真田の傀儡子(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)

牛馬走

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   三

 注意していたお陰で、尚勝と源蔵は相手の気配に気づいた。道を完全にはずれ、獣道すらないなかを進んでいたところ、山立だけが利用しているであろうかすかな道らしきもの――その側に来たところで、ふたりは足を止めて樹の根もとにそれぞれ身を寄せた。
 それからすぐ、渠らの視界を十数人の男たちが焦慮に駆られた顔つきで横切る。その装からして山立だ。
 追い立てられているような顔つきだ、という尚勝の印象が的外れなものでなかったことがそのあと証明されることになる。
 山立から遅れること四半刻も経たないうちに、具足姿の士卒が姿を現した。まるで軍立場にいるかのように、長柄武器や弓で武装している。具足がかすれる音、荒々しい足音を立てながら進んで行く。
 ……が、尚勝の耳には騒音は届かない。
 血が頭にのぼり、頭蓋が膨張してしまったような錯覚に襲われていた。
 胸を満たすのは憤怒の感情のみ。激情が身のうちを炙るようにして熱くしていた。
 権之助ェェェェェエエエエエエエッ――尚勝は気づけば立ち上がろうとしている、そのことに、肩に置かれた源蔵の手の感触で気づく。
 顔を向けると、
「気持ちはわかるが、せめて機をうかがえ」
 険しい表情で、声を低めて忠告してきた。
 怒りの矛先が、朋友思いの源蔵へと向きそうになる。
 それを、尚勝は奥歯を噛みしめることで多少なりとも激怒を発散させて防いだ。
 一度目を閉じ、深く呼吸をくり返す――そして、まぶたを開ける。
「わかった」
 尚勝は怒りのせいで平坦になった声でこたえた。
 横目で武者たちのほうを確かめると、すでにこちらに背中を向けて遠ざかりつつある。思ったより、瞑目していた時間は長かったらしい。
「よし――ひとりで襲うのは無謀だ。それに、ほかに山立がいることもつたえる必要がある。くれぐれも、ひとりで始末をつけようとするなよ」
 源蔵は早口に言い残し、こちらに背を向けて去っていった。
 ありがとう――声に出して言うには距離が開けてしまい、尚勝は心のうちで幼なじみに礼をのべる。
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