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第二章 第四部 おかえり、ただいま

 9 ベルの怒り

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 ベルは今度はシャンタルの胸元、絹のドレスを何枚も重ねたそれを、ぐいっと掴んで引き寄せた。

「おまえなあ! 大体こっち来る時だって黙って来ようとしただろうが、え? 巻き込みたくない? ざけんなよ! おれらのことなんだと思ってんだ、え? どんだけなめてんだよ!」

 ものすごい剣幕であった。

 まさか、ベルがシャンタルにこんなことをするなど、トーヤも、兄のアランも思いもせず、どちらも言葉もなくその光景を眺めるしかなかった。

「なあ、おまえな、おれらのことなんだと思ってんだよ、言ってみろよ! おれのことダチだって言ったよな? おまえはダチのことそんなバカにした目で見んのかよ? 神様ってのはそんなに偉いのか? なあ、言ってみろよ!!!!!」

 シャンタルは抵抗もせず、されるがままになっている。
 ベルは手を緩めず、自分より体格のいいシャンタルを持ち上げんばかりの勢いで、胸元を締め上げた姿勢のままだ。

「神様ってのは大体人間様より偉いもんだがな……」

 トーヤがなんとなくそう言う。

「ああっ!?」

 シャンタルをひっつかむ手は緩めず、燃えるような視線をトーヤに向けた。

「すみません!」

 思わずトーヤがそう言って謝るが、

「トーヤはどう思ってんだよ!」

 と、矛先がトーヤに向いた。

「ど、どうって?」
「こいつだよ、シャンタルだよ!」
「いや、だからどうって」
「こいつ、おれらのことそんな風に見てたんだぜ? 悔しくねえのかよ、え!」

 今まで激怒していたベルの目からみるみる涙が盛り上がる。

「おれらがな、仕事終わって金もらったら、もう用済みんだって言うんだよな。そんで、自分はもう関係ない、とっとと帰れ、そう言ってんだよ!」
「ベル……」

 アランが燃え盛る妹をそっと見つめる。

「そんな、そんなこと言ってんだぜ? なあ、トーヤは、兄貴はどう思う? 許せるか? こんなこと。人のこと、人の、こと、ほんとに、どう思って……」

 そう言うなりシャンタルを突き放すようにし、その場にしゃがみこんで激しく泣き出した。

「ベル……」

 アランが近づき、そっとベルの肩に手を置いた。

「悔しい……」

 ベルがしゃがんで膝を抱えた姿勢でそう言う。

「おれ、もっと、シャンタルに、信用されてると、思ってた……」
 
 しゃくりあげながら続ける。

「けど、けど、こいつは……おれらのこと、全然、信用してなかったんだよ……どうでもいいんだよ……」

 声を殺しながら静かに泣く。

「許せねえよ……情けないよ……」

 ベルがそう言ってすすり泣く。

「ベル」

 トーヤが近づいて隣にしゃがむ。

「そうじゃねえよ」
「なにがだよ……」

 かすれる声でベルが聞く。

「こいつはな、色々と難しい立場なんだよ。色んなもんの間でな」
「…………」

 ベルが黙ってトーヤの言葉を聞く。

「こいつは神様と人間の間にいる、そんでここに帰ってきてみたら家族がいる、そんで俺たちもいる。な? 色々と考えねえといけねえ立場なんだよ、そこんところ、おまえだって分かってるだろ?」
「…………」

 ベルは答えない。

「こいつがどんだけおまえのこと好きか、おまえだって分かってるだろ? だからこそ、そう言っておまえのこと傷つけないようにしたかったんだよ。そんでもって、こっちの家族のことだって大事なんだ。そしたらな、自分から俺らのこと、切り離すしかねえじゃねえか」
「そんな……」
「俺らをこの国から離しておいて、そんで、自分一人で家族のこと守るつもりなんだよ。な、そうだろ?」

 トーヤが顔を上げ、グシャグシャになったドレスを着てじっと座っているシャンタルに言う。
 シャンタルは答えない。

「こいつな、俺が会った時は本当に今よりもっとなーんも考えてなくてな、そのへんの話はしたろ?」

 黙ってベルが頷く。

「それがここまで考えるようになったんだよなあ。よく育ったもんだ。そんで、その育つの助けたのはおまえだ、分かってるか?」

 黙ってベルが横に首を振る。

「おまえな、分かれよ」

 そう言ってトーヤが軽くベルの頭をはたいた。
 やさしく、やさしく、痛くないように、そうして何かを伝えるように。

「こいつ、ずっと奥様の中でじっと色々考えてるんだよ、信じられねえかも知れねえけどな」

 トーヤがベルの頭をいつものようにぐしゃぐしゃと撫でまくる。

「……分かんねえよ……」
「え?」
 
 ベルが小さな声でつぶやくように言い、トーヤが耳を寄せて聞き返す。

「分かんねえ、って言ってんだよ!」
「わっ!」

 いきなり耳元で大きな声を出されたもので、トーヤが慌てて顔を離した。

「おまっ、いきなり、耳割れるじゃねえかよ!」
「分かんねえ、って言ってんの!」

 ベルが涙でぐしゃぐしゃになった顔でトーヤを睨む。

「おれだってなあ、そんなことぜーんぶわかってんだよ! その上で情けねえ、そう言ってんだよ! トーヤこそ分かってねえ!」

 ふん、っと立ち上がり、耳を押さえているトーヤを見下ろす。

「こいつの家族だったらな、おれらの家族も同然じゃん! だったらほっとけるわけねえだろ! それも含めて情けねえんだよおれは! そう言われてそうですかってあっち戻ると思われてる、そこが情けねえんだよ! おっさんこそ分かれよな!」
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