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episode5.決意と変化
5話-①
再びイラストを描く決意をしたものの、どうしたらいいのか分からず、途方に暮れていた。
多分、いや、確実にレベルは下がっていると思う。
ピーク時に持っていくためには、相当練習しなくてはならない。
やっぱり誰か一緒に描いてくれる人が欲しいなぁ…。
綾香に相談してみることにした。綾香は昔、イラストを描いていたこともあるし、綾香なら何か良いアドバイスがもらえるかもしれない。
そして、あわよくば一緒に描いてくれるかもしれない。
なんていう淡い期待を胸に抱きながら、綾香に電話をかけた。
何回目かのコールで綾香は電話に応じてくれた。
「もしもし…」
「急に電話かけてごめんね。茜です」
「うん。知ってる。ディスプレイに誰からかかってきたか出るからね」
ご最もである。言い返す言葉がなかった。
「う、うん…そうだよね…あはは」
笑って誤魔化した。穴があったら入りたいくらい恥ずかしい…。
「で、何の用があって電話をかけてきたの?」
言わずとも用があると察する辺り、綾香は勘が鋭い。
「えっと実は…」
美咲くんと二人だけで行った打ち上げの話を、簡単に説明した。
私も自分の過去の話ができるのは、綾香と美咲くんしかいない。
だから、相手が綾香じゃなかったら、こんな話しなかったと思う。
「…ってなことがありました」
「ありがとう。私にも話してくれて」
「いやいや、逆に話を聞いてくれてありがとう」
「で、話を聞いてほしいだけじゃなく、私に何かお願いしたいことがあって、電話をかけてきたんでしょ?」
そこまでお見通しとは…。綾香って容赦ないな。
最近、私にも少し当たりがキツくなってきたので、心を開いてくれているのだと勝手にそう思っている。
「あのさ、綾香さえよければ私と一緒にイラストを描かない?」
「ごめん。それはできない。前にも話したと思うけど、過去に虐めを受けてから、絵が描けなくなっちゃって…」
「……え?」
私はまた無神経なことをしてしまったみたいだ。
よく考えれば分かることだ。それなのに、私は何も考えずに真っ先に綾香に頼ってしまった。
申し訳ないことをしてしまったことに対する後悔がとても大きかった。
「ごめん。何も考えずに…」
「ううん。嬉しかったよ。真っ先に私に頼ってきてくれて」
綾香も美咲くんも優しい。私の無神経なところを優しく包み込んでくれる。
こんなに優しい人達、いないと思う。大切にしようと心の中で誓った。
「あのね、私、虐めを受けてからも何回か絵を描いてみようと挑戦したことがあったの。
でも、いざ描こうとすると手が震えて、上手く描けなくて…。
だから、難しいの。絵が描きたくないとかじゃなくて、描けないから」
決して忘れていたわけじゃない。綾香の過去はとても辛い過去だから。
でも、私はどこかで甘くみていたのかもしれない。
こういったところが無神経で、知らず知らずのうちに人を傷つけてしまっているのかもしれない。
「そうだったのか…。そうとも知らずにごめんね」
「そんなに何回も謝らなくて大丈夫だよ。私的に茜とか美咲に触れられる分には大丈夫だからさ」
電話口から聞こえる声は、無理している様子は感じられなかった。
綾香が気にしていないならこれ以上、私が気にしても仕方がないので、気にしないことにした。
「私、今までヲタクの友達ってSNSでしかいなかったから、ずっとリアルでヲタクの友達がほしかったんだよね。
だから、こうして信頼して何もかも話せる友達は私の中で茜だけだよ」
私だって同じだ。ここまで気が合う人達が身近にいたことがなかった。
だから、こうして美咲くんと綾香に出会えて幸せだし、信頼している友人の一人でもある。
「私も同じ気持ちだよ。こんなふうに何でも話せる友人って身近にいなかったからさ。綾香に出会えて嬉しいよ」
美咲くんと出会えたから、綾香にも出会えた。
今となっては二人が過去に色々あってくれたお陰で今、こうして仲良くなれたのだと思っている。
「…もう。あんたはそうやって無自覚天然なんだから」
無自覚天然?どういう意味だ?
