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episode3.過去の話
3話-⑦
*
あの後、すぐにお肉が運ばれてきた。どうやら店員さんが様子を見て、絶妙なタイミングを狙っていたみたいだ。
店員さんにはとても感謝している。とてもじゃないが、あの雰囲気のままではいられなかった。
「せっかくだし、お肉食べちゃいましょ」
綾香さんの一声で空気を変え、皆でお肉を食らい尽くした。
お腹も満たされ、気分が良くなった二人は新しい連絡先を交換していた。
そして一応、私も綾香さんと連絡先を交換した。しかも彼女の方から声をかけてくれた。
「あの…ありがとう。あなたがいなかったら今、こうして美咲と話すことはできなかったと思うから」
素直になった綾香さんはとても可愛いと思った。
こりゃ美咲くんが惚れる理由も分かる。私が男だったら付き合いたい。素直に心からそう思えた。
「いえいえ。私は大したことなんてしていないです。でも、よかったです。仲直りできたみたいで」
「ううん。あなたは間を取り持ってくれたじゃない。充分、大したことよ。本当にありがとう。それで…あの、よかったら茜さんの連絡先も教えて頂戴」
もちろん、私の答えは決まっていた。
「いいですよ。私も教えて欲しかったので、先にそう言ってもらえて嬉しいです」
私は鞄からスマホを取り出し、綾香さんと連絡先を交換した。
また友達が一人増えて、私はちょっぴり舞い上がってしまった。
「それじゃ、私はここで。その…よかったらなんだけど、また今度こうして会ってもらえるかな?」
これは私に対して向けられた言葉なのか、はたまた美咲くんに対して向けられた言葉なのかは分からない。
恐らく美咲くんに向けた言葉であろう。私はその場を横目で眺めていた。
「まぁ、綾香の事情もよく分かったし、本当に腐男子が気持ち悪いわけじゃないなら、別に構わないと思ってる。まだ全部を許したわけではないし、少し心に残るものはあるけどな…」
いきなり気持ちを切り替えることは誰だって難しい。
しかもずっと心に傷が残っていた相手となると、そう簡単には上手くいかない。
「うん。それはちゃんと分かってるつもり。でも、もうここで終わりにはしたくなかったの。自分勝手でごめん…。美咲の気持ちを考えてあげられなくて…」
「でも俺だって鬼じゃない。引きずることはあれど、過去のことは水に流してやるくらいの気持ちの余裕はある。これは特別だからな?ま、俺も大人気なかったということで…」
ということはつまり…。
「また会ってやっても構わない。だから、連絡先交換したんだろ?嫌ならまた会いたくないから、連絡先なんて交換しない」
綾香さんの顔が一気に紅潮した。やっぱりまだ美咲くんのことが…。好きな人にそう言ってもらえたら誰しも嬉しくなってしまう。
全くこの男は。これで気がないなんてフラれでもしたらショックで寝込むレベルだ。
「ありがとう…。また連絡する。それじゃ……」
言葉だけを残して、そのまま綾香さんは去ってしまった。あまりの恥ずかしさに耐えきれなくなり、逃げたのであろう。
一方、美咲くんは怪訝そうな表情をしていた。
「結局アイツは何をしたかったんだ?さっぱり分からん…」
鈍感とは時に罪だ。あんなに分かりやすいのに何故、彼女の気持ちが全く分からないのか謎だ。
「まぁ、とりあえず話ができただけでもよかったんじゃない?」
今まで抱えていた葛藤が少しでも軽くなったのなら、それに越したことはない。
この先どう乗り越えていくのかは、あとは本人次第だ。
「ありがとう。茜ちゃんのお陰で綾香と話すことができた」
私が居たからできたこともあるかもしれない。
でも、それ以上にお互いが過去のことを一旦忘れて、ちゃんと歩み寄ることができたからだと思う。
「それならよかったよ。美咲くんもよく頑張ったと思う。お疲れ様」
あなたが一番辛かったと思う。だから私はあなたの頑張りを褒めたかった。
「本当に…もう疲れたよ。元カノと話すなんて経験、この先滅多にないことだと思う」
頻繁にあっても困るものだが…。貴重な経験をしたと思う。他人事だから言えるわけだが、自分だったらしたくない経験である。
「確かに滅多にない経験ではあるよね…」
「早々あってたまるか!って感じたけどな」
私ももし、元彼と再会したらこんなふうにちゃんと話せるだろうか。
喧嘩別れしたわけではないが、どこか少し気まずさの方が勝ってしまうと思う。
