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怒涛の勢いで、豊臣勢の士卒が忍城の本丸へとせまっていく。とどろく馬蹄はまるで地鳴り、わきおこる喚声は雷鳴だ。その先頭を行くのが真田信繁であり、後ろにつづく尚勝たち。高速での移動で生じる強い風を全身に感じながら、正門をめざす。
――と、彼らを迎え入れるかのごとく門扉が開いた。
が、飛び出したのは降伏の白旗ではなく、戦意に満ちた一騎の騎馬武者だ。
「拙者、真田安房守が次子、真田源次郎信繁と申す者。いざ、一槍馳走つかまつる!」
「貴様が表裏比興(ひょうりひきょう)の安房の子息かッ。そのような者の首をとってもたいした手柄にもならぬが相手になろう!」
信繁の口上に、相手は嘲笑混じりの言葉を投げてきた。それにしても妙に高い声だ。
薙刀を構え、先頭の信繁をめざして突き進んでくる。
「父上を愚弄するとは許さぬ、覚悟いたせ!」
信繁は血気盛んなようすで十文字槍をにぎる腕に力をこめた。
その間に、ちらりと尚勝は脇の清吉に視線を送った。主の子息を殺させるわけにはいかない。
わかっている、とばかりに朋友は小さくうなずく。
尚勝たちは、相手の武者の軌道を避けつつも信繁から距離を開けずにつづいた。
信繁と騎馬武者が刃圏内に入る直前、清吉が親指と人さし指の間に“礫”をはさみ、信繁の死角を通る形で弾く。
それが馬の首筋に当たった。致命傷には遠く及ばない――が、その疾走を乱れさせるには充分だ。むしろ、竿立ちにならなかったこの騎馬はおどろくほど主人に忠実だ。
――二条の銀光が交差する。
清吉の“細工”のお陰で薙刀の軌道が狂った。そうでなければ、信繁は危うかっただろう。だが、結果としてはふりおろされた十文字槍が薙刀を押しのけ、騎馬武者の兜をかすめた。
信繁、尚勝たちは騎馬武者の脇を通り過ぎる。
しかし、確かに見た。黒いつややかな、長い髪――それが疾走による風によって兜から解放されたことで広がるのを。
「女人だと!?」
信繁が驚愕の声をもらす。尚勝たちも同様の思いを抱いた。
「よくも、やりおったな!」
だが、当たり前のことだが、当人にとっては“自分が女人であること”は当然のことだからうろたえることはない。
憤怒の顔つきで馬首を返し、信繁へと向かってきた。
しかし、信繁の闘志は雲散霧消している。
それは彼だけではない。
後ろにつづいていた騎馬武者たちも、戸惑いもあらわに馬を止め遠巻きに状勢を見守っていた。
――女相手に戦うのは武将として恥じ入ることとされている。たとえ討ったところで揶揄されるだけだ。女武者と干戈をまじえようと考える者などいなかった。
「あれが噂に聞く甲斐姫か、まるで夜叉のようだの!」
「幼いころから父の薫陶を受け、『男ならしめば』と言わしめた女武辺と聞くぞ」
傍観する騎馬武者からそんな声がもれるのを、尚勝のすぐれた聴覚は拾う。
けれど、相手の正体がわかったところでこの場を切り抜ける役には立たない。
――尚勝は馬を信繁の前へととっさに移動させ、たずさえていた槍を必死にふるう。
重い、牛の突進でも受けたような衝撃が槍づたいに彼を突き抜けた。
「若殿様、ここは御退(ひ)きくだされ!」
尚勝は困惑する信繁に対し声をはりあげる。
「だが……」
ここまで来て、そうそう容易くしりぞけるものか、というためらいが彼のまなざしにのぞいた。
が、門の内側から複数の人影が飛び出してくるという出来事のせいで、事態は変わる。
――自分たちが女であることを隠そうともしない、巫女の装(なり)をした女たちだ。
戦う巫女、という対象にひとつの連想が尚勝の脳裡で働く。
