真田の傀儡子(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)

牛馬走

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 北部方面軍の進路、崖の上でなにやら細工を施している一団の姿があった。風魔の連中だ。
 その姿を、唐沢玄蕃は崖にほど近い森の中でうかがっている。周囲には真田衆と真田の士卒の姿があるが、後者には風魔の方に視線を向けることすら禁じていた――勘の鋭い乱波であれば、兵法に優れている訳でもない武者が気配を殺したところで気づく危険性があるからだ。
 それでも、武田勝頼麾下の将兵を散々に翻弄したという風魔に戦いを仕掛けるということで、士卒が緊張感を帯びるのは防げない。かすかな殺気を感知しているのだろう、崖に並ぶ乱波たちの側に並ぶ騎乗の者たちがしきりにあたりをうかがう動きを見せていた。
 そこへ、玄蕃の配下の忍びが音もなく姿を現し
「お頭、準備がととのいまいてございます」
 と告げた。
 承知した、と玄蕃はそう応じ、
「皆の衆、鯨波をあげよッ。風魔の奴輩を揉み潰してやろうぞ!」
 士卒たちに向かって叫んだ。
 刹那、総勢、五〇人ほどの真田の兵、忍びたちが腹の底から声をしぼり出す。
 そして、足軽を先頭に押し寄せていく。彼らの足音はとどろく陣太鼓を思わせ、具足のこすれる音が鉦のごとく騒々しくひびいた。
 ――が、馬蹄が真田勢の騒音をかき消す勢いで接近してくる。風魔の騎馬乱波たちが、こちらが森から出るや距離を詰めてきたのだ。
「槍衾を組め!」
 玄蕃は士卒の中央から指示を飛ばす。
 機敏に足軽たちが動き、槍衾を形成した――その後ろに真田衆が陣取る。
 疾風(はやて)と化して騎馬乱波五騎が肉薄し、穂先にふれる寸前のところで左右へと分かれ激突を回避した。
 同時に、騎馬乱波の陣頭にいた風魔小太郎の低い声が、波のように響きわたりこちらを威圧しにかかる。彼は声を高く出せば四里半の四方にさえ届くといい、その声色の使い分けの巧みさは地味だが厄介だ。
 化生のごとき声を前に、真田の士卒たちが瞬間的にだが体を硬直させるのが、彼らのさなかにいる玄蕃には分かった。
「風魔小太郎!」
 怒鳴るや、玄蕃はこちらに半ば背を向けている敵の頭目に手裏剣を投じる。
 だが、相手は黒髭におおわれた口から歯を剥き出しにして笑い、首をまげてあっけなくこれを躱(かわ)した。一方で、
「っあ!?」「ぐっ……」
 いくつかの悲鳴が士卒の間からもれる。
 多数本打ち――複数の手裏剣を同時に片手で放つ業により放たれた棒手裏剣が、甲冑の隙間や下肢に突き立ったのだ。一番肉薄した瞬間に敵は得物を置き土産とばかりに投擲していた。
 長柄や大刀をふるうと見せかけての手裏剣投げには、一度風魔を交戦している真田衆も散々に苦しめられた。それを少しでも防ごうと、手裏剣での戦いに慣れた忍びを足軽の後ろに配置し、飛来する武器を叩き落させようとしたのだが、やはりすべてを防ぎ切るには至らない。
 ――しかも、相手は攻撃を放つやこちらの手の届かない場所へと騎馬で遠ざかってしまっていた。
「うぬ!」と怒鳴るや、頭に血の昇った足軽の連中が彼らを追おうとする。
「止せッ。徒(かち)の忍びが距離を詰めてきておるのが目に入らぬか!」
 玄蕃は声を張り上げた。
 事実、細工を施し終えたのか、あるいは中断したのかは判断がつかないが、騎乗していない乱波たちが手槍や大刀を手にこちらへと迫りつつある。
 彼らへと向き直り、真田勢が迎撃の姿勢をととのえたところで――先ほど玄蕃たちが姿を現した森から、今度は騎馬乱波たちが姿を現した。旋風(つむじ)を巻いて接近した彼らは、刀槍を電光と化させる。
 側面を襲われ、士卒の幾人かが致命傷を受けた。
 真田の陣形がくずれたところで、徒の忍びたちが殺到する。
 ――さらに、真田の側に犠牲が出た。
 崩れた足軽を徒士が補うが、槍交ぜのさなかに騎馬乱波たちが四方八方から手裏剣を投じ、時に刀槍を繰り出してくるとあっては満足に戦うことなどできるはずもない。真田衆が合力することで辛うじて互角に持ち込んでいる状況だ。
「ここは一時、退(ひ)く。互い違いに退(さ)がれ!」
 唐沢玄蕃は、頃合だと判断し声を張り上げる。その肩には一本の棒手裏剣が突き刺さっていた。
 憎々しげな表情でそれを引き抜き、地面に放り捨てる。
 その様を見て、投じた本人である風魔小太郎が騎乗で笑うのが遠目に見えた。
 笑っておるがよい――。
 玄蕃は胸のうちでつぶやきながらも、ともすれば崩れそうになる士卒、忍びたちを指揮して撤退していく。
 彼にとっては戦いに勝つことは重要ではない。
 大事なのは“つとめ”――役割を果たすことだ。それが忍びの生き方というものだろう。
 同じ世でも、いくつもの生きようがあるものだ――。
 肝要なのは、そのなかで己を信じることだ――玄蕃の胸には常にその思いがあった。だからこそ、日陰者の忍びとして命をかけることができる。
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