ニルヴァーナ――刃鳴りの調べ、陰の系譜、新陰流剣士の激闘(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)

牛馬走

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 ――蔵人は、反射的に鞘の笄櫃(こうがいひつ)に手を伸ばし、抜き打ち様に馬針を放つ。
 小さな刃は鋭く風を裂いて飛んだ。その音を聞きつけたように、面の者はぴくりと顔を動かしたかと思うと身体を捻る。その脇を掠めるように、蔵人の放った得物は飛んだ。
 不安定な姿勢になるも一瞬で立て直し、膝を深く曲げて着地を遂げる。常人なら脚を間違いなく痛める高さから落ちたが、そんな気配は微塵も感じさせない。
 面の者の視線が蔵人に向けられた。――蔵人の肌が粟立つ。
 月明かりに露わになっているその青眼には、修羅場を幾度も潜りぬけた蔵人でさえ見たことのない狂気の色だ宿っていた。それだというのに、むしろ総身に纏う気配は静かなのだから余計に恐ろしい。
 戦場に立てば、何者も狂気からは逃れ得ないものだ。
 ――恐怖に気が触れ雄叫びを上げる者は狂っている。
 ――血飛沫が飛び散り臓腑がこぼれる様を眺めても心が凪いでいる者も狂っている。
 どちらも狂っているのだ。ただ、その「深さ」とでもいうべきものでいえば、後者は前者のそれとは比べ物にもならない。
 そして、面の者の双眸には千年の時を阿鼻叫喚の中で過ごしたような狂気が凝(こご)っている。
「御主が平戸の血を騒がせる凶賊か?」
 蔵人は気を抜けば震え出しそうな自らに活を入れながらも口を開いた。眼の色や着物からして異国の者、言葉は通じないかもしれないと思いながらの誰何(すいか)だ。
「凶賊などとは無粋な」
 すぅ、と典雅ともいえる身のこなしで面の者が立ち上がる。相手は、意外にも流暢な日の本の言葉で話した。そして、
「我が名はVampire」と名乗りを上げる。一方の手を胸の前に当て、反対の腕を腰に廻して優雅に辞儀をした。
「ぶぁんぱいぁ?」
 蔵人は異国(とつくに)の言葉に苦戦しながら、その名を舌の上に乗せる。
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