51 / 488
第一章 第三部 光と闇
11 もう一人の助け手
しおりを挟む
『そうして、どうしました』
黙り込んだトーヤに先を急かすように光が言う。
「ああ……」
トーヤの目がルークと合った。
短い間だがお互いに相手の目をじっと見つめた。
そして――
『あなたは手を放しましたね、なぜです』
「なぜ……」
あの時、手を放した方が死ぬだろう、そう思っていたのにトーヤは手を放したのだ。
「なぜって……」
なんとなくは分かっていた、どうして手を放したのかを。
シャンタリオまでの長い航海の中で、トーヤはルークと色々な話をしていた。
年が近かったこと、出身地が近かったこともあり、なんとなく共通の話題が多かったからだ。
違ったのはその環境だ。トーヤは天涯孤独とも言える身の上だったがルークには家族があった。
「よくある話だ、本当にどこにでもごろごろ転がってる話だったよ」
トーヤは誰に言うともなく語り始めた。
「あいつ、あのルークは俺より2つ年上だって言ってたが、元々はなかなかいい家、親はなんかの商売してたらしくて結構裕福な生活してたって話だった。まあオーサ商会ほどじゃあねえだろうけど」
なぜだろう。さっき聞かれるまですっかり存在を忘れていた若い男のことを次々と思い出してきた。
「そんであいつもなんてのか、のんびりしたような、見るからにいい家で育ったような、そんなやつだったな。だから不思議だった、そんなのがなんでこの船に乗ってるんだ? ってな」
ルークは薄い茶色、アランよりもっと薄い、ほとんど金に近い茶色い髪をしていた。
クルッとした丸い目が人懐っこく、とても海賊船になぞ乗るような人間には見えず、不思議に思ったトーヤは少しばかり興味を持った。そしてその身の上話を聞くことになったのだ。
「悪いことってのは続くもんで、親父さんってのがちょっとした失敗をしたら、次から次からそんなことが続き、あれよあれよという間に家はすっかり傾いちまったって話だったな。そんでそこから先もお約束、だ。ルークの姉って人が身売りすることになった。まあどこにでもある話だ」
ルークの一つ上で縁談も決まっていた姉が娼館に身売りすることになった。
どうしようもなくなった、それしか一家が生きていく方法はなくなった。
泣く泣く恋人と別れ、姉は遠い町に売られていった。
「その姉さんってのを一日でも早く連れ戻したい、そう思ってそれまで働いたこともない、学問ばっかりしてたルークも学校をやめて船乗りになった、そう言ってたな」
ルークは必死で働いたが、その間に父も母も体を壊し、働いても働いてもその薬代に金は消えていく。姉を助けるどころか、下の妹まで年頃になったら姉と同じ道を進むしかないだろうとの先行きが見えてきた。そしてまだ下にいた幼いと言っていい年の弟も、学問をさせるどころか丁稚奉公にでも出すしかないだろうという話になっていた。
「それで思い余って海賊船に乗った、そんなこと言ってたな」
幼い頃から必死で戦って生き残ってきたトーヤとは違い、付け焼き刃のような船乗りには、それ以外に一発逆転の大儲けなんぞできそうもないと思ったそうだ。
「それでも、そういうお坊ちゃん上がりにしちゃよくがんばってたよ。覚悟決めた人間ってのはそんなこともあるんだと思ったりもした」
ルークはただひたすら家族のためを思って生きていた。家族を助けるために海賊などという、それまでの人生から見れば人の道からは外れるだろう生き方を選ぶほどに。
「そりゃ大した海賊船じゃなかったが、それでも一応他人様の船を襲うってな船に乗ろうなんてこと、とても似合うような人間じゃあなかった」
そのルークがあの極限の状態で自分と同時にその板にたどり着いた。
ルークの薄い色の目とトーヤの黒い目が合った。
