腐女子がオフ会で知り合ったのは腐男子でした

和泉 花奈

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episode4.初コミケ

4話-④

「茜、久しぶり~」

「お久しぶりです。美幸さん」

「もう止めてよ。今は幸子なんだから」

今、この人、自分のことを幸子って言わなかったか?……え?それって……。

「あのもしかして、あなたが桜宮 幸子先生ですか?」

すると茜が申し訳なさそうな顔をしながら、口を開いた。

「美咲くん、ごめんね。ずっと黙ってて。実はサプライズで喜ばせようと思って、黙ってたの。
いきなりびっくりしたよね?私が大好きな漫画家さんとお知り合いだなんて…」

確かに驚きはしたが、今思い返せば茜の言動の節々に違和感を感じていたので、その疑問が解けてすっきりした気持ちの方が大きかった。

「確かに驚きはしたけど、それよりも茜の言動で気になることの方が多かったから、その謎が解けたって気持ちの方が大きいかな。
でも、先生とどういう関係しますなのか、ちゃんと説明してほしい」

俺の言葉を聞いて安心してくれたみたいだ。
俺は一刻も早く先生と茜ちゃんの関係性を知りたいなと思った。

「そう言ってくれてありがとう。それじゃ、お言葉に甘えて紹介するね。
こちらが漫研時代にお世話になった先輩の美幸さん。それで今は大人気BL漫画家の幸子先生。
で、さっきまで私と話していたアイスマの社員さんの彼女さんでもあるの」

色々と情報が多すぎて、上手く整理できていないので、ゆっくり一つずつ情報を追っていこうと思う。
えっとまず、幸子先生とは大学時代にサークルで知り合い、仲良くなった。
そして、先程の男性は先生の彼氏さんでもあり、アイスマのゲーム会社の社員さんでもある。
茜とあの男性の関係性としては、先生の彼氏さんだからという顔見知り程度の仲で、俺はそんな人に大人気なく嫉妬していたということになる…。

「…さっきはごめん。変なこと言って…」

あまりの自分の不甲斐なさに落ち込む。
そして、恥ずかしさのあまり、顔が一気に真っ赤になった。
穴があったら入りたいくらい、先程の出来事を消し去りたいと思った。

「ううん、別に大丈夫だよ。気にしてないから」

サラッと茜は流してくれた。
この時ばかり、茜が鈍感でよかったと安心したのであった…。

「で、こちらが電話で話していた腐男子のお友達の美咲くん。先生の大ファンだそうです」

すると、先生の目がキラキラ輝き出した。

「…もしかして、君が噂の腐男子くん?」

噂って何?確かに俺は腐男子だが…。
どうやら、茜は事前に俺のことを話してくれていたみたいだ。
とても有難いことだが、今はとても小っ恥ずかしいのであった…。

「…は、はい。そうです」

「茜から話は聞いてるよ。私のファンなんだってね?いつも応援してくれて、ありがとう」

茜、俺のこと先生に話したの?嬉しいような恥ずかしいような複雑な感情だった。

「はい。ファン…です。お会いできて光栄です」

先生は笑顔をこちらに向けてくれた。それだけでもう一生追いかけ続けていきますと誓った。

「こちらこそ。お会いできて嬉しいよ。よかった。茜と話が合うお友達ができたみたいで」

そういえば、茜はBL話ができる人がいないって話していたことをふと思い出した。
あれ?でも幸子先生はBL漫画家だから、BLの話はできるはず…。

先生が忙しすぎて、全然会えないから最近、話せる人がいないって意味なのかな?
もしくは先生の存在を忘れていたとか?それはさすがにないか。

もしかしたら、先生に知り合いであることを口止めされている可能性もある。
だとしたら、こうして先生と知り合えたことは茜のお陰だし、感謝している。

しかし、理由をあれこれ考えてみるが、答えに辿りつかず、直接聞いてみることにした。

「それってどういう意味ですか?」

「私と茜って、いつも好きになるカップリングが逆カプになっちゃうから、商業BL以外を話すのははNGにしてるの。
一応、喧嘩防止のために…ね。あ!喧嘩は今まで一度もしたことはないからね?あくまで…だからね?」

つまり、二人は二次創作的なカップリングの話はNGだったということになる。
だから、茜はBL話をできる人がいないと言っていたのだと合点がいった。

「なるほど。俺と茜はカップリングの好みは似ているので、確かに話が合いますね」

「いいな。茜と話が合うの。羨ましい…」

そうポツリと呟いた先生の一言は、紛れもない心からの本音だったと、この時の俺はそう思った。
きっと先生は茜のことが大好きなのであろう。
でも、どこかこの二人の間に微妙な距離感があるように感じてしまった…。

「先輩とは1億年後ぐらいには話が合うかもしれないですね」

「だといいけどね。君はどう思う?」

いきなり話題を振られた。無茶ぶりにも程がある。
でも、せっかく憧れの先生に話しかけてもらえたので、頑張って食らいつくことにした。

「俺は一万年とあと数千年前になら…だと思います」

すると、幸子先生は俺を凝視してきた。
え?俺、何かした?!やっぱり版権ものはまずかったか?
ごめんなさい。喜ぶと思ってやったジョークみたいなものです。どうかお許しを…。

