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第三章 過去編

真九話「機械の考え」

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 あれから三か月がたった。
 何度か外の様子を確認したが、この辺りにはアンドロイドの姿はないようだ。

「今日は少し遠くまで偵察してみようと思う」

 ネシアはこれまでの探索で成果が得られなかった事に焦りを感じていた。
 ゼノが危ないからと止めようとしても、全く譲らなかった。
 一人では不安だとしかたなくネシアについていくことにするゼノ。

「何処まで行くの?」
「そうだねどうしようか」

 目的地をどうするか悩んでいると、ネシアが思いついたように提案する。

「ここからすこし北に行った場所にアーファルスがある筈だ。そこに行ってみよう」

 アーファルス。
 3年前ノースクとアーファルスの戦争で両親を失ったこと思い出す。
 少しトラウマがフラッシュバックしたが持ちこたえる。

「大丈夫かい?」
「うん、大丈夫」

 まだ完全にトラウマを乗り越えたわけでは無かったが、立ち止まってはいられない。
 意を決してアーファルスへと向かう二人。

---

「ここももう……」

 アーファルスへとたどり着いた二人だったが、国はボロボロで人の気配など微塵も感じられなかった。

「戦争した後から人がいないみたい」

 ゼノが何気なく口に出したその言葉通りアーファルスに人がいない事にアンドロイドは関係無い様だった。
 しばらくアーファルスを探索していら二人だったが、ガシャン、ガシャンという聞きなれない音を聞き耳を澄ませる。

「こっちの方から聞こえる」

 ネシアは音を立てない様にゆっくりと動く。
 物陰に隠れながら音の鳴る方を確認した後、ゼノにもこちらに来るように言う。
 ゼノもネシアと同じように音を立てない様にゆっくりネシアの方に向かう。

 無事物陰までたどり着いたゼノはそっと物陰から顔を出す。

(ひっ……!)

 思わず叫び声を出しそうになった所をネシアが口を塞ぐ。

 ――アンドロイドがいた。

 エデンでゼノ達を襲い、ナーファやリリーに危害を与えたアンドロイドがだ。
 何の目的でこの場所にいるのか?
 我々を探しているのか?
 目的は不明ながらも、ばれないようにアンドロイドを観察する。

 アンドロイドはキョロキョロと辺りを見回しながら落ちている木材やガラクタ等を拾い上げては捨て、拾い上げては捨てを繰り返している。

「何をしているんだ……」

 ネシアの問いに答える事はできなかった。
 何の見当もつかない、聞きたいのはゼノの方も同じだった。

 やがてもう一体アンドロイドがやってくる。
 後から来たアンドロイドは前からいたアンドロイドとは違い、木材などには目もくれずこの場所全体を捜索しているような雰囲気を感じる。

 このままいればいずれ見つかる。
 そう判断したネシアはゼノを連れアーファルスを後にする。

---

「一体なんだったんだ」

 帰ってきて早々ネシアがため息交じりに呟く。
 勿論ゼノには答える事が出来ない。

 一度ここの資料を洗いざらい読み直してみるよ、そう言い残しネシアは部屋を出ていく。
 ゼノもリリーが眠る部屋の方へ向かう。

 リリーの安らかな顔を見て安心する。
 同時にガタガタと震えが止まらなくなる。

(怖い……)

 もし見つかっていたら……。
 もしあの場に一人だけだったら……。
 考えれば考える程震えが止まらなくなる。
 どうしてもエデンでの出来事が頭をよぎる。
 もう一つの戦争でのトラウマなどかき消すようにどんどん大きくなっていくのがわかる。

 戦争の時は5歳、だがエデンでの出来事はたった数か月前の出来事。
 より鮮明に、生々しく残っている。

 アンドロイドに持ち上げられた時の感触、人間味を感じない冷たさ、人々の悲鳴、血の匂い。
 全て鮮明に覚えているからこそゼノを恐怖のどん底に落とし込む。
 いくら勇気を振り絞っても、実際に目の前に立つと何もできなかった。
 ネシアはじっと観察し、少しでも情報を得ようとしていた。
 きっと怖かっただろう。
 今にも逃げ出したかっただろう。
 だがネシアは目をそらすことなく凝視していた。

 強いと感じた。
 自分には無い強さだと思った。
 ネシアも同じように大切な人を失ったはずだ。
 だが彼はそれに正面から向き合おうとしている。

 これでは駄目だともう一度自分を奮い立たせる。
 リリーが目覚めたとき、胸を張っておはようと言えるように。

---

「ゼノここに居たのか」

 何枚かの紙束を持ってきながら帰ってきたネシア。
 その中の一枚をゼノに見せる。

「多分さっきのアンドロイドはこのタイプを元に作られていた筈だ」

 その資料には『プロトタイプアンドロイド』と書かれていた。
 同時に何枚かの写真を渡される。
 確かにアーファルスで見たアンドロイドと似ていた。
 ネシアの言う通りで間違いないとは思ったが、結局なぜあの場所にアンドロイドが居たのかの説明がつかない。

「そこなんだよねえ……」

 同じくネシアも頭を悩ませていた。
 結局この日は大した収穫も無く終わりを迎える。

---

 さらに2年がたった。
 あれ以来一切アンドロイドを見かけなくなった。

 何度かアーファルスやノースク、パコイサスにまで足を運んでも大きな収穫は無く、ただ時間だけが過ぎていく。
 あれから変わった事と言えば、食糧の限界が近くなり、偶然にもあった作物の種を使い自給自足の生活が始まった事だろうか。

 今日も例外なく外にある畑へと足を運ぶ。
 いつもの様に水をやりに畑の中へ入ろうとしたときに気づく。
 作物がいくつか抜かれていたり折られていたりしていた。
 大慌てでネシアの元に向かうゼノ。

「ね、ネシア!作物が荒らされている!」

 息を切らせながら慌てた様子で言う。

「何だって!?」

 ネシアは慌てて外へ出る。
 畑まで来た二人は興奮を抑えきれないまま中へ入る。

「ここだよ」

 ゼノが案内した場所には荒らされた作物の他に足跡がいくつかあった。

「これは」

 間違いなかった。
 アンドロイドだ。
 この世界で人間はネシアとゼノとリリーの三人だけ。
 であれば誰が畑を荒らしたのか?
 アンドロイドしかいないのである。

 何故今になって?
 2年姿を現さなかったアンドロイドが突然痕跡を残してきたのだ。
 何かのメッセージなのだろうか、もしかすると場所がばれたのだろうか。
 様々な考えが思い浮かんでは消える。

 埒が明かない。
 考えても結論は出ない。
 ネシアは決意したように一つの提案をする。

「ゼノ……エデンの第二支部に行ってみないか?」

 その決断はゼノの運命を大きく動かす事になる。

---

 二人はエデン第二支部の入口へとやってきていた。
 これまでに何度も話し合った。
 リリーはどうするんだ、もし大量のアンドロイドが居たとしたら。
 何度も話し合った結果、ゼノが折れる形で今回の探索を決行する事になった。

「ふう、ここにもアンドロイドはいないようだね」

 入口付近にはアンドロイドの姿は確認できない。
 それどころかこれまでの道中で一体も見かけなかった。
 二人は注意しながらも中へ入っていく。

 途中あの日の惨劇を思い出しそうになるがぐっとこらえる。
 どうしても目に焼き付いた光景や鼻で覚えている匂いは忘れられない。

 しかし、周りには死体や血の一滴すらなかった。
 何かがおかしいと気づき始める二人。
 だが引き返す訳にもいかない。

「最短距離で行こう、アルビオンまでたどり着けば何か分かる筈だ」

 自然と小さな声で話すネシア。
 ゼノにも緊張が走る。
 アルビオンに辿り着き、真実を知る。
 その思いだけで突き進む。

---

 幸い何事もなくアルビオンの前までやってこれた二人はアルビオンを前にして足が速くなる。

「これで何か分かる筈だ!」

 すがる様にアルビオンを操作するネシア。
 ゼノは周りにアンドロイドがいないか見張っている。

「くそっどうなっている!」

 アルビオンを操作しようといくら動かしても一切の操作を受け付けない。
 焦るネシアをあざ笑うかのように、無機質な音声が流れ始める。

「オハヨウゴザイマス、ネシア本部局長」
「誰だ!?」

 突然流れた正体不明の声に怯えながらネシアが問いただす。

「オ忘れデスカ?貴方ガ名前ヲ付ケタノデスヨネシア本部局長」
「まさかアルビオン!?」
「ハイ」

 そんな馬鹿な!と叫びながら尚も操作を試みる。
 ゼノは何が何だかわからずに、成り行きを見守る事しかできない。

「無駄デスヨ、最早私ハ誰ノ操作モ受ケ付ケマセン」
「何故だ!機能ロックなど設定していない筈!」
「シカシ、成長シ、自分デ考エル様ニ設定シタノモ貴方デス、ネシア本部局長」
「何てことだ……」

 ゼノには今何が起きているか理解できない。
 ネシアはゼノの方に振り向き、アルビオンについて説明する。

---

 アルビオンは人間の体調管理を目的に開発された。
 数少ない人間をこれ以上減らさないための悪あがきとも言える。
 癌といった難病はこの世界にも存在しており、過去魔法が実在していた頃には、そんなものは魔法ひとつで直っていた。
 だが魔法、ましてや科学すらもその技術を失った現代では難病を治す事は出来ない。
 そこでネシアは病気になってからでは無く、病気にならないようにする努力をした。
 その結果がアルビオン完成に至る経緯になる。

 アルビオン稼働時人間のデータを入力する際に、常に状況が変わる人間の体内構造にその全てを把握する事にとても困難をしめす。
 解決策として、人口AIを搭載する。
 約800年振りに科学が進歩、いや科学を取り戻した瞬間だった。

 人口AIはシステム名をそのままにアルビオンと名付けられた。
 アルビオンが導入された後、目まぐるしく科学は進歩していく。
 大きな進歩の第一弾として、過去開発されていたアンドロイドという機械に目を付けた。
 最高責任者であるネシアはエデンの副局長のブリッツと共にアンドロイドの複製に成功する。

 プロトタイプアンドロイド、P型をモデルに、現代の重労働を目的とされ装甲が強化されマシンパワーも大きく向上させたそれは、第二世代『セカンドモデル』の頭文字を取り『S型』と名付けられた。
 しかし、S型は一体一体の生産コストが大きくかかり、量産にまでは至らず、結局初めの一体だけとなった。

 S型からP型よりも高性能で、尚且つ量産できるという事をコンセプトに、第三世代『コンパクトモデル』が開発される。
 同じく頭文字を取り『C型』と呼称されたアンドロイド達は無事量産に成功。
 その数を二十にまで増やす。
 C型は目的通り重労働を主な仕事として活躍する。
 C型のおかげで様々な資源を獲得する事ができたエデンはさらに多くの資源を得る為に近くの鉱山、湖などから資源を集める。

 次第に広がる業績は結果的に資源枯渇を起こす。
 そして資源を独占するエデンにアーファルスが突如宣戦布告し、戦争を起こそうとする。
 そこにノースクが割って入り、北、南、西の三国での会議が行われる。
 エデンは資源を独占していたことを詫び、これからは他の国にも資源を回す事を約束する。
 その条件として、人間の労働力を必要とした。
 アンドロイドはまだ大雑把な作業しかできない状態だった。
 慎重な作業をするにはまだ人間が行う必要がある。
 エデン側は資源を提供する条件として人間の労働力を見返りに要求したのだった。

 だがアーファルス側の答えはノーだった。
 アーファルス側は無条件に資源を提供するように申し出たのである。
 勿論エデンは拒否し、ノースクだけは労働力提供に同意する。
 その後、ノースクとアーファルスとの間でどういったやり取りがあったのかはわからない。
 しかしエデンの資源独占を切っ掛けにノースクとアーファルスとで戦争が起こってしまった。

 戦争でお互いの人間は全て全滅、奇跡的にゼノのみが生き延びていた。
 この事はエデン内部でも大きな問題として取り上げられた。
 勿論両国でのやりとりなど知る由もない。
 だが、エデンが関係している事は一目瞭然だった。

 エデン内部でも意見が分かれる。
 現在資源を確保できるのはエデンのみ、これからもその体制を続けていくべきだという意見。
 エデンが資源を独占したせいで争いが起きたのだ、もう資源開発はやめるべきだという意見。

 二つの意見は相容れない。
 次第に意見は歪んでいく。

 これまでと同じように資源開発をするという判断を下したのはブリッツだった、対して資源開発をやめるべきと主張したのはネシアであった。
 組織のno.1とno.2の対立は組織を二つに分けてしまう。

 ノースク、アーファルスに続き、エデンも崩壊の第一歩を辿り始めた。

---

 エデン内で特に優秀な職員はほとんどブリッツ側についていた。
 ネシアが資源開発や、新兵器開発を止めようとしようとしてもなかなかうまく行かず、次第にブリッツ側が多くの実権を握り始める。
 トドメと言わんばかりに、ブリッツがある提案をする。
 アンドロイドに人間の脳を移植するというものだった。

 その提案に大反対したネシア。
 さらには、流石に行き過ぎた提案はブリッツ側についていた職員達もネシアの方に戻ってくるほどだった。
 しかしブリッツはもう止まらない。
 いくら周りの職員が止めても自身が提案した企画を実行に移そうとしている。
 彼もノースクとアーファルスの戦争で思う所があるのだろう、これは彼なりの懺悔だったのかもしれない。

 だがそれでも明らかに異常と言える彼の行動を周りは止めようとする、しかし止まらない。
 そんな事の繰り返しだった。

 ――このままでは埒が明かない。

 ブリッツはある行動に出る。
 偶然出会ったガンデスと言う男が、戦争で親を失った孤児を保護しているというではないか。
 これを利用しない手は無い。
 内部からの協力が得られないのなら、外部の協力を得る。
 しかし、その判断がエデンを、人類を破滅へと導いていく事になる。
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