「んん?私が?天然なわけないじゃん…」
「天然の人って大体そう言うんだよね」
確かにそうだが、私は絶対に違う。
だって抜けてるところなんてないから。
「私はそんな天然ってキャラじゃないもん…」
「はぁ。とりあえず、今はもうこの話はいいや」
とりあえずは?後日、問い詰められる奴かな?
「イラスト描くの再開するってことは、同人誌も出す予定はあるの?」
まだそこまで具体的なことは考えていない。
そもそも同人誌を描いていた頃の絵のレベルに達することができるかどうかさえも怪しい…。
今はとにかく人様にお見せできるレベルにまで達することが優先だ。
「うーん…。とりあえず、今のところは過去の絵に今の私が追いつくことが優先かな」
「ふーん。なるほどね…」
この確かめに何か意図があるような気がした。一体、何を企んでいるのだろうか。
「あのさ、茜がもし同人誌を出すことになったら、手伝うから頼ってね。
絵は描けないけど、それ以外なら手伝えるからさ」
そう言ってもらえるだけで充分だ。きっと綾香は先程断ったことを気にして、私に気を使ってくれたのだと思う。
私より綾香の方が絵を描きたいはず…。でも、過去のトラウマのせいで描けない。
そんな綾香が私に気を使ってくれたのだから、ここは素直に甘えてみることにした。
「ありがとう。そう言ってくれて。
是非、その時がきたらよろしくお願いします」
それに友達と共同作業をやってみたいと思っていたので、一緒にやれる日がいつか訪れるように、私も少しずつ頑張っていこうと思う。
「ねぇ、茜。変なこと聞くけどいい?」
変なことって一体、どんなことだろうか。
「いいよ。どうしたの?」
「あのさ、美咲に何か言われたりした…?」
え?なんでここで美咲くん?!
確かにこの話を美咲くんともしたが、綾香と同様、応援されたくらいだ。
ってことは、これとは別の話ってことなのかな?
だとしたら、私は知らない。一体、何があったのだろうか。
「ううん。特に何も。応援されて終わったよ」
「そう。分かったわ…」
その後、綾香は小さな溜息をついた。
美咲くんのことで溜息をつくなんて、二人の間に何かあったのかな?!
「どうしたの?大丈夫?」
美咲くんの言動について確認してくるってことは、もしかして二人は元サヤに戻ったってことかな?!
いつの間にそんなことになっていたとは…。さすが綾香である。
「ううん、何でもないの。今のは忘れて…」
そう言われてしまったので、これ以上踏み込むのは止めた。
でも、どうして二人だけの秘密なんだろう?教えてくれてもいいのに…。
私は二人がお付き合いすることになったら、祝福するし応援だってする。
でも、本音を言えば、寂しい気持ちは少しだけある。これから二人の時間も増やさないといけないだろうから、私が一人になる時間が増えるのは仕方のないことだ。
だけど、心の中のどこかでモヤモヤしている自分がいた。
「あのね、先に言っておくけど、茜の考えているようなことは何もないからね?」
私の考えていること…?!もしかして、心が読まれてるの?
って、んなわけないか。音声通話なため、お互いに顔が見えていない状態だ。
だから、私は声だけでも分かりやすい人間なんだということが分かった。
「そうなの?」
「そうよ。今更アイツとどうこうなるわけがないじゃない」
いや、あなた最初は好きでしたよね?!
