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第16章 どうやら金剛は八虐の謀反のようです。

孤独で完璧な正義

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 しばらくの間、呆れながら笑っていた金剛であったが、彼は大きなため息をついたかと思うと冷静な表情に変わった。

「……………皆のための行動か。フッ、笑わせてくれる」

冷静な表情は殺意に満ちた顔となり、俺の頬に衝撃が走る。
奴は俺の頬を殴った。
武器ではない。その拳で奴は俺を殴ったのだ。

「確かに周りがいなければ主人公は存在しない。引き立て役がいなければ、それはドブのようになる。
だがな………。皆のために行動?」

今度は金剛は自らの手に剣を召喚し、再び俺に斬りかかってくる。
負けじと俺はその振りかざされた刃を再度五円ソードで防いだ。
先程戦った時よりも金剛の腕には力が込められている。
しかし、それは押さえつけているといった行動だ。

「貴様の人生の主役は貴様だ。死んでいった者はそういう結末を迎える役。貴様の居場所は、舞台。貴様だけが気にする事ではない。
なのに何故1人で背負う?」

剣と剣とが弾きあう。
だが、金剛からの攻撃は重く。それは今までの冷徹な感情ではない。
想いを怒りを乗せた苦悩の一撃であった。

「何故、他者のために自らを削ぐ。そんな未来は破滅しか生まない!!!」

再び、金剛の剣を防ぐ。
俺は剣を握りしめて金剛に立ち向かった。
受け流す。受け流す。受け流す。
それでも、金剛の怒りは止まることを知らない。

「貴様を輝かせる他者への行動は思いやりではない。貴様自身への酔いだ。誰かを救う主人公(じぶん)に酔っている。他者のために行動する背中に憧れている。
だがな。行き過ぎた正義はいずれ腐り落ちる」

一撃一撃が重く。五円ソードで受け流すのがやっとの状況である。
何度も、何度も、何度も、何度も、金剛は腕を止めることもなく。ただ、振るい続けてきた。

「【皆の事を想った行動】それが正義だと?   正義は他者を重んじる行動ではない。正義とは勝者だ。勝者を慕い、人は寄ってくる」

正義に呑まれすぎた男の叫びや悔やみ。
それが剣と剣とがぶつかり合う音と金剛の感情が混ざり響き渡るように感じた。

「そんな人のために自分のすべてを捨ててきた。
自分の居場所さえも捨てて人を救った。
それでも、救った者が悪だった。助けを乞いた者が悪だった。みんな欲に溺れて狂った。
正義など、簡単に塗り染められる汚される白と同じ」

金剛は自らが経験してきた事を吐き出すように訴えてくる。
彼の言葉は刃を振るう力となって、俺にのし掛かってくる。

「【皆の事を想った行動】など、結局は自分の自己満足のための手段。俺はそれを自ら体験してきた。俺は他者を救い自らを壊し、そんな他者も壊れた。なら、俺は……なら俺はなんのために戦ってきたといえる?」

彼の持つ苦悩。
それを剣筋に乗せて打ち込む。

「俺の存在意義はない。自らの権力を味あわず、皆の事を想った行動を取り続けてもお前は幸せになるのか?
俺はそんな想いをする前に、同じ信念を持つ者を慈悲で殺してきた。それはお前も同じだ。
こんな辛い想いを、俺以外に味あわせたくなかった」

何度も何度も、剣を振るう。
その刃が砕けても、また新しい剣を呼び出し振るう。
それはここまで諦めなかった俺への慈悲であった。
俺を殺すというのは命の話でもあり、生き様の話であった。
これから、苦しむことになるかもしれない青年への元ヒーローからの最後の教え。
世界を一度救った英雄だからこそ、経験できない悪夢。
それを俺が経験する前に金剛は警告してくれている。

「だが、貴様は諦めない。お前に見せた俺の後悔を知り得ても、足を止めることもしない。
まだ信じているのか?   まだ目を背けているのか?
お前が逃げても誰も責めない。お前が逃げても世界は変わる。お前が進む未来に安息などない。
それでも平穏な安息を求めるなら、この場で死んでおくが吉と言うものだ!!!」

金剛の口から語れる最後の罵倒と共に、俺の胸に斜めに切り込まれる傷痕。
金剛の剣は俺の皮膚を斜めに切り裂いたのだ。



 【皆の事を想った行動】など、結局は自分の自己満足のための手段。
この先の未来に安息などない……。
金剛の言葉には、俺に突き刺さる言葉が数々と並べられていた。
確かにここまでの金剛の熱弁はすべて真実だろう。
先程、気絶していた時に見たあの光景もすべて彼の体験してきた事だ。
俺のような意思を持った正義が打ち砕かれて崩壊する。
関係のない話とは思えなかった。同情せざるおえなかった。
似ていた。だから、同じではなく似ていた。
でも、彼と俺には何かの違いがある……。
ただ1つだけ何かが違う。
そんな類似点だからけの人生に、相違がある気がするのだ。何かがあいつと俺の間に違いがある。そう感じてならなかった……。
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