狩女のクローズ

鳥井まいまい

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第一章

1記  穏やかな日常

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朝、日差しが顔を照らす。
ここは自然豊かな街ヴェリスタ。


「・・・ん・・・んん~・・・」


その碧色の瞳を重たい瞼から半分覗かせ、眩しさのあまり瞼を強く瞑る。そのまま布団に包まり、起きてしまった自分をもう一度眠りに誘おうと、丸くなった。二階にあるこの寝室は小鳥の細やかな鳴く音で満たされていた。


包まった布団から無造作に流れ出た、赤く、透き通った長い髪。布団から僅かに出た二つのつま先をお互い絡め合わせる。日差しは包まった布団の上半身照らしていた。


その赤い髪は日差しを受け頭に伝わり、温もりでまた眠気が気持ちよく来ていた。布団の中で小さくまとまった体をもぞもぞ動かし、体温を調整していた。


そんな彼女アンナ・グレイスの安らぎは母マーテルの声によって、目が覚めようとしていた。


「・・・アンナ~・・・」


その声は一階からしていた。だが、アンナは聞こうとしなかった。朝に弱く起きるのに三十分はかかる。それに召使の資格を取るため、アンナは夜遅くまで勉強をしていた。そして今日はその試験の日。マーテルはアンナが勉強をしていたのを知っている為、優しく、機嫌悪くならないよう起こそうとした。


「アンナ~」
「・・・・・・」


いつもの母の優しい声。アンナが朝に弱く、起きるのに時間かかるのも知っている母だからこその最強の特権、一階から叫び起こす事。アンナはわかっている。例え、髪の毛が無造作になってようが、寝巻き姿だろうが、母は最低限の支度をしてご飯を作ってくれている。そこにもアンナの幸せがありお腹も空いてるから起きたいのは山々なんだが、そこに漬け込むように先ほどから程よく照らしてくるお日様には抗えていなかった。母から叫び起こす声が二度寝の快楽を加速させる。


「アンナー」
「・・・・・・ん・・・」


叫び声が明らかに色を変えた。さっきまで聞いてて、心地よかった安らぐ声から低いトーンに変わる。その声を知っているアンナは包んでいる体をもぞもぞと動かす。母も理解はしている。マーテルも朝は弱い方だった。でも、朝起きてくるみんなのご飯、皿洗い、洗濯、掃除、食材の調達。その他にもやる事は沢山あるが、それを一日で終わらせなければならない。母にも習慣はある、アンナを起こすのもその中の一つ。だからこそ、時間に囚われず、習慣をこなすのに最適な時は突然訪れる。


「・・・・・・」
「・・・・・・」


一時の間。マーテルはとどめの一声を繰り出した。


「アンナ!!!!」
「・・・っ・・・」


その一声で包まってたアンナはゆっくりと起きた。半開きな瞼を擦りながら一階に降りると右手にリビングがあり、マーテルはその奥で煮込み料理を作っていた。アンナと同じ赤く長い髪、ひとつ結びになってるその髪は僅かに先端だけ踊っている。マーテルの後ろには角が丸い、四角く長いテーブルがあり椅子が二つずつで囲まれている。ここでいつも食事をとっている。既に誰かが階段側の椅子に座り、マナで気泡のような物を作り遊んでいる。こちらに気付くと少し微笑みながら口を開いた。


「おはよう、お姉ちゃん」
「おはよう・・・ふわぁ・・・・・・ネル」


妹のネル。綺麗に整えられ首元まである赤い髪。垂れ目で他はアンナと瓜二つのおっとり屋さん。歳は一つ下で背はアンナと同じくらい。ネルは、朝は気持ちよく起きれるらしい。朝に弱い姉を持つ妹なだけあって、母に叫ばれる姉を見て、朝は程よく起きれる様になったのだとか。


アンナは欠伸しながらネルの右隣の椅子を手前に引き座る。二回に分けて椅子を机に向かって引くと、ネルは無造作な髪型を見て突っ込んだ。


「お姉ちゃん・・・髪型、やばいよ?」
「・・・・・・うん・・・」


ネルはマナに集中する為、視線を戻す。アンナはまだ完全に起きていない。それに無防備になれる家の中だからこそ、アンナは気にすることなく大きなテーブルに上半身を預け、両腕を枕にし三度寝をしようとした。


