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学園4年生編

◼️憂鬱な合宿

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「ラサーニュ…ブラジリエと何かあったのか?」

「いえ、何も?」

「そ、そう…?」

 そうです!と言いながら、セレスタンは布団を頭まで被る。


「(全くもう!!女だって分かってる相手の風呂覗くか普通!?絶対許さん!!)」

 
 あの後ジスランはエリゼの手により連行されて行ったが…騒ぎを聞きつけた他の生徒も集まってしまった。
 その為セレスタンは急いで上がり、部屋まで逃げ帰って来たのである。


「(うーん…ブラジリエがラサーニュのシャワーを覗いたって噂になってるんだが…男同士で覗くも何も無いよなあ…。でもなんか怒ってるし…覗きじゃなくて、喧嘩か?)
 じゃ、じゃあもう灯りを消すから。おやすみ」

「…おやすみなさい」


 部屋が暗くなり、少し冷静になったセレスタンは顔を出す。
 寝なくてはならないのだが…チラッと右を向けばパスカルが。15歳の乙女として、男性と同室で眠るというのは抵抗がある。

 昼間の疲れもあるが、一向に眠気はやって来ない。暫くするとパスカルの寝息が聞こえてくるが…彼女は深夜になっても、眠れずにいた。


「(……せめて…セレネを抱いていれば、眠れたかな…)」


 結局朝になるまで、浅い眠りを繰り返すだけなのであった。



 昼間は授業で剣を振るい、食事中も入浴中も部屋でも休まる時は無く。少しずつ…疲労は蓄積されていった。





「セレス様…酷い顔色です、隈も…」

「お前、寝てないのか?…って、眠れる訳もないか…今日は休んだらどうだ?」

「……いや…大丈夫。そもそもドゥーセ先生が許可するとは思えないし…」


 合宿が始まり1週間ほど。彼女の疲労はピークに達していた。エリゼとバジルに心配されるも、なんとか牛乳だけ飲み立ち上がる。
 ちなみにジスランは初日にシャワーを覗いて以来、セレスタンの半径10m以内に近付く事を禁止されているのである。
 ただし昨日からサバイバル特訓の為、合宿所を離れているのだが。

 疲労、ストレス、睡眠不足…色々な要因が重なり、セレスタンはすでに限界だった。


「(今日は午前中だけで、午後は休みだし…そうしたら、誰もいない所で寝よう…。セレネが見張りをしてくれれば大丈夫。あと、半日頑張ろう…!)」




 なんとか力を振り絞り、練習用の木剣を持ち広場に向かう。だが…


「!セレス様っ!?」


 全員揃い、朝のランニングが始まろうという時に…セレスタンはとうとう倒れてしまったのだった。
 咄嗟にバジルが抱き留めるも、彼女は真っ青な顔で浅い呼吸を繰り返すのみ。
 周囲は騒然としたが…

「軟弱だなあ、剣はそこそこ振れるようだけど…無能は何をやらせても駄目だったんだな」

 という誰かの言葉を皮切りに、彼女を嘲笑する声が広がった。


「セレス様!!僕の声が聞こえますか!?」

「そんなんやってる場合か!簡易医務室に連れて行くぞ!」

 バジルが揺さぶるも、セレスタンは目を虚ろにさせて声も届いている様子が無い。バジルが持ち上げ、急いで列を離れようとするも…


「おい!!!何をやっているんだお前達は、今から走り込みだろうが!!」


 そこに立ちはだかったのが、若い教師のドゥーセだった。バジルがセレスタンが倒れたから医務室に連れて行くと言っても…


「そんなもの、その辺で少し休ませておけば治るだろうが!!そもそもそのような軟弱さで騎士が務まると思っているのか!?
 お前達は今目の前で主君が危険に晒されていたとして、「具合が悪いんで動けません」とか言うつもりか!!?
 わかったら適当に転がして、早く走りに行け!!!」

「………!!(この様子を見て、放っておけば治るだと!?もう我慢出来ない…!)」

 
 我慢の限界を迎えたバジルが、全てを失う覚悟で声を上げようとした瞬間…横から怒声が響き渡った。



「貴様の目は節穴かこのクソ教師が!!いいからそこを退け!!!」

「!?ラブレー、教師に向かってなんだその口の利き方は!!」


 エリゼが目を吊り上げ、鬼の形相でドゥーセを睨み付けているのだ。

「黙れ!!教師がそんなに偉いか?生徒の安全確認も出来ないような無能が!!!根性論など時代遅れも甚だしいわ!!!
 そも主君の命だあ?そんな重要な任務に、体調不良者を任命する貴様のような愚かな上官がいてたまるか!!」