いつの間に好きじゃなくなっていたのやら…。
「とりあえず、私が言いたいことは誤解しないでほしいってことです」
誤解…か。この時はどうしてやたら否定するんだろうなんて斜に構えていた。
恋愛経験が乏しい私には、元彼元カノっていう関係の二人がコソコソしているだけで怪しんでしまうのであった…。
「分かったよ。綾香がそこまで言うのなら、私はもう誤解しないでおくね」
本当はこの話題が一体、何だったのかとても気になるが、これ以上踏み込まないでほしいという雰囲気に流されてしまった…。
モヤモヤした気持ちはなかなか消えず、少し胸の中で残った。
「そう言ってくれてありがとう。こちらとしては助かります」
そう言わされたと言った方が正しいが…。
一々こんなことを気にするなんて、なんだか私らしくないな。
一旦、このことは忘れよう。本人が何でもないって言っているんだから、何にもないんだきっと…。
「あのさ、話題を変えてもいい?」
こちらとしても話題を変えてもらった方が、気が紛れるので助かる。
「うん、いいよ」
「…あのね、実は私もアイスマにハマりました…」
ついに綾香が私達の仲間入りを果たした。
凄く嬉しかった。こうして好きなものの輪が広がっていくのだと実感させられた。
「ついに…。こちらの沼へようこそ」
「お邪魔します…。完全にどっぷり浸かってます」
さすがエリートヲタク綾香だ。
絶対にハマる予感はしていた。何故なら我らは同士だからである。
「で、誰にハマったの?」
「それはもちろん、理人様に決まってるじゃない」
これはどうやら美咲くんと推し被りのようだ。
「おお!そして美咲くんと見事に推しが被ったね」
「マジで?!アイツと被るのかい…最悪だ……」
友人と推しが被るほど辛いものはない。
何故なら、仲間内でグッズの交換やお譲りができなくなってしまうからである。
「綾香はまだ始めたばかりだし、これから推しが増えてくかもよ?」
「かもしれないわね。でも、既にもう理人様へ課金してるのよね私…」
行動が早いな。綾香はハマったら一直線なんだなと思った。
「え?既に?!マジで?」
「マジよ。始めてすぐのピックアップガチャが理人様でさ。
思わず課金してたわ。まぁ、これはお布施ということで」
初心者でお布施ということは、綾香は好きなものにはまず、お金を投資するタイプみたいだ。
「そ、そうだね…。時に愛はお金で買わないといけない時があるからね。
コンテンツを長く続けてもらうために」
「そうよ。私はアイスマ並びに理人様のためにね」
課金は無理のない範囲内で課金する、略して無課金が大事だ。
ここテストに出るので覚えておきましょう。ちなみに私も無課金(無理のない課金)勢である。
「まぁ、ぶっちゃけると、私、かずくんのヲタクなんだよね。
だから、かずくん目当てで始めたらさ、どっぷり沼ったって感じだから。
今はまだ声優とキャラを切り離して考えられてないんだよね」
んん?かずくん?!どうやら綾香は声優さんをあだ名で呼ぶタイプの方みたいだ。
「あ、ごめん。あだ名で呼ぶのダメ系の人だった?」
「ううん、それは大丈夫。綾香がすごく和真様が大好きなんだってことがよーく分かったよ」
私はなかなか恐れ多くてあだ名で呼べないが、声優ファンはよくあだ名で呼ぶことが多い。
まぁ、それに私は声優ヲタクというよりは、キャラクターの方が好きだし、どちらかというとBLに命をかけているので、あまりあだ名とか詳しくない。
そういえば、美咲くんもあだ名で呼ばないな…。
美咲くんもきっと私と同様、どちらかというとキャラクターの方が好きで、BLに命かけてる人なのかもしれない。
「そうよ。私はかずくんが大好きよ」
綾香には絶対、和真様の噂話とか触れない方がいいなと察した。
「でもさ、なかなかライブのチケットが当たらないんだよね…」
勝手に話が進み始めた。こちらとしては助かる。
どこまで触れていいのか分からないので、ある程度相手が道を示してくれる方が話しやすい。
「和真様の人気、半端ないもんね」
「ほんとそれ。マジで取れない…」
和真様は声優業界において、圧倒的人気を誇るため、大きい会場でもライブをする程の人気っぷりである。