その次の瞬間、言葉を交わすこともなく、自然とトーヤの手は板から放れていた。
「なんでだろな。なんも考える間もなく手を放しちまってた。もちろん俺だって死ぬ気はなかったのに、なんか分かんねえけど勝手に手が放れた、そんな感じだった」
ルークの方が背負っている物が多いとは思っていたと思う。
自分にはもう待つ人もなく、この先どうしなければいけないということもない。
「あいつの方が生き残るのに、あの板にすがるのにふさわしい人間、そう思ったような気がするが、本当にそう思ったかどうか、今になったらもうよく分からん」
ふいに光が言葉を放った。
『あなたとルークは釣り合った天秤でした』
「天秤?」
『あなたとルーク、両名とも助け手としての運命を背負う者でした』
「は?」
トーヤは何を言われたのか分からなかった。
『ルークもあなたと同じ助け手だったのです』
光が同じ言葉を繰り返す。
「俺と同じ助け手?」
『そうです』
「意味が分からん……」
『そのままの意味です、ルークも助け手たる存在でした』
トーヤは何を言っていいのか分からなかった。
『嵐の夜、助け手が西の海岸に現れる』
光がすべての発端となった例の託宣を告げた。
『この時、こちらに向かっていた助け手と思われる光は2つありました』
「光だあ?」
『そうです、この国を、この世界を助けるためにこちらに戻ってきた光が2つ見えました』
黙り込んだトーヤに先を急かすように光が言う。
「ああ……」
トーヤの目がルークと合った。
短い間だがお互いに相手の目をじっと見つめた。
そして――
『あなたは手を放しましたね、なぜです』
「なぜ……」
あの時、手を放した方が死ぬだろう、そう思っていたのにトーヤは手を放したのだ。
「なぜって……」
なんとなくは分かっていた、どうして手を放したのかを。
シャンタリオまでの長い航海の中で、トーヤはルークと色々な話をしていた。
年が近かったこと、出身地が近かったこともあり、なんとなく共通の話題が多かったからだ。
違ったのはその環境だ。トーヤは天涯孤独とも言える身の上だったがルークには家族があった。
「よくある話だ、本当にどこにでもごろごろ転がってる話だったよ」
トーヤは誰に言うともなく語り始めた。
「あいつ、あのルークは俺より2つ年上だって言ってたが、元々はなかなかいい家、親はなんかの商売してたらしくて結構裕福な生活してたって話だった。まあオーサ商会ほどじゃあねえだろうけど」
なぜだろう。さっき聞かれるまですっかり存在を忘れていた若い男のことを次々と思い出してきた。
「そんであいつもなんてのか、のんびりしたような、見るからにいい家で育ったような、そんなやつだったな。だから不思議だった、そんなのがなんでこの船に乗ってるんだ? ってな」
ルークは薄い茶色、アランよりもっと薄い、ほとんど金に近い茶色い髪をしていた。
クルッとした丸い目が人懐っこく、とても海賊船になぞ乗るような人間には見えず、不思議に思ったトーヤは少しばかり興味を持った。そしてその身の上話を聞くことになったのだ。
「悪いことってのは続くもんで、親父さんってのがちょっとした失敗をしたら、次から次からそんなことが続き、あれよあれよという間に家はすっかり傾いちまったって話だったな。そんでそこから先もお約束、だ。ルークの姉って人が身売りすることになった。まあどこにでもある話だ」
ルークの一つ上で縁談も決まっていた姉が娼館に身売りすることになった。
どうしようもなくなった、それしか一家が生きていく方法はなくなった。
泣く泣く恋人と別れ、姉は遠い町に売られていった。
「その姉さんってのを一日でも早く連れ戻したい、そう思ってそれまで働いたこともない、学問ばっかりしてたルークも学校をやめて船乗りになった、そう言ってたな」
