【本編完結】完璧アルファの寮長が、僕に本気でパートナー申請なんてするわけない

中村梅雨(ナカムラツユ)

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後編ークリスマス演習編ー

第十九話

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 冬の朝は、立っているだけでひどく冷たく体に堪える。肌を刺すような潮風が顔に張り付く港に、集合の号令が響き渡った。

今日は、冬季特別選抜演習ーー通称、クリスマス演習の初日だ。今日からクリスマス・イブまでの三日間、選抜学生たちによる乗艦演習が始まる。
二つの寮の二年生以上の各学年から四人ずつ、計二十四名の候補生。リースも無事試験を突破し、息を白くしながら列の中に立っていた。隣に立つのは、いつもより僅かに表情を強張らせたジュリアン・セインズ。試験前はやや渋っていた彼も、結局参加を決めたらしい。
 本来であれば四年の後期に初めて行われる乗艦演習だ。当然、二年生のリースたちにとっては初めての乗艦になる。すぐ隣に見える巡洋艦に、否が応でも浮き足立ってしまう。こんなふうに停泊している軍艦を見たのは一体、いつぶりだろうか。

 だが、号令に合わせて胸を張ると前を見れば嫌でも目に入ってしまうーーアーサー・ケインの姿に、少しだけ気が滅入る。その後ろにはエドワード・ペンブロークの姿もあるようだ。
 選抜学生を率いて先頭に立つ今日の彼は、一段と近寄りがたい雰囲気を纏っている。リースはそっと目を伏せた。
 
 あれから二週間が経った。アーサーは、あからさまにリースに何か言いたげな表情をすることが多くなった。点呼の時、寮の廊下ですれ違う時。その気配を感じるたび、リースはそれに気付かないふりをしてやり過ごしてきた。これ以上何を言われても、今の自分が受け止められる気がしなかった。
 上級生相手に失礼なことをしているという自覚はある。父との繋がりにも興味はある。でも、あまりにショックだった。アーサーが本当は海に興味がないこと。そして、海に行ってほしくない、なんて、全てを否定するようなことを言われたことが。
いっそもう、このままアーサーが卒業してしまえば--全てがなかったことになって、この喉に張り付くような痛みからも楽になれるのだろうか。

「これより今年度冬季特別選抜演習を開始する。各員、選抜候補生であるという自覚を十分に持って行動されたし。
発艦は〇八〇〇。それまでに各自周到に準備を整え、くれぐれも遅刻しないように。繰り返す、発艦は--」
 
 引率の教官が前に立ち、澄んだ空気を割くようによく通る声で言った。その言葉に、すっと背筋が伸びる。
 ここまで来たのだ、ようやく。ずっと机の上にしかなかった海が、目の前に迫っている。アーサーの言葉に足を引っ張られている時間はない。自分の道をしっかり見つめて、先に行かなくてはならないのだ。
 列の前方から、今回の演習の行程表が配られ始めた。毎年どこの海域に行くかは、これを見るまでわからないらしい。三日間の短い航海ではあるが、海に囲まれたこの王国にはその距離の半径にも様々な演習領域が存在する。今日から二日間の艦内生活を経てその海域に行き、最終日である三日目そこで想定演習を行うのだ。
 
 整然と並ぶ人影の一番奥、いつものように涼しい顔をしたアーサーが一番初めにそれを受け取った。いざ話しかけられそうになると避けてるくせに、こうして遠くから眺めることは前よりも増えたような気もする。あの日官僚になりたいと語ったその口は、リースの肌を滑った熱い指は、本当にあんな形だっただろうか。
 --指。
その時ふと感じた違和感に、リースはもう一度目を凝らした。
寒さのためだろうか。アーサーの指が僅かに震えているように見えたのだ。
それに目を凝らしているうちに、リースの手元にも同じ紙が回ってきた。そしてその文言が見えた瞬間、思わずそれを握る指に力が入った。

 -三日目-
 セントブレア海域での実戦想定演習

 思わずもう一度アーサーに目をやった。俯いていて表情はわからない。もし、あの震えがこのためなのだとしたら、一体どうしてアーサーがこれにそんな反応を示すのだろう。リースの父の最期の場所だと知っているからだろうか。それほどの関係だったのだろうか。
 軍の船でしか行けない場所だから、リースも実際に行ったことはない。ただ、何度も見てきた。地図で、海図で--写真で。
わずかな不安がリースの胸にたちこめる。そこに一体、どんな景色が広がっているのか。そこに行ったら、自分は一体どんな気持ちになってしまうのか。

「すごいな。めっちゃ本格的じゃん」

その声に、ハッとして声を上げる。いつのまにか整列は終わり、周りには同じ寮から選抜された二年生たちが集まっていた。
 セント・エルモ寮から選抜された二年生は、リースとジュリアンと、あともう二人。ネイサン・カーヴァーと、レオン・ランカスターだ。友達の少ないリースは彼らとほとんど話したことはなく、それが実は今回の演習の大きな不安要素のひとつではある。だが、同じ寮の選抜生として三日間を共にする仲間だ。今回ばかりはそんなことも言っていられない。

「うん、みんなで頑張ろうね」

海風が制帽を掠める。四人は、互いの目を見て頷き合った。

 
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