銀の月

紅花翁草

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光の襲来 中編

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 奇声とも思える悲しみの声を発しながらルミナは、なおを抱きしめている。

 城の中庭では束縛していた魔法が途切れ、騎士達の戦闘が再開していた。
 
 ルミナは心を取り戻し、息が途絶えた、なおの体から魔法の力で槍を抜く。
「だいじょうぶですよ、なお。」

 灰色の男は、興味深く、事の成り行きを見ていた。
「闇に堕ちないのか、女王としての気質か・・・まあ、娘でもないし、当たり前か。やっぱり娘を殺さないとな。」
 男は、飛来したティオを見つけていた。
 ルミナは、なおを抱きしめたまま動かなかった。二人の体から光の波紋が溢れている。
「娘は助けなくていいのか?」
 魔法紋章を展開しているルミナは答えた。
「母が来ているので、必要が要りません。」

 ティオは、怒りと悲しみ、そして、お母様の行っている魔法を見て、驚きを隠せなかった。
「なんで、その魔法は独りじゃ出来ないんじゃないの・・・どうして・・・」
 ティオの頭をそっと老婆が撫でる。
「王妃失格だね。だけど、良い母親じゃないか。」
 突然湧いたように現れた人物に、ティオは身動きが取れなかった。いや、あまりに優しい振る舞いだったので動く事を忘れていた。
 ハミルが反射的に突きつけた剣を、瞬時に停止させる。
 結い上げた銀髪、背筋はまっすぐに、しわだけが、その人物を老婆だと認識することができた。
「いい護衛が付いているね、ティオ。」
 収めた剣のあと、無礼の行いに、一礼で謝るハミルに優しく微笑んでいた。
「私はシェラ。」
 ティオは自分の祖母の名前を思い出した。
「え・・・お祖母様?」
 シェラは杖を出し、小さな魔方陣を大量に描いた。
「話はあとで、魔族を倒してルミナと、なおを助けるよ。」

 混乱しているティオに今やるべきことを伝え、シェラは眼下にいる魔族の男の所に瞬間移動した。
 灰色の男は飛び退き、短剣を飛ばすが、シェラの姿はそこには無かった。
 シェラは魔族の目の前に現れて、魔法の鎖で束縛する。
「逃がしはしないよ。」
 シェラの出した十数個全ての魔法陣から銀色に光る槍が現れ、鎖に繋がれた魔族に向かって飛んでいく。
 槍が魔族の体を貫く。
「消えな。」
 大きな1本の光の槍が、空から魔族に落ちる。
 灰色の男は、断末魔の叫びを残して塵になった。

 一瞬の出来事だった。魔族の男は一言も喋ることも出来ず、シェラに葬られたのだった。

 ティオとハミルが空から広場に着地した時には、もう魔族は消えていた。
 シェラはルミナの所にいた。
 ティオも魔法紋章に囲まれたルミナと、なおの側に駆け寄った。
 詠唱を唱え続けてる娘を見つめながらシェラはティオに話かけた。
「蘇生魔法は沢山の魔術を同時に行う事によって出来るのは知っているね?」
「はい。・・・だからそれぞれの魔術を一人ずつ受け持つ事で成功するんですよね。」
「単独で蘇生魔法できる技術があれば、複数で行うより成功率は格段に上がる。術者の命を削る代償をすればな。」
「はい。それも、お母様から聞きました。」
 ティオは母親の行動を理解することが出来なかった。
 シェラが杖を地面に突き立てる。
「さぁ、二人を助けるよ。ティオは邪魔が入らないように結界を張っておくれ、私と、そこの精獣がいればルミナの命を削ることはないからの。」
 ティオの心に光が戻ってきた。
「ほんとに?」
「あぁ、絶対にだよ。シェラの名に誓っての。」
 シェラが、なおの頬にくっついて、泣いている精獣に話かける。
「そこの精獣、泣いてないで、ルミナに魔力を注ぎな。」
 モカは泣くのを止めて、ルミナに魔力を注ぎ始めた。
「それでいいよ。いい子だね。」
「はいです。」
 モカは、突然現れたお婆さんの言葉に素直に従った。
 シェラは魔法紋章を発動させてルミナの紋章に重ねていく。
 目を瞑り、苦痛を押し殺しながら集中していたルミナは流れ込むモカの魔力とシェラの魔術支援で、精神に余裕がうまれた。
「お母様。」
 目を開けてシェラを確認したルミナは、安堵の笑顔を浮かべて、結界を張っているティオを見つめた。
 ティオは不安そうな顔を隠しきれず、今にも泣きそうになっていた。
「ティオ。ごめんね。でも、もう大丈夫だから。」

 ルミナは最後の魔法紋章を描いた。
 なおを横に浮かせ、体全部を上下に挟むように描かれた大きな紋章。
 シェラがその紋章と同じ紋章を発現し重ねる。
 光が増した上下の紋章がなおの体を眩しく輝かせる。
 ゆっくりと光が集束すると、なおの心臓が再び鼓動し、目が開く。
 全ての魔法紋章が消えたその場所には、銀色の髪と銀の瞳の、なおが宙に立っていた。
 ティオとハミルは戸惑いと驚きで、かける言葉が出なかった。

 ルミナは、銀髪のなおを抱きしめている。モカも嬉しそうに頬ずりをしていた。
 ルミナが抱擁をやめて、なおに一礼する。

「ありがとう、お母さん。お祖母ちゃん。モカ。ティオ、心配かけてごめんなさい。なおからの伝言です。そして私からも、ありがとう。」
 なおは、その場に居る4人に向かって貴族式の礼をした。
「では、このふざけた騒動、終わらせてきます。モカ、ゆっくり休んでいてね。」
 なおは、モカを撫でて、ルミナに手渡した。
「はいです・・・」
 モカはルミナの腕の中で答えて、深く眠りについた。

 ティオは変わってしまったなおに近づくことも出来ず、母親と祖母に声をかける。
「なおは・・・どうなってるの?」
 ルミナはティオの肩を抱き寄せる。
「なおは、大丈夫よ。今はリミナス様が、なおの代わりに出てくれてるの。」
 ティオは事の重大さに、理解がついていかなった。
「り・・・リミナス様!」
 ティオは、なおを見るが、何をどうしていいのか判らなかった。

 リミナスはティオに笑顔を見せて、
「あとで、なおからも説明させるわね。それじゃ、いってきます。」
 リミナスは振り向いて、軽く地面を蹴ると、城の門を越えていた。

 ルミナは言葉を言いかけて、居なくなったリミナス様にため息をつく。
「着替えてからでも・・・」
「性格は似ているのかね・・・」
 シェラもすこし呆れ顔で、杖を持ち直し、中庭に跳んだ。

 母の隣で、ティオは涙が溢れ出てきた。
「お母様・・・どうして・・・リミナス様だから?」
 ルミナは優しくティオを撫でる。
「ごめんなさい。なおはね、あなたの双子のお姉さんなの。あなたと同じ、大切な娘。」
 ルミナは少し悲しい顔になっていた。
「今まで、言えなくて、ごめんなさい。」
 ティオは、なおという存在と、お姉さんという存在を整理するほど、涙が溢れ止まらなかった。

 ルミナは少し離れた場所でティオを見守っているハミルに、なおの事を誰にも言わないように口止めをする。
 ハミルは片膝を落とし、忠誠の儀礼で答えた。

 ティオは涙を拭いて、しっかりとした目でルミナを見る。
「戦場に戻ります。みんなで城に戻るために。」
「そうね。いつもの平穏を取り戻しましょう。」
 ルミナはモカを優しく抱いたまま、ゆっくりと中庭に向かった。
 ティオはハミルの横に並んでルミナの後を歩く。
「お母様。魔力は大丈夫なのですか?蘇生術は本来なら10人規模の術だと聞いてます。」
 ルミナはモカを優しく撫でる。
「モカ様が私の魔力全てを、回復してくれました。蘇生中の魔力も全て、だから今は、いつも以上に満ちています。」
 ティオは錫杖を取り出し、ルミナと並んで門を越える。
「モカはやっぱり凄いんだね。」
 ティオは抱かれたモカをそっと撫でて、中庭に駆け出した。

 戦場だった中庭の景観は、ティオとハミルを呆然とさせる光景に変わっていた。




 ルミナの蘇生術で目を覚ます少し前のなおの意識は、静かな闇の中にいた。
(わたしは・・・死んだの?)
 ぼんやりと光る女性がわたしの前に現れた。
「そうです。だけど今、ルミナが命を代償に、蘇生魔法を行っていたところ。」
(え、命を代償に?・・・なんで?)
「ルミナは、あなたの母親だから。」
 なおは一瞬驚いたが、すぐに冷静さを取り戻した。
(お願い、あなたなら出来るんじゃないの?すぐに止めさせて!お母さんの命で生き返っても、わたし・・・ティオに・・・)
 銀色の髪の女性だと認識したわたしは、手を握り、頼んだ。
「今はシェラと精獣が協力しているから、命を代償にする事は無くなったから、安心して。」
 わたしは力が抜けて座り込むような姿勢で深く息をすった。
(お祖母ちゃん、来てくれたんだ。そっか・・・良かった。)
 今の状況を理解するための余裕が出来たので、わたしは、目の前の女性に問いかけた。
(それで、あなたは何なんですか?)
「やっと自己紹介ですね。私はリミナス。過去の時代を生きた者よ。今は精神だけの存在になってあなたの体の中に居るわ。まあ、もうひとつの人格みたいな物です。」
 わたしは噛み合う情報を整理していた。
(えっと・・・もしかして生まれる前からですか?)
「いい質問です。あなたが生まれた後に、ルミナの願いで、私が入ったのです。そうしなければ、あなたは生きていけなかったから。」
 リミナスは私に、立ち上がるための手を差し出した。
「さて、そろそろ時間です。」
(時間・・・わたしが生き返るって事?)
「はい、そのとおり。そこで相談ですが、外の惨劇を終わらせるために、わたしに体を預けてください.。」
(え・・・)
 私は目の前のリミナスの目をじっと見つめた。
(はい。)
「期待に応えます。」
 リミナスは私の気持ちに呼応するように力強く答えた。 
「意識はこのまま、二人は繋がっているから。私があなたに・・いや、なおと、これからは呼ぶことにします。」
 闇だった世界に光が溢れ出し、光が私とリミナスを包み込んだ。
「なお、魔法の理を今から教えます。しっかりと見てなさい。」
 光が消えると、私はリミナスの意識を通して外の景色を見る事が出来た。
 抱きしめるお母さんの温もりも、私は感じることが出来た。


 みんなに挨拶を済ませたリミナスは、中庭の手前に着地した。
 遅れてすぐに、シェラも到着する。
 目の前には『銀の騎士団』とルゲルの騎士達が交戦しているのが見える。
 倒れている騎士も双方に沢山いた。
 リミナスの言葉が私の頭の中に流れ込んできた。
(まず、魔法の効果で、生き物に干渉することは出来ません。魂がある物から出る魔力が、全ての効果を打ち消します。)
 リミナスは手を少し踊るように振って魔法を『銀の騎士』達にかける。
(ただし、治癒魔法や回復魔法は例外です。)
 続けて、支援魔法と強化魔法を武具にかけていく。
(魔法で直接ダメージを与えることは出来ないので、剣や防具を強化して戦うのが基本です。)
 リミナスは自身に強化魔法を施すと、うっすらと光るオーラを纏っていた。

 リミナスは隣にいるシェラに合図すると、一瞬で、ルゲルの騎士の一人の間合いに入る。
 拳を振り抜き、鎧を物理ダメージで破壊した。
 そのまま連撃を騎士に当てて、打ち倒した。
 私はリミナスから流れる感覚を直感で理解していく。
(すごい。)
 リミナスは次の標的に移ると同じように打ち倒していく。
(相手も魔法で強化しているから、それ以上の魔力で打ち破ります。)

 突然、戦闘に参加した血まみれのドレス姿の少女に『銀の騎士団』は戸惑いながらも見惚れていった。
 銀の騎士達は、次々に地面に崩れ倒れるルゲルの騎士達を拘束鎖で縛っていく。

 ティオとハミルが丁度、中庭に着いたときには、最後のルゲルの騎士がリミナスの拳で打ち倒されるところだった。

 銀色の騎士達が呆気に取られる中、シェラが白いローブの神官と金色の鎧を着た少年を拘束していた。
(なお、今シェラがやっている束縛魔法はね、治癒魔法系の応用で魔力を絡めるの。ロープとか鎖とかイメージしやすい形になるのが一般的ね。ただ、高密度の魔力を出し続けなければならないの。)
 リミナスの所にルミナが駆け寄ってくる。
「リミナス様、一度、着替えに行きませんか?」
 リミナスは自分の服を見直し、すこし恥ずかしそうに笑った。
(ああ・・・私も忘れてた・・・)

 ルミナは、『銀の騎士団』に合流して傷ついた騎士の看護を手伝っているティオとハミルに声をかける。
「私は彼女を一度、城に連れていきます。すぐ戻りますので、それまでお願いします。」
 返事を聞いて、ルミナとリミナスは飛び上がり公務室の窓から、なおの為に仕立てたドレスがある部屋に向かった。

