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チャプタ―4

チャプタ―4

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   二

 市右衛門が生まれた柏木家は、たんなる肥後一地方、片隅の小土豪にしか過ぎない。
 それでも、麻のごとく乱れた戦国の世は、天下などみじんも臨まない小領主にも過酷な戦いを強いる。
 同じく小領主であり、柏木と領地を接する綴(つづき)家の当主が、境界線の線引きについて不服を唱え戦の準備を始めたのだ。これは一方的な物言いだった。
 それもそのはずで、綴家の当主、綴久忠は単に柏木の領地を得て己が支配地を広めたかっただけなのだ。
 これは歴史が証明している事実だが、『君主国の安泰には強力な武力が不可欠である』。
 むろん、柏木家も黙って領地を蹂躙されるつもりはなかった。
 数十名からなる士卒を集めて、本拠を発った。これに、元服を迎えたばかりの市右衛門が加わっている――初陣だ。

「物憂い顔をなさいますな、若」
 鞍上の市右衛門に、同じく馬に騎乗した家老の平兵衛が辺り一帯に響くような声で話しかけてきた。各々、具足姿だ。
「そうは申すがな、平兵衛。死ぬのだぞ、人が……」
 市右衛門は、刀術の稽古よりも詩歌管弦のほうを好む性質だ。戦場が恐ろしくてたまらない――父にそのようなことを言えば拳骨を喰らうため、今の言葉は相手が平兵衛だからこそ明かしたものだ。
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