わらず、美咲くんへのツッコミが鋭かった。
「おい。俺はお前がどうしてもっていうから来てやったんだぞ」
「それなら女の子なんか連れて来ないで一人で来れるぐらいの誠意を見せなさいよ。
それもできやしないくせに、私にあれこれ言わないで頂戴」
いやいや、それはさすがに言い過ぎなのでは…。美咲くんの気持ちだってよく分かる。昔、酷い言葉を言われた相手とサシで話すのなんて、到底無理なことであり、綾香さんの言っていることは一見無茶な事だと思う。
でも、よく知りもしない人を連れてこられた上に、態度が上から目線だったら、話をしたくても話せないとも思う。
「一先ず、二人とも落ち着いて。今はそんなことで言い争っている場合ではないでしょ?」
私の言葉により、二人は冷静さを取り戻したみたいだ。
これはどうやら私が付いてきて正解みたいだ。二人っきりだったら今頃どうなっていたことか。想像するだけでも恐ろしく感じた。
「ごめん。俺、感情的になりすぎてた」
「ううん。私の方こそごめんなさい。話を聞いてとお願いしたのにも関わらず、態度が悪かったと思う」
どうやら綾香さんも根は優しい方みたいだ。それを知れただけでも私は安心した。きっと美咲くんを傷つけたのにもちゃんと理由があると確信が持てた。
「まぁまぁ…。とりあえずお互い様ということで。
あ、すみません。奢ってもらう立場で言うのもあれなんですが、お腹空いたのでまずはご飯にしませんか?」
何としてもこの場の空気を変えたかった。
それにお腹が空いている時はご飯を食べるのが一番だと思う。空腹では話したい話もできやしない。
それならば、一旦気持ちを切り替えるためにも、食事を取るのは大切なことである。
「茜さんってマイペースなのね…。そうね。ここはまずご飯にしましょ。せっかくの焼肉だし。もうお肉が食べたくて仕方がないわ」
「そうだな。俺もお腹が空いたし、早く肉が食べたい」
人のことをマイペースというが、どう考えてもこの二人の方がよっぽどマイペースだと思う。
「まぁ、腹が減っては戦ができぬって言葉もありますし。こういう時だからこそ、まずは食事からじゃないかなと思ったんです。
やっぱり美味しいご飯を一緒に食べれば仲も深まりますし。…って勝手にしゃしゃり出てすみません……」
またやらかしてしまった。どうして私はこう何度も同じことばかり繰り返してしまうのだろうか。
一体、いつになったら私は間を読むことができるようになるのかな…なんて考えてしまった。
「確かにそうね。もうお昼時だし、ササッとお肉食べちゃいましょ」
「まぁ、そうだな。きっとお腹が空いてたのもあって、余計にイライラしてたのかもな」
二人の気使いが身に染みた。こんなふうに相手に気を使わせないくらいの気使いができるように私もなりたいと思った。
「それ一理あるわ。なんかお肉のこと考えてたらイライラが吹き飛んで、今はとにかく空腹を満たしたい欲求の方が強いもん」
「確かに…。なんかさっきまでのことが嘘みたいにどうでもよくなったもんな」
二人の間にあった不穏な空気も解かれ、今は自然と穏やかな空気になっていることに私は安心した。
私の余計なお世話が二人の空気を変えたのだとしたら、それもそれでたまには悪くはないと心の底からそう思えた。
「とにかく注文しちゃいましょ。すみません…」
綾香さんが店員さんを呼んでくれた。ずっと誤解していたが、本来の綾香さんはきっと気使いができる素敵な女性なのだと知った。
「ねぇ、まずは茜さんが一番最初に好きなものを選んでよ」
え?私から?!そんなおこがましい…。
「いいんですか?私が一番最初で…」
「いいに決まってるじゃない。あなたが間を取り持ってくれなかったら、私は美咲とこうして今、食事をすることなんてできなかったと思う。だから私はあなたに感謝しているし、まずはお礼をさせてほしいの。とはいってもこれぐらいしかお礼できないんだけども…。とにかく茜さんには遠慮せずに食べてほしい」
きっと彼女は私が先程、空気を変えたことへのお礼がしたいのだと思う。
もちろん先程のことに限らず、まずはここに美咲くんを連れてきたこと。
そして、本当の自分を見抜いてくれたこと。全てに対してちゃんとお礼がしたくて、こうしてもてなしてくれているのだと思うと、私も変に遠慮してばかりいても逆に申し訳なく感じてしまった。
