25 / 42
後編ークリスマス演習編ー
第二十四話
しおりを挟むそうしてあっという間に、二日目の朝がやってきた。普段の寮生活より一時間も早いラッパの音に叩き起こされた学生たちは、整列のために甲板に向かっていた。まだ夜の冷気が残る廊下を歩きながら、リースは胸ポケットの中で手をぎゅっと握りしめた。
昨夜のことが、何度も頭をよぎる。本当に嬉しかった。あの後ネイサンとレオンの二人がもう一度謝ってくれたのも、どうでもいいと思っていたはずなのに嬉しかった。初めての艦の上で過ごす夜だという興奮も相まって、昨日はなかなか寝付けなかった。
だが、アーサーの名前を出してしまったことだけは、やっぱり少しだけ後悔していた。必死になかったことにしようとしていた何かを、取り返しのつかない形に変えてしまったような気がしてならなかった。
「おい、リース!こっちだ、もう集合始まってる!」
甲板に出ると、冷たい潮風が顔を打った。朝焼けがまだ赤く、波が光を跳ね返している。ひと足先に集合してい三人が、既に三年生の後ろに列を作って立っていた。艦上は少しざわめいていて、皆今日の訓練に興奮と緊張の入り混じった顔をしている。リースは慌てて彼らに駆け寄って、後ろに並んだ。
「今日の訓練ってなんだっけ」
「配属訓練としか書いてなかったよな」
「実戦もあんのかな」
「さすがにここで砲術とかはないだろ、危ないし」
「じゃあ、航海とか通信とかか……いいな、全然テンション上がるな」
周りで交わされるそんな会話を聞いているうちに、リースもやっと目が覚めてきた。その時冷たい風の向こうから、白いコートの裾を翻して教官が現れた。甲板のざわめきが一瞬で静まりかえり、鋭い声が響く。
「これより、職務体験訓練の配属を発表する。二人組で行動、経験値などを考慮して、四年生は二年生と、三年生は三年生同士で、それぞれの寮監候補生に決めてもらった。では、前に出ろ」
その言葉に、それぞれの寮長が前に出る。
四年生と二年生。その言葉に、なんとなく、胸がざわめいた。
艦長と数名の教官が見守る中、アーサーは整列した学生たちを一人ひとり見渡した。その背筋は微動だにせず、手には名簿の綴り。金色の光を受けた瞳は淡く灰色がかっていて、相変わらず冷ややかに澄んでいる。目は合わない。当然だ。合っても困る。だが、リースの胸に渦巻く嫌な予感が手に汗を握らせる。
ーー頼むから、変なことしないでくれよ。
そう心の中で願った時、アーサーが口を開いて名簿を読み上げ始めた。その声は低く、艦の機関音よりも静かに、しかしはっきりと響いた。
「機関区――ネイサン・カーヴァー、ハロルド・ベインズ、航海制御室――ジュリアン・セインズ、エドワード・ペンブローク」
次々と名前が読み上げられ、列の中に小さな歓声やため息が漏れる。リースは唇を結んだまま、足元の鉄板を見つめていた。
「……整備区――レオン・ランカスター、ヒュー・リード……」
--なんで。
心臓がいっそう早く暴れて、思わずアーサーから目を逸らして地面を見つめた。
「……通信監視区画――リース・ハースト、アーサー・ケイン」
その瞬間、空気がぴたりと止まった。ほんの数秒の沈黙。風が頬を掠める音まで聞こえた気がした。リースは顔を上げられなかった。周りの学生がチラチラとこちらを見ているのがわかる。
「……以上。各自、指示に従い、行動開始」
アーサーは何事もなかったように名簿を閉じ、艦長に敬礼をしてから振り返る。その横顔は冷徹で、ひと欠片の感情も読み取れない。
一体、何を考えているのだろう。こんな周囲をざわつかせるようなことをする人だとは思っていなかった。みんなが見ている。少し優しくなったはずの世界が、また冷たくリースの体に張り付いていく。潮風が頬を刺し、制服の襟がひどく窮屈に感じた。
「……寮長、すごいな。大丈夫か?」
肩を叩かれて顔を上げると、ジュリアンがいた。その表情は心配八割、興味二割と言ったところだろうか。
「……だ、大丈夫……かな……」
「ごめん、僕にはなにもできないけど……がんばれよ」
彼に助けなんて求めても仕方ないのはわかっている。それでも、ポンと肩を叩いて去っていくジュリアンをどうしても引き留めたい衝動に襲われた。
その背中を虚しく見送っていた時、規則正しいブーツの音が近づいてきた。空気を一瞬で張り詰めさせるそれは、顔を上げなくても誰のものか分かる。
「……通信監視区画は、艦尾第二甲板だ。五分後に来い」
アーサーはそのまま踵を返して、背を向けた。艦の上を渡る風が、彼のコートを翻す。白い布が朝焼けを受けて、まるで海霧のように淡く光った。
--勘弁してくれよ。
この二週間、アーサーが何を言いたくて時折リースを見つめていたのか。考えるだけでも、またあの将来を揺るがされるような不安が襲ってくるのだ。だからこのまま逃げ続けていたかったのに、今こんな訓練の場で、どんな顔で隣に立てばいいんだろう。
リースは泣き出したいような気持ちに駆られながら、指定された場所へと歩き出した。
91
あなたにおすすめの小説
転化オメガの優等生はアルファの頂点に組み敷かれる
さち喜
BL
優等生・聖利(ひじり)と校則破りの常習犯・來(らい)は、ともに優秀なアルファ。
ライバルとして競い合ってきたふたりは、高等部寮でルームメイトに。
來を意識してしまう聖利は、あるとき自分の身体に妙な変化を感じる。
すると、來が獣のように押し倒してきて……。
「その顔、煽ってんだろ? 俺を」
アルファからオメガに転化してしまった聖利と、過保護に執着する來の焦れ恋物語。
※性描写がありますので、苦手な方はご注意ください。
※2021年に他サイトで連載した作品です。ラストに番外編を加筆予定です。
