お帰り転生―素質だけは世界最高の素人魔術師、前々世の復讐をする。

永礼 経

文字の大きさ
170 / 384

第170話 英雄王リヒャエル・バーンズ

しおりを挟む

 クルシュ歴368年1月1日――。

 カインズベルクでは盛大な新年パレードが行われる日だが、ここメストリーデにはそのような催しはない。

 理由は非常に個人的なものによる。
 この国の英雄王リヒャエル・バーンズはこの日、『必ず一日中公務を休む』ことになるからだ。

 新年を迎えるたびにこの世界の人たちは年齢を一つ重ねることはすでに述べた。
 つまり、一斉に「ひとつ年齢が増える」のだ。

 なんでも、彼は王になった今でも、かつての冒険者パーティの生き残りたちを自分の住まう王宮に集めて、大晦日から元旦にかけて夜通し飲み明かし、去年はどいつがった? とか、今年は誰の番だ? などとうそぶきまわるらしい。
 そうやって飲み明かすものだから、当然翌日の元旦には「使いものにならない」という訳だ。

「カインズベルクだったらパレード見て、神社周りとかするのに、メストリーデの正月はなんか寂しいですね。ね? キールさん」
アステリッドがキールの腕にすがってくる。
「あ、ああ、去年はそういや、アステリッドがいろいろ連れて行ってくれたよね――」
と、返しつつ、
(あの日何件の神社やら寺院やらを周ったことか――)
と、思い返し、今年はメストリーデでよかったと胸をなでおろす。

「この国の英雄王は正月はずっと寝てるらしいからね――」
とは、ミリア。
「酒飲んで、パレードして暴れられでもしたら、街が粉微塵こなみじんになっちゃうから、寝ててくれた方がいいんだって、父が言ってたわ――」

(まったくどういう王様なんだろう?)
と、キールは思ったが、確かにこれまでその『英雄王』を見かけたことはない。

「ミリアはその王様に会ったことはあるの?」
何気なしにキールは聞いてみた。

「あ、ある、わよ?」
ミリアの返答の歯切れが悪い。

「あるんだ。どんな人なのかなって――」
「あんたは、会わない方がいいわ。ろくなことにならない気がする――」

「へ? どういう意味?」
「いいの! とにかく、会わないに越したことはないってこと。わかった?」
「は、はあ。わかりました――」
「よろしい! ではこの話は……こ、こ? お!?」

 ミリアがキールの方を飛び越えた先を見て、固まっている。


 今3人はメストリル王立大学の校庭を歩いているところだった。正月早々学校に来ているのは、特に理由があるわけじゃない。3人とも特に予定がないということで、なんとなく学校に集合、ということになっただけだ。
 クリストファーはエリザベス教授と研究に明け暮れており、最近はなかなかに忙しくしている。
 それでも、帰り際にはデリウス教授の部屋を訪れて、現在の進捗しんちょく状況を知らせてくれている。
 それがだいたいいつも夕方日が暮れる前ぐらいということで、3人は予定がなければいつも、デリウスの部屋でクリストファーが来るのを待って解散するというルーティンになっていた。
 そのクリストファーが昨日は帰り際の報告で、「明日はデリウスのここ部屋にはこれなさそうだ」と言っていたため、それなら3人で出かけようかということでここにいるという訳だ。

「ん? ミリア、どうしたの?」
「キール! 振り向いちゃダメよ!」
「はあ? なんだよ急に――」

「あ! あれって――、」
アステリッドはミリアの視線の先のある人物に気付く。
「ニデリック様とネインリヒ様――? あれ? その隣にいる人――」

「リディー! その先は言っちゃダメ!」
「英雄王――さま? え? あ、ダメでした?」

 言ってしまったかという表情でミリアが項垂うなだれる。

「え?」
という感嘆詞と共に反射的にキールは振り向いてしまう。

 キールの視線の先には3人の男たちの姿があった。
 ニデリック院長とネインリヒ秘書官、そして、かなりの大柄なごつい壮年の戦士?

「え? まさか、あの戦士風の人が?」

「はい、英雄王リヒャエル・バーンズさまですよ。もう言っちゃったからいいですよね、ミリアさん?」

 明らかに、歴戦の戦士風の男が、二人に脇を固められて歩いている。
 たしか、英雄王は今日は一日眠りこけているとか言ってなかったっけ? と思って見るが、その足取りはしっかりとして雄大だ。少し遠目なので、はっきりとその表情は見えないが、体格や歩く様子からだけ見れば、年齢的には50代かそこそこというようにも見える。


『おいおい、ちょっと待て――』
『は? 何かございましたか、陛下』
『なんだよこの魔力はよ――』
『はて、何のことでございましょう? 私には何も感じませぬが――?』
『はっ! ニデリック、芝居が下手だぜ? おまえが気付かないわけないだろう?』


 むこうでのやり取りがかすかに聞こえてくる。
 ミリアは冷や汗が噴き出してきた。
「き、キール! い、いくわよ!?」
そう言ってキールの腕を引っ張って、その3人とは反対方向へ進もうとする。それは、自分たちが向かおうと思っていたのとは逆方向だ。
「ミリア、方向が逆だよ?」
「いいのよ! 速く!」


『ああ、アイツか――』
と、英雄王がこちらを向いた。
(やばい、完全に気付かれた――)
ミリアは観念した。


――おい!! そこのお前!! 名は何と言う!!