「お姉ちゃん・・・歯磨きした?」
「・・・ま~だ~・・・」
「早くしないとご飯食べれないよ?」
「・・・・・・わかった」


アンナは上半身をそのままに椅子を引き緩やかに起き上がった。一段落ついたネルはマナを解き一息ついた。アンナを見るや洗面所に向かう後ろ姿を見つめる。


「・・・その髪、やろっか?」
「んん~・・・お願いします~」


後ろについて行くネル。四角い鏡のある洗面所に着く。洗面台の左隣、壁に取り付けられた木の板に歯磨き粉と一つの白いコップが置かれ、赤と黄の歯ブラシが入っている。赤色がアンナで黄色がネルの物。元々は二つあったが割れてしまい、残ったコップを仲良く使っている。洗面台の右側にも同じ様に木の板が取り付けられている。そこは3段あり、母、姉、妹の順で顔を洗う為の小道具などが置かれている。赤色の歯ブラシを取り、その歯ブラシに歯磨き粉をつける。ネルは鏡の右側にフックで吊るされた櫛を取った。


「それじゃあ、後ろの髪だけといちゃうね。後は私の部屋でやろ、お姉ちゃん」
「・・・あい」


立ったままゆっくりと歯を磨き始めたアンナに痛くないよう、優しくといていく。いつもネルがやっている訳ではないが、姉の髪をとくのが好きな為、自主的にやりにいっているくらい。


「どう・・・気持ちい?」 
「・・・ん~・・・ひゃいほ~・・・」


ネルが髪をといてくれるが、そのあまりの気持ちよさに目を瞑る。その様子を時折、鏡で覗きながら見ていたネルは嬉しそうだった。
 

蛇口から流れる水の音、歯磨きを終わらせ、前髪が濡れないようにカチューシャで前髪あげて顔を洗う。顔を洗っている間もネルは後ろの髪を持ってくれていた。洗面台の横に取り付けられているタオル掛けからタオルを取り、顔を抑える様に拭き取った。


カチューシャを外し、前髪を下ろした後は少しすっきりした顔をしているようだ。


「部屋行こ、お姉ちゃん」
 

顔を洗い、少しすっきりしたアンナは「うん」と、微笑み返した。洗面所から出てきたネルはアンナを連れ、マーテルに支度をしてくると伝え、二階に上がっていった。


二階に上がり、ネルの部屋に入る。入って奥にある壁一面が窓になっており、そこから木漏れ日が照らす。風通しもよく涼しい六畳程ある部屋。アンナは見慣れているがぬいぐるみが至る所に置いてある。特に目立つのは入って右側の壁沿いに置かれたベッドの上に、大きなうさぎの抱き枕があるということ。毎晩これを抱いて寝ているらしい。


「はい、ここに座って」


ネルはベッドとは反対側の壁沿いに位置する木で出来た化粧台の椅子を引き、アンナを座らせる。


引き出しから取り出した櫛で途中までといた髪を綺麗に整え、本来の姿が見えてきた。胸の辺りまで伸びた真っ直ぐな髪、ネルが髪を掬い上げ、引っ掛かりがないか流れる様に落とす。


「・・・うん、いいね・・・・・・次、髪結ぶね。いつものでいい?」


櫛を化粧台に置きながら聞いた。窓から照らす木漏れ日が気持ちいのか、目を瞑りながら返事した。


「ふふっ・・・うん」


ネルはアンナとの、この雰囲気が楽しく、クスリと笑う。
もみあげから左の耳の少し上あたりまでを持ち上げ後頭部に向かって編み込みをしていく。ヘアピンで止め、反対側も同じ様に編み込みした後、真ん中の下げている髪を巻き込み縛った。仕上げに形を整える。結び終えた髪型から手を離し、ネルが満足そうに微笑み、控えめに手を広げた。


「・・・できた・・・どう、お姉ちゃん」


その出来上がりを確認してもらおうとネルは聞いてきた。アンナはゆっくりと目を開いていった。いつもの髪型。鏡を見ながら左右の編み込みを確認する。アンナはネルの方を向き、両手を腰に当て、自慢げに褒めた。