 ティオは騎士団を独り離れて、シェラの場所に移動していた。
 シェラはローブの老人に話しかけていた。
「マルザード、こんなことで手に入れた王座を、誰が認める?」
 マルザードは抵抗を止めて、その場に座り込んだ。
「そんなことは判っている。だが、世代が変われば人は忘れる。・・・サイローズが王になり、その息子、孫と・・・人は忘れ、受け入れるんじゃよ。」
 サイローズはずっと無抵抗で力なく佇んでいる。
「お祖父様、僕は・・・僕達は正義じゃなかったのですか?・・・」
「マルザードよ。正義なんてものは、この世界には、無いんじゃよ。勝者が正義を語るんじゃ。」

 シェラは拘束魔法を解除し、悲しく、二人を見る。
「だからといって、魔族の力を借りるとは、情けない。・・・それで、他の賢者はどうした?」

「知らん。己の保身と財産にしか興味ない連中・・・光の塔はもう、存在する意味。価値など無い。」

「わしは、この世界の真実を知った。わしらの存在も意味も価値も無いんじゃ。」

「シェラ。おまえは知っているんじゃろ。」
 シェラが深いため息をつく。
「知っているさ、だからなんだ。価値なんて必要ないだろ、生き物は生まれ、死んで逝く。ただそれだけの存在だ。」

「だからこそ、人間は生きるための理由を探すんだよ。」
 シェラは隣で聞いていたティオの肩を撫で、うずくまっている黄金の騎士を見る。

「マルザード、罪を償え。今ならまだ間に合う。」
 空を見上るマルザードが魔界の門を指差す。
 魔界の門の周辺の空は大量の魔獣が縦横無尽に飛びまわっているのが見えた。
「悪いな。手遅れなんじゃ。」
 倒れて拘束されているルゲルの騎士達が、拘束具を引き千切り、立ち上がった。
 全身から黒い霧を吹きだしている。
 倒れた仲間の処置をしていた銀の騎士達が、剣を構えて囲む。
「この世界を終わらせる。そして新しく作るんじゃ。サイローズが新世紀の王として!」

 マルザードの叫びを、合図にしたかのように、黒く染まったルゲルの騎士達が魔人となって暴れ始める。
 サイローズの戦意はすでに無く、宝印石に武具を戻してうずくまっていた。
「サイローズや、全てが終われば、世界が変わる。まっておれ。」
 マルザードは何をするわけでもなく、その場に立って、ただ見ているだけだった
 
 シェラは、増大した力で銀の騎士達を倒していく魔人に、光の杭で動きを止める。
「攻撃は受け止めるな、かわすんだよ。」
 シェラは『銀の騎士団』に指示を出しながら、ティオに施設の援護に向かうように言った。
「ティオ。町の事は頼んだよ。」
「はい。お婆様。」 
 ティオはハミルを呼んでシェラに中庭を任せると、空の魔獣を倒しながら魔界の門に向かった。
「イガル伯父様達は大丈夫だよね。」
 自分に言い聞かせながら目の前の魔獣を倒していく。


 リミナスはルミナに連れられて、城の一室に入る。
 ルミナはモカを、ソファーの上にそっと寝かせた。
「後で私の自室で寝かせますね。」
(モカ。・・・待っててね。)

 目の前には、純白のワンピースのようなドレスが立て掛けられていた。
 銀の繊維で織り込まれた刺繍と、袖と腰あたりに付いている小さな宝石が輝いている。
(すっごい、綺麗。もう、作ってくれてたんだ。)
「いいドレスね。なおが凄く喜んでいるわ。」
 嬉しく微笑んでいるルミナさんが着替えを手伝ってくれた。
 着替え終わると、ルミナは戸棚から出したネックレスを、リミナスに見せた。
 大きな淡白く光る丸い宝石を、銀の装飾台が支えている。
「なおの宝印石です。中には『ミレナの加護』が入っています。」
 ルミナは背中からネックレスを付ける。
(お母さん・・・)
「ナセラもなおの事、気に入りましたか。」
 リミナスは宝印石を触ると早速、『ミレナの加護』を装備した。
 ルミナは、なおのファルトケースを革のベルトから外すと、白い綺麗な布に付け直した。
 それを改めて腰に着ける。
 銀の彫刻と刺繍で出来た、腰巻きリボンみたいな可愛いベルトになっていた。
(すっごい、可愛い・・・んだけど、お母様の好みなのかな?)
 頭の中でリミナスの声が聞えた。
(娘にあげる、最初の贈り物だからでしょう。なおの時に貰えなくて残念ですが、また後で、沢山の感謝の言葉を言ってあげてくださいね。)
 私は「そうする。」とリミナスに応えた。

