【完結】完璧アルファの寮長が、僕に本気でパートナー申請なんてするわけない

中村梅雨(ナカムラツユ)

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後編一完結編一

【最終話】第四十話




 それから四年の月日が経った。
 リースはこの六月に特進課程を修了し、次の九月からの配属を待っているところだ。教授に聞いたところ第三艦隊に配属されることになっているらしいが、正式な通達はまだない。夢が叶う気配に胸を躍らせながら、学生生活最後の長い休暇を過ごしている。

 そして私生活の方でも、嬉しい変化がある。交際四年半を迎えた彼と、同棲を始めることになったのだ。しかも場所は、エリオット・ケインが遺したあの別宅である。
 アーサーは家を出る時、叔父がアーサーに遺した遺産だけは全て譲るよう交渉したらしい。さすがに全ては貰えなかったようだが、一体あの両親相手にどんな交渉をしたのか。彼が遺したこの別宅と少なくない金額を勝ち取り、もう何も思い残すことはないと清々しい顔で戻ってきた。
 今は徐々に家具を搬入しながら、新生活への準備を整えているところだ。

「懐かしー。やっぱり、ここから見る海が一番だね」

 昨日庭師に整えてもらったばかりの大きな庭に寝転んで、二人で海を眺める。斜面になっている庭から、美しい弧を描く水平線に沈む夕日が真正面に見える。大の海好きだったエリオットのこだわりが存分に感じられる設計だ。嬉しそうに海を見つめる彼を見つめれば、思わず頬が緩む。やっと帰って来られたのだ。きっと嬉しくてたまらないのだろう。

「お前、本当に覚えてるのか?」
「失礼だな。なんとなく覚えてるよ」

 アーサーの卒業を機に敬語をやめるよう言われて、リースはかなり苦労しながらそれに従った。お互いのキャリアを考えると今後直属の部下になることはなさそうなので、もう彼に敬語を使うことはないのかもしれない。そう思うと、あの同じ寮で過ごした日々がずいぶんと遠く、懐かしく感じられる。
 アーサーは特進課程を修了後、二年の艦隊勤務を経て、彼はこの春から内地への配属となる。ここから車で二時間かけて通勤するらしい。大丈夫なのかと聞くと、港が近いこの別宅からすぐにリースを迎えに行くためだと言われた。偶然配属がそこになりそうだからよかったものの、遠い港だったら使えない言い訳だっただろう。

「散々二人を見送った港に、今度はお前を見送りに行くんだもんな。時の流れを感じる」
「まだ正式に決まってないんだから、あまり期待させないでよ」
「お前なら大丈夫だ。自信を持て」

 優しく髪を撫でられて、くすぐったさに身を捩る。すると今度はそっと唇が落ちてきた。月日を経てますます精悍になった彼の顔は相変わらず美しくて、いまだに近くに寄られると少し緊張する。アーサーは嬉しそうに笑って、体を起こした。

「夕飯にするか」

 この四年半で知ったことがたくさんある。アーサーはとても献身的だ。家事全般お手のものだが、特に料理が上手い。肉より魚の方が好きで、自分で魚を捌くこともできる。交渉も上手い。今朝も近くの市場で大きなスズキを値切って安く購入していた。そしてそういう王族らしからぬ所作の多くは、おそらく叔父から学んでいる。

 二人で大きなダイニングテーブルを囲み、アーサーの作った料理を食べる。これからここに帰って来るのかと思うと、なんだか不思議な気持ちになる。この二年は住む場所も離れていたし、その前は同じ寮に住みつつも完全に上下関係のはっきりした関係だったので、これから母ではなく彼にただいま、と言う回数が増えるのだと思うと、どうにも体がむず痒くなる。これが大人になるということなのだろうか。

 夕食を終えた二人は、リビングのソファに並んで座り、リースの淹れたコーヒーを口に運んでいた。これだけはリースの方が得意ーーかどうかは置いておいて、せめてこれくらいはしなければと思いながら、ここに来てからの一週間、毎食後にせっせと豆を挽いている。
 静かにカップを置いたアーサーが、不意にぽつりと言った。

「そういえば、エドワードとカイルがついに契りを結んだらしいぞ」

 何気なく放たれたその言葉に、リースは激しくむせ返った。

「えーっ、本当!?」
「ああ。この前会った時に言っていた」
「続いてたんだ……」

 彼らのことを最後に見かけたのは、アーサーたちの学年の卒業式の日だった。カイルは相変わらず皆の中心で盛り上がっていて、エドワードはそれを横目で見ながら呆れていた。いつもの構図だと思いながら、卒後どうするのか、そもそもどういう関係なのかは結局聞けずにいたが、まさか番になったとは。

「彼、今第三艦隊だよね?」
「ああ」
「来年度からも?」
「そう聞いている」
「ってことは……番になったオメガで初?」
「知ってる限りではそうだな」

 番になったオメガは内勤。かつて、リースを縛っていた言葉だ。それをエドワード・ペンブロークは、あの日艦上で彼自身が言った通り、華麗に破ってしまったらしい。

「何をむくれてるんだ」
「いや……。先越されたなーと思って……」

 そう言うとアーサーはリースの頭に手を乗せ、嗜めるように言った。

「まあ、もう少しだな」

 リースは少し不貞腐れながらも、素直に頷いた。付き合い始めてすぐの頃に決めたのだ。番になるのはお互いに十分成熟して、キャリアが軌道に乗ってからだと。艦隊に必要な人材だと認められれば、きっと胸を張って番として生きていけるだろうと。
 だが、パイオニアというものはやはり格好いい。できれば自分がいちばん最初でありたかったような気もするが、まあ、相手がエドワードならば仕方がない。彼には今も薬のことでアーサー伝てに世話になっている。九月からは直属の上司になる可能性も高い。

「いいじゃないか。どうせ一生一緒にいるんだから。契りがそんなに大切か?」
「大切だよ。アーサーにもいつも我慢させてるし」

 特にヒートの時期の性交はアーサーにとっては拷問のようなものだろう。全身でリースのうなじを求めているのが分かる。だがそこに指や舌でなぞられることはあっても、歯を立てられたことは一度もない。それがどれだけの努力の上に成り立っていることか、リースにはよく分かる。リースの方だって興奮すると、彼に噛まれたくて堪らなくなるからだ。
 アーサーはリースをちらりと一瞥したあと目を逸らし、小さく咳払いをした。

「……我慢なんてしてない。愛してるから……大切にしたいだけだ」

 四年半一緒にいて、気付いたこと。アーサーはこういう台詞を吐く時、きっと少し無理をしている。本心でないという意味ではない。見かけによらず自然に言えるタイプではないため、言おうと思って気を張ってから、頑張って言っているのだ。照れを精一杯に隠しながら格好つけて言う彼が愛おしくて、思わずクスリと笑ってしまう。 

「僕も愛してるよ」

 そう返せばすっかり照れ隠しのポーカーフェイスも崩れ去り、目を泳がせて赤面する。やっぱり、この表情がいちばん好きだ。一生慣れなければいい、と思う。
 庭に面した大窓は少しだけ開いていて、その隙間から遠くの波音を静かにリビングに運んでくる。
 すっかり日は暮れた。リースは彼の頬に手を添え、そっとその唇に口付けた。






















ー『完璧アルファの寮長が、僕に本気でパートナー申請なんてするわけない』 完ー

感想 5

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みんなの感想(5件)

はりやま いと
2025.11.22 はりやま いと

完結おめでとうございます。
なんというか、とてもかっこいいBLで、痺れながら読んでいました…!
演習のシーンはハラハラとしましたし、ふたりを取り巻く友人たちも個性的でとても素敵でした。
おもしろくて夢中になれるお話をありがとうございました。

2025.11.22 中村梅雨(ナカムラツユ)

完結までお読みいただき、本当にありがとうございました!そう言っていただけてとても嬉しいです。その言葉を励みに、これからも精進して参ります💪

解除
かわうそ
2025.11.05 かわうそ
ネタバレ含む
2025.11.06 中村梅雨(ナカムラツユ)

とっても嬉しい感想ありがとうございます😆励みになります!
そろそろ終盤ですので、ぜひ最後まで見届けていただけると嬉しいです☺️

解除
ぺたる
2025.10.25 ぺたる

一息に前編を読ませていただきました。もだもだグルグルしちゃうリースの心情が丁寧に書かれていてリアルに感じられます。アーサーもリースに対しては思ったよりもずっと手探りで、等身大の若者なんですね。自分の心に振り回される2人はどんな未来に進むのでしょう…!

細かい事で恐縮なのですが老婆心ながら一点あげさせてください。エドワードとリースが会話するシーンで「紅茶を啜る」という表現が気になりました。日本でお茶を啜るのは普通の事ですが日本以外では結構なマナー違反ですので。お気軽ナーロッパ作品ではよく見かける言葉ですが、作者様の精緻な世界観には勿体無いと思いました。

後編も楽しみに読ませていただきます!

2025.10.26 中村梅雨(ナカムラツユ)

感想とご指摘ありがとうございます!励みになります。
その通りですね、また時間のある時に直しておきますね!😭

解除

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