捨てられた中ボス令嬢だけど、私が死んだら大陸が滅ぶらしいです。

雨野

文字の大きさ
1 / 34
序章

目覚め

しおりを挟む


 呼吸を乱し、何度も足をもつれさせながら私は走る。
 恐怖で心臓は激しく鼓動し、震える手足を叱責して動かす。

 見通しの悪い夜の森。後ろから、熊が迫っているのだ。
 強力な分足が遅いのが救いだが…すぐに意味はなくなる。

 何不自由無い貴族の娘に生まれた私が、逃げ延びる術なんてある訳がない。


 どうしてこうなったのだろう。涙で視界が滲む、悔しさで頭が熱くなる。


『セレスト。出来損ないのお前はもう要らない』


 これは走馬灯というヤツなのか、数時間前まで父だった男が脳裏に浮かぶ。


「はあ、はあ、あっ!?」

 考えごとをしていたら、木の根に足を取られて…ああ、もう終わりだわ。

「は…あはは…っ」

 立ち上がる気力なんてない。


 グオオオォッ!!

 迫り来る鋭い爪が…やけにスローモーションに感じる。
 お願い、もしも神様がいるのなら。どうか…苦しまず、一瞬で楽にしてください…

 諦めてぎゅっと目を閉じる。すると…


 ギャアアァッ!!?


 え?何今の、断末魔のような声は?



'…こっわ~!わたし生きてる?よかった~…!'


 …?頭の中に、誰かの声が響く。
 女性で、とても軽快な口調で。どこか…懐かしさを覚えるような。

 いえそれよりも、痛みがいつまで経ってもやってこない。
 獣の臭いや呼吸音まで消えた…恐る恐る目を開ければ。さっきまで熊がいたはずの場所に…黄金の砂が山となっている…?


'ねえこの身体の持ち主さん、まだ通じないかな…'

 ?キョロキョロと周囲を見渡すも、私以外の人間はいない。まるで、頭の中に誰かが住んでるみたい。


「…あの。あなたは誰?」

'おっ!んとね~…わたしはもう1人の貴女かな?'

「……どういう事?私は、私よ?」

'説明が難しくてさ…とにかく、どこか安全な場所に行かない?'


 私は恐怖でどうにかなってしまったのかもしれない。
 でも…少しだけ、寂しさは薄まった。
 妄想でも幻聴でもなんでもいい。1人でいたくない…


「移動するにしても…腰が抜けてしまって立てないの」

'そりゃあんな大熊に追われればね…。じゃ、『バリア』って言ってみて'

「…?『結界バリア』」


 大人しく復唱すると…


 キイィ…ン


 何…?風で木々が擦れる音。不気味な鳥の鳴き声。川のせせらぎ…それらが世界から消えてしまった。
 一瞬で耳が痛くなる程の静寂に襲われたのだ。


'おおすごい。半径50メートルに結界張っちゃったよ!'

「結界…?まさか、魔法?」

'そうだよ。だって貴女は…偉大な魔法使いなんだもの!'




 魔法。それは限られた者しか扱えない、奇跡の力。



 私…セレスト・ティアニーは伯爵令嬢だ。
 ティアニー家は代々優秀な魔法使いを輩出してきた名家で、王室からの信頼も厚い。

 魔法を使うのに必要な魔力。これは遺伝して生まれつき体内に持つ。
 それが判明するのは生後100日の時。神殿にて検査をするのだ。
 だが必ず受け継がれるものではなく、父も祖父も持っていない為、平凡な人間と変わらない。

 私だってそうだ。それでも同じく魔法使いの家系の男性と結婚すれば、子に遺伝されるかもしれない…


 それなのに。


「私は…ティアニー家を追い出されたのよ。何故かわかる?」

'……貴女のお母さんが亡くなったから…だよね?'

「そうよ!お母様は…出身は没落しかかっていた男爵家だけど、強い魔力を持つ魔法使いだった。その為父と政略結婚を…それは貴族として仕方のないこと」

 だけど先日…お母様は病で亡くなった。
 お母様を愛していなかった父は、葬儀が終わった次の日には愛人を家に迎えた!


「しかも、私より2つ下の娘を連れてね…。その子は微量ながらも魔力を持っていたから、晴れて可愛くない娘はお役御免。
 父はお母様にそっくりな私を、ずっと嫌悪していたもの。
 自分の手で殺すのは流石に後味が悪いから、猛獣が多く棲息するこの森に捨てたのよ!!」

'………………'


 はあはあ と、肩で息をする。ああ…本当に、頭がおかしくなったみたい。
 どうかしてるわ…妄想相手に。
 なんとか身体を動かし、大きな木に寄りかかって一息。


 …その愛人は、父が本当に結婚したかった女性。
 もう何代も魔法使いが生まれない為、泣く泣く彼女と別れてお母様と結婚した。
 衰退しきっているティアニー家は、魔法の名門以外何も無いから。過去の威光を取り戻す為だけに。

 だからお母様のことを、愛し合う2人を引き裂く悪女!なんて思っていたのでしょう。
 それで生まれた私も、魔力を持っていなかったから…

「いくら可愛くない娘でも、世間体もあり伯爵令嬢として育ててきた。
 でももう終わりね。きっと今頃、私は家出なんかで片付けられているでしょう。
 必死に探してるフリをしてると思うと、笑っちゃうわ」

'……貴女には魔法という心強い武器がある。生活には困らないよ'

「ああ…それ。あはは、魔法なんて使える訳ないじゃない。だって私は、出来損ないのセレストだもの。
 さっきの熊も、この結界も何かの間違いよ」

'…まあその辺は追々ね。それより寝床を作ろうよ。冷たい地面の上に横になるの、嫌でしょ?'

 簡単に言ってくれるわね、本当に…


「ねえ…あなた、名前は?」

'わたし?'

「他に誰がいるのよ」

 もうあなたの正体なんてどうでもいい。ただ、名前が無いと呼びづらいじゃない。


'……眞凛'

「マリン?素敵な名前ね」

'…ありがと。貴女のことも、セレストって呼ばせてもらうよ'




 私は母を亡くし、父には捨てられ、熊に殺されかけて。
 人生どん底、終わった…と思ったけど。


 このマリンとの出会いが、私の運命を変えることになる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令嬢だったみたいなので婚約から回避してみた

22時完結
恋愛
春風に彩られた王国で、名門貴族ロゼリア家の娘ナタリアは、ある日見た悪夢によって人生が一変する。夢の中、彼女は「悪役令嬢」として婚約を破棄され、王国から追放される未来を目撃する。それを避けるため、彼女は最愛の王太子アレクサンダーから距離を置き、自らを守ろうとするが、彼の深い愛と執着が彼女の運命を変えていく。

悪役令嬢の心変わり

ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。 7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。 そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス! カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!

悪役令嬢に仕立て上げられたので領地に引きこもります(長編版)

下菊みこと
恋愛
ギフトを駆使して領地経営! 小説家になろう様でも投稿しています。

わんこ系婚約者の大誤算

甘寧
恋愛
女にだらしないワンコ系婚約者と、そんな婚約者を傍で優しく見守る主人公のディアナ。 そんなある日… 「婚約破棄して他の男と婚約!?」 そんな噂が飛び交い、優男の婚約者が豹変。冷たい眼差しで愛する人を見つめ、嫉妬し執着する。 その姿にディアナはゾクゾクしながら頬を染める。 小型犬から猛犬へ矯正完了!?

女の子がほとんど産まれない国に転生しました。

さくらもち
恋愛
何番煎じかのお話です。 100人に3~5人しか産まれない女の子は大切にされ一妻多夫制の国に産まれたのは前世の記憶、日本で亭主関白の旦那に嫁いびりと男尊女卑な家に嫁いで挙句栄養失調と過労死と言う令和になってもまだ昭和な家庭!でありえない最後を迎えてしまった清水 理央、享年44歳 そんな彼女を不憫に思った女神が自身の世界の女性至上主義な国に転生させたお話。 当面は2日に1話更新予定!

十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!

翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。 「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。 そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。 死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。 どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。 その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない! そして死なない!! そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、 何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?! 「殿下!私、死にたくありません!」 ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼ ※他サイトより転載した作品です。

記憶を失くして転生しました…転生先は悪役令嬢?

ねこママ
恋愛
「いいかげんにしないかっ!」 バシッ!! わたくしは咄嗟に、フリード様の腕に抱き付くメリンダ様を引き離さなければと手を伸ばしてしまい…頬を叩かれてバランスを崩し倒れこみ、壁に頭を強く打ち付け意識を失いました。 目が覚めると知らない部屋、豪華な寝台に…近付いてくるのはメイド? 何故髪が緑なの? 最後の記憶は私に向かって来る車のライト…交通事故? ここは何処? 家族? 友人? 誰も思い出せない…… 前世を思い出したセレンディアだが、事故の衝撃で記憶を失くしていた…… 前世の自分を含む人物の記憶だけが消えているようです。 転生した先の記憶すら全く無く、頭に浮かぶものと違い過ぎる世界観に戸惑っていると……?

うっかり結婚を承諾したら……。

翠月 瑠々奈
恋愛
「結婚しようよ」 なんて軽い言葉で誘われて、承諾することに。 相手は女避けにちょうどいいみたいだし、私は煩わしいことからの解放される。 白い結婚になるなら、思う存分魔導の勉強ができると喜んだものの……。 実際は思った感じではなくて──?

処理中です...