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しおりを挟む異常気象というのだろう、この夏は暑い。いや暑くない夏、冷夏の時も同じく異常気象になるから温暖化による酷暑というのが正しいのか。人が死んでしまうほどの暑さなんて昔はなかったに違いない。
炎天下の野外で苛酷な運動を長時間続けた、というならまだ納得できるが。
夜、眠っている間に命を落とすなんて、まともじゃない。呪いとか祟りの
ホラーな話に聞こえるよね。季節が夏だけに。
実際には昼の間に太陽光で蓄熱したコンクリートが夜間に寝室の気温を押し上げて脱水症状を引き起こすという仕組みで、ホラーな話ではないのだけれど。
こんなことにまで私が文句をつけているのは、この暑さに心底、頭にきているからだろう。
この三か月、私はお兄ちゃんから料理当番の座を奪い取るために全力を注いできたのだ。まあ、ちょっと言い方が過激すぎたかもだけど、誰も悲しまない、円満な結果に落ち着いた。
濃い味付けをしがちなお兄ちゃんに代わって、私が料理の腕を上げたことにお母さんは喜んでくれたし、毎日の料理から解放されたお兄ちゃんに不満があるはずがない。誰もが得をしているのだからね。私の得?それは材料費としての
お金を自由にできること。休日の開店時や平日の夜に値引きした商品を買うことで材料費を浮かせて、少しずついろんな調味料に挑戦したり種類を揃えたり。
これも次郎ちゃんの胃袋をガッチリとつかむための地道な努力だというのに。
この暑さのせいで家族からのリクエストが偏り始めてしまった。
曰く、冷たくてさっぱりしたもの。
おかげで私は毎晩のように、そうめんやひやむぎを茹でることになってしまった。料理には季節感があるというのも分かってはいるのだが。ただ乾麺を茹でるだけじゃ料理の腕も出番がない。せっかく包丁にも慣れてキャベツやジャガイモ相手でも指を切ったりがなくなったというのに。これでは腕の見せ所がないではないか。せいぜいがサラダを作るときぐらいだが。今の私には物足りないし、食べる時には冷たい麺類も茹でてる間は当然熱い。私一人だけが暑い思いをするなんて不公平じゃないかと思うこともある。
料理に力を入れ過ぎたのか、散々な結果を残して期末テストも過ぎ去り今は夏休み。自分から言い出したとはいえ毎日三度の食事の仕度に私は疲れを感じていた。たまにはアニキ、手伝えよと毒づいて。調味料のために浮かせたお金でアイスクリームでも買って、こっそり一人で食べてやろうかなと思うほどには。
学校での出来事にもすっかり関心をなくしていた、夏休みだしね。
「それじゃあ陽子ちゃんも舞ちゃんも。今年の大会参加は下級生に譲るということで問題ないわね」
「里紗ちゃんも、それでいいんでしょう」
「もちろん」
今年の三月に卒業した先輩たちとの思い出作りに、私たちはトップを狙えの
勢いで稽古を重ね、大会初参加にして優勝旗を持ち帰ってしまったのだ。選手は先輩三人と舞ちゃん陽子ちゃんの二人で計五人。当時おかしなところで名前が
売れた私は控え選手として参加したのだけれど。コーチにきてくれた美央さんの天元流があまり有名でなかったことも相まって、最高の思い出を残すことが
できたのだ。ただ、私たちが引退することは美央さんのコーチが終わることでも
ある。部活を続けるうえで条件が厳しくなる後輩たちに経験を積む場を贈ろうという話になったのだ。一年生を含めて実力順に上位五人が大会の選手となる。
一応、無様な結果を残した者にはお仕置きの稽古があるよと宣言しておく。
積み重ねた経験が違うのだ、全力で挑んで負けたのならそれを糧にすればよいが。慢心して稽古不足のまま大会に臨むなど対戦相手に失礼だしね。
この件はコーチの山下美央さんにも相談してあるし了承もしてもらった。
「大会期間中は予定を入れないように。まああなた達のことだから後輩達の
応援にくるとは思っているけど。一応ね」
何か、含みのある笑顔の美央さんだったけど。もとより応援にいくつもりだった私たちは特別疑問に思わなかった。
一方の男子剣道部はというと。三年生だけで選手団を形成するようだ。三五人の中では大会経験者は十分の一以下の計算だ。これが最後のチャンスとなれば、後輩に譲る余裕はないということか。多数決でも勝てないうえに相手が先輩となれば、逆らう後輩はいないか。可哀相な気もするが、これが男子部の方針と
言われればそれまで、である。
盛り上がる三年生に比べてだらけ気味な二年生のなかで、我関せずと稽古に励むのは次郎ちゃんと去年女子部の練習を手伝いしてくれた彼、田島君だ。
周りからは浮いて見える程の真面目ぶりだが、次郎ちゃんも私も、最終的な
目標は正義の味方として必要な強さを身につけることなので特に気にすることでもない。気の毒なのは稽古に付き合う田島君かもしれないが、来年の大会選手を目指すならその気構えが大事だよと心の中でエールを送る。
大会連覇を目指す後輩の前で、自分に試合がないからと三年生がだらけてしまっては選手の士気に係わると手本となるべく稽古に励んでいたら顧問の香川先生に呼び出された。
「一週間後の大会だけど、早見さんと帯刀さんは個人戦へのエントリーが済んでいます。事後承諾になるけど、どうする?参加する?」
「・・・えっ。その、聞いてないですよ」
「早見さんには事後承諾、だからね。個人戦の参加枠は二名まで。志村さんは目のケガを乗り越えた帯刀さんに譲るそうよ」
「参加枠が三名だったら私もサプライズされてたかも。それに・・・あっ。
来た来た」
やってきたのはお手伝いブラザーズこと次郎ちゃんと田島君だ。でも、なぜ?
「彼らも男子剣道部として個人戦にエントリーが済んでいます。ここに呼んだ理由は、それが山下美央コーチの粋な計らい、だから。榊君と田島君は女子部の練習を手伝ってもらった感謝を込めて、ね。参加費は美央さん持ちだから彼女を失望させないように」
どうやらみんなには予め打診があったらしい。ちょっと気持ちが追いつかないけど、ここまでお膳立てをされたのだからやることはひとつしかない。
今年は個人でトップを狙おう。
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