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チャプタ―9
君へ向かうシナリオ9
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第2章
1
僕は口角をゆるめながら、パソコンの液晶画面を見つめていた。
気づけば、ここ最近こんなことをくり返している。
視線の先にあるのは某有名な遊園地について感想が記されたサイトやブログの検索結果がずらりと並んでいた。
むろん、ひとりで行くことを想定して見ているわけでははいない。
翔花とふたりでおとずれる前提で情報を収集していた。
デートだ。「デートに行こう」などと誘っていないが、いい歳をして男が女性を外出に誘ってそれ以外の名目で出かけることはない。
原因は、ある日突然、電話がかかってきたことにある。昼下がりのことだ。
スマートフォンの液晶画面を確認すると、曲直部秀穂の名前が表示されている。彼女が自分になんの用件だろうかと首をかしげながらも僕は電話に出た。
「彼女、ひさしぶりに化粧っけが出てきたわ」
挨拶抜きにいきなりのせりふだ。そして、
「ありがとう」
と言い残すや通話は切れる。
思わず、僕はほんとうに接続が切れているのか液晶画面を確認した。だが、そこに表示されているのは通話が終了したことを示す、『通話時間何分』という文字だ。間違いなく電話は切れている。
ほんとうに短い言葉だった。けれども、だからこそ必要なせりふしか発していない。
まず、『彼女、ひさしぶりに化粧っけが出てきたわ』。
これは言葉通りだろう。
推測になるが、翔花は彼が亡くなってから外見に気を使わなくなっていた。
それがたぶん、僕が影響して化粧を心がけるようになったのだ――彼女にあった最近の出来事といえば面映いが、自分と会ったことだろう。
そして、『ありがとう』。
友人の変化に良い変化について秀穂は礼をのべたのだろう。
二重にうれしい。
ひとつは、翔花の前向きな変化が。
病気で彼氏を亡くした女性と上手く付き合えるか、正直なところ不安だった。さらに傷つけることになるのではないかと。だからこそ、ベルギーワッフルの件では激しく狼狽えたのだ。
ふたつ目は、秀穂に対して善行をなした形になったのがよろこばしい。出会って日が浅いが、それでも礼を言われれば気分が悪くなるはずもなかった。
それでつい調子に乗って翔花に予定が空いている日をたずねて誘ったのだ。
ただ浮かれていたせいで、どこに行くか、なにをするかをまったく決めていなかったから前日までにそれらを確定して彼女に知らせることになっている。
で、仕事の合間を縫ってはデートプランを練っていた。
フリーの立場で在宅の仕事だから、ついつい検索する時間、機会が増えてしまう。
しばらく恋愛から遠ざかっていた反動か、とにかくささいなことが楽しく思えるのだ。
なんだか中学生や高校生のころにもどってしまったような気分だった。
だが、遊んでばかりもいられない。
学生時代に引っ越した町から越していないため、仕事先の専門学校はご町内になる。だが、歩けばそれでもそれなりに時間はかかる。警察による自転車の検問に五十メートル以外に二度引っかかったのに嫌気がさして以来、僕は町内近辺の移動は基本的に徒歩だ。
自転車で二十分のところ歩いていって専門学校に到着する。まず、生徒の出席を記録する機会を受け取りに教務に向かう。
それから教室に向かった。僕が在学時は、酷いことに教室がパソコンのない部屋が割り当てられていたが今はそんなことはなくノベル専行もパソコンがある部屋を使う。ただし、このパソコンが曲者で原価償却をとっくに過ぎた代物でたびたびフリーズする。
今日は生徒が出したネタ、企画書への感想、アドバイスをする日だ。ひとりひとり、コメントをしていく。
「この作品の主人公の動機はなんだ、何がしたい、何が欲しい?」
「いいか、主人公が最後に死ぬのは新人賞ではNGだ」
「サブプロットはいち作品にきふたつぐらいが適量だ。あんまり多いと内容がぼやけるぞ」
そうしているうちに内心注目している生徒、芝刈が講師の使う机の脇に来ていた。
目が合う。なんだか、どこか様子がおかしい気がした。また、彼女にでもフラれたか、と思い気にしないことにする。
「今回のプロットはよかったと思うぞ。ただの萌える設定だけじゃなくて、主人公が物語の開始時に比べて変化してる」
思ったことを縷々述べていった。だが、芝刈はどこか上の空だ。
「おい、聞いてるか」
あんまり険悪にならないよう注意する。
「ああ、ごめん。先生」
芝刈は素直に謝罪した。それ以上、責める訳にもいかず話をつづけた。
十人前後が出席するクラスの全員の講評を終える。そこでチャイムが鳴った。
「じゃあ、今日はここまでだ」
きりがよくてよかった、僕は生徒たちに宣言する。
どこかホッとしたようすで生徒たちが次の授業の教室に向かう準備を始める。
この程度で精神的に疲労していたら、おまえらプロになったらやっていけないぞ。そうは感じるものの、生徒のメンタルを傷つけてさらに学んでくれないと意味がないから口にはしない。それに学生時代をふり返ると、プロである講師に自分のアイデアや作品が講評されるのは緊張していた気がする。
生徒たちとともに教室を出て僕は屋上にのぼった。面積の半分ほどを占める屋外には喫煙所兼休憩所があり、壁際に自販機が並びベンチが並んでいる。
ジュースを購入しベンチに腰かけた。程なくして、そこにベレー帽をかけた芸術家みたいな身なりの男性が現れる。彼はイラストレーターでここで講師をしている。
「お疲れさまです、朝日先生」「お疲れさまです」
挨拶をされ、し返す。
「戦国騒乱譚、読みました」
「読みました、今週も熱い展開でしたね」
「蘆屋道明は死んだんですかねえ」
「いやあ、死んでないんじゃないですかあ」
彼、鶴田は雑談相手だ。
仕事の話もしなくはないが、職種が違うためお互いに共通して好きな漫画について語ることが多い。
「スタート・イン・ライフは読みましたか?」
「もちろん」
「志保にフラれた徹はどうするんですかねえ」
「ちょっと、先が読めませんねえ」
そこまで話したところで、ふと鶴田が顔をしかめた。
「どうしました?」
「いや、ちょっと憂鬱なことを思い出しまして」
「憂鬱?」
「知人の子どもが、自分の父親の親しい人間がイラストレーターだと知って、自分もなる、って言い出したらしくて。なんだか、自分のせいのような気がして」
うわあ、と僕は内心声を漏らす。非常にタイムリーな話題だ。やはり、世の中では似たようなことが起きるようだ。
「実は、僕も従兄弟が似たようなことを言い出しまして」
「朝日先生もですか」
身につまされると思ったらしく鶴田がため息をつく。
「しかも、その可否を決めるために作品を僕が読むという話になってまして」
「それはまた災難な」
鶴田がこちらに同情的な目を向けた。
「嘘をつくのも憚られるので正直に評価を伝えるつもりなんですけど、叔父に恨まれることになったら嫌だなと思ってまして」
「損な役回りですもんねえ」
真っ向から同情され僕はちょっと泣きたくなった。
ただ、泣いてばかりはいられない。
今日は授業のあとは、専門学校の先輩で社長をしている人物と打ち合わせが入っていた。秋葉原の駅からやや離れた場所にある喫茶店に向かった。
昔ながらといった風情の店内で、ゲームクリエイターというよりプロレスラーのほうがしっくりくる体格のいい男性と向かい合う。
「企画書、どうだった?」
「いいと思います、売れ線を外さず新しさも狙ってて」
「ロープライスで出すのはどうだ?」
「まあ」
エロゲ―は今や何をやっても、という感があり言葉に迷った。
「悪くないと思います」
なんとか不自然でない程度に声を発する。
それからしばらく打ち合わせが続き、
「いやあ、参った」
と先輩がうなじの辺りに手を当てた。
「どうしました?」
「甥っ子が俺がゲーム作ってるって知って自分も作るって言い出したらしい」
ここもか、というのが僕の正直な感想だ。似たような話が重なり過ぎている感がある。
「実は」
隠すのも変な気がして、こちらの状況も伝えた。
「おまえもか」と言って先輩はなさけない顔をする。
「角が立たないで収まる方法、ないですかねえ」
「あるなら嘆いたりしない」
僕の切なる願いを先輩は渋い表情で否定した。
「そことなんとか」
「なるなら、してるわ」
拝んでもダメらしい。あと残る手段は泣き落としだが、これは喫茶店に実行するのは躊躇われる。
「先輩は、それでどうするんですか?」
「いや、どうもしないけど」
先輩が不思議そうな顔をした。それで似たような立場でも相違あることを僕は悟った。
「先輩、実は」
可否を決めることを明かす。
「叔父さんも残酷なことさせるなあ」
「まあ、向こうは色々と“分かって”ないですからねえ」
呻く先輩に、僕は諦めのにじむ声を返した。はあ、とため息をつく。まさか、仕事の打ち合わせでこんな話になるとは思っていなかった。
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僕は口角をゆるめながら、パソコンの液晶画面を見つめていた。
気づけば、ここ最近こんなことをくり返している。
視線の先にあるのは某有名な遊園地について感想が記されたサイトやブログの検索結果がずらりと並んでいた。
むろん、ひとりで行くことを想定して見ているわけでははいない。
翔花とふたりでおとずれる前提で情報を収集していた。
デートだ。「デートに行こう」などと誘っていないが、いい歳をして男が女性を外出に誘ってそれ以外の名目で出かけることはない。
原因は、ある日突然、電話がかかってきたことにある。昼下がりのことだ。
スマートフォンの液晶画面を確認すると、曲直部秀穂の名前が表示されている。彼女が自分になんの用件だろうかと首をかしげながらも僕は電話に出た。
「彼女、ひさしぶりに化粧っけが出てきたわ」
挨拶抜きにいきなりのせりふだ。そして、
「ありがとう」
と言い残すや通話は切れる。
思わず、僕はほんとうに接続が切れているのか液晶画面を確認した。だが、そこに表示されているのは通話が終了したことを示す、『通話時間何分』という文字だ。間違いなく電話は切れている。
ほんとうに短い言葉だった。けれども、だからこそ必要なせりふしか発していない。
まず、『彼女、ひさしぶりに化粧っけが出てきたわ』。
これは言葉通りだろう。
推測になるが、翔花は彼が亡くなってから外見に気を使わなくなっていた。
それがたぶん、僕が影響して化粧を心がけるようになったのだ――彼女にあった最近の出来事といえば面映いが、自分と会ったことだろう。
そして、『ありがとう』。
友人の変化に良い変化について秀穂は礼をのべたのだろう。
二重にうれしい。
ひとつは、翔花の前向きな変化が。
病気で彼氏を亡くした女性と上手く付き合えるか、正直なところ不安だった。さらに傷つけることになるのではないかと。だからこそ、ベルギーワッフルの件では激しく狼狽えたのだ。
ふたつ目は、秀穂に対して善行をなした形になったのがよろこばしい。出会って日が浅いが、それでも礼を言われれば気分が悪くなるはずもなかった。
それでつい調子に乗って翔花に予定が空いている日をたずねて誘ったのだ。
ただ浮かれていたせいで、どこに行くか、なにをするかをまったく決めていなかったから前日までにそれらを確定して彼女に知らせることになっている。
で、仕事の合間を縫ってはデートプランを練っていた。
フリーの立場で在宅の仕事だから、ついつい検索する時間、機会が増えてしまう。
しばらく恋愛から遠ざかっていた反動か、とにかくささいなことが楽しく思えるのだ。
なんだか中学生や高校生のころにもどってしまったような気分だった。
だが、遊んでばかりもいられない。
学生時代に引っ越した町から越していないため、仕事先の専門学校はご町内になる。だが、歩けばそれでもそれなりに時間はかかる。警察による自転車の検問に五十メートル以外に二度引っかかったのに嫌気がさして以来、僕は町内近辺の移動は基本的に徒歩だ。
自転車で二十分のところ歩いていって専門学校に到着する。まず、生徒の出席を記録する機会を受け取りに教務に向かう。
それから教室に向かった。僕が在学時は、酷いことに教室がパソコンのない部屋が割り当てられていたが今はそんなことはなくノベル専行もパソコンがある部屋を使う。ただし、このパソコンが曲者で原価償却をとっくに過ぎた代物でたびたびフリーズする。
今日は生徒が出したネタ、企画書への感想、アドバイスをする日だ。ひとりひとり、コメントをしていく。
「この作品の主人公の動機はなんだ、何がしたい、何が欲しい?」
「いいか、主人公が最後に死ぬのは新人賞ではNGだ」
「サブプロットはいち作品にきふたつぐらいが適量だ。あんまり多いと内容がぼやけるぞ」
そうしているうちに内心注目している生徒、芝刈が講師の使う机の脇に来ていた。
目が合う。なんだか、どこか様子がおかしい気がした。また、彼女にでもフラれたか、と思い気にしないことにする。
「今回のプロットはよかったと思うぞ。ただの萌える設定だけじゃなくて、主人公が物語の開始時に比べて変化してる」
思ったことを縷々述べていった。だが、芝刈はどこか上の空だ。
「おい、聞いてるか」
あんまり険悪にならないよう注意する。
「ああ、ごめん。先生」
芝刈は素直に謝罪した。それ以上、責める訳にもいかず話をつづけた。
十人前後が出席するクラスの全員の講評を終える。そこでチャイムが鳴った。
「じゃあ、今日はここまでだ」
きりがよくてよかった、僕は生徒たちに宣言する。
どこかホッとしたようすで生徒たちが次の授業の教室に向かう準備を始める。
この程度で精神的に疲労していたら、おまえらプロになったらやっていけないぞ。そうは感じるものの、生徒のメンタルを傷つけてさらに学んでくれないと意味がないから口にはしない。それに学生時代をふり返ると、プロである講師に自分のアイデアや作品が講評されるのは緊張していた気がする。
生徒たちとともに教室を出て僕は屋上にのぼった。面積の半分ほどを占める屋外には喫煙所兼休憩所があり、壁際に自販機が並びベンチが並んでいる。
ジュースを購入しベンチに腰かけた。程なくして、そこにベレー帽をかけた芸術家みたいな身なりの男性が現れる。彼はイラストレーターでここで講師をしている。
「お疲れさまです、朝日先生」「お疲れさまです」
挨拶をされ、し返す。
「戦国騒乱譚、読みました」
「読みました、今週も熱い展開でしたね」
「蘆屋道明は死んだんですかねえ」
「いやあ、死んでないんじゃないですかあ」
彼、鶴田は雑談相手だ。
仕事の話もしなくはないが、職種が違うためお互いに共通して好きな漫画について語ることが多い。
「スタート・イン・ライフは読みましたか?」
「もちろん」
「志保にフラれた徹はどうするんですかねえ」
「ちょっと、先が読めませんねえ」
そこまで話したところで、ふと鶴田が顔をしかめた。
「どうしました?」
「いや、ちょっと憂鬱なことを思い出しまして」
「憂鬱?」
「知人の子どもが、自分の父親の親しい人間がイラストレーターだと知って、自分もなる、って言い出したらしくて。なんだか、自分のせいのような気がして」
うわあ、と僕は内心声を漏らす。非常にタイムリーな話題だ。やはり、世の中では似たようなことが起きるようだ。
「実は、僕も従兄弟が似たようなことを言い出しまして」
「朝日先生もですか」
身につまされると思ったらしく鶴田がため息をつく。
「しかも、その可否を決めるために作品を僕が読むという話になってまして」
「それはまた災難な」
鶴田がこちらに同情的な目を向けた。
「嘘をつくのも憚られるので正直に評価を伝えるつもりなんですけど、叔父に恨まれることになったら嫌だなと思ってまして」
「損な役回りですもんねえ」
真っ向から同情され僕はちょっと泣きたくなった。
ただ、泣いてばかりはいられない。
今日は授業のあとは、専門学校の先輩で社長をしている人物と打ち合わせが入っていた。秋葉原の駅からやや離れた場所にある喫茶店に向かった。
昔ながらといった風情の店内で、ゲームクリエイターというよりプロレスラーのほうがしっくりくる体格のいい男性と向かい合う。
「企画書、どうだった?」
「いいと思います、売れ線を外さず新しさも狙ってて」
「ロープライスで出すのはどうだ?」
「まあ」
エロゲ―は今や何をやっても、という感があり言葉に迷った。
「悪くないと思います」
なんとか不自然でない程度に声を発する。
それからしばらく打ち合わせが続き、
「いやあ、参った」
と先輩がうなじの辺りに手を当てた。
「どうしました?」
「甥っ子が俺がゲーム作ってるって知って自分も作るって言い出したらしい」
ここもか、というのが僕の正直な感想だ。似たような話が重なり過ぎている感がある。
「実は」
隠すのも変な気がして、こちらの状況も伝えた。
「おまえもか」と言って先輩はなさけない顔をする。
「角が立たないで収まる方法、ないですかねえ」
「あるなら嘆いたりしない」
僕の切なる願いを先輩は渋い表情で否定した。
「そことなんとか」
「なるなら、してるわ」
拝んでもダメらしい。あと残る手段は泣き落としだが、これは喫茶店に実行するのは躊躇われる。
「先輩は、それでどうするんですか?」
「いや、どうもしないけど」
先輩が不思議そうな顔をした。それで似たような立場でも相違あることを僕は悟った。
「先輩、実は」
可否を決めることを明かす。
「叔父さんも残酷なことさせるなあ」
「まあ、向こうは色々と“分かって”ないですからねえ」
呻く先輩に、僕は諦めのにじむ声を返した。はあ、とため息をつく。まさか、仕事の打ち合わせでこんな話になるとは思っていなかった。
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