「な、おま…!」

 ドゥーセはエリゼの勢いに圧されているのか、口を開くも言葉になっていなかった。



「(………ラブレー…怒ってる…?なんで…)」



 意識が朦朧とする中、セレスタンは僅かにエリゼの声を拾っていた。


 つい最近まで彼女にとってエリゼは、妹の友人で…自分にはやたらと厳しい言葉を投げかけてくる嫌な奴だったのだが。
 どうやら今は、自分の為に声を荒げているのだと…そう理解出来た。


「(……あり、がと…)」



 ドゥーセはエリゼが相手をしている隙に、バジルがセレスタンを抱えて走って行く。


「騎士を志す者がそのような屁理屈を…」

「誰が騎士になるっつった!!忘れるな、ボクらはただの学生だ!!!熱血根性合宿がしたかったら全員強制参加などやめてしまえ!!!」

「ラブレー!それ以上はお前の立場が悪くなるだけだぞ。気持ちは分かるが抑えて…」

「知るか!!!ボクはな、こういった馬鹿垂れが幅を利かせているのが我慢ならないんだよ!」


 パスカルが間に入るも、エリゼは止まらない。元々短気な彼は、こうなると言いたい事を全てぶち撒けるまで落ち着かないのだ。
 それこそ途中で止められるとしたら、皇族か彼の祖父くらいなものだろう。皇族もこの場に1人いるが…腕を組み状況を観察しているだけだった。
 

「ボクの立場がなんだ、退学にでもするか?上等だ!!貴様のような低脳に頭を垂れねばならんのなら、学園だろうと国だろうとこっちから捨ててくれるわ!!
 ボクほどの天才を欲しがる国なんざいくらでもある!!その場合この国はボクという至高の宝を失う羽目になるがな!!!
 やってられっかこんなモン!!ボクに剣なんて向いてないわ!!こちとら魔術の専門家だボケェ!!!」

 最終的に彼は、木剣を地面に叩き付けた。そしてスッキリしたのか、ドスドスと足音を立てながらバジルの後を追うのであった。


 お前…自分が授業受けたくないだけじゃ…と数人の生徒が思ったが、言葉にする勇者はいなかった。



 その後は誰もが呆然としていたが…もう1人の教師が仕切り直しをして、今日の授業は始まったのだった。




 ※※※




「おいゲルシェ教諭!!ラサーニュの様子はどうだ!!」

「ノックしろよお前…ったく。
 静かに寝てる。今まで同じように何度も医務室に運ばれて来たが…今回は特に酷えな。何日寝てないんだ?枕が変わると寝れん派か?」

「………恐らく、合宿が始まってからずっと…まともに眠っていないかと…」

「はあ?」

 
 エリゼがバターン!!と簡易医務室の扉を開ければ、ベッドに横たわるセレスタン。側に座るバジル、その隣に立つ養護教諭・ゲルシェの姿があった。
 ゲルシェは2人にコーヒーを差し出しつつ状況を聞く。



「…………ほーん。事情は言えないが、ラサーニュ兄は他人が同じ部屋にいると就寝出来ないと。
 ……合宿はあと5日程。ルシアン…殿下と部屋を交代して、個室にするしかねえか」

 相手によっては「甘えるな!」と一蹴する話ではあるが、ゲルシェはしなかった。
 彼女の人柄をよく知っているし、バジルの様子からして本当に深刻そうだったからだ。

「はい……それが一番、望ましいのですが…」

「あの殿下が聞いてくれるのか?」

「(きちんと事情を話しゃ、聞くと思うがなー。俺から言っとくか)とにかくラサーニュ兄は俺が見とくから、お前らは戻れ。寝ている今、出来るこたねえよ」

 ゲルシェは2人を追い出そうとするも、彼らは動こうとしない。
 バジルは心配だと言い、エリゼはもう授業に参加するつもりは無いとのこと。

 そんなエリゼには、ゲルシェの拳骨がお見舞いされた。


「い…っつ~!何するんだ!!」

「阿呆が。ドゥーセ先生の言葉は確かに過ぎているが…俺から学長に報告しとくから、サボりは許さねーぞ」

 おら出て行け!!とゲルシェがドアを開けようとノブに手を掛けると…外側から開いた。
 その所為でよろめいた彼は、廊下にいた人物を確認すると目を丸くした。

「ルシアン…?お前、ラサーニュ兄と仲良かったか…?」

「いや。会話した事も無い」

 それはゲルシェの甥っ子でもあるルシアンだった。彼はずかずかと部屋に入り、戸惑うエリゼ達も無視してセレスタンの眠るベッドに近付き見下ろした。

 暫く無言で寝顔を見ていたが…くるっと振り向きバジルに目をやる。


「私と彼の部屋を交換する。お前はラサーニュ家の使用人だろう、彼の荷物を纏めろ」

「え?は、はい!」

「それとラブレー。マクロンに「私と同室が嫌なら野宿しろ」と伝えろ」

「……はい」

 2人は普段「我儘皇子」「顔だけ皇子」「出涸らし皇子」と呼ばれるルシアンの言葉に疑問を抱きつつも言われた通りにする。
 彼らが出て行った後、ゲルシェはドアを閉めてルシアンに向き直った。


「部屋の交換はこっちから頼もうと思ってたが…いいのか?」

「そもそも私は、最初から「個室がいい」なんて言った覚えは無い。勝手に決めたのは教師だろう。
 …それより叔父上は、気付かないのか?」

「へ?何に?」

「セレスタン・ラサーニュの秘密」

 秘密?とゲルシェは首を傾げる。秘密…努力を隠しているところ?ではないだろう。じゃあ…と、どれだけ考えても分からなかった。
 
 ルシアンはその様子を見ながら、何を思ってかセレスタンの髪を撫でた。


「……私も荷物を纏める」

「お、おう」



 ルシアンは自分の部屋に歩を進め…立ち止まる。廊下の窓から、授業を受ける生徒達の姿が見えたのだ。


「どいつもこいつも、節穴ばかりか。
 あのような可憐な男がいてたまるか…」


 その呟きは、誰にも届かない。






 その後山を降りてきたジスランは、セレスタンが倒れたと聞き医務室に飛び込んだ。
 そして事情を知ると…膝を抱えて落ち込んだ。

「コイツ一体どうしたんだ…?」

 エリゼの問いには、バジルが答える。今はゲルシェも席を外しており、医務室内にはセレスタン含め4人のみ。

「えっと…その…数年前までジスラン様は、ドゥーセ先生と似た考えをセレス様に…押し付けていたのです」

「うぐっ」

「ああ…ボクも聞いたな。ヘロヘロになったラサーニュに追い討ちをかけたり、軟弱な!とか言って責めてたとか」

「うぐはっ」

 バジルとエリゼの口撃に、ジスランのライフはジワジワと削られていった。

 その鬼指導も…とある事件を切っ掛けに減少し。セレスタンが女の子だと知ったバジルが「どうかこれ以上、セレス様を追い詰めないでください!!!」と涙ながらに土下座して完全にやめたのだ。

 なので数週間前ジスラン本人が彼女の正体を知ってしまった時、ようやくバジルの本意を理解した。
 同時に…今すぐ自分自身の首を斬り落としたい程に後悔したのだった。



「俺も…ドゥーセ先生と同じだ…!他者を思い遣る事も出来ない、自分の理想を相手に押し付けて自分が正しいと思い込むクソ野郎」

 そんな風に自分を責めるジスランに、エリゼはため息混じりに声を掛けた。


「…お前は間違いに気付けたんだから、それでいいじゃないか。人間っつーのは迷って間違えて後悔して…傷付いて成長する生き物だろーが。
 ……ボクだってコイツに、散々酷い事を言った。今更取り消す事も出来ないが…謝罪して、赦しを乞う事は出来る。赦されるかどうかは別だが。

 だから…ラサーニュが目を覚ましたら、ボクは謝るよ。今まで「シャルロットの寄生虫」とか、「根暗」だなんだ言ってきた。……彼女には、そう生きる道しか無かったのにな…」


 エリゼはそう言い残し医務室を出る。
 ジスランは未だ落ち込んでいるが…「俺も、ちゃんと謝る。赦されなくてもいいから…!」と、少しだけ前向きになったようだ。

 バジルはそんなジスランの姿を見て…ふと、気になった事を聞いてみた。


「ジスラン様は…セレス様の事を、好いていらっしゃいますか?」

「…は!?いや、最近まで男だと思っていた相手だぞ!!?そんな訳…!」

 ジスランは誤魔化そうとしたが…バジルの真剣な眼差しを見て、静かに答えた。

「…………ああ。好きだ。初めて会った時から…ずっと…!!」

「…やはり…そうですか…。その上で言わなくてはならない事がございます。
 セレス様はすでに…将来を約束した相手がいます」

「………はあ!!?そ、んな…!まさかお前が!?」


 ジスランは狼狽した。セレスタンが女性だと判明した今、彼は求婚する気満々だったからだ。
 それがすでに相手がいる?そんなの…認められるはずが無かった。

 バジルの両肩を掴むも、彼は静かに首を振った。


「僕ではありません。誰かも言えません。
 ですが…もしもあの日、あの時。涙を流すシャルロットお嬢様を放置し…セレス様の後を追えば。
 彼女を慰めたのが僕であったら…今頃、僕が隣に立っていたかもしれないのに…と…思うのです」


 
 そうだ。あの時グラスではなく…自分が。セレスタンを優しく抱き締め、甘い言葉を囁けば。


『僕と一緒に逃げましょう。絶対に、僕がお守りします!
 卒業するまでに仕事や住居を決めて、生活基盤を整えて。落ち着いたら…どうか、僕と結婚してくださいませんか?
 ずっと…初めてお会いしたあの日からずっと、お慕いしておりました…!』


 と、言ったなら?



「そんな浅ましい想いで…大切な友人なのに「グラスおまえがいなければよかった。そうすれば、彼女が頼れるのは僕だけだったのに…!」という感情を一瞬でも抱いたのです。
 僕は…醜い人間です。それでも…セレス様の幸せを願う心。これだけは…失いたくないんです…!
 幸せにするのが、僕でなくても…。彼になら、安心してセレス様を任せられるから…!」

「…………………」

 バジルは涙を流しながら、胸の内を吐露した。
 自分の手で乱暴に顔を拭う彼の姿を見たジスランは…ゆっくりとバジルの肩から手を離す。


「……そう、だな…。俺にも……彼女に求婚する資格なんて、無いよな…。
 出来るのは…幸せを願う事、だけ……だ…」

 そう力無く呟き…眠るセレスタンの顔を見た。
 
 もしも等言い出してしまえばキリが無い。だが、もしも最初から知っていれば…彼女と結ばれたのはきっとジスランだろう。もしも、もしも……
 

 もしもこうしてバジルと話さなければ…ジスランは、狂ってしまっていたかもしれない。
 いざ求婚してみれば、もう好きな人がいると本人にきっぱり言われたら…認めたくなくて激昂し、彼女に襲い掛かる可能性だってあった。
 その場合セレネが止めただろうが…互いに心に深い傷を負っただろう。
 


 ジスランはセレスタンの髪を優しく撫で…一筋の涙を流しながら、言葉を紡ぐ。


「セレスタン・ラサーニュ様。俺は、初めて会ったあの7歳の時から…ずっと貴女をお慕いしていました。愛して、いました。
 俺は…誰よりも、貴女の幸せを願っています。これからは…その時が来るまで、友人として貴女を守ります。どうか、それだけはお赦しください…」

 これがジスランの、最初で最後の告白だった。
 セレスタンの髪にキスをして、その体を持ち上げた。部屋の準備が整ったので、個室に移すのだ。



 部屋のベッドに寝かせ、ジスランとバジルは部屋を出ようとしたら…足下を、小さな犬のような毛玉が通って行った。


「セレネ…」

「?知っているのか?」

「あ、はい!セレス様の頼もしい守護者ですよ」

 そんな話をしながら、彼らは部屋の鍵を閉める。
 

「……シャーリィ。ごめんな、セレネが側にいたのに…。
 あの時エリゼが声を上げなければ、セレネがあの男を喰い千切ってやったのに。
 もう大丈夫、ゆっくりとお休み…」


 セレスタンの頬を舐めながら、セレネはそう囁いたのであった。



 ※※※



 結局セレスタンが目を覚ましたのは、丸1日経ってからだった。
 ただ彼女は…嫌な夢でも見たのか、泣いていた。

「シャーリィ…?」

「セレネ…僕ね…変な夢見た…。
 僕は前髪は短くて、それでいて髪は長く。同じように合宿に参加しているのに…僕はずっと楽しげで。
 ジスラン、バジル、ラブレー…マクロン、何故か殿下。それと…グラスに良く似た誰かと…笑い合って、いた。なんか釣りとかしてたし…。
 なんで…?もしかして、あれは僕の願望…?分からない…!!」

 その日セレスタンは、セレネを抱き締めて泣き続けたのであった。





 ドゥーセはどうなったのかと言うと。


「ドゥーセ先生…儂は具合の悪い、怪我をした生徒は速やかに医務室に連れて行くよう指示した筈だが?
 誰の、許可を得て。勝手な発言をしたのか…分かっているのか…?」

「も…申し訳ございません…!!ですが、そ」

「言い訳はいらん!!今すぐ荷物を纏め学園に帰れ!!!」

「ひぃ…!分かりました、元皇国騎士団総団長殿っ!!!」

 叱責されたドゥーセは、クザンの勢いに呑まれ逃げ帰った。
 そして空いた中級組の指導者だが。


「出番ですよ、殿下」

「あの…俺養護教諭なんだけど?医務室守んなきゃいけな」

「怪我人病人が出たら戻ればよろしい。貴方は今も欠かさず剣を振るっているでしょう。さあ」

「さあって…お前、昔から変わんないな…」

 ゲルシェは学生時代、当時総団長を務めていたクザンに指南を受けていた。一切の容赦も手加減も無く相手をしてくれたお陰で、彼はメキメキと上達していったのだが。

 何年経ってもクザンにとって、ゲルシェは弟子のようなもの。しかも今彼は皇族を抜けている。その為このように、時として師弟のように振る舞うのであった。


「まあ…あと4日だし…はあ。
 ところでクザン、なんで今年急にシャワールームが増築されたか知っているか?」

「…………学長の指示です。生徒の為…とのこと。まあ以前から要望がいくつかあったので、丁度いいと仰っていました」

「………ふうん?」


 クザンは前もって、学長からセレスタンの事情を聞かされていた。

 その為彼女を気にはしていたのだが…残念ながら上級組に入る程では無かった。
 上級であれば、常に自分が目を光らせていられたというのに、だ。

 ただしセレスタンは、技量だけでいえば上級者であると言える。今も尚、毎日の鍛錬を欠かしてはいないからだ。ただ…心が伴っていない。
 騎士になりたい、強くなりたい、誰かを守りたい…そういった心。

 今彼女が鍛えているのは、己とグラスを守る為だけ。それ以上は手に余る…と思っている。




 そんなセレスタンが目を覚ませば、真っ先にジスランがやって来て勢い良く土下座した。
 今まで申し訳無かった、許してくれなくていいから…守る事だけは許可して欲しい、との事。
 そしてエリゼも謝罪した。今までの暴言、悪かったと。

 セレスタンは、そんな2人を許した。それでも…


「……僕は、君達と親しく出来ないよ…。バジルも、ルネさんも、ロッティ…も…。
 だからどうか、ロッティをお願いね。僕がいなくなった後も…」


 合宿が終わり、いつもの日常に戻れば…また彼らとは距離を置く生活に戻るだろう。

 セレスタンはこれからも、他人を拒み続ける。何故かと言えば…最愛の妹を拒絶しておきながら、他の人間を受け入れるなど。自分で許せないからだ。

 徹底的にシャルロットに嫌われる為、悪人を演じてみせる。それこそが、今のセレスタンの目標なのだ。


「それと…胸揉んでごめんなさい!!俺の右手が勝手に…!この右手が!!」わきわき

「忘れろーーーっ!!!!」




 ※※※




「…あ、殿下…」

「ん…?」

 合宿から数日経った放課後。セレスタンはルシアンと誰もいない教室で邂逅した。
 彼女はずっと、言わなくてはならないと思っていた事がある。


「殿下…合宿で部屋を変わっていただき、ありがとうございました。お陰でぐっすり眠る事が出来ました」

「……ああ。気にするな」

 
 ルシアンはそれだけ言うと、教室を出た。


「(彼も周囲に色々言われているけど…前から、どうにも嫌いになれないんだよな…。
 優秀なお兄様達と比べられている、っていう…仲間意識だろうか。何か、決定的に違う気もするけど)
 まあいいか。どうせ…住む世界が違うんだもの。もう、話す事も無いだろう…」



 そんな彼らが並行世界においては…親友になっているなどと。信じる者はいないだろう…。


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