まさか、歩き巫女かッ――もとは武田信玄麾下の忍び集団のひとつ。武田家の崩壊で、真田の麾下に移った者以外は逃散したと思っていたが。
彼女たちのうち、ふたりが鉄炮を膝台で構える――すでに火縄は焦げくさい臭いをはなっていた。
――と、彼らを迎え入れるかのごとく門扉が開いた。
が、飛び出したのは降伏の白旗ではなく、戦意に満ちた一騎の騎馬武者だ。
「拙者、真田安房守が次子、真田源次郎信繁と申す者。いざ、一槍馳走つかまつる!」
「貴様が表裏比興(ひょうりひきょう)の安房の子息かッ。そのような者の首をとってもたいした手柄にもならぬが相手になろう!」
信繁の口上に、相手は嘲笑混じりの言葉を投げてきた。それにしても妙に高い声だ。
薙刀を構え、先頭の信繁をめざして突き進んでくる。
「父上を愚弄するとは許さぬ、覚悟いたせ!」
信繁は血気盛んなようすで十文字槍をにぎる腕に力をこめた。
その間に、ちらりと尚勝は脇の清吉に視線を送った。主の子息を殺させるわけにはいかない。
わかっている、とばかりに朋友は小さくうなずく。
尚勝たちは、相手の武者の軌道を避けつつも信繁から距離を開けずにつづいた。
信繁と騎馬武者が刃圏内に入る直前、清吉が親指と人さし指の間に“礫”をはさみ、信繁の死角を通る形で弾く。
それが馬の首筋に当たった。致命傷には遠く及ばない――が、その疾走を乱れさせるには充分だ。むしろ、竿立ちにならなかったこの騎馬はおどろくほど主人に忠実だ。
――二条の銀光が交差する。
清吉の“細工”のお陰で薙刀の軌道が狂った。そうでなければ、信繁は危うかっただろう。だが、結果としてはふりおろされた十文字槍が薙刀を押しのけ、騎馬武者の兜をかすめた。
信繁、尚勝たちは騎馬武者の脇を通り過ぎる。
しかし、確かに見た。黒いつややかな、長い髪――それが疾走による風によって兜から解放されたことで広がるのを。
「女人だと!?」
信繁が驚愕の声をもらす。尚勝たちも同様の思いを抱いた。
「よくも、やりおったな!」
だが、当たり前のことだが、当人にとっては“自分が女人であること”は当然のことだからうろたえることはない。
憤怒の顔つきで馬首を返し、信繁へと向かってきた。
しかし、信繁の闘志は雲散霧消している。
それは彼だけではない。
後ろにつづいていた騎馬武者たちも、戸惑いもあらわに馬を止め遠巻きに状勢を見守っていた。
――女相手に戦うのは武将として恥じ入ることとされている。たとえ討ったところで揶揄されるだけだ。女武者と干戈をまじえようと考える者などいなかった。
「あれが噂に聞く甲斐姫か、まるで夜叉のようだの!」
「幼いころから父の薫陶を受け、『男ならしめば』と言わしめた女武辺と聞くぞ」
傍観する騎馬武者からそんな声がもれるのを、尚勝のすぐれた聴覚は拾う。
けれど、相手の正体がわかったところでこの場を切り抜ける役には立たない。
――尚勝は馬を信繁の前へととっさに移動させ、たずさえていた槍を必死にふるう。
重い、牛の突進でも受けたような衝撃が槍づたいに彼を突き抜けた。
「若殿様、ここは御退(ひ)きくだされ!」
尚勝は困惑する信繁に対し声をはりあげる。
「だが……」
ここまで来て、そうそう容易くしりぞけるものか、というためらいが彼のまなざしにのぞいた。
が、門の内側から複数の人影が飛び出してくるという出来事のせいで、事態は変わる。
――自分たちが女であることを隠そうともしない、巫女の装(なり)をした女たちだ。
戦う巫女、という対象にひとつの連想が尚勝の脳裡で働く。
まさか、歩き巫女かッ――もとは武田信玄麾下の忍び集団のひとつ。武田家の崩壊で、真田の麾下に移った者以外は逃散したと思っていたが。
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