「…君!なかなか面白いね。気に入ったわ」

どうやら俺のジョークを気に入ってくれたみたいで、俺は一安心した。
よ、よかった…。幸子先生が寛大な方で。

「あっ、そろそろ片付け始めないといけないから、戻らないといけないの。わざわざ足を運んでくれてありがとう」

「いえいえ。こちらこそ、お時間を作って頂きまして、ありがとうございました」

俺は嬉しかった。こうして好きな漫画家さんにお会いすることができて。
茜ちゃんのお陰だ。あとでちゃんとお礼をしなくては。

「あ、そうそう。美咲くん。私のサインあげるからこっち来て。
茜、ごめん。ちょっとだけ美咲くんのこと借りるね」

「分かりました。待ってますね」

そして、俺は先生の後を付いて行き、裏の方へと回った。

「茜に頼まれててね。はい。これ同人誌。美咲くんの分、取り置きしておいたから」

どうやら事前に茜が頼んでくれていたみたいだ。
やっとこれまでの発言の意味を理解した。だから、何とかなると言っていたのか。

「わざわさありがとうございます。嬉しいです…」

お金を払わなくてはと思い、鞄から財布を取り出そうとした。

「今回は知り合いってことで、おまけするよ。
次も参加する予定だから、その時にいっぱい買ってよ」

え?いいんですか?!俺、ただのおまけみたいな感じなのに?!

「え?本当にいいんですか?!俺、茜の付き添いですよ?」

「いいのいいの!寧ろもらってくれた方が嬉しい」

申し訳ない気持ちもあるが、ここは先生のお言葉に甘えてみることにした。

「スケブ持ってる?持ってなかったら、本のどこかにサイン書くよ」

スケブとは、スケッチブックの略で、コミケなどでは、好きな作家さんにお願いしてスケブにイラストを描いてもらったりすることもある。
スケブを受付けていない作家さんもいるので、事前に情報収集は絶対にしておかなくてはならない。

「ごめんなさい。持ってくるの忘れたので、本にお願いします」

「了解。任せて」

先生はその辺にあるペンを取り、慣れた手つきでサラサラとサインを書き始めた。

「美咲くんだっけ?頑張ってね」

…ん?いきなりなんだ?どういう意味での頑張ってねなんだ?

「えっと…それってどういう意味ですか?」

聞くのが怖くも感じたが、直接聞いてみるしかなかった。

「ごめん。一目見て気づいちゃったのよ。茜のことが好きなんでしょ?」

ギグ…。初めて会った幸子先生に気づかれるなんて、どうやら俺の気持ちはダダ漏れみたいだ。

「俺、そんなに分かりやすかったですか?」

「かなり…」

かなり…?!本人に気持ちがバレるのも時間の問題かもしれないと、内心一人焦るのであった。

「でも、大丈夫。肝心の本人はまだ気づいていないみたいだけどね」

よ、よかった…。まだバレてなくて。
いや、バレている方がいいのか?いずれ告白するわけだし…。
安心しつつも、少し複雑な気持ちが入り交じった。

「茜は鈍感というか、こういうことに疎い子だから、どうか諦めずに頑張ってほしい。
無理強いはしないけども、初めて会った時に、お似合いだなって思ったの。余計なお世話かもしれないけど…ね」

寧ろそう言ってもらえて、俺は嬉しかった。
俺は過去に恋愛で苦い思いをした経験があるからこそ、臆病でなかなか自分から動き出せない。
だから、誰かにこうして励ましてもらえると、とても勇気が湧いてくる。
しかも憧れの人に言ってもらえて、こんなに嬉しいことはない。

