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その夜、最ヶ崖の北側で武田の軍勢は野営をおこなった。浜松城からは目と鼻の先だ。
そこで幾筋もの炊煙があがっている。
“戦”という悲惨な出来事を経ているが、大勝だったために士卒の表情はあかるかった。
それは尚勝たちも例外ではない。
「おぬしらの活躍は、御屋形様もご覧になられた。たいそう、お喜びだ」
と、主の武藤喜兵衛に告げられたのだ。
「できあがったわよ」
虎三郎が“甲斐甲斐しく”言うのも、今の尚勝は気にならない。
見ると、燃える火をかきわけ、渠が手拭いを掘り出していた――米を手拭いにいれてよく水に濡らして炊く、野営時の炊飯術を使ったのだ。
それぞれの手拭いを、あぐらをかいて草摺りの上に置く。
戦で馬で縦横に駆けまわり、騎馬が疲れてからは自分の足で走っては刀槍をふるったために姫飯がとほうもなく美味そうに見えた。
手をあわせて、尚勝たちは一心不乱に米を口のなかに放り込んだ。
米のみでほとんど腹を満たすために、一日あたり六合もの米が支給されている。
だが、それでも足りないという勢いで炊いては食道を通して胃の腑へと詰め込んでいった。
……そして、やっと落ちついた頃。
「このままいけば、京に上るのもたやすいだろうなぁ」
源蔵が能天気な言葉を吐いた。
少なかったといっても犠牲は皆無ではない――父母を突然にして亡くしている尚勝は、己やまわりの者がそういう境遇に突如として落とされる可能性を無視することができず、賛同することはできなかった。
「それはそうさ、今日の戦を見れば誰にでもわかることさ!」
虎三郎がそれに上機嫌に同意する。
武藤喜兵衛から告げられた武田信玄が「たいそう、お喜びだ」という言葉のこともある――そういう態度になるのも、しかたのないことだろう。
尚勝も源蔵の言葉を全面的に肯定はできないが、このままいけば信玄入道が上洛を果たすことにはなんの疑いも抱いていない。
甚之丞や清吉も声には出さないが、源蔵の発言にうなずいていた。
「京の女は格別だというからなぁ――」
が、そんな源蔵のせりふで、虎三郎の目がつりあがった。
「なんだい、わたしを前にしておきながら、別の女の話かい!」
「なんだよ、おまえだって常々、尚勝に言い寄っているだろう!?」
「わたしはいいんだよ!」
「いくらなんでも、それは理不尽だろ!?」
虎三郎が怒り顔で、源蔵がなさけない表情で言葉を交わす。
なんともいえないほどに息が合っていた。
おまえらが完全にねんごろな仲になればすべてが解決するんじゃないか……?
尚勝は思わずそんな思いを抱いた。
そうすれば、自分が虎三郎に嫉妬されるというわけのわからない事態も回避できる。
だが、それを口に出すという愚は冒さない。そんなことをすれば、この不毛なやり取りに巻き込まれるのには目に見えているからだ。
にしても、妻夫(めおと)か……――尚勝は胸のうちでつぶやいた。
もちろん、脳裡に浮かぶのはひとりの娘に決まっている。
その夜、最ヶ崖の北側で武田の軍勢は野営をおこなった。浜松城からは目と鼻の先だ。
そこで幾筋もの炊煙があがっている。
“戦”という悲惨な出来事を経ているが、大勝だったために士卒の表情はあかるかった。
それは尚勝たちも例外ではない。
「おぬしらの活躍は、御屋形様もご覧になられた。たいそう、お喜びだ」
と、主の武藤喜兵衛に告げられたのだ。
「できあがったわよ」
虎三郎が“甲斐甲斐しく”言うのも、今の尚勝は気にならない。
見ると、燃える火をかきわけ、渠が手拭いを掘り出していた――米を手拭いにいれてよく水に濡らして炊く、野営時の炊飯術を使ったのだ。
それぞれの手拭いを、あぐらをかいて草摺りの上に置く。
戦で馬で縦横に駆けまわり、騎馬が疲れてからは自分の足で走っては刀槍をふるったために姫飯がとほうもなく美味そうに見えた。
手をあわせて、尚勝たちは一心不乱に米を口のなかに放り込んだ。
米のみでほとんど腹を満たすために、一日あたり六合もの米が支給されている。
だが、それでも足りないという勢いで炊いては食道を通して胃の腑へと詰め込んでいった。
……そして、やっと落ちついた頃。
「このままいけば、京に上るのもたやすいだろうなぁ」
源蔵が能天気な言葉を吐いた。
少なかったといっても犠牲は皆無ではない――父母を突然にして亡くしている尚勝は、己やまわりの者がそういう境遇に突如として落とされる可能性を無視することができず、賛同することはできなかった。
「それはそうさ、今日の戦を見れば誰にでもわかることさ!」
虎三郎がそれに上機嫌に同意する。
武藤喜兵衛から告げられた武田信玄が「たいそう、お喜びだ」という言葉のこともある――そういう態度になるのも、しかたのないことだろう。
尚勝も源蔵の言葉を全面的に肯定はできないが、このままいけば信玄入道が上洛を果たすことにはなんの疑いも抱いていない。
甚之丞や清吉も声には出さないが、源蔵の発言にうなずいていた。
「京の女は格別だというからなぁ――」
が、そんな源蔵のせりふで、虎三郎の目がつりあがった。
「なんだい、わたしを前にしておきながら、別の女の話かい!」
「なんだよ、おまえだって常々、尚勝に言い寄っているだろう!?」
「わたしはいいんだよ!」
「いくらなんでも、それは理不尽だろ!?」
虎三郎が怒り顔で、源蔵がなさけない表情で言葉を交わす。
なんともいえないほどに息が合っていた。
おまえらが完全にねんごろな仲になればすべてが解決するんじゃないか……?
尚勝は思わずそんな思いを抱いた。
そうすれば、自分が虎三郎に嫉妬されるというわけのわからない事態も回避できる。
だが、それを口に出すという愚は冒さない。そんなことをすれば、この不毛なやり取りに巻き込まれるのには目に見えているからだ。
にしても、妻夫(めおと)か……――尚勝は胸のうちでつぶやいた。
もちろん、脳裡に浮かぶのはひとりの娘に決まっている。
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