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二人の生活

第006話

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「二人来るとは……聞いてないが?」
 目の前にいる二人のアンドロイドを前にして、今日面接をしてくれることになっているおじさんは驚いていた。コメットには、容易に想像できた反応だ。
 おじさんの名前は分からない。どこにも名札を点けていないし、名刺のようなものだって渡されていない。
「すみません。同居人が昨日職を失ってしまって……」
「お手数をおかけしますが、よろしくお願いします」
 二人で一緒に深く頭を下げる。
「まぁ、手は足りてないから、いいけど」
 そう言いながら、おじさんは建物の奥へと入っていってしまう。
「こっちきて」
 振り向きもせずに、手招きで二人を呼ぶ。感じが悪いなと思いながらも、二人のわがままに付き合ってもらっているため強いことも言えず、二人は先をいくおじさんの後を追った。
 お昼休みで皆外出中なのか、あるいは今日は休みの日なのか、建物の中にヒトの気配はなかった。あるのは所狭しと並ぶ工業用機械たちだ。ハービーが言うには、ここは壊れた機械を修理する工房らしい。小さな家電製品や工業用機械、ロボットはおろか、アンドロイドさえも扱っているらしい。繁盛しているのかどうかはさだかではないが、さきほどおじさんが「手は足りてない」と言っていたから、正直厳しいのかもしれない。もしかしたら、今は誰も務めてすら居ないのかもしれない。そんなことを、コメットは推察した。
 薄暗い廊下を数分歩いて、ようやく事務所等が入っている一角へと案内された。案外広い。扉に設けられた小さな窓から少し覗いてみると、部屋の中は大変散らかっており、部外者にはどこになにがあるのかわかりそうにない。部外者ではなくなったとき、きちんと教えてくれるのだろうか?
「座って」
 一番奥にある小さな部屋をあけて、入るように促された。ふたつの会議机が平行に置かれ、それをはさんで向かい合うように簡素な折りたたみ椅子が四つある。コメットとハービーが同じ側に座ると、扉をしめたおじさんが向かい側に座った。
「履歴書ある?」
 おじさんがタブレットを取り出すのとほぼ同時に、ハービーが超近距離通信を用いて二人分の履歴書を送る。おじさんは黙ってそれを見つめる。時々眉間にしわがより、首を動かさないまま鋭い眼光で二人の方をぎょろりと見る。そのたびに二人は、居心地の悪さを感じる。
「ハービンジャーさんは、職業経験はない?」
 面接は突然始まった。まずはハービーからのようだ。しかし、その言葉の裏にどこか馬鹿にしたような空気を感じる。それを分かってか分からずか、ハービーは答えた。
「家の雑務……いわゆる家事というやつをやりながら、機械工学の勉強はしていました」
「それでこちらに?」
「はい。簡単な機械なら、自分たちで使える程度に直したこともあります」
「ふーん」
 それからも二人のやりとりは続く。中にはハービーに対して失礼じゃないかという質問もいつくかあったが、ハービーは声色一つ変えずに、淡々と答えていく。コメットはそれを横でじっと聞いているしかなかった。最初に一応コメットの履歴書にも目を通していたが、本命はやはりハービーであるようだ。無理もない、機械に関する知識が自分の体に関する最低限のことしかないコメットと、独学ながら簡単な修理なら既にやってのけてしまうハービーとでは、後者の方が欲しい人材に決まっている。
「なるほどね……」
 一通り話しを終えたのだろう。おじさんがタブレットを指でスワイプする。おそらくコメットの履歴書に改めて目を通しているのだろう。コメットは背筋を伸ばして、飛んでくるであろう質問にそなえた。
「コメットさんは、こういう仕事は初めて?」
「はい」
「以前の仕事は……」
 カタカナで書かれたコメットの旧職場に眉をひそめる。たしかに、それだけではわからないかもしれない。
「風俗店です」
 コメットのそれを聞いたおじさんは、眉間にしわを寄せたままこちらを凝視した。
「……セクサロイド?」
「いえ。汎用型です」
「……汎用型ねぇ」
 タブレットを机の上に放り出して、おじさんが腕を胸のまで組む。
「なんで汎用型が、風俗なんかに?」
 確かに一般的なヒトの認識からしたら、風俗店に対して(実はこっそり利用しているとしても)あまり良い印象は持たないだろう。ましてやそれがアンドロイドの話になろう物なら、なおのことだろう。世間一般として、風俗店は捨てられたアンドロイドや行き場のないアンドロイドの行き着く最後の仕事場と認識されている。でも、私は違う。
「ヒトに必要とされている仕事だと思ったからです」
 戦中、そして戦後の混乱の中、人々はまださまざまなストレスに日々さいなまれている。それらから一時的にでも解放されるために、彼らは風俗を利用する。その一瞬だけでもいい。コメットはヒトに必要とされていたかった。必要とされていなければ自我を持つアンドロイドとして生まれた意味は無いとさえ、考えている。
「ここも、ヒトに必要にされているところだと、そう言いたいのかい?」
「そうです。どの仕事でも、ヒトはそれを必要としています。だからこそ、続けてこられたんじゃないですか?」
「嬉しいこと言ってくれるねぇ」
 首を振りながら、今度は指を互い違いにくんで、机の上にそっと置く。おじさんの目がまっすぐにコメットを見る。
「でもね、世界は変わったの。あの戦争から」
 おじさんは語り出した。
「人々は今、AIが搭載されていない機械の時代へと戻りたがっている。最近うちに持ち込まれるものを見てもそうだ。アンドロイドなんて、もう必要とされてないんだよ」
 それは当のアンドロイドが目の前にいながらにして言うことなのだろうか。そんなことを考えながら、コメットは反論する。
「でも、あなたはこうやってアンドロイドに対しても求人を出しているし、大戦後、一部の人権だって認められました」
「だからだよ。今はまだアンドロイドに対する賃金は安くていいってなってるけど、それもいつまで続くかわからない。いつまでもそんな危ないヒトを抱えるなんて、体力のあるとことじゃないと不可能だ」
「だったら」
「お前の務めてた風俗が潰れたのが、何よりの証拠じゃないか」
「それは……!」
 コメットは言い返そうとしたが、それが現実だった。人が来なくなった。そしてランニングコストが上がった。メアリーさんは優しい言葉で送り出してくれたが、現実を包み隠さずいえば、そういうことなのだろう。そんなことは、コメットにも分かっていた。分かっていても、考えないようにしていた。自分の存在理由すらも、否定することになりかねないから。
 おじさんが深い溜め息をつく。
「それに、風俗あがりのアンドロイドなんて、うちのイメージダウンにも繋がるし、あまり雇いたくないんだよね」
 その一言は、完全にコメットを黙らせてしまった。自分が必要とされていないことを、はっきりと言われてしまったから。コメットは硬く口を結んだ。
「じゃぁ、もういいです」
 代わりに声をあげたのは、ハービーだった。椅子から立ち上がり、固まっているコメットの腕を掴む。
「行こう、コメット。他をあたろう」
「でも……!」
 コメットはなにかを言いかけたが、ハービーはそれに構わず腕を引っ張る。そのまま部屋の扉を開けて乱暴に出て行ってしまう。
「ちょっとまって!」
 コメットはなんとかハービーの腕を振りほどき、後ろを振り返り、
「ありがとうございました」
 震える声でなんとかそれだけ言うと、深々と頭を下げた。どれだけ相手になにを言われてしまっても、突然押しかけてしまった身としては、それだけは言っておきたかったのだ。
「ほら、早く行くよ」
 再びハービーがコメットの腕を掴む。先ほどよりもより強く握る。もう絶対に離さない。そういう意思をコメットは感じた。
「どこ行っても同じだぞ!」
 後ろから面接をしてくれたおじさんの声が聞こえた。それから逃げるように、コメットはハービーと一緒に走り、古くさい建物を後にした。
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