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チャプタ―25

チャプタ―25

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 戸口の外は、人の視線を拒む闇が広がっている。刻限は宵を迎えていた。
「して、いかがいたしまする、若?」
 食事を終えてしばらく経ってから、平兵衛が神妙な顔つきで口を開く。
「『いかがする』……?」
 市右衛門は家老の言葉の真意が理解できず眉をひそめた。
「若には我々がついているとはいえ、領地は失い申した。柏木家の屋敷に住まうことは叶いませぬ」
「ああ――」
 言われて初めて、市右衛門はその事実を理解する。そういえばそうだ――。
 一日のうちに様々なことが起きたせいで、そんな当たり前のことすら思い至らなかった。何しろ、つい数刻前に死にかけたのだから。
 これから、か――市右衛門は胸のうちでつぶやく。
 実感が湧かない。
 父の跡を継ぐのが当然だと思っていた。
 諸行無常が戦国の習いとはいえ、こうも呆気なくこれまで“当たり前”だと思っていたものが崩れ落ちるとは予想だにしなかった。
 弱々しく首を左右に振るしかない。
 が、そんな市右衛門の反応を打ち消すように、
「手勢でお家再興は難しい。となれば、どこかの家中に仕えるしかありますまい」
 八九郎が大きな声を上げた――平兵衛の目線は渠に引きつけられた。
 確かに、と平兵衛がひとつうなずく。
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