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チャプタ―80

チャプタ―80

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「誰が、こんな覇気のない顔をしておる?」
 渠は人違いをしたことに対して怒りを見せた。
 ――一方、そんな道明の一言に「覇気のない顔……」と市右衛門は落ち込んだ気持ちになる。
「まわりの者に迷惑をかけるな」
 平兵衛たちをこの世に呼び寄せた張本人が、腰に手を当てて堂々と言い放った。
「――も、申し訳ありませぬ。平にご容赦を!」
 怨霊はついに平身低頭して謝罪する。
「よかろう」厳かに告げて、道明は懐から呪符を取り出し「急急如律令」と呪文を唱え、怨霊に投じた。
 転瞬、怨霊は心安らかな表情となって、姿が薄れるや消える――。
 途端、市右衛門の金縛りが解けた。
「……っ」渠は恐怖と緊張と視(み)えない拘束から解放されて全身を弛緩させた。
「毎度毎度、すまぬな」「まことだ――」
 こちらに向き直って謝罪する道明に、市右衛門は半眼になって応じる。
 此度のことだけではない――川上忠兄の郎党となって過ごすようになってから、月に一二度はこういった目に遭っていた。
 この間など、城下で道明が猫を見つけて「あれは猫又だ」と告げ、「人を喰らう凶暴な妖異だ」などと明かした――と思ったら、その夜には「我が正体を見破った人間を生かしておく訳にはいかぬ!」などと言って牛を一呑みにしそうな巨体の、本性をあらわした猫又が市右衛門を襲撃したのだ。
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