それでもチケットが取れないため、ファンの間では幻のチケットとも言われている。
そういえば、ライブで思い出したのだが、翔くんももうすぐアーティストデビューするのではないかという噂がある。
もし、翔くんがアーティストデビューしたら、私もいつかライブに行ってみたいなと密かに思っている。
「行くとしたら、一人で行くの?」
「現地までは一人だけど、会場で友達と待ち合わせする約束をしてるよ」
先程言っていたSNSの友達であろう。
私は今までSNSで友達を作ったことがないが、イベント会場でフォロワーさんと顔見せ程度のことならやったことがある。
いつもSNSでお見かけする方と実際にお会いすることができるのって、まるで夢のような時間で…。
本物が目の前にいるという事実に歓喜したのを今でも覚えている。
「そうなんだ。お友達はチケットは取ってるの?」
「それがさ、友達も外れちゃって…。
もう今、テンション下がってるところなのよ」
和真様のライブに行くのって、すごく大変なことなんだなと思った。
どの声優さんもそうだが、最近の声優ブームは尋常ではない。
あまりの人気っぷりに転売ヤーも多く存在している。
そのため、チケット戦争が勃発しているのであった。
「それはテンション下がるね。ライビュはあるの?」
最近では劇場でライブビューイングとして見れる機会も増えてきているため、私は会場と併用してライブビューイングも利用させてもらっている。
「うーん…どうなんだろ?あると信じたい」
綾香のためにもライブビューイングがあると私は信じることにした。
「せやね。あると信じよう」
その後もたくさん語ったが、結構たくさん喋ったため、ある程度のところで切り上げた。
同士と語っていると、あっという間に時間が過ぎていく…。
「それじゃ、また今度」
「うん、またね」
綾香がアイスマに本格的にハマってくれて嬉しかったなぁ…。
またこんなふうに電話をしたいなと思った。
*
ってきり私は、美咲が告白したのかとばかり思っていた。
だってわざわざ二人っきりにさせてあげたし。これはチャンスかなと思うじゃん?
まさか告白していないとは思わず、口が滑ってしまった。
これは美咲にあとでバレたら叱られること間違いなしなので、先に報告することにした。
なので、報告するために美咲に電話をかけた。
「もしもし…」
美咲は通話に応じてくれた。
「急に電話してごめん。美咲に謝らなくちゃいけないことができた」
「な、何?」
一呼吸置いてから話し始めた。
多分、いや、確実にレベルは下がっていると思う。
ピーク時に持っていくためには、相当練習しなくてはならない。
やっぱり誰か一緒に描いてくれる人が欲しいなぁ…。
綾香に相談してみることにした。綾香は昔、イラストを描いていたこともあるし、綾香なら何か良いアドバイスがもらえるかもしれない。
そして、あわよくば一緒に描いてくれるかもしれない。
なんていう淡い期待を胸に抱きながら、綾香に電話をかけた。
何回目かのコールで綾香は電話に応じてくれた。
「もしもし…」
「急に電話かけてごめんね。茜です」
「うん。知ってる。ディスプレイに誰からかかってきたか出るからね」
ご最もである。言い返す言葉がなかった。
「う、うん…そうだよね…あはは」
笑って誤魔化した。穴があったら入りたいくらい恥ずかしい…。
「で、何の用があって電話をかけてきたの?」
言わずとも用があると察する辺り、綾香は勘が鋭い。
「えっと実は…」
美咲くんと二人だけで行った打ち上げの話を、簡単に説明した。
私も自分の過去の話ができるのは、綾香と美咲くんしかいない。
だから、相手が綾香じゃなかったら、こんな話しなかったと思う。
「…ってなことがありました」
「ありがとう。私にも話してくれて」
「いやいや、逆に話を聞いてくれてありがとう」
「で、話を聞いてほしいだけじゃなく、私に何かお願いしたいことがあって、電話をかけてきたんでしょ?」
そこまでお見通しとは…。綾香って容赦ないな。
最近、私にも少し当たりがキツくなってきたので、心を開いてくれているのだと勝手にそう思っている。
