黒のシャンタル 第三話 シャンタリオの動乱

小椋夏己

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第二章 第三部 女神の国

20 その時を待つのみ

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「よく来てくれました」

 マユリアがいつものように美しく微笑み、ミーヤもいつものように正式の礼をする。

「頭をお上げなさい」

 いつものようにそう言われて頭を上げ、

「お座りなさい」

 いつものように示された席に腰をかけた。

 マユリアの座っている横の椅子には紙を綴じた物が何冊か積まれている。
 おそらく尋問の調書だろう。

「一通り目を通しました」

 マユリアがミーヤの目線の先に視線を移してそう言った。

「本当はもう少し早くおまえと話したかったのですが、衛士の取り調べもあり、わたくしも少し考えをまとめる必要がありました」
「いえ、もったいないことです」

 ミーヤは座ったままで深く頭を下げる。

「不自由はないですか?」
「不自由は、なくはないですが、いつもの勤めをしておりませんので、マユリアが思っていらっしゃるよりものんびりと過ごさせていただいております」
「ならばいいのですが。相変わらずミーヤは楽しいこと」

 聞いてマユリアがほんのりと笑う。

「トーヤですが、戻る時にはあの道を使うだろうと、ルギにあそこは見張らぬようにと言ってあったのですが、まさか、あんな風にして正面から堂々と入ってくるとは」

 マユリアが愉快でたまらぬという風に笑う。

「それで、おまえはエリス様とはお会いしたのですよね」
「はい」
「どのような方になっていらっしゃいました」

 ディレンからもどのような方になったかは聞いているが、ディレンは八年前の先代のことは知らない。

「あのままに、八年前の素直なあの方のままにご成長です。お姿もあのままに、今も精霊のように美しいお姿ですが、お声だけは男の方の声をなさっておられますので、初めてお聞きした時には少し驚きました」

 ミーヤもディレンと変わらぬ言葉を告げる。

「とてもよくお笑いになると」
「え?」
「ディレン船長がそうおっしゃっておられたので」
「ああ」
「特にベルといるとずっと冗談を言っていると」
「はい、その通りです。いつも二人でころころとお笑いになっておられます」
「本当なのですね」

 マユリアがこれ以上はないと思われるぐらい優しい表情を浮かべる。

「本当にずるいわ、わたくしも早くお目にかかりたい。そうして冗談を言っていただきたいものです」
「まあ」

 ミーヤがマユリアの言葉に思わずくすくすと笑った。

「トーヤは本当に面白いことを思いつくこと。そうでもしないと先代がこの国には入れない。そう考えてのことなのでしょう」
「はい、そう申しておりました」
「できれば、戻ってすぐにも顔を出してもらいたかったものですが」
「それは」
「いえ、分かっています。宮の中がどうなっているかが分からなかったからですよね」
「はい、おっしゃる通りです」
「それは分かっているのです、分かった上で、それでもついそう思ってしまうのは、わたくしのわがままなのです」

 マユリアはそう言っていたずらっぽく笑った。

「おそれいります」

 ミーヤがまた頭を下げる。

「そして、トーヤが危惧していた通り、宮は変わってしまっていた。トーヤは間違えてはいなかった」
「はい……」

 ミーヤが頭を下げたまま、やや小さな声で答える。

「この調書を読むと、おまえにもしばらく正体を明かしていなかった。それもみな、宮の者がどうなっているのかを見極めていたからなのですね」
「はい」
「一体、どれほど裏で動いてくれていたのか。それを思うと、今のおまえのことも本当に申し訳なく思っているのです。許してくださいね」
「いえ、もったいない!」
「いいえ。ですが、今の状態ではおまえのこと、知っていながら厳しく接するしかないのです。許してください」
「はい、分かっております」
「そして、いつ事が落ち着いて、おまえを自由にしてやれるかも分からない。許してください」
「マユリア……」

 ミーヤは主の口からこぼれる許しを願う言葉に胸が詰まる。

「わたくしには何もできない。どうすればいいのか分かりません。トーヤたちに任せるしか、じっと耐えるしか今はできることがありません」
「はい」
「できるだけトーヤたちの邪魔にならぬようにすること、それしかできることはない」
「はい」
「アランが戻ってきています」
「え?」
「あの日、夜になって戻ってきました」
「アランが……」
「多分何か考えがあるのでしょう。今はおまえのいる部屋の隣にディレン船長、その隣にアランが入っています」
「ええっ!」

 知らなかった。
 セルマと2人、じっとあの部屋の中にいるので外の出来事は何も分からなかったのだ。

「びっくりしていますね」

 マユリアがいたずらが成功した子どものようにくすりと笑う。

「単に警備がしやすいようにだ」

 ルギが横から単調に言い、ミーヤも納得する。なんとなくホッとした気がした。

「今、トーヤたちはどこにいるのか分かりません。おまえは知っていますか?」
「いえ、存じません」
「アランもリュセルスで別れたきり知らぬということらしいです」
「そうですか」
「トーヤたちを信じるしかないのでしょうね」

 マユリアが美しいまぶたを閉じて静かに言う。

「わたくしたちにできることは、何か連絡が来た時に動けるようにしておくこと、それだけ」
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