 リミナスは寝ているモカを抱き上げる。
「なおは、良い出会いをしたのですね。」
 ルミナも笑みを見せる。二人はルミナの自室に向かい、ベットにモカを寝かしつけた。
(モカ、行ってくるね。)

 二人は廊下のバルコニーから外の戦況を眺めた。
 ルミナが中庭を見下ろす。
「魔人化ですか・・・あれはお母様に任せて大丈夫そうですね。」
 空には沢山の魔獣が飛来している。
 ティオが門に向かっているのが見えた。
 リミナスは視線を町の避難場所になっている、闘技場や競技場に移す。
「結構な数が集まっていますね。今は持ち応えていますが、このままでは結界の魔力も尽きてしまいます。」
「はい、そうですね。私は各施設の魔物を殲滅しながら門をめざします。リミナス様もお気を付けてください。」
 ルミナは飛び立ち、避難施設を守る者達の加勢に向かった。

 リミナスは町を見渡しながら、ゆっくりと城の上空に浮上した。
「なお、魔獣と魔族には魔法が直接効きます。ですが今、中庭にいる魔人は、生きた人間を魔族が変異させたものなので、心臓を破壊してから魔法で浄化しないとならないの。」

 リミナスは大きく深呼吸をすると、弓を射る姿勢になる。
 手に魔法の矢を出現させると目視できる魔獣に向かって次々と撃ちはじめた。
 矢は動く魔獣を追尾し、確実に仕留めて行く。
 「すこし魔獣の動きを抑えましょう。」
 長い詠唱をすると、南都の空一面に大きな魔法紋章が出現した。
 淡い光の雨が降りはじめる。
「魔物の力を少し弱める光の粒を、大量に降らせる事で、頑張っている民の助けになるでしょう。」
 言葉通り、各場所で交戦している魔物の動きを鈍らせていった。
(本質は同じなのに、形や数を変える事で色々な魔法になるのね。)
「そうよ。重ねたり、凝縮したりすれば強くなるし、その反対も。」
 
 戦況はリミナスの光の雨によって、討伐速度が上がり、各地の施設の守備状況は好転していった。

 
 ティオはハミルと魔獣を討伐しながら、泉の近くを飛んでいた。
 結界が張られた神殿の周りにも、沢山の魔獣が集まっている。
「エリ!」
 泉の水が生き物のように、神殿周辺の魔獣達を倒していた。
 神殿の外で魔獣と交戦しているエリオナと護衛の人たちが見える。
「ハミル、すこし寄り道するわ。」
 二人は魔獣を討伐しながらエリオナに合流した。

 神殿の中は市民が避難していた。
 数名の銀礼の巫女と神官が結界を張りながら魔獣を倒している。
「エリ、ありがとう。」
 ティオはエリオナの護衛に付いている騎士達にも感謝の言葉をかけながら、群がる魔獣を倒していった。ハミルも同じように水の騎士に混じって戦っている。
「ティオねぇさま。よかった。ご無事で。」
 疲労が見えるエリオナが精一杯の笑顔を見せていた。
「もう大丈夫よ、エリは休んでてね。」
「はい。」 とエリオナは答えて、その場に座り込んだ。
 ティオは錫杖を構えて沢山の魔法陣を周囲に出す。砲台のように、魔法陣から白銀の光線が撃ち出されている。
 次々と魔獣を撃ち抜くが、減る気配が無いくらい魔獣が溢れていた。
「どうして、こんなに出てくるのよ。もう、魔界の門の出現時間、過ぎてるはずなのに。」
 消えない魔界の門をティオは睨みつけた。

 いつ終わるのかと、不安になるティオの頭上、空一面に魔法紋章が描かれていく。
「お母様?お婆様?・・・リミナス様かしら・・・」
 降り始めた光の雨が、魔獣の動きを遅くしていく。
「これなら、いけるわ。」
 ティオ達の戦意も上がり、神殿周りの魔獣が減っていった。
 光の雨が降り続ける中、ティオ達は近づく魔獣全てを倒していた。
「エリ、ここを守ってくれてありがとうね。」
 まだ、魔界の門は開いて、魔獣も見えるけど、ティオは勝機を感じてエリオナを抱きしめた。
「私のわがままに、みなさんが協力してくれたおかげです。」
 エリオナは戦闘を終えて、戻ってきた護衛の3人に頭を下げる。
「エリオナ様の笑顔を守る為に、我々は側にいるのですよ。」
 疲労の中、笑顔で答える水の騎士達とエリオナを見たティオは、魔界の門に向けて飛び立った。
「今度は私が守る。」
 
 ティオはハミルと共に、イガル達が交戦している広場に向かった。
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