「・・・・・・ありがとう、ネル・・・うん!とても可愛い!」
「ふふふっ・・・」


ネルは軽く握った手を口元に当て、クスクスと笑いながら、「やったね!」と言い、両手を後ろで組んだ。


「ご飯できたわよ~」


一階からマーテルが呼んだので二人は「はーい!」と返事をした。


「お姉ちゃんは着替えてから降りて来なよ」
「うん、わかった」


アンナは自室に向かい、扉から左側にあるタンスの一番上を開く。


薄橙色のノースリーブのワンピースに、半袖の部分が膨らんだ、純白のブラウスを重ねた衣装。あまり裕福ではない為、持っている服の中ではシンプルな方。でも友達に会う時や、他の試験の時もこの服を着こなして来た。


その服を取り出し、ベッドの上に広げて置いた。寝巻きを脱ぎ、タンスの二段目から下着を取り出し、身につけたあと、衣装を身につけ、鏡で自分を確認した。昨日の夜に必要なものを入れた、革のトランケースを持ち、一階へ。


一階へと降りると、マーテルはテーブルに、作った料理をお盆から移し並べていた。朝食、朝はパンに、豆とベーコンと赤トマトを煮込み、塩胡椒などを加えたスープ。飲み物はまだミキサーの中にあるが、母特製のバナナジュースである。


「箸とコップ、持ってきてくれる?」
「うん、わかった」


ネルが、箸とコップを取りにキッチンの近くにある食器棚に向かった。


「おはよう。お母さん!」
「ええ、おはよう、アンナ。ようやく起きたのね~、ジュース持って来てくれる?」
「うん!」


アンナは、おはようを済ませた後、トランクを自分が座る椅子の隣に置き、ジュースを取りにキッチンへと向かった。マーテルとネルが椅子に座り、アンナがバナナジュースをコップに注ぎ込む。しっかりミキサーで固形が無くなるまで動かし続けたバナナジュース。グレイス家ではよく出る飲み物である。注ぎ終わるとアンナは座り、三人は手を合わせた。


「「「いただきます!」」」


朝ごはんを食べ終わり、片付けをしようとアンナとネルが立ち上がった。


「いいわよ、アンナ。あなた今日が試験なんでしょ・・・支度してもう行かないと」
「いいよ。私もやる」


マーテルが立ち上がり、食器を片付けようとしたアンナだったが、確かに今日が試験の日である。だからと言って、食べた後片付けしないのは気が引けていたアンナだったが、妹のネルが母の手伝いをすると言ってくれた。


「私がやるよ、お姉ちゃん。お母さんの手伝いするだけだし」
「・・・そうね、とりあえずいいわよ。私もどうせすぐ出ちゃうから」


マーテルの職業は教会の隣にある孤児院の料理人。子供達にご飯を作っている。その腕は子供達からは絶賛で、時間になれば子供達が、「今日はなに!!」と心躍らせ、神父ノアールに駆け寄る程。朝から昼まで働いていて、夜は別の人が出勤してくる。その為マーテルの朝は早い、ネルが起きて来た時には既に支度が終わっていた。


教会はその土地を管理している王国、役所を通して初めて建てられる。創立200年と長く続いている教会。建てられた後は王国から神父を派遣され初めて動き出す。初めは人が一人も訪れない程、周りからは避けられていた教会だが、初代神父のマウレが街を襲うマ獣から守ったとされ、今ではこの街の象徴の様になっている。


ネルは母と共によくその教会に赴き、祈りを捧げた後、子供達と楽しく遊んでいる。ネルは子供が大好きで、子供達からは「ねぇね」や「お姉ちゃん」や「ネルねぇ」などで親しまれている。ネルも支度を終わらせて、いつでもお手伝いに行ける準備が出来ている。子供達に会えるのをとても楽しみにしている様だ。


「ありがとう!」


マーテルはお盆に食器を乗せ、振り返りながら「ええ」と微笑んだ。アンナはトランクを持ち、玄関に手を掛ける。


「行ってきます!」


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