「それじゃ、せっかくなのでお言葉に甘えて…」
それから私は彼女に遠慮することなく、いやさすがに多少は遠慮したが…。
せっかくの機会なので、奢ってもらうことにし、食べたいお肉を注文した。
「美咲もほら、食べたいものがあったら早く注文して。あんたには過去に借りがあるから、早くその借りを返させてちょうだい」
相変わらず二人はまだぎこちない距離だが、口喧嘩はしなくなった。
美咲くんもこれ以上私に迷惑をかけたくはないのか、大人しく綾香さんの言うことを聞いていた。
「カルビと牛タン、あとホルモンでお願いします…」
最初は嫌そうにしていた美咲くんも、どうやらお肉の魅力には逆らえないみたいだ。
やっぱりお肉を嫌いな人なんていない。人類皆とまでは言わないが、殆どの人がお肉を大好きだ。
「美咲って男のわりには食べないわよね。私の方がもっと食べるかも」
この細身の身体でたくさん食べるの?という驚きを隠せなかった。
「綾香さんすごい…。どうしてたくさん食べるのに、そんなに痩せてるんですか?」
「うーん…私、昔から食べても太らない体質で。だから気にせずいくらでも食べられるの。
あ!これ自慢じゃないから、誤解しないでね?」
それはもう一種の才能ではないかと思った。羨ましい。私もそんな体質に生まれたかったなぁ…。
「大丈夫ですよ。そんなふうには思いませんから。それにしても羨ましいです。食べても太らないなんて。しかもたくさん食べられるんですよね?コラボカフェとか行ったら気にせずたくさん注文できますね」
「それがそうでもないのよ。Twitterとかで同行者を見つけるじゃない?それで一緒に行って、いざ目の前でたくさん食べられると驚かれるわよ。それに注文しすぎて白い目で見られるのも怖いし。遠慮して考えながら注文しないといけないからもう大変よ…」
それぞれ悩みはあるということだ。私はまたもしかしたら、デリカシーに欠けた発言をしたかもしれない。ここはちゃんと謝るべきだ。よし。ちゃんと謝ろう。
「なんかすみません…。何も考えずに発言してしまって…」
「全然大丈夫よ。なんか私もそんな反応されるのが新鮮でちょっと嬉しかった」
嬉しかったと言われて安心しつつも、今のが嬉しかったとはどんな意味なのか分からず、困惑している自分もいた。
「えっと…その嬉しかったのならよかったんですけど、でもどうしてですか?」
「最初に自慢してるって思わないでって言ったでしょ?こういう発言をするとすぐに同性から自慢してるって思われることが多くて。だからあまりこういうことは言わないようにしてるのよ…」
確かにそう捉えてしまう人もいるということは否定できない。
特に女性はマイナスの自虐ネタには共感を覚える生き物だが、プラスの自虐ネタには妬みを覚える生き物だ。
女性社会を生き抜くためには、自分を守る術を覚えておかなくてはならない。
そうやって自分を守ってきたのかと思うと、綾香さんもたくさん苦労してきたことが分かり、少し胸が痛んだ。
「分かります。女性ってそういうところが怖くもあり、面倒くさくもありますよね」
美咲くんは一人男性のため、完全に置いてけぼり状態である。こんなふうに綾香さんと話せて、私は嬉しかった。
それに話してみて少し彼女のイメージが変わった。本当はとても優しい人だということが分かった。私はもっと彼女のことが知りたくなった。
「ねー。なんでこんなにも面倒くさいのかしら…」
なんて話で盛り上がっていたが、肝心なことを忘れていた。
そう。本来私達がこうやって集まったのには、こんな話をするためではなく、もっと大事な話をするためである。
「で、結局、お前は俺に何を話したかったんだ?そんな話をするためにここに来たわけじゃねーだろ」
こんなところで張り合ったって仕方のないことは分かっている。
それでも私は負けじと美咲くんへの想いをアピールした。
「茜さん…ね。もうちゃんと覚えたわ」
もう二度と彼の前で失態を繰り返したくはないという強い意志が彼女から伝わってきた。
それからもの凄い目で睨まれている。これはきっと敵意の目を向けられているのであろう。
そんな目で見られても…。いや、私だって同じだ。彼女に対して敵意剥き出しで自己紹介をしたのだから。
「…で、お前は今更、俺と何を話したいの?俺はお前と話したいことは何もない。できれば一生お前とは関わりたくはないと思っていたけどな」
そりゃそうだ。腐男子だからという理由で拒絶されたのだから、顔を合わせたくないと思うのは当然である。
しかし、そこが最大の疑問なのである。彼女は何故、腐女子なのにも関わらず、腐男子である美咲くんを拒絶したのだろうか。
やはり腐女子の中でも腐男子は生理的に無理だと思っている人がいるということなのだろうか…。
もしそうだとしたら、わざわざ話しかける必要なんてない。ただの罪悪感だけで謝罪する必要なんてないのだから。
だとしたらやっぱり、まだ美咲くんのことを好きだという理由以外、考えられなかった。
「ここじゃ話せない。人の目もあるし、それに道端だし。
できれば人の目が気にならずに、ゆっくり落ち着いて話せる場所に移動したい」
絶対にそうくるだろうなとは思った。これは込み入った話になりそうな予感がした。
「って言われても、そんな場所が早々あるわけ…」
きっと美咲くんは前回のことを思い出したのであろう。
まさか今回も同じ展開が待ち受けていようとは思ってもみなかったが…。
「ねぇ、よかったらなんだけど、ちょっと移動することになるけど時間は大丈夫かしら?」
あれ?ここは前回と同様、カラオケになるかと思いきや、まさかの展開だ。
「えっと…どこに移動するんですか?」
「大丈夫。少し歩くけど、ものの数十分くらいだから」
いや、それ結構歩くやないかいと心の中で一人ツッコんだ。
でも、きっと綾香さんも綾香さんなりに気を使ってくれているのだと思う。この中で一番居心地が悪くて気まずいのは綾香さんだ。
それでもめげずに頑張るのは、彼への想いがまだあり、それを彼に伝えたいから。彼女の気持ちを応援したいとは思わない。
でも、いつか彼女が美咲くんに告白する可能性はある。さすがにこの後いきなり告白する可能性は低いが、今回がチャンスだと思って、告白する可能性も否定できない。
もし、告白されたら美咲くんは何て答えるのだろうか。美咲くんに彼女ができたら少し寂しいなと思った。やっと友達ができたと思ったのに、私はまた一人になってしまう。
私はずっと一人が平気な人間だと思っていた。でも、それは違った。本当はかなりの寂しがり屋で、誰かと一緒に居ないとダメだと思い知った。
そんな私が大切な友達を失ったら、きっと寂しさに耐えらないと思う。だから、私は綾香さんに美咲くんを取られたくはなかった。もう一人ぼっちには戻りたくはないから…。
「ってかさ、そこまで歩くならこの近くにカラオケがあるから、カラオケでもよくないか?」
それも一理あるが、わざわざお店を指定してくるということは、そこではないとダメという拘りがあるのかもしれない。
どこでもいいのなら、適当にその辺のお店を選べばいいだけの話なのだから。
「カラオケって基本、歌うのが目的の場所でしょ?仮にもしカラオケに行ったとして、誰か一人が歌いたくなって、歌ってしまったら話どころじゃなくなる。それは裂けたい。真面目に話したいから」
それも一つの意見である。彼女は逃げ道を消したいのであろう。
本当に話を聞いてくれるかどうかなんて分からないのだから。
「確かにそうですね。さすがに歌いはしませんが、綾香さんがそうしたいのでしたら、私はそれでも構いません」
とにかく早くこの気まずい空気を終わらせたかった。蟠りさえ解消されれば、この人と関わらずに済む。
だから、何としてでも早く終わらせたかったのであった。
「まぁ、そこまで言うなら俺もその店でいいよ。でも、ササッと終わらせたいから、早く店に行こうぜ」
「ありがとう。私の我儘に付き合わせちゃって。それじゃ、お店にご案内致します」
何とも言えない空気の中、私達はお店へと向かったのであった。
*
綾香さんが連れて来てくれたお店は焼肉屋さんだった。
「話を聞いて貰うお礼に、焼肉を奢らせてほしい」
さすがにただ話を聞いてもらうだけなのに、割に合わないと思いはしたが、ここは彼女のご好意に甘えることにした。
「…仮は作りたくはないが、奢ることで気が済むならそれでいい」
どうやら美咲くんは腹を括ったみたいだ。もうここに来た時点で後戻りなんてできない。仮に割り勘にしたとしよう。そしたら次に会う約束を取り付けられてしまう可能性もある。恐らく美咲くんは次へと繋げたくないのだと悟った。
もしかしたら、綾香さんはとっくに美咲くんの気持ちに気づいていて、だから奢ると提案してくれたのかもしれない。
「茜さんの分もちゃんと奢るので、気にせず食べてください」
ついでに付いてきた私の分まで奢ってもらうのは申し訳ない気持ちではあるが、まぁ、あくまでついでなので、ここは気兼ねなく堂々としていようと思った。
「すみません…。ついでに付いてきただけなのに、私の分まで奢らせてもらっちゃって……」
「気にしないでください。そこの男が一人で来れないのがいけなので」
綾香さん凄い。今から話を聞いてもらう立場なのにも関わらず、美咲くんへのツッコミが鋭かった。
「おい。俺はお前がどうしてもっていうから来てやったんだぞ」
「それなら女の子なんか連れて来ないで一人で来れるぐらいの誠意を見せなさいよ。
それもできやしないくせに、私にあれこれ言わないで頂戴」
いやいや、それはさすがに言い過ぎなのでは…。美咲くんの気持ちだってよく分かる。昔、酷い言葉を言われた相手とサシで話すのなんて、到底無理なことであり、綾香さんの言っていることは一見無茶な事だと思う。
でも、よく知りもしない人を連れてこられた上に、態度が上から目線だったら、話をしたくても話せないとも思う。
「一先ず、二人とも落ち着いて。今はそんなことで言い争っている場合ではないでしょ?」
私の言葉により、二人は冷静さを取り戻したみたいだ。
これはどうやら私が付いてきて正解みたいだ。二人っきりだったら今頃どうなっていたことか。想像するだけでも恐ろしく感じた。
「ごめん。俺、感情的になりすぎてた」
「ううん。私の方こそごめんなさい。話を聞いてとお願いしたのにも関わらず、態度が悪かったと思う」
どうやら綾香さんも根は優しい方みたいだ。それを知れただけでも私は安心した。きっと美咲くんを傷つけたのにもちゃんと理由があると確信が持てた。
「まぁまぁ…。とりあえずお互い様ということで。
あ、すみません。奢ってもらう立場で言うのもあれなんですが、お腹空いたのでまずはご飯にしませんか?」
何としてもこの場の空気を変えたかった。
それにお腹が空いている時はご飯を食べるのが一番だと思う。空腹では話したい話もできやしない。
それならば、一旦気持ちを切り替えるためにも、食事を取るのは大切なことである。
「茜さんってマイペースなのね…。そうね。ここはまずご飯にしましょ。せっかくの焼肉だし。もうお肉が食べたくて仕方がないわ」
「そうだな。俺もお腹が空いたし、早く肉が食べたい」
人のことをマイペースというが、どう考えてもこの二人の方がよっぽどマイペースだと思う。
「まぁ、腹が減っては戦ができぬって言葉もありますし。こういう時だからこそ、まずは食事からじゃないかなと思ったんです。
やっぱり美味しいご飯を一緒に食べれば仲も深まりますし。…って勝手にしゃしゃり出てすみません……」
またやらかしてしまった。どうして私はこう何度も同じことばかり繰り返してしまうのだろうか。
一体、いつになったら私は間を読むことができるようになるのかな…なんて考えてしまった。
「確かにそうね。もうお昼時だし、ササッとお肉食べちゃいましょ」
「まぁ、そうだな。きっとお腹が空いてたのもあって、余計にイライラしてたのかもな」
二人の気使いが身に染みた。こんなふうに相手に気を使わせないくらいの気使いができるように私もなりたいと思った。
「それ一理あるわ。なんかお肉のこと考えてたらイライラが吹き飛んで、今はとにかく空腹を満たしたい欲求の方が強いもん」
「確かに…。なんかさっきまでのことが嘘みたいにどうでもよくなったもんな」
二人の間にあった不穏な空気も解かれ、今は自然と穏やかな空気になっていることに私は安心した。
私の余計なお世話が二人の空気を変えたのだとしたら、それもそれでたまには悪くはないと心の底からそう思えた。
「とにかく注文しちゃいましょ。すみません…」
綾香さんが店員さんを呼んでくれた。ずっと誤解していたが、本来の綾香さんはきっと気使いができる素敵な女性なのだと知った。
「ねぇ、まずは茜さんが一番最初に好きなものを選んでよ」
え?私から?!そんなおこがましい…。
「いいんですか?私が一番最初で…」
「いいに決まってるじゃない。あなたが間を取り持ってくれなかったら、私は美咲とこうして今、食事をすることなんてできなかったと思う。だから私はあなたに感謝しているし、まずはお礼をさせてほしいの。とはいってもこれぐらいしかお礼できないんだけども…。とにかく茜さんには遠慮せずに食べてほしい」