ルークは必死で働いたが、その間に父も母も体を壊し、働いても働いてもその薬代に金は消えていく。姉を助けるどころか、下の妹まで年頃になったら姉と同じ道を進むしかないだろうとの先行きが見えてきた。そしてまだ下にいた幼いと言っていい年の弟も、学問をさせるどころか丁稚奉公にでも出すしかないだろうという話になっていた。
「それで思い余って海賊船に乗った、そんなこと言ってたな」
幼い頃から必死で戦って生き残ってきたトーヤとは違い、付け焼き刃のような船乗りには、それ以外に一発逆転の大儲けなんぞできそうもないと思ったそうだ。
「それでも、そういうお坊ちゃん上がりにしちゃよくがんばってたよ。覚悟決めた人間ってのはそんなこともあるんだと思ったりもした」
ルークはただひたすら家族のためを思って生きていた。家族を助けるために海賊などという、それまでの人生から見れば人の道からは外れるだろう生き方を選ぶほどに。
「そりゃ大した海賊船じゃなかったが、それでも一応他人様の船を襲うってな船に乗ろうなんてこと、とても似合うような人間じゃあなかった」
そのルークがあの極限の状態で自分と同時にその板にたどり着いた。
ルークの薄い色の目とトーヤの黒い目が合った。
その次の瞬間、言葉を交わすこともなく、自然とトーヤの手は板から放れていた。
「なんでだろな。なんも考える間もなく手を放しちまってた。もちろん俺だって死ぬ気はなかったのに、なんか分かんねえけど勝手に手が放れた、そんな感じだった」
ルークの方が背負っている物が多いとは思っていたと思う。
自分にはもう待つ人もなく、この先どうしなければいけないということもない。
「あいつの方が生き残るのに、あの板にすがるのにふさわしい人間、そう思ったような気がするが、本当にそう思ったかどうか、今になったらもうよく分からん」
ふいに光が言葉を放った。
『あなたとルークは釣り合った天秤でした』
「天秤?」
『あなたとルーク、両名とも助け手としての運命を背負う者でした』
「は?」
トーヤは何を言われたのか分からなかった。
『ルークもあなたと同じ助け手だったのです』
光が同じ言葉を繰り返す。
「俺と同じ助け手?」
『そうです』
「意味が分からん……」
『そのままの意味です、ルークも助け手たる存在でした』
トーヤは何を言っていいのか分からなかった。
『嵐の夜、助け手が西の海岸に現れる』
光がすべての発端となった例の託宣を告げた。
『この時、こちらに向かっていた助け手と思われる光は2つありました』
「光だあ?」
『そうです、この国を、この世界を助けるためにこちらに戻ってきた光が2つ見えました』
0
あなたにおすすめの小説
異世界転生旅日記〜生活魔法は無限大!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
農家の四男に転生したルイ。
そんなルイは、五歳の高熱を出した闘病中に、前世の記憶を思い出し、ステータスを見れることに気付き、自分の能力を自覚した。
農家の四男には未来はないと、家族に隠れて金策を開始する。
十歳の時に行われたスキル鑑定の儀で、スキル【生活魔法 Lv.∞】と【鑑定 Lv.3】を授かったが、親父に「家の役には立たない」と、家を追い出される。
家を追い出されるきっかけとなった【生活魔法】だが、転生あるある?の思わぬ展開を迎えることになる。
ルイの安寧の地を求めた旅が、今始まる!
見切り発車。不定期更新。
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
ゲーム未登場の性格最悪な悪役令嬢に転生したら推しの妻だったので、人生の恩人である推しには離婚して私以外と結婚してもらいます!
