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チャプタ―27

お犬様27

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    終章

 そろそろ、仔狛犬たちが生まれて一年が経つ。人の願い事を叶えるのに失敗こともほとんどなくなっていた。すっかり成犬サイズになった彼らは、なついてはくるものの飛びついてくることはもうない。
 そんな仔、とも呼べなくなった仔狛犬たちを撫でながらも脳裏によみがえる記憶があった。

 改めて居間に両親と従姉妹三姉妹が集まっている。彼らの顔には真剣な色が浮かんでいた。沖縄から帰ってきた日の夜のことだ。
「おまえのお祖父さんはな、仔を産んだ母狛犬が弱って死んでしまいそうだったがために自分の霊力を分け与えることでその命を救ったんだ。ただ、それが余りに負担が大きかったために死につながってしまった」
「しかも、母狛犬が命を落としそうになったのは、まだ仔のすべてを産み落とす前だったの」
 父と母が残念さをにじませながらも声を発した。
 逆に、裕樹は声を失う。母狛犬を、引いては仔狛犬たちを生かすために自分の命を捨てた。だというのに、裕樹は祖父の分身にも近い仔狛犬たちを疎んだのだ。後ろ暗い思いが喉をつかんで息苦しさを生む。
「事情を知らなかったんだ、なにもおまえが自分を責める必要はない」
「隠したことがかえってあだになったわ、ごめんなさい」
 無言の息子に、両親が言葉をかさねた。

「なに、ぼーとしちゃって。この子たちと別れるのはさびしくなった」
 ふいに側にいた常盤がこちらの顔を覗き込んだ。
「まあな」
 裕樹は問いかけにうなずきで応じる。すると、常盤は拍子抜けした顔つきになった。その表情を見て裕樹は笑う。
 レッテルを貼るような、物事を直視しないような真似は止めることにした。だから、素直に常盤の言葉を肯定することができたのだ。祖父を亡くし“喪失”を経験した。だが、失うこともあれば得ることもある。
「おまえこそ、仔狛犬たちと別れるときに泣くなよ」「だ、誰が泣くのよ」
 え、という表情を常盤は浮かべたが次第にその顔つきに曇りが生じた。どうやら、その場面に実際に直面したときのことを想像してしまったのか、目がかすかに潤んでいた。そんな彼女の意外な反応を見て裕樹はふたたび笑い声をあげた。思い込みをなくすと、なんて楽しいんだろうな――そんな思いを抱きながら。
                                       了
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