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一人 前編

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私の住んでいる地区は、住宅供給公社の抽選による分譲地。もう四十三年目になるから、高齢者ばかりといっても過言ではない。今の時代は二世代同居も難しいようでほとんどない。
そして、主のいなくなった家は、空き家として放置されることもなく、すぐ更地になる。住宅会社のノボリが立ち、まったく別の家族が移り住む。
地区の友人たちは、上野千鶴子の『おひとりさまの老後』を地で行く。
「生まれてくる時だって一人だったんだから、死ぬ時だって一人よ。心中しない限りはね」と。
「気負わず、今を楽しくね」の言葉に、認知症の夫を抱える我が身としては、思わず「そうね!」ではなく、「いいなあ!」と言ってしまったが。
夫は、血圧・心臓・肺・内臓・糖尿・どっこも悪いところはなく、「悪いのは、頭だけです」とすまして主治医に言う。
それが一番、問題なのに……。
“認知症の連れ合いとの老後”なんてユーモラスな本が出ればなあ。そうしたら真っ先に購入する。
一回目のコ●ナワクチン接種を、二人で九時半に受けた。何ともなかったので安心していたら、その六時間後に私だけ痛みが酷くなり、熱も出て、だるくなり、動けなくなった。やっとの思いで、鎮静剤を飲み、横になったときは、このまま終わりになっちゃうのかな、という不安が一瞬よぎったほどだった。
夫は全く、けろりとしていた。
絶えず、私の部屋に来ては、
「大丈夫?水飲む?」とか「救急車呼ぶ?」とか「子供たち知らせる?」と、同じことを何度も言う。
しゃべれたら、言いたかった。
「静かに寝かせてくれ!」
「一人にさせといてくれ!」
と。
上野千鶴子さんの本を思い出した。
一人の方がよっぽどいいわ。
一人って、傍目にはどんなふうに見えたとしても、自分一人の気持ちの持ち方次第で、きっと素敵な毎日になる。
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