「いえ。すごく勇気をもらいました。ありがとうございます」

「ならよかった。息詰まったら相談相手になるからさ。これ。私の連絡先」

俺、こんなに幸せなことはもう二度とないかもしれない。
だって、憧れの漫画家さんと連絡先が交換できたんだよ?もうこれだけで充分幸せだと感じた。

「それじゃ、茜のことをよろしくお願いします」

この時、先生は俺だから任せてくれたのだと思った。
自惚れてるだけなのかもしれないが、それでもそう思うことにした。

「はい。俺に任せてください」

任せてもらえたからこそ、茜に見合う男になろうと決心した。

「茜、お待たせ。美咲くん借りちゃってごめんね」

「いえ。大丈夫です。とても嬉しそうな顔をしているので」

そんなに嬉しそうな顔をしているのか?!
それはきっと幸子先生に会えたことだけじゃないというのは、自分の胸の内に閉まっておくことにした。

「それなら良かった。茜もわざわざありがとうね。また早く会いたいな…」

しかし、茜ちゃんは目を逸らし、こう言った。

「…はい。いつか」

どうしても俺はその顔が引っかかってしまったのであった。

「うん、またね」

そして、先生はそのまま去ってしまった。
俺にはよく分からないが、二人の間には見えない溝があるような気がした。

「さてと、そろそろ綾香に終わったよって連絡しますかね」

敢えてその事について触れなかった。
なんだか触れてはならないような気がしたから。

「そうだね。そろそろ連絡してみますか」

スマホを開くと、既に綾香から連絡が着ていた。
どうやら俺らが連絡するより先に、用事が済んでいたみたいだ。
とりあえず、メッセージを開いてみた。

《綾香:一足先に用事が済んだので、お先に失礼します。あとはお二人でごゆっくり》

おい…。これって絶対にわざとだよな?!
会場に着いた時もそうだったが、アイツなりに気を使ってくれているのだと思う。
しかし、さすがに鈍感の茜もここまでされたらさすがに気づくであろう。
もちろん気づいてはほしいよ?!でもな、いくらなんでもやりすぎだ…。

「マジか…」

「どうしたの?」

「綾香からグループLINEにメッセージが着てたんだけど、もう先に帰ったってさ…」

こんなに二人っきりにさせられる機会があれば、普通は気づくはずだ。
普通なら…。茜の鈍感さはこんなものでは済まないので、きっと多分気づかない…はず。

「そうなんだ。綾香って自由人だね」

自分の気持ちに気づかれなくて安心しつつも、全く気づかれない悲しさで胸が複雑な気持ちだった。

「全く。アイツは自由にも程がある」

綾香のアシストにまだ上手く乗っかることはできなかった。
きっと今の茜は恋愛なんて望んでいなくて、三人で楽しくヲタ活することだけを望んでいるのだと分かったから。

「確かに。でも、なんかそういうところが好きかな。自分ってものをしっかり持ってるし」

それは茜も…と言いかけそうになったが、心の中だけで思うことにした。

「ねぇ、よかったらこの後、二人だけで打ち上げしない?」

まだ今はこのままでいい。好きな子に誘われただけでも良しとしよう。

「いいよ。二人だけで打ち上げしよっか」

綾香の自由さには呆れたが、結果として二人だけの打ち上げを開催することができたので、心の中で感謝したのであった。

「とりあえず、国際展示場から移動しよう」

コミケに行けただけでも大満足だが、コミケが終わった後に打ち上げをするというのもずっと憧れていたことの一つだった。
ようやくその夢を叶えることができて、俺は今、最高に幸せだった。

「分かった。とりあえず、どこに移動するんだ?」

「そりゃコミケ帰りにヲタクが行く所なんて決まってるよ」

こうして、俺達は打ち上げをするために、国際展示場から池袋まで移動してきた。
旅行以外でキャリーケースを持ちながら歩くのは初めてで、なんだか気恥ずかしかった。

「美咲くん。まだお宝を探す気力は残ってる?」

お宝を探す気力…?えっとお宝ってまさか…。

「茜、それってまだ同人誌を買うってこと?」

「うん。そりゃもちろん。だってヲタクは買っても足りないから、更に注ぎ込むものでしょ?」

まぁ、確かにその通りだが、初めてコミケに参加した俺は、結構お金を使ってしまったので、ある程度満足していた。
さすが猛者ともなると、感覚が違うのだと思い知らされた。

「先生、その通りでした。俺、もっと買います」

今日はお祭り。つまり特別な日だ。
財布の紐が緩いことなんて仕方がないことだと自分に言い聞かせることにした。

「先生なんて言われるとちょっと照れちゃうな…。
とはいえども、先生もコミケで結構お金を使って残り僅かなので、ご飯代をケチってもよろしいでしょうか?」

寧ろそう言ってもらえてこちらとしても助かる。
さすがヲタク。削るところは飲食代なのであった。

「俺もギリギリなんで、その方が助かります」

「それじゃ、ファミレスはどうかな?」

コミケの帰りにファミレス…。
これこそまさにヲタクのオフ会みたいでテンションが上がる。

「いいね。ファミレスなら気兼ねなくゆっくりできるし。たくさん語ろ!」

「それじゃ、ファミレスで。穴場があるからそこへ行こうぞ」

穴場のファミレスだと…?!その意味を理解するのはお店の前に着いてからであった。

「穴場があるのか。ならそれでよろしく」

とりあえず、茜に任せてみることにした。
池袋には何度か訪れるようになり、慣れてきたといっても、まだ茜や綾香に比べたら初心者なため、分からないことの方が多い。
こういう時は先輩の二人に任せた方が良い。俺は素直に従うのみだ。

「もしかしたら、今日は混んでるかもしれないから、穴場じゃないかもだけど」

コミケが開催される時期は長期休暇中なため、どこも人で溢れ返っている。
特にファミレスなんて混んでいるに違いない。

「今日はどこも混んでるし、仕方ないさ。俺は気にしないよ」

「なら良かった。そう言ってもらえてよかったよ」

今日みたいな日はどこも混んでいるので、どのお店も行列に違いないであろう。
本当に穴場なんてあるのならば、寧ろ教えてもらいたいくらいだ。
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