☆登場人物☆
楠見野聖利(くすみのひじり)
高校一年、175センチ、黒髪の美少年アルファ。
中等部から学年トップの秀才。
來に好意があるが、叶わぬ気持ちだと諦めている。
ある日、バース性が転化しアルファからオメガになってしまう。
海瀬來(かいせらい)
高校一年、185センチ、端正な顔立ちのアルファ。
聖利のライバルで、身体能力は聖利より上。
海瀬グループの御曹司。さらに成績優秀なため、多少素行が悪くても教師も生徒も手出しできない。
聖利のオメガ転化を前にして自身を抑えきれず……。
Ωの花嫁に指名されたけど、αのアイツは俺にだけ発情するらしい
春夜夢
BL
この世界では、生まれつき【α】【β】【Ω】という性の区分が存在する。
俺――緋月 透真(ひづき とうま)は、どれにも属さない“未分化体(ノンラベル)”。存在すら認められていないイレギュラーだった。
ひっそりと生きていたはずのある日、学園一のαで次期統領候補・天瀬 陽翔(あませ はると)に突然「俺の番になれ」と迫られ、なぜか正式なΩ候補に指名されてしまう。
「俺にだけ、お前の匂いがする」──それは、αにとって最大の禁忌だった。
ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学時代後輩から逃げたのに、大人になって再会するなんて!?
灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。
オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。
ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー
獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。
そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。
だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。
話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。
そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。
みたいな、大学篇と、その後の社会人編。
BL大賞ポイントいれて頂いた方々!ありがとうございました!!
※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました!
※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました!
旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」
ハッピーライフのために地味で根暗な僕がチャラ男会計になるために
ミカン
BL
地味で根暗な北斗が上手く生きていくために王道学園でチャラ男会計になる話
※主人公へのいじめ描写ありのため苦手な方は閲覧ご注意下さい。
学園一のスパダリが義兄兼恋人になりました
すいかちゃん
BL
母親の再婚により、名門リーディア家の一員となったユウト。憧れの先輩・セージュが義兄となり喜ぶ。だが、セージュの態度は冷たくて「兄弟になりたくなかった」とまで言われてしまう。おまけに、そんなセージュの部屋で暮らす事になり…。
第二話「兄と呼べない理由」
セージュがなぜユウトに冷たい態度をとるのかがここで明かされます。
第三話「恋人として」は、9月1日(月)の更新となります。
躊躇いながらもセージュの恋人になったユウト。触れられたりキスされるとドキドキしてしまい…。
そして、セージュはユウトに恋をした日を回想します。
第四話「誘惑」
セージュと親しいセシリアという少女の存在がユウトの心をざわつかせます。
愛される自信が持てないユウトを、セージュは洗面所で…。
第五話「月夜の口づけ」
セレストア祭の夜。ユウトはある人物からセージュとの恋を反対され…という話です。
僕を嫌っていた幼馴染みが記憶喪失になったら溺愛してきた
無月陸兎
BL
魔力も顔も平凡な僕には、多才で美形な幼馴染みのユーリがいる。昔は仲が良かったものの、今は嫌われていた。そんな彼が授業中の事故でここ十年分の記憶を失い、僕を好きだと言ってきて──。
暗殺者は王子に溺愛される
竜鳴躍
BL
ヘマをして傷つき倒れた暗殺者の青年は、王子に保護される。孤児として組織に暗殺者として育てられ、頑なだった心は、やがて王子に溺愛されて……。
本編後、番外編あります。
公爵子息だったけど勘違いが恥ずかしいので逃走します
市之川めい
BL
魔王を倒した英雄によって建国されたグレンロシェ王国。その後は現在までに二人、王家の血を引く者から英雄が現れている。
四大公爵家嫡男、容姿端麗、成績優秀と全てにおいて恵まれているジルベールは、いつか自分も英雄になると思い、周りには貴公子然とした態度で接しながらも裏では使用人の息子、レオンに対して傲慢に振る舞い性的な関係まで強要していた。
だが、魔王の襲来時に平民であるはずのレオンが英雄になった。
自分とレオンの出生の秘密を知ったジルベールは恥ずかしくなって逃走することにしたが、レオンが迎えに来て……。
※性描写あり。他サイトにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる