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第32話 目覚めて

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「何を言ってるのか判らないよ!」

「うわぁ!」

 私の叫びに驚いたような声が重なり、私は目を開けた。

「い……いきなり動くから驚きましたよ。おはよう、お嬢さん」

 私は荷馬車の荷台に乗せられていた。
 これは一体……。

「えっと……?」

「あまりに目を覚さないので王城の医者に診てもらおうと思いまして。アイリスさんを荷台に乗せた所で目を覚ました流れです」

「姉ちゃん!」
「姉さん!」

 弟達2人が駆け寄って飛びついてくる。
 余程心配させてしまったのだろうか……2人の頭を撫でながらエーゲルさんに尋ねる。

「えと、私はエーゲルさんとお話ししていて……」

「ええ。そのまま倒れて昏倒され、丸1日眠られていたのです。更にハクさんまで見当たらなくて皆が心配していたんです」

「吾輩は今まさにこの世から旅立ちかけているのである」

 お腹の辺りがモゾモゾと動く。

「そろそろ限界なのである。潰れるニャー!」

 プロイとニュクスが私から離れると大きく息を吐く聖獣の姿があった。

「あれ、モフモフいつの間に!」

「……気付かなかった」

 私はハクを肩に乗せて荷台から降りる。
 さっきのは夢……だったのだろうか。
 いや、丸一日も眠っていたというのならただ気を失っていたという訳では無いと思う。

「まあまあ、取り敢えずアイリスさんが目を覚まして良かった。ずっと眠っていたからお腹も空いているでしょうし、家に戻りませんか?」

 エーゲルさんの言葉で揃って家まで戻ることになった。

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 家の外ではまだお酒を飲んだり談笑している気配がする。
 私は休む事を勧められて自室で横になっていた。

「アイリス、少し良いであるか?」

「待ってたよ、ハク。私も話したかったの」

 ドアを開けてハクを招き入れる。
 部屋に入ったハクは月明かりに照らされた椅子に飛び乗り、私が寝台に腰掛けるのを待っていた。

 割とはっきり物を言う筈のハクが、私を見つめるばかりで中々口を開かない。
 月の光を受けたハクの目が銀の宝飾品のように見える。

「……珍しいよね? ハクがそんなに悩むの」

「そうであるか? これでも思慮深く生きているつもりなのであるが」

 ようやく少しだけ空気が弛緩した気がする。

「……今回のアイリスの不調は吾輩のせいである。すまん……」

「どうして? 私が勝手に倒れて……」

 ハクがゆっくり首を振る。

「聖女になったから、なのである。いや、目覚めてしまったからであるな。吾輩と契約していなければ……すまぬ」

 項垂れるようにするハクの言葉が飲み込めない。
 私が聖女として目覚めたから不調に?
 でも、前世でそんな事は無かった……と思う。
 少なくとも残っている記憶の中では無かった。

「吾輩の言葉を聞けば、アイリスは面倒事に巻き込まれるかも知れん……いや、確実にそうなると吾輩は思っている。だから、何も聞かずに吾輩との契約を解いてはくれないか?」

「何を言ってるの?」

「そうだぞ、ちゃんと解るように言わないと伝わらないじゃないか」

「えっ」

 振り返ると窓に張り付いているプロイが居た。

「プロイ! 何してるの……まさかニュクスまで居ないでしょうね」

 プロイが腕を上げると襟を掴まれたニュクスが姿を現す。

「すみません姉さん。盗み聴きするつもりでは無かったのですが……」

 襟を掴まれたまま項垂れるニュクスと悪気を全く感じられないプロイを見て溜息を吐く。

「もういいから……家に入ってらっしゃい。ハク、一緒に話をして良いかな?」

「……そうであるな。その方が……」

 一応念のためにハクの目を見て伝える。

『但し転生についての話題は無しでね』
「判っているのである』

 頭の中に響くハクの声には何か苦い物を感じた。
 その後何故かハクの指名で呼ばれたエーゲルさんも到着して、全員が揃う。
 テーブルを囲んで座った私達に向けて、覚悟を決めたような顔でハクが言った。

「北の国と戦争になるかも知れんのである。……いや、恐らくそうなるのである」

 ハクの一言は私達を驚かせるには十分な物だった。
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