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第三章 第三部 ベルと神殿
18 シャンタル語る
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今までも色んな不思議なことを見て、色んな不思議な話を聞いてきた。
だが今聞いたこと、具体的にシャンタルが何をどう見ていたかを聞いて、残りの者はただ黙るしかなくなっていた。
いつもは受け身で自分から何かを話そう、何かをやろうということに乏しいシャンタルが、今日は自分から次々と話をするのもまた不思議に思えた。
「ずっとね、草原がある。そこに私は立っていて、マユリアの草原と、それになんて言うのかな、同じところにあるけどない、重なってるのとも違うかな、同時に存在しているラーラ様の草原にも立っているんだ。そしてそれだけが世界の全てだった。マユリアとラーラ様と私だけが」
「わけ、わっかんねえ……」
弱々しくベルがやっとのようにそう言い、シャンタルがいつものベルの口癖に、クスリと一つ笑った。
「だろうね。だけど、例えるならそうとしか言いようがないんだよね」
そうしてまた一人、言葉を続ける。
「そこにいるとね、二人が見ているもの聞いているもの、そんなものが空気のように自然に自分のものになるんだ。人って、どうやって息をしているかとか意識してないでしょ? そんな感じ。見ようと思って無くても見えて、聞こうと思ってなくても聞こえてる。ただ」
そこでシャンタルがふっと言葉をと切らせた。
「そのことにどんな意味があるかとかは分からなかった。たとえばその聞いた言葉がうれしい言葉だとか、悲しい言葉だとかの区別はね。感情というものは感じたことがなかったんだ。それを初めて感じたのは、あの時、食事係のセレンがね、なんて言えばいいのかな、初めての感情を私にぶつけてきて、それでこの世界には感情というものがある、そう分かったんだ」
「あの時の……」
その時、その場にいたミーヤがそう言った。
「うん。それまではみんな私を神としてしか見てくれていなかったから、そうだなあ、尊敬とか畏れ敬うとか、そういう気持ちしか知らなかったんだよ。気持ちとも思ってなかったな。さっき言った空気がそれで、それが流れていただけだったんだよ」
ミーヤも黙ってシャンタルの次の言葉を待つ。
「セレンはミーヤに対して怒っていた。なんでおまえがここにいるのか、ってね。そして同時に不安に思っていた。私みたいなシャンタルがいることをずっと不安に思っていたんだよね。このシャンタルが次のマユリアになって、この国は、そして、自分のように宮に誓いを立てた者がどうなるんだろうって。今だから、色々な感情に接して自分にも感情があると知った今だから分かるけど、あの時は何がなんだか分からなかった。今までそんな感情をぶつけられたことはなかったからね」
「シャンタル……」
あの時のことをミーヤも思い出していた。
「それでその草原とマユリアとラーラ様、それ以外のものがあるんだって初めて思った」
「ちょ、ちょっと待てよ」
ベルが話を止める。
「トーヤは? それより前にトーヤのことを、奇妙ななんかがいるって見に行ってたんだろ? トーヤのことは自分以外の何かだって思ったんじゃねえの?」
「トーヤはね、またなんだろう、むずかしいなあ……」
少し黙り、考えるようにしてから続けた。
「トーヤも何か奇妙な存在とは思ったんだけど、自分とは別のものだという意識がなかった気がする」
「ってことは、マユリアやラーラ様と一緒みたいな?」
「ああ、ちょうどそういう感じかな。もう一人の自分がいるみたいな」
「おいおい」
思わずトーヤがそう言う。
「どうしてそこに離れているんだろう? みたいな?」
「えーこんなおっさ、いで!」
どんな時でも突っ込みを忘れないベルと、それに対するお仕置きを忘れないトーヤだった。
「まあ、だから、トーヤは何か特別なんだよ、そのあたりが。だから、私が初めて知った感情というものは、セレンがぶつけてきた不安と怒り、戸惑い、そんなものだったな。そして、それから私を守ろうとしてくれていたミーヤの気持ち。そんなものがあって、それでこの先に自分以外の何かが存在している、そう思って見たいと思って見ていたら、オレンジ色がね、目に飛び込んできたんだ」
オレンジはミーヤの色である。
『昇る朝陽の色』
どうして自分だったのかとミーヤが問うた時、マユリアが謳うように口にしたその言葉。
「昇る朝陽の色」
今度は淡々とシャンタルがそう口にする。
「私にもその色がはっきりと見えたんだ。多分、初めて目にした色がミーヤのオレンジだった。そして、その色の人が見えてきて、私の頭の中にあった名前とぴったりと重なったんだよ。だから、聞いたんだ」
「ええ、ええ、そうでした」
『みいや?』
まだ話し慣れていない口で、たどたどしくミーヤの名前を口にしてくれたあの瞬間を、ミーヤは終生忘れぬだろうと思った。
「初めて私の名前を呼んでくださいました。ミーヤは決して忘れません」
思い出したのか、ミーヤの目が潤む。
「ええ、忘れません。そして、今でもあの時の気持をどう説明していいのか分かりません。思い出すだけで胸が……」
ミーヤはそう言うと、表現できない気持ちをそっと手で押さえて見せた。
「ありがとう」
シャンタルがミーヤににっこりと笑いかけた。
透き通るような美しい笑顔であった。
――――――――――――――――――――――――――――――
諸事情により本日からしばらくの間一日一回の更新になります。
お話の続きを楽しみにしてくださる皆様には大変申し訳ありません。
できるだけ早く元のペースに戻れますように。
だが今聞いたこと、具体的にシャンタルが何をどう見ていたかを聞いて、残りの者はただ黙るしかなくなっていた。
いつもは受け身で自分から何かを話そう、何かをやろうということに乏しいシャンタルが、今日は自分から次々と話をするのもまた不思議に思えた。
「ずっとね、草原がある。そこに私は立っていて、マユリアの草原と、それになんて言うのかな、同じところにあるけどない、重なってるのとも違うかな、同時に存在しているラーラ様の草原にも立っているんだ。そしてそれだけが世界の全てだった。マユリアとラーラ様と私だけが」
「わけ、わっかんねえ……」
弱々しくベルがやっとのようにそう言い、シャンタルがいつものベルの口癖に、クスリと一つ笑った。
「だろうね。だけど、例えるならそうとしか言いようがないんだよね」
そうしてまた一人、言葉を続ける。
「そこにいるとね、二人が見ているもの聞いているもの、そんなものが空気のように自然に自分のものになるんだ。人って、どうやって息をしているかとか意識してないでしょ? そんな感じ。見ようと思って無くても見えて、聞こうと思ってなくても聞こえてる。ただ」
そこでシャンタルがふっと言葉をと切らせた。
「そのことにどんな意味があるかとかは分からなかった。たとえばその聞いた言葉がうれしい言葉だとか、悲しい言葉だとかの区別はね。感情というものは感じたことがなかったんだ。それを初めて感じたのは、あの時、食事係のセレンがね、なんて言えばいいのかな、初めての感情を私にぶつけてきて、それでこの世界には感情というものがある、そう分かったんだ」
「あの時の……」
その時、その場にいたミーヤがそう言った。
「うん。それまではみんな私を神としてしか見てくれていなかったから、そうだなあ、尊敬とか畏れ敬うとか、そういう気持ちしか知らなかったんだよ。気持ちとも思ってなかったな。さっき言った空気がそれで、それが流れていただけだったんだよ」
ミーヤも黙ってシャンタルの次の言葉を待つ。
「セレンはミーヤに対して怒っていた。なんでおまえがここにいるのか、ってね。そして同時に不安に思っていた。私みたいなシャンタルがいることをずっと不安に思っていたんだよね。このシャンタルが次のマユリアになって、この国は、そして、自分のように宮に誓いを立てた者がどうなるんだろうって。今だから、色々な感情に接して自分にも感情があると知った今だから分かるけど、あの時は何がなんだか分からなかった。今までそんな感情をぶつけられたことはなかったからね」
「シャンタル……」
あの時のことをミーヤも思い出していた。
「それでその草原とマユリアとラーラ様、それ以外のものがあるんだって初めて思った」
「ちょ、ちょっと待てよ」
ベルが話を止める。
「トーヤは? それより前にトーヤのことを、奇妙ななんかがいるって見に行ってたんだろ? トーヤのことは自分以外の何かだって思ったんじゃねえの?」
「トーヤはね、またなんだろう、むずかしいなあ……」
少し黙り、考えるようにしてから続けた。
「トーヤも何か奇妙な存在とは思ったんだけど、自分とは別のものだという意識がなかった気がする」
「ってことは、マユリアやラーラ様と一緒みたいな?」
「ああ、ちょうどそういう感じかな。もう一人の自分がいるみたいな」
「おいおい」
思わずトーヤがそう言う。
「どうしてそこに離れているんだろう? みたいな?」
「えーこんなおっさ、いで!」
どんな時でも突っ込みを忘れないベルと、それに対するお仕置きを忘れないトーヤだった。
「まあ、だから、トーヤは何か特別なんだよ、そのあたりが。だから、私が初めて知った感情というものは、セレンがぶつけてきた不安と怒り、戸惑い、そんなものだったな。そして、それから私を守ろうとしてくれていたミーヤの気持ち。そんなものがあって、それでこの先に自分以外の何かが存在している、そう思って見たいと思って見ていたら、オレンジ色がね、目に飛び込んできたんだ」
オレンジはミーヤの色である。
『昇る朝陽の色』
どうして自分だったのかとミーヤが問うた時、マユリアが謳うように口にしたその言葉。
「昇る朝陽の色」
今度は淡々とシャンタルがそう口にする。
「私にもその色がはっきりと見えたんだ。多分、初めて目にした色がミーヤのオレンジだった。そして、その色の人が見えてきて、私の頭の中にあった名前とぴったりと重なったんだよ。だから、聞いたんだ」
「ええ、ええ、そうでした」
『みいや?』
まだ話し慣れていない口で、たどたどしくミーヤの名前を口にしてくれたあの瞬間を、ミーヤは終生忘れぬだろうと思った。
「初めて私の名前を呼んでくださいました。ミーヤは決して忘れません」
思い出したのか、ミーヤの目が潤む。
「ええ、忘れません。そして、今でもあの時の気持をどう説明していいのか分かりません。思い出すだけで胸が……」
ミーヤはそう言うと、表現できない気持ちをそっと手で押さえて見せた。
「ありがとう」
シャンタルがミーヤににっこりと笑いかけた。
透き通るような美しい笑顔であった。
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諸事情により本日からしばらくの間一日一回の更新になります。
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できるだけ早く元のペースに戻れますように。
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