きっと彼女は私が先程、空気を変えたことへのお礼がしたいのだと思う。
もちろん先程のことに限らず、まずはここに美咲くんを連れてきたこと。
そして、本当の自分を見抜いてくれたこと。全てに対してちゃんとお礼がしたくて、こうしてもてなしてくれているのだと思うと、私も変に遠慮してばかりいても逆に申し訳なく感じてしまった。
「それじゃ、せっかくなのでお言葉に甘えて…」
それから私は彼女に遠慮することなく、いやさすがに多少は遠慮したが…。
せっかくの機会なので、奢ってもらうことにし、食べたいお肉を注文した。
「美咲もほら、食べたいものがあったら早く注文して。あんたには過去に借りがあるから、早くその借りを返させてちょうだい」
相変わらず二人はまだぎこちない距離だが、口喧嘩はしなくなった。
美咲くんもこれ以上私に迷惑をかけたくはないのか、大人しく綾香さんの言うことを聞いていた。
「カルビと牛タン、あとホルモンでお願いします…」
最初は嫌そうにしていた美咲くんも、どうやらお肉の魅力には逆らえないみたいだ。
やっぱりお肉を嫌いな人なんていない。人類皆とまでは言わないが、殆どの人がお肉を大好きだ。
「美咲って男のわりには食べないわよね。私の方がもっと食べるかも」
この細身の身体でたくさん食べるの?という驚きを隠せなかった。
「綾香さんすごい…。どうしてたくさん食べるのに、そんなに痩せてるんですか?」
「うーん…私、昔から食べても太らない体質で。だから気にせずいくらでも食べられるの。
あ!これ自慢じゃないから、誤解しないでね?」
それはもう一種の才能ではないかと思った。羨ましい。私もそんな体質に生まれたかったなぁ…。
「大丈夫ですよ。そんなふうには思いませんから。それにしても羨ましいです。食べても太らないなんて。しかもたくさん食べられるんですよね?コラボカフェとか行ったら気にせずたくさん注文できますね」
「それがそうでもないのよ。Twitterとかで同行者を見つけるじゃない?それで一緒に行って、いざ目の前でたくさん食べられると驚かれるわよ。それに注文しすぎて白い目で見られるのも怖いし。遠慮して考えながら注文しないといけないからもう大変よ…」
それぞれ悩みはあるということだ。私はまたもしかしたら、デリカシーに欠けた発言をしたかもしれない。ここはちゃんと謝るべきだ。よし。ちゃんと謝ろう。
「なんかすみません…。何も考えずに発言してしまって…」
「全然大丈夫よ。なんか私もそんな反応されるのが新鮮でちょっと嬉しかった」
嬉しかったと言われて安心しつつも、今のが嬉しかったとはどんな意味なのか分からず、困惑している自分もいた。
「えっと…その嬉しかったのならよかったんですけど、でもどうしてですか?」
「最初に自慢してるって思わないでって言ったでしょ?こういう発言をするとすぐに同性から自慢してるって思われることが多くて。だからあまりこういうことは言わないようにしてるのよ…」
確かにそう捉えてしまう人もいるということは否定できない。
特に女性はマイナスの自虐ネタには共感を覚える生き物だが、プラスの自虐ネタには妬みを覚える生き物だ。
女性社会を生き抜くためには、自分を守る術を覚えておかなくてはならない。
そうやって自分を守ってきたのかと思うと、綾香さんもたくさん苦労してきたことが分かり、少し胸が痛んだ。
「分かります。女性ってそういうところが怖くもあり、面倒くさくもありますよね」
美咲くんは一人男性のため、完全に置いてけぼり状態である。こんなふうに綾香さんと話せて、私は嬉しかった。
それに話してみて少し彼女のイメージが変わった。本当はとても優しい人だということが分かった。私はもっと彼女のことが知りたくなった。
「ねー。なんでこんなにも面倒くさいのかしら…」
なんて話で盛り上がっていたが、肝心なことを忘れていた。
そう。本来私達がこうやって集まったのには、こんな話をするためではなく、もっと大事な話をするためである。
「で、結局、お前は俺に何を話したかったんだ?そんな話をするためにここに来たわけじゃねーだろ」
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