「あのさ、綾香さえよければ私と一緒にイラストを描かない?」
「ごめん。それはできない。前にも話したと思うけど、過去に虐めを受けてから、絵が描けなくなっちゃって…」
「……え?」
私はまた無神経なことをしてしまったみたいだ。
よく考えれば分かることだ。それなのに、私は何も考えずに真っ先に綾香に頼ってしまった。
申し訳ないことをしてしまったことに対する後悔がとても大きかった。
「ごめん。何も考えずに…」
「ううん。嬉しかったよ。真っ先に私に頼ってきてくれて」
綾香も美咲くんも優しい。私の無神経なところを優しく包み込んでくれる。
こんなに優しい人達、いないと思う。大切にしようと心の中で誓った。
「あのね、私、虐めを受けてからも何回か絵を描いてみようと挑戦したことがあったの。
でも、いざ描こうとすると手が震えて、上手く描けなくて…。
だから、難しいの。絵が描きたくないとかじゃなくて、描けないから」
決して忘れていたわけじゃない。綾香の過去はとても辛い過去だから。
でも、私はどこかで甘くみていたのかもしれない。
こういったところが無神経で、知らず知らずのうちに人を傷つけてしまっているのかもしれない。
「そうだったのか…。そうとも知らずにごめんね」
「そんなに何回も謝らなくて大丈夫だよ。私的に茜とか美咲に触れられる分には大丈夫だからさ」
電話口から聞こえる声は、無理している様子は感じられなかった。
綾香が気にしていないならこれ以上、私が気にしても仕方がないので、気にしないことにした。
「私、今までヲタクの友達ってSNSでしかいなかったから、ずっとリアルでヲタクの友達がほしかったんだよね。
だから、こうして信頼して何もかも話せる友達は私の中で茜だけだよ」
私だって同じだ。ここまで気が合う人達が身近にいたことがなかった。
だから、こうして美咲くんと綾香に出会えて幸せだし、信頼している友人の一人でもある。
「私も同じ気持ちだよ。こんなふうに何でも話せる友人って身近にいなかったからさ。綾香に出会えて嬉しいよ」
美咲くんと出会えたから、綾香にも出会えた。
今となっては二人が過去に色々あってくれたお陰で今、こうして仲良くなれたのだと思っている。
「…もう。あんたはそうやって無自覚天然なんだから」
無自覚天然?どういう意味だ?
「んん?私が?天然なわけないじゃん…」
「天然の人って大体そう言うんだよね」
確かにそうだが、私は絶対に違う。
だって抜けてるところなんてないから。
「私はそんな天然ってキャラじゃないもん…」
「はぁ。とりあえず、今はもうこの話はいいや」
とりあえずは?後日、問い詰められる奴かな?
「イラスト描くの再開するってことは、同人誌も出す予定はあるの?」
まだそこまで具体的なことは考えていない。
そもそも同人誌を描いていた頃の絵のレベルに達することができるかどうかさえも怪しい…。
今はとにかく人様にお見せできるレベルにまで達することが優先だ。
「うーん…。とりあえず、今のところは過去の絵に今の私が追いつくことが優先かな」
「ふーん。なるほどね…」
この確かめに何か意図があるような気がした。一体、何を企んでいるのだろうか。
「あのさ、茜がもし同人誌を出すことになったら、手伝うから頼ってね。
絵は描けないけど、それ以外なら手伝えるからさ」
そう言ってもらえるだけで充分だ。きっと綾香は先程断ったことを気にして、私に気を使ってくれたのだと思う。
私より綾香の方が絵を描きたいはず…。でも、過去のトラウマのせいで描けない。
そんな綾香が私に気を使ってくれたのだから、ここは素直に甘えてみることにした。
「ありがとう。そう言ってくれて。
是非、その時がきたらよろしくお願いします」
それに友達と共同作業をやってみたいと思っていたので、一緒にやれる日がいつか訪れるように、私も少しずつ頑張っていこうと思う。
「ねぇ、茜。変なこと聞くけどいい?」
変なことって一体、どんなことだろうか。
「いいよ。どうしたの?」
「あのさ、美咲に何か言われたりした…?」
え?なんでここで美咲くん?!
