6 / 141
6
しおりを挟む
「おとなしく詫びをいれておけば、命を失わずに済んだものを」
大上段に大刀をとっているのは浪人態の男だった。悪相の、いかにもといった風貌の者だ。
「待たれよ、いかなる仔細があるかは存ぜぬが、刀を抜くなど剣呑に過ぎましょうぞ」
「やかましい、町人風情が武家のごとき口の利き方をするな」
提灯の灯りの範囲内に踏み込んだ小平次の制止に、浪人は殺気立った目をこちらに向けた。手にした大刀の刃は刃文が身幅の二分の一以上に達した、見てくれこそいいが、
折れやすく実戦に適さない代物だ。また、柄握りも肌が白くなるほど堅く、業前の低さを露呈している。
相手の言葉に小平次は胸に疼痛をおぼえる。日傭取りの仕事を引き受けるに当たって町人を思わせる身なりをとっていたのだ。矜持を捨てておいてなにをたわけたことを、浪人のせりふはそんな意味にも聞こえた。
「邪魔立てするなら、うぬから斬り捨ててくれよう」
こちらの次の出方など待たず、浪人は小平次に向かって踏み出す。肌の色合いからして酒精がまわっているようだ。
いたしかたない――小平次は決意を固める。
「杖なぞ構えて、なんとする」
嘲りのひびきを帯びた叫びとともに浪人が一閃を送ってきた。首を狙った横薙ぎの一撃だ。
早(はや)――小平次はななめ前に出ながら、仕込み杖の刃を抜き放っている。
次の瞬間、浪人が悲鳴をもらしその場に崩れ落ちた。刀を落とし、血を流す左手を右手で押さえている。
それを目の当たりにしたとたん、小平次の胸に後悔がわいた。
仕込み杖で峰打ちなどすれば刃が折れる、その認識からとっさに小指、薬指を狙ったのだが、
ようよう考えてみればこれ以上に残酷な仕打ちもない――。
のだ。二本のその指は剣士にとっては生命線だ。これらを失えば爾後、まともに剣をにぎることは叶わない。つまり小平次は相手の剣客としての命を絶ったのだ。
「指が、指がぁ」その意味を理解している浪人が悲痛な声と嗚咽をもらす。もはや、そこに戦意はみじんも見受けられない。
彼の脇を警戒しながら通り過ぎ、大店の主を思わせる男が小平次に寄ってくる。
「危ないところをありがとうございました」「いえ」
人として当然のこと、という言葉で応じようとしたが、おのれの所業の重さのせいでそれ以上せりふをつづけられない。
それに相手は怪訝な表情を見せたが、
「いかがでございましょう。お礼をいたしたいと思うのですが」
と申し出た。
小平次はすぐにはうなずきかねたが、「されば、ありがたく」と承諾する。歓待を受けたいというより、なおも悲痛な姿を見せる浪人から遠ざかりたいという思いから出た行動だった。
大上段に大刀をとっているのは浪人態の男だった。悪相の、いかにもといった風貌の者だ。
「待たれよ、いかなる仔細があるかは存ぜぬが、刀を抜くなど剣呑に過ぎましょうぞ」
「やかましい、町人風情が武家のごとき口の利き方をするな」
提灯の灯りの範囲内に踏み込んだ小平次の制止に、浪人は殺気立った目をこちらに向けた。手にした大刀の刃は刃文が身幅の二分の一以上に達した、見てくれこそいいが、
折れやすく実戦に適さない代物だ。また、柄握りも肌が白くなるほど堅く、業前の低さを露呈している。
相手の言葉に小平次は胸に疼痛をおぼえる。日傭取りの仕事を引き受けるに当たって町人を思わせる身なりをとっていたのだ。矜持を捨てておいてなにをたわけたことを、浪人のせりふはそんな意味にも聞こえた。
「邪魔立てするなら、うぬから斬り捨ててくれよう」
こちらの次の出方など待たず、浪人は小平次に向かって踏み出す。肌の色合いからして酒精がまわっているようだ。
いたしかたない――小平次は決意を固める。
「杖なぞ構えて、なんとする」
嘲りのひびきを帯びた叫びとともに浪人が一閃を送ってきた。首を狙った横薙ぎの一撃だ。
早(はや)――小平次はななめ前に出ながら、仕込み杖の刃を抜き放っている。
次の瞬間、浪人が悲鳴をもらしその場に崩れ落ちた。刀を落とし、血を流す左手を右手で押さえている。
それを目の当たりにしたとたん、小平次の胸に後悔がわいた。
仕込み杖で峰打ちなどすれば刃が折れる、その認識からとっさに小指、薬指を狙ったのだが、
ようよう考えてみればこれ以上に残酷な仕打ちもない――。
のだ。二本のその指は剣士にとっては生命線だ。これらを失えば爾後、まともに剣をにぎることは叶わない。つまり小平次は相手の剣客としての命を絶ったのだ。
「指が、指がぁ」その意味を理解している浪人が悲痛な声と嗚咽をもらす。もはや、そこに戦意はみじんも見受けられない。
彼の脇を警戒しながら通り過ぎ、大店の主を思わせる男が小平次に寄ってくる。
「危ないところをありがとうございました」「いえ」
人として当然のこと、という言葉で応じようとしたが、おのれの所業の重さのせいでそれ以上せりふをつづけられない。
それに相手は怪訝な表情を見せたが、
「いかがでございましょう。お礼をいたしたいと思うのですが」
と申し出た。
小平次はすぐにはうなずきかねたが、「されば、ありがたく」と承諾する。歓待を受けたいというより、なおも悲痛な姿を見せる浪人から遠ざかりたいという思いから出た行動だった。
0
あなたにおすすめの小説
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
if 大坂夏の陣 〜勝ってはならぬ闘い〜
かまぼこのもと
歴史・時代
1615年5月。
徳川家康の天下統一は最終局面に入っていた。
堅固な大坂城を無力化させ、内部崩壊を煽り、ほぼ勝利を手中に入れる……
豊臣家に味方する者はいない。
西国無双と呼ばれた立花宗茂も徳川家康の配下となった。
しかし、ほんの少しの違いにより戦局は全く違うものとなっていくのであった。
全5話……と思ってましたが、終わりそうにないので10話ほどになりそうなので、マルチバース豊臣家と別に連載することにしました。
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。
生きるために走る者は、
傷を負いながらも、歩みを止めない。
戦国という時代の只中で、
彼らは何を失い、
走り続けたのか。
滝川一益と、その郎党。
これは、勝者の物語ではない。
生き延びた者たちの記録である。
花嫁
一ノ瀬亮太郎
歴史・時代
征之進は小さい頃から市松人形が欲しかった。しかし大身旗本の嫡男が女の子のように人形遊びをするなど許されるはずもない。他人からも自分からもそんな気持を隠すように征之進は武芸に励み、今では道場の師範代を務めるまでになっていた。そんな征之進に結婚話が持ち込まれる。
無用庵隠居清左衛門
蔵屋
歴史・時代
前老中田沼意次から引き継いで老中となった松平定信は、厳しい倹約令として|寛政の改革《かんせいのかいかく》を実施した。
第8代将軍徳川吉宗によって実施された|享保の改革《きょうほうのかいかく》、|天保の改革《てんぽうのかいかく》と合わせて幕政改革の三大改革という。
松平定信は厳しい倹約令を実施したのだった。江戸幕府は町人たちを中心とした貨幣経済の発達に伴い|逼迫《ひっぱく》した幕府の財政で苦しんでいた。
幕府の財政再建を目的とした改革を実施する事は江戸幕府にとって緊急の課題であった。
この時期、各地方の諸藩に於いても藩政改革が行われていたのであった。
そんな中、徳川家直参旗本であった緒方清左衛門は、己の出世の事しか考えない同僚に嫌気がさしていた。
清左衛門は無欲の徳川家直参旗本であった。
俸禄も入らず、出世欲もなく、ただひたすら、女房の千歳と娘の弥生と、三人仲睦まじく暮らす平穏な日々であればよかったのである。
清左衛門は『あらゆる欲を捨て去り、何もこだわらぬ無の境地になって千歳と弥生の幸せだけを願い、最後は無欲で死にたい』と思っていたのだ。
ある日、清左衛門に理不尽な言いがかりが同僚立花右近からあったのだ。
清左衛門は右近の言いがかりを相手にせず、
無視したのであった。
そして、松平定信に対して、隠居願いを提出したのであった。
「おぬし、本当にそれで良いのだな」
「拙者、一向に構いません」
「分かった。好きにするがよい」
こうして、清左衛門は隠居生活に入ったのである。
大東亜戦争を有利に
ゆみすけ
歴史・時代
日本は大東亜戦争に負けた、完敗であった。 そこから架空戦記なるものが増殖する。 しかしおもしろくない、つまらない。 であるから自分なりに無双日本軍を架空戦記に参戦させました。 主観満載のラノベ戦記ですから、ご感弁を
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる