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――だがそんな渠に冷や水を浴びせるような出来事が起こることとなった。
急に行軍の歩みが止まる。
だが、徳川や織田の将士の襲撃でないことは明らかだ。
法螺貝や鉦の音はならず、馬蹄のとどろきや、猛烈な速度で兵が動くことで生じる騒々しい具足がこすれる音も聞こえてこない。
そもそも、すでに武田の勢力圏内にいるからどこぞの軍勢がいきなり襲ってくるという状況は、それこそ北条が兵を挙げたというのでもない限りありえない。
ただただ、なにもない場所で武田の軍勢は停止した。
強い風にあおられる草木のごとく、士卒がざわつく――。
「来るべくものが来たって感じかねぇ」
虎三郎が馬を尚勝に寄せてきてささやいた。
いざ、そういう状況が訪れたとなると――まだ確定ではないが――やはり、すがるものなく生きてきた傀儡子はたくましい。家名も、領地も、耕す土地も、財産と呼べる物もほとんどなくさ迷う身――だからこその強さだ。
渠につづいて、甚之丞、清吉も側へと寄ってくる。
「どうすんだい、向後?」
虎三郎がまじめな顔で問うた。
「さっき源蔵にもいったが、おれは武士をつづけるつもりだ」
「それは、武田という大樹を失くしてもかい?」
虎三郎は声を抑えながらも遠慮のない口調で言葉をかさねる。
「木は一本だけじゃない」
「――それもそうだ」
尚勝の決然とした物言いに、渠は一瞬驚いたような顔つきになり微笑を浮かべた。
「あんた、ますます男になったじゃないか? どうだい、今宵こそあたしを抱くのは――」「それはお断りだ」
間髪いれずに告げた尚勝の言葉で、内輪で小さな笑いが起こる。さすがに周囲をはばかって大きな声はあげなかった。
だがとにかく、甚之丞や清吉、虎三郎の不安もこれで払拭された――。
急に行軍の歩みが止まる。
だが、徳川や織田の将士の襲撃でないことは明らかだ。
法螺貝や鉦の音はならず、馬蹄のとどろきや、猛烈な速度で兵が動くことで生じる騒々しい具足がこすれる音も聞こえてこない。
そもそも、すでに武田の勢力圏内にいるからどこぞの軍勢がいきなり襲ってくるという状況は、それこそ北条が兵を挙げたというのでもない限りありえない。
ただただ、なにもない場所で武田の軍勢は停止した。
強い風にあおられる草木のごとく、士卒がざわつく――。
「来るべくものが来たって感じかねぇ」
虎三郎が馬を尚勝に寄せてきてささやいた。
いざ、そういう状況が訪れたとなると――まだ確定ではないが――やはり、すがるものなく生きてきた傀儡子はたくましい。家名も、領地も、耕す土地も、財産と呼べる物もほとんどなくさ迷う身――だからこその強さだ。
渠につづいて、甚之丞、清吉も側へと寄ってくる。
「どうすんだい、向後?」
虎三郎がまじめな顔で問うた。
「さっき源蔵にもいったが、おれは武士をつづけるつもりだ」
「それは、武田という大樹を失くしてもかい?」
虎三郎は声を抑えながらも遠慮のない口調で言葉をかさねる。
「木は一本だけじゃない」
「――それもそうだ」
尚勝の決然とした物言いに、渠は一瞬驚いたような顔つきになり微笑を浮かべた。
「あんた、ますます男になったじゃないか? どうだい、今宵こそあたしを抱くのは――」「それはお断りだ」
間髪いれずに告げた尚勝の言葉で、内輪で小さな笑いが起こる。さすがに周囲をはばかって大きな声はあげなかった。
だがとにかく、甚之丞や清吉、虎三郎の不安もこれで払拭された――。
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