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チャプタ―82

チャプタ―82

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「別段、隠していた訳ではないぞ。おぬしが訊かなかったから教えなかった、それだけのことだ」
 飄々とした顔つきになって言葉を重ねた。
 道明の性格からして、嘘偽りのない台詞だろう――六年も一緒にいればその程度のことは分かるようになる。それにしても、
「使命か……」
 市右衛門は独語めいた言葉を口にした。
 闇の住人と戦うのが陰陽師の使命だという――ならば、侍の使命とはなんなのだろう? そんな疑問をおぼえた。このまま、流されるまま戦いつづけていいのか、そんな疑念は常に市右衛門の心の中にある。その答えが、“使命”にはある気がした。

       ● ● ●

 薩摩、日向から遠く離れた豊後の地――。
 この地は大友家が治め、ほかに肥前、肥後、筑前、筑後、の六カ国に君臨している。
 府内城の城下、大友家の郎党の住処を“主”は訪れた。
 丑三つ時のことだ。家屋は静まり返っている。だが、それにしても渠の歩みはわずかばかりの足音も立てない。そして、廊下を歩いてひとつの障子の前で足を止めた。
 万感の思いを抱く。全身が震えるような錯覚に襲われた。
 あぁ、帰ってきた……――。そして、渠は障子を“突き抜ける”。屋内、褥(しとね)の中には娘の姿があった。艶やかな黒髪と、白晳の顔貌が布団からのぞいている――この光景を再び視界に収めるために、長い旅路をつづけてきたのだ。
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