忍び働き口入れ(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)

牛馬走

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 おかしいとは思いましたが――仮にも大店の娘である豊に供がひとりもつかず、しかも出かけるときに裏口から店を出るよううながされたときに“孫作の許しを得ずに自分と出歩こうとしている”と気づくべきだった。
 色々と悩むことが多いせいでそちらに気がまわらなかった。それと世事に疎いのもまた原因のひとつだ。
 奥座敷に入ると、孫作がむずかしい顔で待ちうけていた。当然だろう。元は命の恩人とはいえ、伝手(つて)を頼りに仕事をまわしていた相手が娘に手を出した、そんな状況に父である孫作は立たされたのだ。
「もうしわけありません、てっきり孫作様の許しを得ているものと思い込んでおりました」
 ために小平次はまず真摯な声で告げる。
「いえ、わたくしはそのことを案じているのではありません」
 それに孫作はかぶりをふった。単に“娘に悪い虫がついた”といったこととは深刻さの度合いの異なる問題を抱えた気配が表情ににじんでいる。
「かような因縁は、こたびのことがなければ黙っているつもりでした」
 怪訝な顔をする小平次に孫作は重い口調で言葉をかさねた。その声音に小平次は不吉な予感をおぼえた。
「見知ったそぶりを露ほどもしめなされぬゆえ、忘れておられるのでしょうが。わたくしは随分と前にあなた様とすでに出会っております」
「まさか、さような」
 思ってもみなかったせりふに小平次は相手の顔を凝視する。が、記憶に引っかかりは生まれない。
「わたくしは、あなたの祖父上に仕えた忍びのひとりでございます」
 まさか、と思ってますます目を凝らす。とたん、うっすらと記憶のなかの人物とかさなった。悪寒に似た感触が首筋に生じる。
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