忍び働き口入れ(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)

牛馬走

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 それから半刻ほど前。
 島において拐しを働いた高丸領京極家の忍びのもとを島民のひとりがおとずれていた。
「なに、忍びが島を訪れた? どういうことだ」
「塩の商いでつながりのある瀬戸屋の主を通じて、どこぞから忍びを呼んだって話だ」
 忍びの問いかけに島民はすこしおびえながら応じる。かすかににじんだ殺気も、常人からすれば背筋に寒気をおぼえるのに充分なものだったのだ。
 小心から裏切りなど働かねばよいものを――忍びはそんな相手を内心嘲笑する。
 島年寄の男が気に入らないから、と他人を陥れようとしておいて自分が害されることは厭う。人間はまったくもって醜いものよ――。
 忍びは回想を終え、最後の土の一塊を最前まで息をしていた相手の顔にかけた。相手のようすからして今度は自分を売るだろうと判断し、息の根を止めて木陰に穴を掘って死体を埋めていたのだ。
 この行動のおかげで、この忍びは小平次たちと遭遇せずに済んだのだった。高丸領京極は丸亀領京極家本家の分家であり、家中の忍びの数は少ない。自然、敵地の百姓や商人などの一般の者を協力者に仕立てる“里人(りじん)の術”に通じた者が重用された。この術の達者であれば少人数でも任務を遂行することは不可能ではないからだ。
 ただ、それは一方で非情な者こそ優秀とされる風潮を家中の忍びの間で生むことになったが。
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