確かにこの話を美咲くんともしたが、綾香と同様、応援されたくらいだ。
ってことは、これとは別の話ってことなのかな?
だとしたら、私は知らない。一体、何があったのだろうか。
「ううん。特に何も。応援されて終わったよ」
「そう。分かったわ…」
その後、綾香は小さな溜息をついた。
美咲くんのことで溜息をつくなんて、二人の間に何かあったのかな?!
「どうしたの?大丈夫?」
美咲くんの言動について確認してくるってことは、もしかして二人は元サヤに戻ったってことかな?!
いつの間にそんなことになっていたとは…。さすが綾香である。
「ううん、何でもないの。今のは忘れて…」
そう言われてしまったので、これ以上踏み込むのは止めた。
でも、どうして二人だけの秘密なんだろう?教えてくれてもいいのに…。
私は二人がお付き合いすることになったら、祝福するし応援だってする。
でも、本音を言えば、寂しい気持ちは少しだけある。これから二人の時間も増やさないといけないだろうから、私が一人になる時間が増えるのは仕方のないことだ。
だけど、心の中のどこかでモヤモヤしている自分がいた。
「あのね、先に言っておくけど、茜の考えているようなことは何もないからね?」
私の考えていること…?!もしかして、心が読まれてるの?
って、んなわけないか。音声通話なため、お互いに顔が見えていない状態だ。
だから、私は声だけでも分かりやすい人間なんだということが分かった。
「そうなの?」
「そうよ。今更アイツとどうこうなるわけがないじゃない」
いや、あなた最初は好きでしたよね?!
いつの間に好きじゃなくなっていたのやら…。
「とりあえず、私が言いたいことは誤解しないでほしいってことです」
誤解…か。この時はどうしてやたら否定するんだろうなんて斜に構えていた。
恋愛経験が乏しい私には、元彼元カノっていう関係の二人がコソコソしているだけで怪しんでしまうのであった…。
「分かったよ。綾香がそこまで言うのなら、私はもう誤解しないでおくね」
本当はこの話題が一体、何だったのかとても気になるが、これ以上踏み込まないでほしいという雰囲気に流されてしまった…。
モヤモヤした気持ちはなかなか消えず、少し胸の中で残った。
「そう言ってくれてありがとう。こちらとしては助かります」
そう言わされたと言った方が正しいが…。
一々こんなことを気にするなんて、なんだか私らしくないな。
一旦、このことは忘れよう。本人が何でもないって言っているんだから、何にもないんだきっと…。
「あのさ、話題を変えてもいい?」
こちらとしても話題を変えてもらった方が、気が紛れるので助かる。
「うん、いいよ」
「…あのね、実は私もアイスマにハマりました…」
ついに綾香が私達の仲間入りを果たした。
凄く嬉しかった。こうして好きなものの輪が広がっていくのだと実感させられた。
「ついに…。こちらの沼へようこそ」
「お邪魔します…。完全にどっぷり浸かってます」
さすがエリートヲタク綾香だ。
絶対にハマる予感はしていた。何故なら我らは同士だからである。
「で、誰にハマったの?」
「それはもちろん、理人様に決まってるじゃない」
これはどうやら美咲くんと推し被りのようだ。
「おお!そして美咲くんと見事に推しが被ったね」
「マジで?!アイツと被るのかい…最悪だ……」
友人と推しが被るほど辛いものはない。
何故なら、仲間内でグッズの交換やお譲りができなくなってしまうからである。
「綾香はまだ始めたばかりだし、これから推しが増えてくかもよ?」
「かもしれないわね。でも、既にもう理人様へ課金してるのよね私…」
行動が早いな。綾香はハマったら一直線なんだなと思った。
「え?既に?!マジで?」
「マジよ。始めてすぐのピックアップガチャが理人様でさ。
思わず課金してたわ。まぁ、これはお布施ということで」
初心者でお布施ということは、綾香は好きなものにはまず、お金を投資するタイプみたいだ。
「そ、そうだね…。時に愛はお金で買わないといけない時があるからね。
コンテンツを長く続けてもらうために」
「そうよ。私はアイスマ並びに理人様のためにね」
課金は無理のない範囲内で課金する、略して無課金が大事だ。
ここテストに出るので覚えておきましょう。ちなみに私も無課金(無理のない課金)勢である。
「まぁ、ぶっちゃけると、私、かずくんのヲタクなんだよね。
だから、かずくん目当てで始めたらさ、どっぷり沼ったって感じだから。
今はまだ声優とキャラを切り離して考えられてないんだよね」
んん?かずくん?!どうやら綾香は声優さんをあだ名で呼ぶタイプの方みたいだ。
「あ、ごめん。あだ名で呼ぶのダメ系の人だった?」
「ううん、それは大丈夫。綾香がすごく和真様が大好きなんだってことがよーく分かったよ」
私はなかなか恐れ多くてあだ名で呼べないが、声優ファンはよくあだ名で呼ぶことが多い。
まぁ、それに私は声優ヲタクというよりは、キャラクターの方が好きだし、どちらかというとBLに命をかけているので、あまりあだ名とか詳しくない。
そういえば、美咲くんもあだ名で呼ばないな…。
美咲くんもきっと私と同様、どちらかというとキャラクターの方が好きで、BLに命かけてる人なのかもしれない。
「そうよ。私はかずくんが大好きよ」
綾香には絶対、和真様の噂話とか触れない方がいいなと察した。
「でもさ、なかなかライブのチケットが当たらないんだよね…」
勝手に話が進み始めた。こちらとしては助かる。
どこまで触れていいのか分からないので、ある程度相手が道を示してくれる方が話しやすい。
「和真様の人気、半端ないもんね」
「ほんとそれ。マジで取れない…」
和真様は声優業界において、圧倒的人気を誇るため、大きい会場でもライブをする程の人気っぷりである。
それでもチケットが取れないため、ファンの間では幻のチケットとも言われている。
そういえば、ライブで思い出したのだが、翔くんももうすぐアーティストデビューするのではないかという噂がある。
もし、翔くんがアーティストデビューしたら、私もいつかライブに行ってみたいなと密かに思っている。
「行くとしたら、一人で行くの?」
「現地までは一人だけど、会場で友達と待ち合わせする約束をしてるよ」
先程言っていたSNSの友達であろう。
私は今までSNSで友達を作ったことがないが、イベント会場でフォロワーさんと顔見せ程度のことならやったことがある。
いつもSNSでお見かけする方と実際にお会いすることができるのって、まるで夢のような時間で…。
本物が目の前にいるという事実に歓喜したのを今でも覚えている。
「そうなんだ。お友達はチケットは取ってるの?」
「それがさ、友達も外れちゃって…。
もう今、テンション下がってるところなのよ」
和真様のライブに行くのって、すごく大変なことなんだなと思った。
どの声優さんもそうだが、最近の声優ブームは尋常ではない。
あまりの人気っぷりに転売ヤーも多く存在している。
そのため、チケット戦争が勃発しているのであった。
「それはテンション下がるね。ライビュはあるの?」
最近では劇場でライブビューイングとして見れる機会も増えてきているため、私は会場と併用してライブビューイングも利用させてもらっている。
「うーん…どうなんだろ?あると信じたい」
綾香のためにもライブビューイングがあると私は信じることにした。
「せやね。あると信じよう」
その後もたくさん語ったが、結構たくさん喋ったため、ある程度のところで切り上げた。
同士と語っていると、あっという間に時間が過ぎていく…。
「それじゃ、また今度」
「うん、またね」
綾香がアイスマに本格的にハマってくれて嬉しかったなぁ…。
またこんなふうに電話をしたいなと思った。
*
ってきり私は、美咲が告白したのかとばかり思っていた。
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まさか告白していないとは思わず、口が滑ってしまった。
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「もしもし…」
美咲は通話に応じてくれた。
「急に電話してごめん。美咲に謝らなくちゃいけないことができた」
「な、何?」
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スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
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数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041