20 / 42
後編ークリスマス演習編ー
第十九話
しおりを挟む冬の朝は、立っているだけでひどく冷たく体に堪える。肌を刺すような潮風が顔に張り付く港に、集合の号令が響き渡った。
今日は、冬季特別選抜演習ーー通称、クリスマス演習の初日だ。今日からクリスマス・イブまでの三日間、選抜学生たちによる乗艦演習が始まる。
二つの寮の二年生以上の各学年から四人ずつ、計二十四名の候補生。リースも無事試験を突破し、息を白くしながら列の中に立っていた。隣に立つのは、いつもより僅かに表情を強張らせたジュリアン・セインズ。試験前はやや渋っていた彼も、結局参加を決めたらしい。
本来であれば四年の後期に初めて行われる乗艦演習だ。当然、二年生のリースたちにとっては初めての乗艦になる。すぐ隣に見える巡洋艦に、否が応でも浮き足立ってしまう。こんなふうに停泊している軍艦を見たのは一体、いつぶりだろうか。
だが、号令に合わせて胸を張ると前を見れば嫌でも目に入ってしまうーーアーサー・ケインの姿に、少しだけ気が滅入る。その後ろにはエドワード・ペンブロークの姿もあるようだ。
選抜学生を率いて先頭に立つ今日の彼は、一段と近寄りがたい雰囲気を纏っている。リースはそっと目を伏せた。
あれから二週間が経った。アーサーは、あからさまにリースに何か言いたげな表情をすることが多くなった。点呼の時、寮の廊下ですれ違う時。その気配を感じるたび、リースはそれに気付かないふりをしてやり過ごしてきた。これ以上何を言われても、今の自分が受け止められる気がしなかった。
上級生相手に失礼なことをしているという自覚はある。父との繋がりにも興味はある。でも、あまりにショックだった。アーサーが本当は海に興味がないこと。そして、海に行ってほしくない、なんて、全てを否定するようなことを言われたことが。
いっそもう、このままアーサーが卒業してしまえば--全てがなかったことになって、この喉に張り付くような痛みからも楽になれるのだろうか。
「これより今年度冬季特別選抜演習を開始する。各員、選抜候補生であるという自覚を十分に持って行動されたし。
発艦は〇八〇〇。それまでに各自周到に準備を整え、くれぐれも遅刻しないように。繰り返す、発艦は--」
引率の教官が前に立ち、澄んだ空気を割くようによく通る声で言った。その言葉に、すっと背筋が伸びる。
ここまで来たのだ、ようやく。ずっと机の上にしかなかった海が、目の前に迫っている。アーサーの言葉に足を引っ張られている時間はない。自分の道をしっかり見つめて、先に行かなくてはならないのだ。
列の前方から、今回の演習の行程表が配られ始めた。毎年どこの海域に行くかは、これを見るまでわからないらしい。三日間の短い航海ではあるが、海に囲まれたこの王国にはその距離の半径にも様々な演習領域が存在する。今日から二日間の艦内生活を経てその海域に行き、最終日である三日目そこで想定演習を行うのだ。
整然と並ぶ人影の一番奥、いつものように涼しい顔をしたアーサーが一番初めにそれを受け取った。いざ話しかけられそうになると避けてるくせに、こうして遠くから眺めることは前よりも増えたような気もする。あの日官僚になりたいと語ったその口は、リースの肌を滑った熱い指は、本当にあんな形だっただろうか。
--指。
その時ふと感じた違和感に、リースはもう一度目を凝らした。
寒さのためだろうか。アーサーの指が僅かに震えているように見えたのだ。
それに目を凝らしているうちに、リースの手元にも同じ紙が回ってきた。そしてその文言が見えた瞬間、思わずそれを握る指に力が入った。
-三日目-
セントブレア海域での実戦想定演習
思わずもう一度アーサーに目をやった。俯いていて表情はわからない。もし、あの震えがこのためなのだとしたら、一体どうしてアーサーがこれにそんな反応を示すのだろう。リースの父の最期の場所だと知っているからだろうか。それほどの関係だったのだろうか。
軍の船でしか行けない場所だから、リースも実際に行ったことはない。ただ、何度も見てきた。地図で、海図で--写真で。
わずかな不安がリースの胸にたちこめる。そこに一体、どんな景色が広がっているのか。そこに行ったら、自分は一体どんな気持ちになってしまうのか。
「すごいな。めっちゃ本格的じゃん」
その声に、ハッとして声を上げる。いつのまにか整列は終わり、周りには同じ寮から選抜された二年生たちが集まっていた。
セント・エルモ寮から選抜された二年生は、リースとジュリアンと、あともう二人。ネイサン・カーヴァーと、レオン・ランカスターだ。友達の少ないリースは彼らとほとんど話したことはなく、それが実は今回の演習の大きな不安要素のひとつではある。だが、同じ寮の選抜生として三日間を共にする仲間だ。今回ばかりはそんなことも言っていられない。
「うん、みんなで頑張ろうね」
海風が制帽を掠める。四人は、互いの目を見て頷き合った。
121
あなたにおすすめの小説
結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした
紫
BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。
実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。
オメガバースでオメガの立場が低い世界
こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです
強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です
主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です
倫理観もちょっと薄いです
というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります
※この主人公は受けです
転化オメガの優等生はアルファの頂点に組み敷かれる
さち喜