クナリ
ファンタジー
江藤樹里は、かつて画家になることを夢見ていた二十七歳の女性。
ある日気がつくと、彼女は大好きな乙女ゲームであるハイグランド・シンフォニーの世界へ転生していた。
しかし彼女が転生したのは、ヘビーユーザーであるはずの自分さえ知らない、ユーフィニアという女性。
ユーフィニアがどこの誰なのかが分からないまま戸惑う樹里の前に、ユーフィニアに仕えているメイドや、樹里がゲーム内で最も推しているキャラであり、どん底にいたときの自分の心を救ってくれたリルベオラスらが現れる。
そして樹里は、絶世の美貌を持ちながらもハイグラの世界では稀代の悪女とされているユーフィニアの実情を知っていく。
国政にまで影響をもたらすほどの悪名を持つユーフィニアを、最愛の恩人であるリルベオラスの妻でいさせるわけにはいかない。
樹里は、ゲーム未登場ながら圧倒的なアクの強さを持つユーフィニアをリルベオラスから引き離すべく、離婚を目指して動き始めた。
僕に仕えるメイドは世界最強の英雄です1~またクビになったけど、親代わりのメイドが慰めてくれるので悲しくなんてない!!~
あきくん☆ひろくん
ファンタジー
仕事を失い、居場所をなくした青年。
彼に仕えるのは――世界を救った英雄たちだった。
剣も魔法も得意ではない主人公は、
最強のメイドたちに守られながら生きている。
だが彼自身は、
「守られるだけの存在」でいることを良しとしなかった。
自分にできることは何か。
この世界で、どう生きていくべきか。
最強の力を持つ者たちと、
何者でもない一人の青年。
その主従関係は、やがて世界の歪みと過去へと繋がっていく。
本作は、
圧倒的な安心感のある日常パートと、
必要なときには本格的に描かれる戦い、
そして「守られる側の成長」を軸にした
完結済み長編ファンタジーです。
シリーズ作品の一編ですが、本作単体でもお楽しみいただけます。
最後まで安心して、一気読みしていただければ幸いです。
帰国した王子の受難
ユウキ
恋愛
庶子である第二王子は、立場や情勢やら諸々を鑑みて早々に隣国へと無期限遊学に出た。そうして年月が経ち、そろそろ兄(第一王子)が立太子する頃かと、感慨深く想っていた頃に突然届いた帰還命令。
取り急ぎ舞い戻った祖国で見たのは、修羅場であった。
悪役令嬢が行方不明!?
mimiaizu
恋愛
乙女ゲームの設定では悪役令嬢だった公爵令嬢サエナリア・ヴァン・ソノーザ。そんな彼女が行方不明になるというゲームになかった事件(イベント)が起こる。彼女を見つけ出そうと捜索が始まる。そして、次々と明かされることになる真実に、妹が両親が、婚約者の王太子が、ヒロインの男爵令嬢が、皆が驚愕することになる。全てのカギを握るのは、一体誰なのだろう。
※初めての悪役令嬢物です。
冷遇王妃はときめかない
あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。
だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。
幸せな政略結婚のススメ【本編完結】
ましろ
恋愛
「爵位と外見に群がってくる女になぞ興味は無い」
「え?だって初対面です。爵位と外見以外に貴方様を判断できるものなどございませんよ?」
家柄と顔が良過ぎて群がる女性に辟易していたユリシーズはとうとう父には勝てず、政略結婚させられることになった。
お相手は6歳年下のご令嬢。初対面でいっそのこと嫌われようと牽制したが?
スペック高めの拗らせ男とマイペースな令嬢の政略結婚までの道程はいかに?
✻基本ゆるふわ設定です。
気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。
・11/21ヒーローのタグを変更しました。
氷河期世代のおじさん異世界に降り立つ!
本条蒼依
ファンタジー
氷河期世代の大野将臣(おおのまさおみ)は昭和から令和の時代を細々と生きていた。しかし、工場でいつも一人残業を頑張っていたがとうとう過労死でこの世を去る。
死んだ大野将臣は、真っ白な空間を彷徨い神様と会い、その神様の世界に誘われ色々なチート能力を貰い異世界に降り立つ。
大野将臣は異世界シンアースで将臣の将の字を取りショウと名乗る。そして、その能力の錬金術を使い今度の人生は組織や権力者の言いなりにならず、ある時は権力者に立ち向かい、又ある時は闇ギルド五竜(ウーロン)に立ち向かい、そして、神様が護衛としてつけてくれたホムンクルスを最強の戦士に成長させ、昭和の堅物オジサンが自分の人生を楽しむ物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる