ニルヴァーナ――刃鳴りの調べ、陰の系譜、新陰流剣士の激闘(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)

牛馬走

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 ――蔵人が今まで斬ってきた間者は、人吉へと潜入してきた者たちだ。仲間がいることもあったが、その者を愛する家族が側にいたことなどない。ましてや、年少の弟を連れていたことなど……。これまでは、斬った相手の死で悲しむ者など視界に入らず、間者をただただ殺すだけでよかった。だが、今度は違う。その存在を知っているだけでなく、交流を持って親しくなってしまった――その事実が万力のように強い力で胸を締めつけている。
「――割り切るしかあるまい」
 文五郎が真摯な表情で静かに告げた。
 その言葉を聞き、弾かれたように蔵人は兄弟子の顔を見やる。縋りつくような眼差しを向けた。
「人は、作物、魚や肉を喰らい、他の命を奪い生きている。それと同じように、この乱世では余人を踏みつけた上にしか安寧を築けぬ」
 かつて故国を追われた文五郎は、その寂寥感のこもった口調で言葉を重ねる。
 ……解っていた。蔵人にも、本当は解っていた。そう考えるしかないことを。でなければ、一心が兄を失うのが哀れだと言い、己が務めを投げ出すしかない。だが、そんなことをすれば、南蛮人から何処ぞの国へと渡った武器が人吉へ向けられるかもしれない。
「頼慶、御主はどう思う?」と苦渋の顔つきで蔵人は尋ねた。
 水を向けられた頼慶もまた苦しげな表情を浮かべる。それでも、必死に思いを巡らせる様子を見せ、
「……拙者には判りませぬ」
 と応えた。
「兵法の道を極めるために国を、故郷を、家族を捨て、異国の地に渡って来申した。己が願望のために、他の全ての物を捨てた故、国を守るためという道理を真に解することはできませぬ」
 その理由を述べた頼慶は、眼を閉じて力無く左右に振ってみせる。
 弟子の返答を聞いた蔵人は深いため息をついた。決して頼慶は悪くない――むしろ、判らないものは判らないとはっきり応え、その理由を真摯に語ったことは評価に値する。
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