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チャプタ―208

チャプタ―208

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   八

 ――我に返ると、銃丸が頭を掠めた場所から島津隊はまだほとんど動いていなかった。
 脇の平兵衛と視線があった――渠は微笑を浮かべて小さくあごを引いた。刹那、
「追撃が思うたより激しいッ、足を止めて打ち破るぞ!」
 維新公の怒声が島津隊の将兵たちの間に響き渡った。
 一斉に、島津の軍兵が足を止めた。
 その数は、当初の数分の一にまで減少している。
 維新公を助けんと、戦場をばらばらに渡って合流する者の姿もあったが、そんなものは微々たるものだ。
 ――立ち止まった島津隊を、濁流が中州を囲むように包囲する。見渡す限り周囲一帯で敵が蠢き、双眸を爛々と輝かせた。
 そのなかから、
「ここであったが先途ッ、柏木市右衛門、打ち殺してくれる!」
 という声が響く。
 一瞬虚を突かれた東軍の軍兵のなかから、孤影が飛び出してきた。
 見覚えのない顔だ。
 えらの張った男くさい顔立ちの徒士(かち)。
 だが、その手に握る得物には見覚えがあった。
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