BL
優等生・聖利(ひじり)と校則破りの常習犯・來(らい)は、ともに優秀なアルファ。
ライバルとして競い合ってきたふたりは、高等部寮でルームメイトに。
來を意識してしまう聖利は、あるとき自分の身体に妙な変化を感じる。
すると、來が獣のように押し倒してきて……。
「その顔、煽ってんだろ? 俺を」
アルファからオメガに転化してしまった聖利と、過保護に執着する來の焦れ恋物語。
※性描写がありますので、苦手な方はご注意ください。
※2021年に他サイトで連載した作品です。ラストに番外編を加筆予定です。
☆登場人物☆
楠見野聖利(くすみのひじり)
高校一年、175センチ、黒髪の美少年アルファ。
中等部から学年トップの秀才。
來に好意があるが、叶わぬ気持ちだと諦めている。
ある日、バース性が転化しアルファからオメガになってしまう。
海瀬來(かいせらい)
高校一年、185センチ、端正な顔立ちのアルファ。
聖利のライバルで、身体能力は聖利より上。
海瀬グループの御曹司。さらに成績優秀なため、多少素行が悪くても教師も生徒も手出しできない。
聖利のオメガ転化を前にして自身を抑えきれず……。
平凡なぼくが男子校でイケメンたちに囲まれています
七瀬
BL
あらすじ
春の空の下、名門私立蒼嶺(そうれい)学園に入学した柊凛音(ひいらぎ りおん)。全寮制男子校という新しい環境で、彼の無自覚な美しさと天然な魅力が、周囲の男たちを次々と虜にしていく——。
政治家や実業家の子息が通う格式高い学園で、凛音は完璧な兄・蒼真(そうま)への憧れを胸に、新たな青春を歩み始める。しかし、彼の純粋で愛らしい存在は、学園の秩序を静かに揺るがしていく。
****
初投稿なので優しい目で見守ってくださると助かります‼️ご指摘などございましたら、気軽にコメントよろしくお願いしますm(_ _)m
【BL】『Ωである俺』に居場所をくれたのは、貴男が初めてのひとでした
圭琴子
BL
この世界は、αとβとΩで出来てる。
生まれながらにエリートのαや、人口の大多数を占める『普通』のβにはさして意識するほどの事でもないだろうけど、俺たちΩにとっては、この世界はけして優しくはなかった。
今日も寝坊した。二学期の初め、転校初日だったけど、ワクワクもドキドキも、期待に胸を膨らませる事もない。何故なら、高校三年生にして、もう七度目の転校だったから。
βの両親から生まれてしまったΩの一人息子の行く末を心配して、若かった父さんと母さんは、一つの罪を犯した。
小学校に入る時に義務付けられている血液検査日に、俺の血液と父さんの血液をすり替えるという罪を。
従って俺は戸籍上、β籍になっている。
あとは、一度吐(つ)いてしまった嘘がバレないよう、嘘を上塗りするばかりだった。
俺がΩとバレそうになる度に転校を繰り返し、流れ流れていつの間にか、東京の一大エスカレーター式私立校、小鳥遊(たかなし)学園に通う事になっていた。
今まで、俺に『好き』と言った連中は、みんなΩの発情期に当てられた奴らばかりだった。
だから『好き』と言われて、ピンときたことはない。
だけど。優しいキスに、心が動いて、いつの間にかそのひとを『好き』になっていた。
学園の事実上のトップで、生まれた時から許嫁が居て、俺のことを遊びだと言い切るあいつを。
どんなに酷いことをされても、一度愛したあのひとを、忘れることは出来なかった。
『Ωである俺』に居場所をくれたのは、貴男が初めてのひとだったから。
起きたらオメガバースの世界になっていました
さくら優
BL
眞野新はテレビのニュースを見て驚愕する。当たり前のように報道される同性同士の芸能人の結婚。飛び交うα、Ωといった言葉。どうして、なんで急にオメガバースの世界になってしまったのか。
しかもその夜、誘われていた合コンに行くと、そこにいたのは女の子ではなくイケメンαのグループで――。
セカンドライフ!
みなみ ゆうき
BL
主人公 光希《みつき》(高1)は恵まれた容姿で常に女の子に囲まれる生活を送っていた。
来るもの拒まず去るもの追わずというスタンスでリア充を満喫しているつもりだったのだが、
ある日、それまで自分で認識していた自分というものが全て崩れ去る出来事が。
全てに嫌気がさし、引きこもりになろうと考えた光希だったが、あえなく断念。
従兄弟が理事長を務める山奥の全寮制男子校で今までの自分を全て捨て、修行僧のような生活を送ることを決意する。
下半身ゆるめ、気紛れ、自己中、ちょっとナルシストな主人公が今までと全く違う自分になって地味で真面目なセカンドライフを送ろうと奮闘するが、色んな意味で目を付けられトラブルになっていく話。
2019/7/26 本編完結。
番外編も投入予定。
ムーンライトノベルズ様にも同時投稿。
転生先は、BLゲームの世界ですか?
鬼塚ベジータ
BL
ティト・ロタリオは前世の記憶を思い出した。そしてこの世界がBLゲームの世界であることを知る。
ティトは幸せになりたかった。前世では家族もなく、恋愛をしても、好きな人に好きになってもらったこともない。だからこそティトは今世では幸せになりたくて、早く物語を終わらせることを決意する。
そんな中、ティトはすでに自身が「悪役令息に階段から突き落とされた」という状況であると知り、物語の違和感を覚えた。
このシナリオは、どこかおかしい。
というところから始まる、ティトが幸せになるまでの、少しだけ悲しいお話。
※第25回角川ルビー小説大賞最終選考作品です
病み墜ちした騎士を救う方法
無月陸兎
BL
目が覚めたら、友人が作ったゲームの“ハズレ神子”になっていた。
死亡フラグを回避しようと動くも、思うようにいかず、最終的には原作ルートから離脱。
死んだことにして田舎でのんびりスローライフを送っていた俺のもとに、ある噂が届く。
どうやら、かつてのバディだった騎士の様子が、どうもおかしいとか……?
※欠損表現有。本編が始まるのは実質中盤頃です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる