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第2章 公爵令嬢でもできること

5話 公爵令嬢は今日も婚活ができない

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 とりあえず、ユリエ様をなるべく引き離そうとしますが、うまい具合に絡み合い、離れることができません。

 しかし、このままでは彼女も困るでしょう。適当なことを言えば引きはがせるでしょうか。

「ひとまず起きてちゃんと話し合いましょう? 朝食を食べてからテラスでどうですか?」

「天啓通りに行けば構いません」

 その天啓ってどこまで定まっているのかしら?

 これは話し合いで片付けさせて貰えるでしょうね。

 ユリエ様をひとまず引き離し、エレナに着替えを手伝ってもらいましたわ。シンプルな赤いドレスに着替え、ユリエ様は白いドレスに着替えましたわ。

 寝室に用意された朝食を頂きますと、二人でテラスまで足を運びました。

 テラスには白いテーブルが置かれており、そこに対面で座りましたわ。

 サロンにしなかった理由は、あちらでソファに座ってしまうとユリエ様が問答無用で私の隣にくるだろうと見越したからですわ。

 しかし、このテラスは小さなテーブルに椅子が二つ。当然、向かい合わせに座ります。完璧ですね。

 ですが、サロンに一人掛けのソファも用意しましょう。季節は夏に入る頃。

 湿気がない分、テラスの日陰になる場所は日に当たる場所と違い涼しくなっていますが、いくら公爵家のお屋敷といえども、飛んでいる虫すべては撃退できません。

 屋敷のテラスには、グリーンカーテンとして日の光を遮る目的で植物を建物の外壁に生育させていますが、虫がわくのは何とかなりませんのね。

 ユリエ様は、グリーンカーテンが珍しいのでしょう。仕方ないことでしょう。

 これはレティシア様のご実家が様々な地域から植物に学のある方を招いた際に、東方の国の方から学ばれた知識なのですから。

 我が国でも一部の興味を示した貴族が模倣している状態です。正しくできているかは実は曖昧だったりします。

 木陰のような涼しさは一応ありますって感じでしょうか?

 特に知識のない私からすれば涼しいことはわかるのですが、虫がわく方が問題に感じます。

 説明を受けていた時に花にしたら素敵とかそんなことを考えていたせいですが。

「ユリエ様、まず先ほどの答えなのですが私たちは同姓です」

「国の定めた理では、神の理に背けません。ですから同姓同士でも問題ありません。ですがそうですね。ルーちゃんは今まで異性とつがいになると教育されてきたのですからね。混乱しているのですね」

 混乱しているのはあなたの発言そのものですわ。そもそも私たちはつがいになれませんもの。

 どのように子を産ませるつもりなのでしょう。いえ、そこが問題ではありませんね。

「時間を頂けます?」

「それはできません。あと百九十四日なのですよね?」

「え? 確かに私に残された期間はそのくらいの日数ですが、何故そこまで正確に日数を把握されているのですか」

 それ以前に何故彼女はその話を把握しているのでしょうか。もしかして、公国内でこの話題って有名なのかしら?

「天啓です」

「あなたに理由を求めるのは不毛ですね」

 いつも通り、すました顔にすました声で答えるユリエ様に私はあきらめを感じましたわ。

 彼女に何を聞いても天啓だからで話が済まされる場合が多すぎます。こんな彼女が姫殿下なのはある大問題ですよね。

 彼女はとてもハチャメチャな発言を致しますが、デークルーガ帝国に悪影響が及ぶような真似は、今までありませんでしたと聞いています。

「しかし、百九十四日もあれば十分な時間を頂けると思えますが?」

「いえ、今ルーちゃんは考える時間が欲しいと言いましたが、欲しいのは神子とつがいになるか考える時間ではなく、神子とつがいにならない為に逃げる時間が欲しいのでしょう」

「そ、そんなこと? ありませんわよ? それよりもそう思うのでしたら、天啓以前に私の気持ちがユリエ様に向いていないということでしょう? つがいになるべきではございませんわ」

「いえ、これは神の試練です。ルーちゃんが断ってくることも天啓通りです。ですが、そのような小さいことは、神子とルーちゃんの間には問題ありません。神子が天啓通りに従えば、神子とルーちゃんは結ばれます」

 彼女、ちっとも話が通じませんわ。まだイサアークの方が会話として成立しましたと言いますのに。

 彼は話が通じた上で、こちらを手に入れようとしましたが、彼女は話が通じませんし、最終的には私と相思相愛になれると信じ切っています。厄介すぎます。

 何か、彼女が私の言うことを聞いてくれそうな発言はなかったかしら?

 なんでもいいですわ。とにかく、彼女を納得させるには、彼女の言葉を借りるしかありません。

 そうですわ。あの言葉を使いましょう。

「試練なのですね? 試練といいましたね? では、今回はお引き取りください。これも試練なのです」

「神はそんな試練言いません」

 ダメでしたか。

「神の試練とは?」

「ルーちゃんが神子とつがいになることという事実が、今まで学ばれた常識から外れてしまい、混乱してしまうことです。また、異性を好きになるように教育されてきたことですね」

 異性を好きになるかどうかは、教育でどうこうってものではないと思いますわ。そうですわねよね?

 エミリアさんとかもいますし。

「その試練はいつまでに乗り越えるのかしら?」

「天啓では今日中です」

 なるほど、それは良いですわね。つまり、今日中に私が納得しなければ、彼女は試練を乗り越えられなかったといえば良いのです。

 今日一日無駄にするのは惜しいですが、いつまでも付きまとい続けられることと比べてしまえば、良しとしましょう。

 まだまだ時間はありますもの。

 早急にユリエ様を自国に返して、私は婚活を再開しなければいけません。

 今日中に方をつけて、明日は笑顔で見送って差し上げましょう。

「ではユリエ様? これからお出かけしませんか? 私久しく劇場に足を運んでいませんの」

「そういえば、ルーちゃんは手先を動かす真似は、食事の所作以外全くダメでしたよね。仕方ありません。つがいの趣味とあれば、神子が付きそうべきでしょう」

 エレナはすぐに馬車の手配をし、今日もラウラの姿になっているヨハンネスは、昼食の為のレストランに予約を入れて貰うように書状を用意して貰いましたわ。

 忘れていましたが、ヨハンネスは護衛ですから同行されるのですよね?

 あのメイド服で外を歩ける顔で良かったですわね。いえ、女性の可能性はまだ捨てていませんが。

 馬車に乗り込み、さすがにメイドの格好をしているヨハンネスは御者と同じ席に座らせずに私の横に座って頂きましたわ。

 当然、ユリエ様は反対側の隣に座ってしまいましたが、反対側の座席は誰も座りませんでした。

「ユリエ様、あちら空いていますわ」

「護衛が隣で問題ないのであれば、つがいはもっと近くにいるべきです」

 これは天啓ではないのですね。すべてが天啓で片付く彼女ですが、なんでもかんでも天啓ということにする訳ではない様子ですわ。

 これは自分の意思だというアピールなのでしょうか。

 相変わらずですが、エレナにはお留守番してもらっています。今更ですが、ユリエ様には護衛の方がいませんのでしょうか。

「ユリエ様は我が国に付き人などは?」

「王都に宿泊して頂いています。護衛の方々が神子の為に剣を握るのは帰り道の山中に一回だけと天啓がありましたので、神子についてくる必要はないのです」

 そんなことも天啓でわかってしまうのですね。

 私もダンゴムシを必要な時だけ連れまわす方が良いですから、その天啓は聞こえてきてくれてもいいのですが?

 ヨハンネス自身も襲われるタイミングがわかるのはとても助かりますね。と呟いています。

 そもそも襲われるタイミングが分かったなら、そのタイミングに襲われる場所に行かなければいいのではないでしょうか?

 私が考えた所で、なんの根拠もない天啓のことなんてわかりはしませんけど。

 とにかく今日は適当に私の趣味に没頭して、彼女の試練は失敗してもらいましょう。
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