 その声はまるで大地を揺るがすような響きだった。
 ミリアとアステリッド、そしてキールは自分たちに向かって吠えたその声に一瞬たじろいだ。


――聞こえただろう!! そこの小僧!! お前だ!!


「え? 僕? ですか?」
キールはどうやら自分のことを言っているようだとようやく気付く。

 ニデリックとネインリヒもが悪そうにうつむいている。

『僕の名前は、キール、キール・ヴァイスです! 平民ですよ』


 そう返す間にも、その英雄王はこちらへ向かって歩み寄ってきている。
 そうしてやがてキールの前に立ちふさがった。

 遠目で見た時は顔が分からなかったが、こうして近くで見るとよくわかる。年齢は相当に上だ。60、いや、70は超えている?

「おまえ、面白い奴だな。ニデリック、俺に隠してただろう?」
脇に控えているニデリック院長に向かってその「老人」は言い放つ。
「いえ、別に他意はございません。時期が来ればとは思っておりましたが、まさかこんなところで――」

「ふん。まあいわ。お前のそういうところも織り込み済みだ。――小僧、キールと言ったな。近々一席設ける。まかせ、よいな!」
と、一喝する。顔には満面の笑みだ。どうやら敵意はないようだ。

「――――」
キールはどう答えたらよいものか思案していて即答できない。

「ニデリック、この件、お前に任せる。よいな。――じゃあな、小僧。また会う日を楽しみにしているぞ」
そう言い残すと元居た方向へとまた歩み去っていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界ラグナロク 〜妹を探したいだけの神災級の俺、上位スキル使用禁止でも気づいたら世界を蹂躙してたっぽい〜

Tri-TON
ファンタジー
核戦争で死んだ俺は、神災級と呼ばれるチートな力を持ったまま異世界へ転生した。 目的はひとつ――行方不明になった“妹”を探すことだ。 だがそこは、大量の転生者が前世の知識と魔素を融合させた“魔素学”によって、 神・魔物・人間の均衡が崩れた危うい世界だった。 そんな中で、魔王と女神が勝手に俺の精神世界で居候し、 挙句の果てに俺は魔物たちに崇拝されるという意味不明な状況に巻き込まれていく。 そして、謎の魔獣の襲来、七つの大罪を名乗る異世界人勇者たちとの因縁、 さらには俺の前世すら巻き込む神々の陰謀まで飛び出して――。 妹を探すだけのはずが、どうやら“世界の命運”まで背負わされるらしい。 笑い、シリアス、涙、そして家族愛。 騒がしくも温かい仲間たちと紡ぐ新たな伝説が、今始まる――。 ※小説家になろう様でも掲載しております。

魔境へ追放された公爵令息のチート領地開拓 〜動く屋敷でもふもふ達とスローライフ!〜

幸運寺大大吉丸◎ 書籍発売中
ファンタジー
公爵家に生まれたエリクは転生者である。 4歳の頃、前世の記憶が戻って以降、知識無双していた彼は気づいたら不自由極まりない生活を送るようになっていた。 そんな彼はある日、追放される。 「よっし。やっと追放だ。」 自由を手に入れたぶっ飛んび少年エリクが、ドラゴンやフェンリルたちと気ままに旅先を決めるという物語。 - この話はフィクションです。 - カクヨム様でも連載しています。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

湖畔の賢者

そらまめ
ファンタジー
 秋山透はソロキャンプに向かう途中で突然目の前に現れた次元の裂け目に呑まれ、歪んでゆく視界、そして自分の体までもが波打つように歪み、彼は自然と目を閉じた。目蓋に明るさを感じ、ゆっくりと目を開けると大樹の横で車はエンジンを止めて停まっていた。  ゆっくりと彼は車から降りて側にある大樹に触れた。そのまま上着のポケット中からスマホ取り出し確認すると圏外表示。縋るようにマップアプリで場所を確認するも……位置情報取得出来ずに不明と。  彼は大きく落胆し、大樹にもたれ掛かるように背を預け、そのまま力なく崩れ落ちた。 「あははは、まいったな。どこなんだ、ここは」  そう力なく呟き苦笑いしながら、不安から両手で顔を覆った。  楽しみにしていたキャンプから一転し、ほぼ絶望に近い状況に見舞われた。  目にしたことも聞いたこともない。空間の裂け目に呑まれ、知らない場所へ。  そんな突然の不幸に見舞われた秋山透の物語。

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

魔力0の貴族次男に転生しましたが、気功スキルで補った魔力で強い魔法を使い無双します

burazu
ファンタジー
事故で命を落とした青年はジュン・ラオールという貴族の次男として生まれ変わるが魔力0という鑑定を受け次男であるにもかかわらず継承権最下位へと降格してしまう。事実上継承権を失ったジュンは騎士団長メイルより剣の指導を受け、剣に気を込める気功スキルを学ぶ。 その気功スキルの才能が開花し、自然界より魔力を吸収し強力な魔法のような力を次から次へと使用し父達を驚愕させる。

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

修復スキルで無限魔法!?

lion
ファンタジー
死んで転生、よくある話。でももらったスキルがいまいち微妙……。それなら工夫してなんとかするしかないじゃない!

処理中です...