「でもさ、今はもう元カノってだけの繋がりじゃなくなったでしょ?」
まだもう少し時間はかかってしまうかもしれないが、二人はこの先きっと仲良くやっていけそうな気がした。
それがただのヲタク友達になるのか、はたまた恋人にまた戻ってしまうかは二人次第ということで…。
「うん。これからは友達として上手くやっていけたらいいなと思ってる」
美咲くんははっきりと友達宣言をした。これを綾香さんが聞いていたら、きっと悲しんでいたと思う。
だからこの場に綾香さんがいなくて、どこかほっとしている自分がいた。
「そっか。これから上手くやっていけるといいね」
美咲くんに気持ちがない以上、彼女の想いが報われないことは仕方がないことだと思う。
だから私はせめて二人がこれから先、友達として上手くいくことを願った。
「あーあー、今日はせっかくのリベンジだったのにな、アイツと話したことで体力消耗しちまったよ」
私も緊張していたこともあり、少し疲れてしまった…。
だって一触即発な雰囲気だったため、いつ二人が喧嘩をするのか分からず、ずっとハラハラしていた。
「確かに。今日はもう疲れちゃったから、ここで一旦、お開きにしますか」
もう少し一緒に居たかったが、精神的疲労により、早めに帰宅して少しお休みしたい気持ちの方が勝ってしまった。
「そうだな。そうしますか」
駅まで一緒に歩く。お互いに疲れているせいか、口数が減り、駅までの道のりはあまり喋ることはなかった。
「今日はごめんな。俺のせいで…」
美咲くんは何も悪くない。もちろん、綾香さんも…。
「美咲くんのせいじゃないよ。誰も悪くない…」
綾香さんだって、ただ自分の気持ちを伝えたかっただけだ。
そのためには何振り構わずに突撃するしか方法がなかった。
結果的には成功したから良かったものの、もし失敗していたら…と思うと、今更になり怖く感じた。
でも、私は心の中のどこかでこうなることを予感していたのかもしれない。
それに美咲くんは何だかんだで優しい人だから、ちゃんと話し合えば誤解も解けると信じていた。
私は結局、綾香さんの背中を押してしまったわけだが…。
どうやらまだ恋の方は前途多難のようだ。
…なんてこの時の私は、この先自分の身に恋なんて起こるはずがないとそう思い込んでいたのであった。
「ちげーよ。もう綾香のことはどっちでもいいんだよ…」
それじゃ一体、美咲くんは何に対して謝罪していたというのだろうか。
「じゃ、今の謝罪は何に対しての謝罪だったの?」
美咲くんの顔が一気に赤くなっていき、こちらに鋭い目つきを向けられた。
「なんかごめん…。私、怒らせるようなことしちゃったかな?」
もしかして私、怒らせるようなことをしてしまったのではないかと思い、恐る恐る聞いてみた。
「怒ってはない。ただ、恥ずかしいだけ…」
怒ってないのだと知り、少し安心した。
でも、何故恥ずかしがっているのかよく分からなかった。
「それじゃ、何に対しての謝罪だったの?」
すると美咲くんの顔は益々赤くなっていき、俯きながら話し始めた。
「だから、せっかく茜ちゃんが遊びに誘ってくれたのに、まさか途中で綾香が乱入して来るとは思わなくて、申し訳なく思ったってこと」
まさか美咲くんがそんなふうに思っていたなんて知らなかった。
私はバカだ。こんなふうに思わせてしまうくらいなら、もっと早く誘えばよかったんだ。
「それに誘うのが遅い。これでもずっと待ってたんだよ?お誘いのメッセージがくるの…」
「ごめん。次はもっと早く誘うよ」
たったの二週間のはずなのに、いつもよりとても長く感じた二週間だった。
なんだかその期間中、ずっと美咲くんのことを考えていたような気がする…。
今思えば、どう誘おうか迷いすぎてたと思う。友達なのだから、もっと気楽に誘えばよかったんだ。
こんなに待たせてしまったんだ。次の約束も私から誘おうと思う。今度はもっと早く…。
「次こそ早くお誘いがくるのを期待してる」
嬉しそうな笑顔をこちらに向けてくれた。私はこの笑顔を守ろうと決めた。
だから美咲くんに対して変な遠慮をするのはもう止める。
美咲くんは私にとって大切な友達だから、もっと信じて飛び込んでみようと思う。
「楽しみにしてて。またすぐ誘うから」
いつしか私達の間にあったぎこちない距離はなくなっていた。
この時、ようやく本当の意味で友達になれたのかもしれないと、後々になって気づくのであった。
「もう駅に着いちゃったね…」
なんだかんだずっと話していると、時間があっという間に過ぎていく。
今日はもうお開きなので、ここで一旦解散だ。
「だね。早いものですな…」
休みの日ってなんでこんなに時間が経つのが早いのだろうか。
仕事の時もこのくらい早ければいいのに…。
「早いもんだね。あっという間だよ」
色々あったから余計にそう感じるのかもしれない。
それに問題が解決したので、今後は暫く何も面倒事が起こらないのかと思うと少し気が楽であった。
「それじゃ俺、こっちのホームだから」
名残惜しくはあるが、いつまでもここにいるわけにもいかないので、もう解散することにした。
「分かった。またね」
「おう。またな」
それぞれ別々の道に向かって歩き始める。
そして、私の脳内では先程の言葉が繰り返し再生される。
“ずっと待ってたんだよ?お誘いのメッセージがくるの”
まさか待っていたなんて思わなかった。ってきり、忘れられているとばかり思っていた。
覚えていてもらえたことが嬉しかった。それと同時に胸の高鳴りが抑えきれない…。
どうしよう。どうして私、こんなにもドキドキしているのだろうか。
まだ脳内に美咲くんの言葉が残ったまま、この日はずっと消えることはなかった。
完全に浮かれてしまっていた私はすっかり忘れていた。
そして、この時の私はまだ知らない。予想だにしない出来事が起きていたとは…。
*
あれから数日が経過した。あの日をきっかけに俺は綾香と連絡を取り合っていた。
呼び出したのは綾香の方から。わざわざ呼び出すなんて、何かあったのだろうか。
茜ちゃん抜きで二人っきりで会うのは、何年ぶりだろうか。もうかれこれ十年以上前になるのかもしれない。
それぐらい月日が経過したということになる。時間なんてあっという間だ。
今更、綾香に対して過去のことをとやかく言うつもりはない。アイツもアイツなりに苦労してきたことが分かったから。
ただ、一生許せないのは仕方がないことだと思っている。それだけ傷は深かったということだ。
しかし、いくら蟠りが解消されたからといっても、どんなふうに接したらいいのか、まだよく分からない。
会ってやってもいいとは言った。まさかこんなにも早く会うことになるなんて思ってもみなかった。
俺はもう綾香と話すことは何もない。でも向こうにはまだあるということなのであろう。
しかも今回は茜ちゃん抜きでだ。一体、どんな話をしたいというのだろうか…。
綾香の考えていることがよく分からないまま、俺は待ち合わせ場所へと向かった。
「よ。お待たせ」
待ち合わせ場所には綾香の方が先に来ていた。
きっと自分から誘ったので、俺より後に来てはならないと思ったからであろう。
こういうところは昔と変わっていない。意外と義理堅い奴なのであった。
「わざわざご足労頂き、ありがとうございます」
とはいっても地元が同じ県なので、そこまでではない。
ま、どちらかというと今はまだコイツと二人っきりという方が精神的に辛いくらいだ。
「いえいえ。それで、俺を呼び出したのは何故?」
今更コイツに遠慮など必要ない。だから直球で聞いてみた。
「…あの時は茜さんが居たから言えなかったの。もう察してるでしょ?私の気持ち」
いや、全然分からないから直接聞いてみたんですが…。
女のこういうところは、いつになってもよく分からない。
こういう時、BLのシチュエーションなら分かるというのに…。
どうしてリアルはよく分からないのだろうか。やっぱり言葉で伝えるって大切だと俺は思う。
「ごめん。俺、ちゃんと言ってもらわないと分からない。そんな察しがいい方ではないし」
俺は女が苦手だ。何を考えているのかよく分からないから。
こんな俺でも一応、綾香の後にちゃんとお付き合いした女性がいた。
歳上が一人に、歳下が一人。計二人の女性とお付き合いをした。
ちなみに歳上のお姉さんで童貞を卒業した。
特にこれといって強い思い入れもない。ひたすら穏やかな時間を過ごしていた。
どちらの女性も俺が腐男子だと知っても普通に接してくれて、受け入れてくれた。
でも、どこかで物足りなさを感じていた。そして、次第に語れる仲間がほしいと恋焦がれるようになっていった。
理解はあれど、二人の元カノは腐女子ではなく、どこにでもいるような普通な女性だった。
腐男子であることを受け入れてもらっているくせに、偉そうなことを言うなと思うかもしれない。
それでもずっと心の中のどこかで違和感を感じていた…。
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